こなゆきになるまでミシン踏んでいる

短歌:村上きわみ
文:なかはられいこ


銀杏のような喉からなつかしい声がいくつもこぼれてきます  
村上きわみ






あなたの額にさわると、
わたしはいつも、
はだしで土を踏んだときの感触をおもいだす。
ひるまの日ざしをそのまま抱え込んだような、
掘り返されたばかりのしっとりとあたたかい土。

あなたのからだのなかには、
冬のひなたのようなおだやかな熱とひかりがある。

わたしのからだのなかには、
真夜中のみずうみのような暗くて冷たいものがある。

みずうみはひかりに照射され、
ほのかに熱をもち、

だきしめるたび、
だきしめられるたび、
水が匂う。




「川を渡ったね」

「うん、ひかってた」

「ほんとうは泣きたかった」

「でも歌ってたね」

「こわくてね、とてもこわくて」

「銀杏みたいだった」

「声をだすととまらないんだ」

「はらはらはらはら散ってるの。音もたてずに」

「あたたかいね、ここは」

「なんにもないけど」

「うん、なんにもないけど」

「なつかしいね、ここは」



わたしが5歳のとき
あなたは72歳で
わたしはあなたのせなかにおぶわれて
くちなしという花の名前を知った

わたしが17歳のとき
あなたは1歳で
あなたはベビーカーのなかからちっちゃな手をのばし
わたしの制服のスカートをにぎった

わたしが28歳のとき
あなたは53歳で
公園のベンチの端と端にすわり
おなじ景色をみていた
ぼんやり空をみていた


「いつもいたね」





こなゆきになるまでミシン踏んでいる       なかはられいこ
# by nakahara-r | 2004-11-14 11:22 | きりんの脱臼(短編)

題詠マラソン2004

001:空
いつだって空を感じていたかった額にふれてとけるあめゆき

002:安心
安心ねって目を閉じたままくらがりにぼんやり浮かぶ風鈴になる

003:運
階段を二段とばしで駆け上がるとばした段に<運命>がある

004:ぬくもり
さんがつの銀河あなたは散らばって喉を落ちゆくぬくもりにがい

005:名前
とぎれとぎれに名前を呼ばれぼくたちは気泡まみれの水仙の茎

006:土
ごめんって言われてしまう重ねても土踏まずにはさみしいすきま

007:数学
数学の一問として横たわる静の海になずきを浸し

008:姫
歌姫のソプラノ細くたなびいて洗濯ロープにゆれる靴下

009:圏外
ゆびきりのゆびを離せば圏外の桜しずかに散りゆく気配

010:チーズ
あしたには葉桜になるそのようにチーズについた指紋のことも

011:犬
とおくまで行ってしまった犬のため夜明けの空に真綿を詰める

012:裸足
知らない町の知らない駅に立つようにあなたが裸足になるのを見てる

013:彩
言わなくていいよとだれか水彩のうっすら青い声でささやく

014:オルゴール
いつだってとちゅうで終わるオルゴール振り向いたまま消えてゆくひと

015:蜜柑
缶詰の蜜柑みたいな月が出てせつめいすれば嘘になるから

016:乱
にんじんを乱切りにする春の午後 欅並木に呼ばれたような

017:免許
免許証の写真たがいに見せ合ってあくにんづらをかくにんしてる

018:ロビー
ぼくたちの語尾をしとどに吸い込んでくちなしホテルのロビーは日暮れ

019:沸
ふさいでも蝶がつぎつぎ沸いてきて鱗粉まみれのメールボックス

020:遊
よく冷えたエヴィアン水のボトルから虹をそそいで遊ぼう、もっと

021:胃
「このへんが肺、このへんが胃」べつべつの器のなかにいくつもの月

022:上野
いつかくるおわかれのため上野には緑にけむる噴水がある

023:望
テーブルを叩いてリズムとるゆびをみている喜望峰は(たぶん)、雨

024:ミニ
ミニストップのレシートいちまい手の中でじんわり湿る(しあわせだった)

