先日スマホの機種変更をした。
ややこしい設定すませ、電話帳の整理をしていて手が止まった。
石部明
ふいうちだ。
胸が痛くなってそのまま閉じた。
「川柳展望」のバックナンバーで出会った石部明の川柳は、初心者だった私には衝撃的だった。
不吉でいかがわしくて猥雑で、まるで江戸川乱歩の世界のようであった。
夜桜を見に行ったまま帰らない
賑やかに片付けられている死体
たましいの揺れの激しき洗面器
思えば明さんからいただいたものはたくさんある。
ネット句会やメーリングリストの句会、あちこちの大会の懇親会で川柳の話もいっぱいしていただいた。
街中の携帯電話が鳴る 桜
タンカーをひっそり通し立春す
またがると白い木槿になっちまう
こいびとよあなたは濡れて着く荷物
これらの句は石部明がこの世に送り出してくれたもの。
ほんとうにちからのある(権威みたいなにせものの力ではなくて)表現者に背中を押された作品は、うんと遠くまで歩いてゆける。
評価を受けるとしても手柄は作者だけにあるのではない。
ああ、育てていただいたんだなあと、しみじみ思う。
明さんとは「バックストロークin名古屋」でお会いしたのが最後になった。
長袖を手首出てくるまでが夢
特選に選んでいただいたこの句。
明さんの口からこの句が発せられた瞬間を、わたしはずっと、できる限りずっと、覚えていたいと思う。
ここまで書いていてふっと思い出したことがある。
もうずいぶん前のことだけど、川柳緑会の大会で歌人の加藤治郎さんをパネラーに呼んだことがあった。懇親会の席で横にいた明さんから箸袋を渡されて、それを開くと「タンカーも加藤治郎もただの船」と書かれていた。こちらもノリで、そのまま加藤さんに渡してやったら、いたずらがみつかった子のように、えへへと笑ってごまかしたのだった。ああいうときの明さんはちょっと手に負えないくらいチャーミングだったなあ。
老人がフランス映画に消えてゆく/石部明