用なきままの

 用なきままの

命日を母の白髪のあとに坐し
独りゐて地震に気づく棚の物
大それた事立聴きの身にあまり
わが家ではないが案じる救急車
忙しくなつた手品の左右の手
生字引死んで湯呑も一つ減り
茶を入れる老妻に碁がはかどらず
あの笹竹煌煌と光りだして夏だ
ラヂオ劇馬は律儀な音で過ぎ
朝靄を鶏馬人とあらはれる
旅役者故郷に残る幼顔
村会は背中が丸くなつて更け
靴磨く妻も久しい小役人
詫びてゐるのでよく動く影法師
徒食して親子二代の立候補
銀行に来るまでニセ札の動き
何気なく洗ふ入歯の手暗がり
狂犬のあとを従いてく蠅五匹
連絡船用なきままの救命具
咲くにつけ母校の老樹散るにつけ
客の子の無理にウチの子口をあき
頼信紙一字余つて指が要り
一筋に気ばかり尖る受験生
廻り道月はすすきへ水のやう
マーケツト大火事となる日と知らず
平面図硬骨技師は肯ぜず
酔ひざめの水は咽喉から真二つ
働いた靴は明日も頼む靴
末弟と同窓になる十五年
帽子掛学帽グニヤグニヤグニヤと落ち
蛇がくれた知恵が日本のストリツプ
菩提寺もいつか工場地区の中
よく喋る勧誘員の鼻の穴
初陽きりきりはつきり雲と海にする
食堂のメニユーも五銭づつ騰り
空つ風今朝白菜を漬ける樽
虫の声明日旅に発つ子は二階
出世してまた飯食へぬ日がつづき
かみなりは本所へ去つた船世帯
爪びきの足はどうでもトンビ足
むずかしい表情たかが金魚釣り
兄さんの顔だんだんと親父に似
唖の子も凧が上つて靨が出
草分けの名なんぞ知らぬ工場主
夕刊へ今度は妻としての手記
世の中に砂糖醤油といふ不味さ
何もかも空つぽだつた行倒れ
ここからは番地が知れぬ寺の崖
日曜の妻に少うし使はれる
臆病ぢやない警官の忍び足
酔痴れたオーバーの底のアルミ銭
見当をつけては見たが昼の火事
縁の下別に役立つ物もなし
映画劇場父も泣いてるのが嬉し
秋の川映つた人も物思ふ
吾子癒えて座布団ぐるみ陽を与へ
名所もう何やら小唄出来てゐる
オーバーを脱ぐと暖冬湯気が立ち


# by nakahara-r | 2006-01-01 10:20 | 川上三太郎『孤独地蔵』

よくも妻の名

 よくも妻の名

干す物を干して水飲むおかあさん
もう医者の帽子は早し夏となり
大阪によくぞ生れた一人ツ娘
もう一つ吊革がある急カーブ
沈丁花彼女書斎に立ちつくす
親の声に子の声混り陽をもらふ
通過駅花嫁らしい五六人
五ツ紋着終つて咳二つ三つ
生命売りますも卑しい十二月
空振のクラブの風は伊豆の風
大銀杏こゝに久しい老易者
おめでたがつづいた母の好い鼾
ピクニツクこの令嬢も好い身分
避妊薬笑ふ悲劇に泣く喜劇
六月の蠅の生活おもしろや
和英辞書読めばなるほど日本語
中国にハエがゐるとは有難し
弁当の飯と同じな夜の飯
ホテルしんかん深夜の海の動き居る
やめたかと見ればボウフラまた踊り
美談とは誰にも出来て誰もせず
日が暮れて蛙の村となりにけり
縁日の夜空がまるい靄の中
日曜の新聞に子も見るところ
二十年よくも妻の名呼びしかな
肝臓はたしかにあつた二日酔
一本松洋館ばかりあざやかに
犬の子の何か噛んでて誰もゐず
扇風機金が親孝行をさせ
ゆすぶつて唄つて背の子と貧し
湖夜半実に映るもの何もなし
上着なぞ脱いでボーナス午后に出る
ポータブル二等車の客趣味が知れ
旅の母娘駅弁でないのを開き
凧切れて高いと知つた冬の峰
ツバメ号もう駅売りに国訛
大漁に犬も興奮駈けて吠え
金持の犬の大きさ腹が立ち
長男は次男を見上げ叱るなり
晩酌は子の食慾にちと呆れ
生きものの記録三六五夜眠る
知事選挙これは人間出馬表
早起きの女中に咲いてくれる花
春風に真綿のやうなうさぎの子
つらあてに死ぬ抵抗のはかなさよ
耳を貸す眼は襖を見天井を見
高圧線そこから川の中となり
音もなき春雨おもひ母娘縫ふ
落ちぶれた友見あげてる夏羽織
ヘエこれが空気と太鼓持は吸ひ
いい天気動物園はみな寝てる
石ぢつとしてゐるだけでそれが役
仲裁の両手の上の顔の色
ウニが名物で夜半も波の音
女の子タオルを絞るやうに拗ね
下町に住んで田作(ごまめ)も箸の先
事業慾うなされてゐる父の皺
晩酌の二本目何気なくせしめ