025:怪談
怪談のおんなはみんななつかしく底に沈んで見えないガラス

026:芝
ベランダに人工芝を敷き詰めてちちははが住む秋はすぐそこ

027:天国
むかし渋谷の歩行者天国あの時期を塗りつぶすなら萌黄がいいな

028:着
試着室のカーテン揺れて五分後のわたしが出てくる、きっと出てくる

029:太鼓
ぼくたちはいろんなものを取りこぼし(((サルのシンバル(((ウサギの太鼓

030:捨て台詞
捨て台詞(並)でよければすぐにでもご用意できます、サインはここに

031:肌
いちまいの肌だけでしたここにあるものとないもの分けるとすれば

032:薬
粉薬のむとき上を向く顎にダンディライオン触れておくれよ

033:半
いまぼくはト音記号であなたより半音さがったところにいるよ

034:ゴンドラ
ゴンドラが揺れやむまでの数秒を恋人として旅人として

035:二重
手放すと見失うから『わたくし』を二重括弧でくくっておくの

036:流
濁流をふたり見ているかがやきは雲母みたいに重なっている

037:愛嬌
夕空に迷子みたいな雲が浮き愛嬌ってのはこういうものか

038:連
ゆうごはん終わりましたか連絡は済ませましたか今夜の月に

039:モザイク
生きている火の色が見たくてとても見たくて爪でモザイク剥がす

040:ねずみ
はねねずみ、いたずらねずみ、こまねずみ、君が子を語るときひらがな

041:血
鰯の血ブロッコリーの血わたしの血みんなまじって食卓は海

042:映画
映画から帰ってきたの新品の歯ブラシみたいな気分になって

043:濃
うんと濃いお茶を淹れましょ黄昏の空にまぎれてしまわないよう

044:ダンス
えんえんとフォークダンスの輪は廻り今年さいごのひまわりの種

045:家元
家元が家元らしいくちぶりでBBSに意見のたまう

046:練
そのうちに金木犀がにおうから名前呼ぶこと練習してる

047:機械
しろがねの開閉式のまぶたからしずくをこぼし機械は眠る

048:熱
手のなかでふるえつづけるケータイの微熱ここからひとりで歩く

049:潮騒
潮騒も砂もこぼれてしまうからボタン首まできちんと留める

050:おんな
小説のおんなのせりふはらはらと落ち葉している午後であります

051:痛
痛いのはそこではなくてもうすこし右、オリオンの三つ星の下

052:部屋
ゆうやみの息づく部屋でぼくたちの銀杏並木は育ってゆくよ

053:墨
記憶なら記憶のままで柿の木の薄墨いろの影を見ている

054:リスク
あわだちそうがあわだちはじめこのたびのリスクについて話しておこう

055:日記
主語のない日記を書いているような昨日のわたしが洗剤を買う

056:磨
磨かれたガラスさみしいくっきりと町の輪郭透けてさみしい

057:表情
またそんな表情をする錠剤がぐずぐず水に溶けてくような

058:八
おたがいに「ごめん」って言った瞬間の生八つ橋のニッキの匂い

059:矛盾
左手と右手はいつも矛盾して胡椒の砂色バナナの黄色

060:とかげ
冷えてゆく部屋の空気をふるわせてくちうつしするちいさなとかげ

061:高台
高台のバス停に立つ青桐と雪降る町の話をしてる

062:胸元
ゆきちゃんの胸元あたりがそよぎたち嗚咽のような鳥が生まれる

063:雷
順番に消えてゆくもの並べてる(遠い雷鳴)(こがねのゆびわ)

064:イニシャル
イニシャルが彫られた指輪に触れるときひんやり青い鈴が鳴ります

065:水色
水色のちいさな息をひとつ吐きしぼんでしまった僕の姉さん

066:鋼
とうめいな鋼の羽を折り畳み正座しているこうべをたれて

067:ビデオ
もう二度と帰らぬひとが微笑んでビデオのなかのすすきが揺れる

068:傘
一本の傘と二本の歯ブラシにこの夜さいごのひかりがあたる

069:奴隷
愛された奴隷のような日没の駅舎の前の陸橋わたる

070:にせもの
にせものがにせものとして生きるため色とりどりの100円ライター

071:追
追われたり追ったりしたねコスモスの畑でふたり花粉にまみれ

072:海老
甘海老のあたまちぎれば流れ出すセンチメンタルシティロマンス

073:廊
ぼんやりと足下ランプに照らされてヨモツヒラサカ廊下はつづく

074:キリン
きりん・キリン・麒麟と変換されてゆくこわかったねとささやきながら

075:あさがお
「あさがお」ときみが発音するときの空いっぱいにひらく朝顔

076:降
遮断機が降りきるまでの数秒を過不足のないこいびととして

077:坩堝
わたくしの坩堝が生んだおとこのこ丘に立ってるポプラのように

078:洋
東洋の裸体くまなく受け入れる薄荷煙草の匂いがしてる

079:整形
ゆうぐれの下校チャイムのせつなさと整形外科のチラシのチカラ

080:縫い目
うつくしい縫い目を持ったこいびとがあけがたに来てわたしをほどく

081:イラク
白地図のイラクに色をつけるためみんなで持ち寄るクーピーペンシル

082:軟
振り向くとちょっぴり痛む日常の柔軟体操いちからはじめ

083:皮
いちじくの皮を剥いてるこのゆびがむかし愛したサウザンクロス

084:抱き枕
抱き枕いつつあつめてくみちゃんは入眠儀式のろうそくともす

085:再会
それまではいっしょにいよう春楡と風が再会するのを見よう

086:チョーク
アスファルトにチョークで描いたカナリアが羽根をふるわせ冬がはじまる

087:混沌
翌朝のすき焼き鍋の混沌とマーブルチョコの黄色を愛す

088:句
月彦の句集を開く午前二時 電気羊の夢として、雨

089:歩
お祭りは終わりましたね部屋を出て歩きませんかなにも待たずに

090:木琴
木琴の音にまぎれておとうとがしずかに泣いていた晩秋

091:埋
紫陽花の根元に埋める父さんに青い付箋を貼っておきます

092:家族
家族からわたくしを引く真夜中のぎゅーんと音する冷蔵庫から

093:列
一列に並んでうっすらももいろに変われるときをじっと待ってる

094:遠
遠くまで行こうとしてたサボテンはかがやく棘を夜空に向けて

095:油
哀愁の菜種油をたらしつつフライパン振るミセスロビンソン

096:類
類別にふり分けられて運ばれて月の砂漠に降ろされました

097:曖昧
からすうり握ったまんま曖昧に笑ったまんまおわかれをした

098:溺
琥珀のなかの蟻は溺れたのでしょうか誰かと住んで窓にともす灯

099:絶唱
絶唱に濡れてしまった胸部から赤いリボンがするする伸びる

100:ネット
ぼくたちはなんども生まれそこなってインターネットの海に浮かぶよ


おまけ。
101:完走記念
投稿のボタンを押せばなつかしいひとが手を振る100の窓から
# by nakahara-r | 2004-09-21 11:31 | 短歌

くちびるに包まれるまで水でした

短歌:村上きわみ
文:なかはられいこ


裏返すときにおかしな音たてるおまえのからだ こわしてもいいか?  村上きわみ 




これは みず の音なのか
それとも すな の音なのか


裏返したり
折り畳んだり
入れ替えたりするたびに
聞こえるこの音


窓ガラスにあたる雨のような
砂漠をわたる風のような
とても遠くて
とても近い


おまえのからだに詰まっているものの正体を
見てみたい
猛烈に






わたしはむすぶ。

はてしなく遠くて、
かぎりなく近いものたちを。

回覧版と飛行機雲を
シャワーノズルと朝顔の蔓を
骨の折れたビニール傘と欅並木を
アスファルトにチョークで描かれた魚と噴水を

はしっこをほんのすこしひっぱるだけで、
ほどけたいときに、
ほどけたいだけ、
ほどけるように。

ゆるく、ゆるく。

ほら、
いま音が聞こえたでしょう?