# by nakahara-r | 2006-01-01 10:19 | 川上三太郎『孤独地蔵』

一本の葦より

 一本の葦より

雷へどうにもならぬ膝を抱き
ランドセル今日写生した画がはみ出
町ことば娘のくせに水を飲み
貧しさを見たり火鉢の懐炉灰
青空の下の母子に草摘まる
アベツクも団扇持つたは夫婦づれ
母笑ふ母の短歌の頃の齢
食堂車子供ばかりに喋らせて
出勤のあと新聞に居崩れる
息子のを借り靴下の派手な脚
子を抱いていつかかたちも父となり
子の鼻に皺が二つ好いお顔
絆創膏はじめくれたは小さすぎ
初奉公妹がくれた便箋で
居候君は昨日の雀だな
刈り終えて案山子も家族土間に寝る
迷ひ犬残念ながら猫に負け
蒟蒻屋桶へ肱まで入れて売り
昂然と棄権する子に言ひ負ける
慌て者とにかく水を飲ませられ
尼寺の早寝へ月が銀のやう
赤とんぼ二匹づつ虚空に静止
アジビラに飢といふ字が多すぎる
分譲地そのまま風の秋になり
解散で故郷へ襤褸を着て帰り
愕然と女中転寝からさめる
鳩あまり降り立ちすくむ女の子
高い丘わが子の両手みなあがり
昨日来た女中のモンペ身について
北風に子供も今日は家にゐる
手を執つていただいてゐるマニキユア
一本の葦より怖い稲の折れ
犬に見る生命といふすさまじさ
酒とろりおもむろに世ははなれゆく
肱突いて飲むおでん屋も五年経ち
引揚げへ御苦労さまの文字も剝げ
オルゴール愛は昔を今にする
蚊帳つるに梵妻白い肱二つ
二日酔鎌首というものをあげ
踏切番それから先は夢のやう
雑草に水なく石が石圧す
初奉公嘘をつかれた溜涙
利をつかむ学生野狐になりおほせ
冷然と秀才の道ただ一つ
河豚釣つて釣魚といふもの淋しがり
縁の下下駄も根よく履けるもの
オールスターキヤストで曲馬飯を食ひ
留守番の無念はあまり晴れすぎる
令嬢が拗ねてて廻り椅子廻り
風呂敷でお使をする犬の顔
蟇いまの地主に引継がれ
本職にする内職は可哀さう
豊作は五年配給二十年
箸紙にわが子のかしこまるを見る
婆さんを腰かけさせてちとよろけ
ハンモツクポコンと寝てる子の重み
のんでからもう一度読む風邪薬
物置の物にぶつかる冬の脛