どれかほどけたね。



くちびるに包まれるまで水でした     なかはられいこ
# by nakahara-r | 2004-09-21 11:14 | きりんの脱臼(短編)

えいえんは蝉のなきがら仰向けの

短歌:村上きわみ
文:なかはられいこ


えいえんをほしがっているドラゴンの翼のうえで抱き合いながら  
村上きわみ






K駅を過ぎると真夏の日差しが戻ってきた
田んぼの畔に白黒のまだら模様の傘みたいな木があって
よく見ると白く見えるところには鷺がとまっていて
黒く見えるところには鴉がとまっているのだった
木は鳥たちを頭上に抱きかかえたまま
浅緑の真ん中に立ちつくしていた

あれは懐古だ

鳥の
そして、わたしの

伝えられなかった言葉
行かなかった場所
出会わなかった人

ありえなかったはずのことが
こんなにもなつかしい





きのうゆめのなかで
あたしは灰色の砂浜を歩いてました

空が灰色でね
海も灰色で
砂浜にはえんえんと足踏みミシンが並んでるの
真っ黒でどっしりとした足踏みミシンが
何台も何台も何台も何台も何台も
一定の間隔を置いて規則正しく並んでるの

見渡す限りの足踏みミシン

あたしは
ミシンとミシンの間を
縫うように歩いてました
しばらくゆくと
リュウ、あなたの声がした

呼ばれたような気がして振り向いたら
だれもいなかった

ここにはあたししかいない

砂の上に残ったあたしの足跡が
天空を駆け登るドラゴンみたいにうねっていました

ここにはあなたはいなくて
ここにいるあたしも
いるような気がするだけで
ほんとうは
いないのかもしれなくて

それでも、リュウ
だとしても
あたしがあなたをすきって
この気持ちだけはぜったいです

えんえんと続く
この足踏みミシンたちのように
それは確かなことです




えいえんは蝉のなきがら仰向けの         なかはられいこ
# by nakahara-r | 2004-08-07 11:20 | きりんの脱臼(短編)

息とめて桜、吹雪になるところ

短歌:村上きわみ
文:なかはられいこ


まずここにからだを置いて いつだってあなたが望むものならぜんぶ   村上きわみ





女の泣き声で目が覚めた。
あけがたの薄ぼんやりとした部屋の床に、
膝を抱えて座ったまま泣いている女を見て俺は心底おどろいた。
女の首から下、すなわち身体中が黒いひも状のものでぐるぐるに捲かれているのだった。
そこで、(相手が泣いているときには冷静にならなくちゃいかん)
という死んだオヤジの言葉を思い出し、できるだけ平静を装って尋ねてみた。

 「どうしたの?」

女が身体の向きを変えるとしゃらしゃら音がする。

 「ビデオをね、何度も何度も巻き戻して観たの。
  それでもね、あなたの言ってた草原がどこにも見つからないの。
  でも、わたしに見つからないだけでどこかにあるはずでしょう?
  草原。
  探してたの。
  テープを引き出してあっちこっち探したの。」

いったん止んだ小雨がふたたび降り始めるように、
女の口からこぼれる言葉がひそやかな泣き声に変わる。


なるほど。

彼女の身体に捲かれている黒いひも状のものは磁気テープらしい。

なるほど。

彼女は(ビデオの中の)草原を探していたわけだ。

なるほど。

で、映像では見つからなかった草原を、
テープをぜんぶ引き出してとことん探したわけだ。

なるほど。


 「もう泣くなよ。あのね、いっこだけ訊いていい?
  テープ引き出したところまではわかったよ。
 (いや、ほんとうはよくわからないけど)
  それでね、なんでそれ、からだに捲いてるの?」

女はしゃらしゃらと身体を鳴らしながら近づいてくる。

 「捲いてるんじゃないの。捲かれてるの。」


なるほど。

捲いてるわけじゃないのか。
それは彼女の意志ではなくて磁気テープ自身の意志であると。

なるほど。


しゃららんと音をたてて女がベッドに横たわった。

 「ねえ、ほどいて。
  どこかに草原があるはずなの。
  これ、ほどいてみつけて。
  どうしても見たいの、草原。」


なるほど。

俺にしかほどけないのだろう、このテープは。
俺にしか見つけられないのだろう、あの草原は。

 「なるほどね。」

と、
俺は女の身体のどこかに隠れているはずの、
磁気テープの両のはじっこを注意ぶかく探り始める。
指先をしゃらしゃらしゃらしゃら鳴らしながら。





息とめて桜、吹雪になるところ       なかはられいこ
# by nakahara-r | 2004-02-29 11:12 | きりんの脱臼(短編)

よく振ってあなたに返す秋の海

短歌:村上きわみ
文:なかはられいこ


「もうずっと前からあなたを知っている」「コーラはよく振ってから飲もうね」   
村上きわみ




目の前にドアがある。
開ける前からドアの向こうの景色を私はよく知っていた。

場所は海で、
季節は秋で、
それも午後で、
私たちはテトラポッドに腰掛けて、
きらきら光る波を見ている。

ジーンズを通して伝わってくる、
陽射しにあたためられたコンクリートの固い感触も、
潮をはらんだまま髪にまとわりつく風の匂いも、
スニーカーから8センチ下りたところで、
薄暗い水が立ててるタプンタプンという音も。

私はよく知っていた。
「私たち」が居た景色を、
ドアを開ける前から。


どこからか声がする。
「栓を抜く前にさ、よく振るんだ。こうするともっとおいしくなる」
コーラの瓶のくぼんだところを握って上下する手。
小指のつけ根あたりから甲の中心にかけて5センチほどの傷跡がある、手。

とつぜん、
ピシューッと音がして、
コーラが勢いよく放出される。
黒くて甘い水の弾丸で私は撃たれる。

はじける悲鳴。
底が抜けたような笑い声。

射抜かれてべたべたする髪。
肌にはりつくTシャツ。

知っている、知っている、知っている。
私は「私たち」を知っている。

そして、それは、もう、
「私たち」ではなくなったことも。

知っている。

あれ?
なんだ、私、怒ってるんだ。
さっきからドアにもたれたまま、

怒ってるんだ。



よく振ってあなたに返す秋の海     なかはられいこ
# by nakahara-r | 2003-10-23 11:11 | きりんの脱臼(短編)

三分のちの世界を見てる

「角川 短歌」平成15年 8月号掲載



最後まで消えなかったね。右下にずっと映っていたよね、蛍。

ゆきちゃんの喉を出てきた月という月を見ている6月8日

こわいよう、こわいよう、という声がしてサンドイッチの胡瓜を剥がす

ポストまで抱きしめてゆく封筒は「僕のマリー」を歌いつづけて

泰山木の花びらが散る道に立ち三分のちの世界を見てる

ぷるるんとふるえたまんま抱きあって住民票をくださいと言う

金曜の予定を書けば金曜は白いひかりを放ちはじめる
# by nakahara-r | 2003-08-21 11:28 | 短歌

あの声は(温めますか?)あなたでしたか

短歌:村上きわみ
文:なかはられいこ


生き残ってゆくための必須アイテムに〈エンゼルパイ〉も入れてください  村上きわみ




「アンケートにご協力ください。」

受話器の向こうから、
よく鞣された高級鹿革のような男性の声が聞こえた。

「ブー、フー、ウーの三匹のうち、あなたはどれが好きですか?」
「は?」
質問の内容を把握するのにたっぷり三十秒はかかった。
「あー。…………えと、フー、です。たぶん」

「ふむ。かなり重症ですな」

高級鹿革はそう言ったきり、黙ってしまった。
なんだか悪いことでもしたような、ひどく居心地の悪い数秒が過ぎ、
ふたたび受話器から鞣されて柔らかくなった声が、
牛の舌のようにびろーんと伸びてきて耳をくすぐる。

「では、こうしましょう」
(では、ってなんだよ)とツッコミを入れられるような余裕はなかった。

「【エンゼルパイ】のどのあたりがパイなのか、
あれはどう見てもパイではなさそうなのですが、
それについてのあなたの見解をお訊きしたい」

(でた! 見解 だよ、見解)とこころの隅で呟きながら、
つい答えてしまう。
高級鹿革の声にはなぜか抗いがたいものがあるのだった。
耳を舐められ続けていては逃げることもできない。

「はぁ、確かに。強いて言えば重なってるところ? 
でもネーミングとしては【たけのこの里】よりまっとうなのではないかと……」

「ふむ。けっこうです」
(な、なにがけっこうなんだよ)と一瞬ひるむ。
「いいですか、よく聞いてください。こうなったら最後の手段です」
「さ、最後の手段て?」

なにがなんだかわからないけれど、
わたしはたいそうヤバイことになっているらしい。
ドキドキしながら次の言葉を待つ。

「世界の果てにある欅の樹をご存じですか?」
ささやく声。
「途中で二股に別れた特徴的な欅ですからすぐにわかると思います」
ますますささやく声。
「そこにいます。いつでも」

唐突に電話は切れた。


世界の果て……。
って、どこよ?