# by nakahara-r | 2006-01-01 10:17 | 川上三太郎『孤独地蔵』

あなたの青春

 あなたの青春

伝送の写真ボツボツ顔になり
転業のいつそ気安い服で下駄
三度目のお預け犬は帰りかけ
音響制限法に教祖はこだはらず
お迎火浴衣が長い次女三女
卒業をして本箱を広くする
その外の芸は持つてる怠け者
白菊の一等賞に見る驕り
近道をして待つてゐて同じこと
長男に店を任せた竿の先
万歳を片手で済ます紙テープ
犯人の脚と刑事の脚の泥
アパートのお茶はコツプで母へ出し
青空やあなたの青春にぼくの青春
鋼鉄に落ちたコツプの破片光る
豪華船昼を欺く海となり
それぞれにたたみいわしは貌をもち
花嫁が来た来た来たよ裏通り
母と住んでつくづく母は薄命ぞ
名人は口もきかずに湯へ出かけ
左きき倅は右で箸を持ち
急用に二三度動く咽喉仏
有名になつて葉巻もむらさきに
よく燃えぬ焚火みんなで涙ぐみ
夜が明けたけれど豆腐屋手暗がり
ラヂオ体操子供の声と親の声
頼信紙役に立つてる左の手
リノリユームあれは社長の靴の音
両手かける眼の見えぬ娘のスープ皿
肘枕不景気に馴れ雨に馴れ
病人の身体の長さだけ温み
百姓の字でよし米の詩が生れる
独楽のするどさが微音微音微音
も一つのあたまでたどる二日酔
母校とは父子二代の庭の樹樹
嬉しさに引くり返る犬の顔
居候標準語だけ身に残り
運動会幼き頃の青い空
稲の穂に知る日本の夏の土
五ツ紋家系を誇る白皙な
影法師書斎にしても動かざる
風が出てきて白鷺の顫ふやや
子沢山一人の帯はタテ結び
友だちの顔好きな顔好きな声
天守閣農工商へ驟雨する
蝶々のはるばる来たか憇ふ呼吸
代役を労はつてやる一幕見
亡き母の本から落ちた銀杏の葉
先代が開拓をした人通り
十八歳以下でなくとも刺戟され
驟雨あがつて白牡丹かな雫する
立志伝非道の伯父の名は変へる
晩酌も嬉しい猪口の置きどころ
変人に根負けがした犬の顔
探し物だんだん腹が立つてくる
葉がキラリ光つたつきり冬の椎
箸は箸箱に独りの夜となり
裏通り痩せててとても吠える犬


# by nakahara-r | 2006-01-01 10:16 | 川上三太郎『孤独地蔵』

ひらひら春の

 ひらひら春の

病人へとてもメロンが高すぎる
覗き込む鼻へしたたかコンパクト
紅葉狩り春は桜を折つた群
柏手は家内安全のみならず
片親の子も手伝つて物を干し
転寝にちと口あいた新夫人
馬方も万策尽きた馬の腹
もう子供一年生のお辞儀をし
集団見合ひ去年と同じ齢で済み
下役にその下役がまた媚びる
娘たちひらひら春のつむじ風
返信料付うまく出て来ぬ十五文字
ホツトドツグ二十分ほど腰をかけ
口まげて今日の課長は言ひ募り
女理学博士の文字の勁さを見
カレンダー動物になり虫になり
石の門疑獄の夫人齢が上
家中でみんな歩いた水の味
教会はたつた五人で声を出し
空気枕畳んだ中にある空気
踏切番老ひ白い旗これも老ひ
フケを取るしかめつ面も十二月
刀鍛冶潔斎をして鶴の如
鶏の親子食ふことのみに歩いてる
影法師一つが立つて寝る支度
風それずすすきの中にうづくまり
出さなかつた手紙の中の国訛
党顧問社説のやうな事を言ひ
晴雨計暫く立つて感に耐え
掛茶屋の犬は首輪もなく育ち
番台の亭主が青い染硝子
仲見世の雨はそのまま灯に染り
夏の風呂しみじみと見る父の尻
脳病んで耐へがたき菜の花ざかり
晩婚の靴に慣れたる脚細し
春が来た市場の野菜みな青し
やはらかな風やはらかな家鴨の子
あちらにも弥次馬がゐるテレニユース
油虫これでは薔薇が可哀さう
接骨医腕力も要るものと知り
集金に慣れた鞄の持ちおもり
姉妹の靴は会社へ学校へ
戸を閉める社宅揃って音を立て
どぜう汁飯食ふ土工髭が生え
鳶の翼うすく渺渺屋根を圧す
東京にこんな夜もある星一つ
ハンモツクわざと鼾をかいてみせ
親の恩海と山とで案じさせ
ソーダ水笊をつぶしたやうな帽
満潮にいつもの石垣が濡れる
奉公も母娘二代の柳行李
ほととぎすここから先は日本海
燈籠が売れて石屋へ陽があたり
うしろから呼ばれてすくむ長廊下
腕時計裸体になつてフト気づき
日本海狂へる蝶の光るあり
人間を乗せて引越し暇乞ひ
スチユアデス英訳をする今日の富士


# by nakahara-r | 2006-01-01 10:15 | 川上三太郎『孤独地蔵』

だんだん黝く

 だんだん黝く

水族館の魚の中にも怠け者
日本酒の乾盃に手が大きすぎ
蒼白な顔で遁辞の次の嘘
青春(はる)烈し瞳から唇から言葉から
別室に右翼が詰めて総辞職
はにかみと闘志の中に女子選手
初霰日は椎の樹に暮れ残り
不良少女妹の瞳が胸を刺し
手拭に似たもので拭く鳥料理
叮嚀にお辞儀をされて妻に訊き
冬の土雑草ももうもろくなり
病む姉の方から話す神のこと
雪の声はや聴くすべもなく哀し
おほよその見当へ出る心太
嫁ぐ日が迫つて耳がすぐ染り
友だちの妻へ妻からことづかり
二階から見るとつまらぬ藤の棚
川沿ひに一つたしかな残置燈
担いでるやうに寝てゐる肱枕
炊出しもやつぱり寝ない眼の赤さ
五寸釘日曜大工どうする気
これも友月一割と巧い事
立志伝親孝行をしそこない
駅へ吹く馬車の喇叭も小十年
煙突の煙もゆたかに増資説
金魚売若葉を青く紅く抜け
クリスマス暖かさうな窓は雪
日曜の足下駄穿いてたのしがり
雪の春見る見る光る一軒家
子らやがて身じろぎはじむ夜あけがた
柘榴の芽春へぱちぱち火華する
お師匠さんがゐるきりきりと舞ひをさめ
凡聖一如一月一日はしづか
沈丁花白猫の瞳の妖しかり
雷鳴に顔すら出さぬビルデイング
金借りる土産が海苔の缶一つ
キス釣りに揃えた膝の細さなり
トタン屋根少し上つて無事に下り
夜が明けて鴉だんだん黝くなり
酒とろりとろり水のむこと三日
あかつきに富士恍とありすでにあり
踏切の柵に乗つかる馬の顔
朝の陽に湖きらきらとひろがれる
お元日今年もたのむ机拭く
病室はしんしんと粥煮えてくる
松の花強くするどくひよこ鳴く
稲光白昼かとおもふ竹の数
ひよこ二羽心ぼそくもたより合ひ
南無大悲第二の故郷はエンコです
しらゆきがふるふるふるさとのさけぞ
剃刀にわが子の産毛いつくしむ
椎の昼春の汽笛の掠め去る
パンスケの耳たぶうすきイヤリング
おばあさんに所詮かなはぬおぢいさん
落し物だんだん風が出て暮れる
それぞれを芽にして大地知らぬ顔
タイピスト叩く頸が社長から
妹が諫める涙膝に落ち
薬もう飲まなくていい日のうつろ
一月の風と闘ふうす光
午前十時主婦にひとときある憩ひ
酔ひざめの水の眼だけど子の寝顔


# by nakahara-r | 2006-01-01 10:14 | 川上三太郎『孤独地蔵』

孤独地蔵

孤独地蔵

 緑雨点滴

点滴の一二寸地をみどりにす
雨みどり音なくみどり樹もみどり
雨みどり仰げば陽ありくるりくるり
雨みどりてんてんてんと昏れはじむ

 孤独地蔵

孤独地蔵花ちりぬるを手に受けず
孤独地蔵誰がかぶせた子の帽子
孤独地蔵お玉じゃくしが梵字書く
孤独地蔵悲劇喜劇に涸れはてし
孤独地蔵うつつに見つむ日ぐれがた
孤独地蔵月したたりてなみだするか
孤独地蔵いよいよひとり歩むべし

 冬酒

冬の酒歯を鳴らす事あままたたび
冬の酒友白鷺の如くあらむ
身の底の底に灯がつく冬の酒

 酒酒酒酒酒酒

酒よろし酒にきはまる日くれがた
酒あまし舌より真珠まろび入る
酒とろり身も気もとろり骨もまた
酒をかしフオークで豆腐くらふ宵
酒うまし父にはあらず酔詩人
酒きびし深夜孤を孤に徹しきる