あした世界地図を探してみよう。




あの声は(温めますか?)あなたでしたか  なかはられいこ  
# by nakahara-r | 2003-08-19 11:10 | きりんの脱臼(短編)

「あ」と言ってみて。次はなにいろの空?

短歌:村上きわみ
文:なかはられいこ


まずここにできるだけ美しいまるを描いてみせて。たぶん、そこから。  村上きわみ



sinya-t@ginga-net.ne.jp wrote:

> ルービックキューブの赤がどうしても揃わないんだ。
> 結局そういうこと。
> ぼくがきみに干渉できるとしたら、そこまでなんだ。

そうかもしれないね。
結局そういうことなのかもしれない。
たぶんあなたはわたしの言う「正しさ」を取りちがえてる。

今日の空は底抜けに青いです。
入道雲がもくもく出てて、ひまわりが元気に顔を上げてて、
蝉がうるさいくらい鳴いていました。
スイカを買ったよ。
これで手花火があればカンペキに正しい日本の夏です。

> きみが何を言いたいのかわかっているつもり。

「蝶の舌」という映画を観ました。
あの少年はすこしあなたに似ています。
生まれて初めて「哀切」という感情に出逢って、
ほとんど困惑しているかのような表情とか、ね。

いつか首長竜を描いてくれたことがあったでしょう?
どう見てもキリンだよ、ってみんなにからかわれたよね。
でもわたしにはたしかに首長竜に見えました。
というより「これこそ正しい首長竜だ」と思った。

> あ、そうそう。クラゲを飼いはじめたよ。
> 部屋の照明を落とすと青白く発光する。
> きれいだよ。

自分に見えているものと、
他のひとに見えているものがちがうかもしれないって、
うたがったこと、いちどもない?
わたしはしょっちゅう、うたがってます。

だけど、
あなたの見ているクラゲとわたしの見るクラゲは、
きっと同じ形をしていて同じ色をしている。
できればあなたの目を借りて確かめてみたい気もするけど、
確かめなくてもわかってるような気もしています。

akane@harunire.ne.jp




「あ」と言ってみて。次はなにいろの空?   なかはられいこ
# by nakahara-r | 2003-07-12 11:09 | きりんの脱臼(短編)

夕焼けはいくつもの質問のひとつ

短歌:村上きわみ
文:なかはられいこ


水滴をいくつもむすびわたしたちあけがたの森のようにすずしい   村上きわみ


森中に張り巡らされた蜘蛛の巣のことなどを思いながら寝ころんでいると、
どっちが被害者で、どっちが加害者かなんて、
考えるだけばかばかしいってことに気がつく。

とりかえたり、いれかえたりするうちに、
なつかしさのあまりほとんど憎みそうになる。
傷つけ合いながらそれぞれの一部になってゆく肉体。

遠い鉄塔を目指して歩いていったことがあったでしょう?

猶予、猶予って十回ずつ交互に言い合って。

涼しい風が吹く朝だったね、あれは。

見わたすかぎり緑色に染まった大地。
水田のところどころに金や銀のリボンがたなびいていた。
不注意に触れれば手を切りそうな風。
指を握っていてほしくて立ち止まってふりかえる。

あなたは鉄塔しか見ていなかった。
まるで中立地帯に取り残された兵士のような目つきで。
わたしはいきなり歌い始める。
ことさら明るい歌を、ことさら明るい声で。

人生に意味なんてないよ。
だから生きているんじゃない。
いままでも、これからも。

ねえ、あの日わたしたちは鉄塔まで行き着けたのだった?



夕焼けはいくつもの質問のひとつ    なかはられいこ
# by nakahara-r | 2003-05-22 11:07 | きりんの脱臼(短編)