 句の道

句の道は苦でまた愉し愛愛愛
句の道はみづからを刺しきざむのみ
句の道にことばうまれてなみだする
句の道を歩むしあはせ不しあはせ
句の道のはてのはてなる愛愛愛
句の道ははるかきびしく灯りおり
句の道で頒ける小さくて大き花
句の道を行くともなしに五十年
句の道は実(げ)にしづかなり愛愛愛

 母子富士

富士に朝陽をいだいて子は眼がさめる
朝の富士けふもこの子をたのみます
富士とくるくる富士を前後に子はあそぶ
富士の午後子は鼓笛兵水を飲む
富士昏れて一日待つた吾子の顔
富士昏れて一菜でよし母子の膳
夜の富士雪ふり積みて子の衾
夜の富士母の睫毛もやすらかに

 白魚菩薩

白魚光るか水が光るか陽の粒か
水速に白魚の位置も調ひし
白魚航く嘗ての学徒航くごとく
白魚も染る紅貝桜貝
白魚の黒き瞳を水に描く
白魚の色情波紋きよらかに
白魚たちまち菩薩の貌で生命絶ゆ
白魚碗憂愁夫人翳ほそし

 やきふな

焼鮒の小さき顔と酒を飲む
焼鮒よ海はびようびよう僕もまた
焼鮒はさびれた町で売れてゆき
焼鮒の哀れは機嫌よろしき眼
焼鮒よ僕酔つたからいいぢやないか
焼鮒も皿から消えた酒となり

 黒鵜

鵜の闘志すでに兇貌とはなれる
鵜の闘志一団となり狙う嘴
鵜の闘志水より速き魚を嚥む
篝ぱちぱち今や鵜は火の鳥となる
鵜の闘志星もかなしみまばたけり
鵜は夢に哭きつつ眠り暁けかかる

 雨ぞ降る

雨ぞ降る音なし香なし海五月
雨ぞ降る地を降る地を噴きいでて桃咲ける
雨ぞ降るわが子の宿痾言ふなかれ
雨ぞ降る渋谷新宿孤独あり
雨ぞ降るリユツクの米をこぼし行く
雨ぞ降る地を傷つけて電車混む
雨ぞ降るけものの如きすとらいき

 秋

秋風の中をつらぬく陽の行方
水秋の勢がある杭一つ
よく晴て樹樹へ感謝がしたい空
秋の朝セルの青さの少女たち
秋の月聴く人もなき手風琴

 あんかう

鮟鱇の貌紫に雪粉粉
鮟鱇に魚屋の土間刃物あり
鮟鱇にさがる袋が三つ四つ
鮟鱇へよく来てくれた友二人

 江東かちどき橋

赤とんぼ坊さん坊さん何処へ行く
夏を経しカンカン帽の僧不惑
せいご釣る子供の頃の深川区
だるま船かちどき橋は秋を裂く
赤とんぼむらさきとなり昏れはじむ

 穀象

穀象と乏しき米をうばひ合ふ
穀象のたはむれ米と米のなか
袋から穀象米に飽きて這ひ
穀象は羨(とも)しお米のなかで死に

 冬の石

冬の石と石の間に水もなし
冬の石かたくなにまで乾ききる
冬の陽の石にしみ得ず土に消え
石庭に雪ふりつもる音を聴く

 ほや

ひる酒にホヤの香激し小丼
ホヤくらふ夜朝昼の酒二升
宿酔の割箸ホヤにある重み

 凍酒

水打つて風鈴が鳴り凍酒待つ
凍酒また卓のかくやも味のうち
凍酒色よわくグラスに盛りあがる
凍酒ふくみわが六十の読書力
凍酒とわれと机と本と夏夜半
凍酒凍酒のんでもひとりむせんでも

 葦折れぬ

葦折れぬ豊葦原と誰が言ひし
葦折れぬただそれだけの風の中
葦折れぬ一本折れぬなみだする
葦折れぬやがて来るべきひとたりし
葦折れぬそれをいたはる風の愛
葦折れぬなほ水にあり昏れはじむ

 すとらいき

すとらいきなんじしんみんあるくべし
すとらいききつぷはうらずパフたたく
すとらいきべんたうばこはしろいめし
すとらいきかすとりをのむさつをもち
すとらいきことばきたなきぷらかあど
すとらいきただしくもとめうつむかず
すとらいきこのこもやがてらうどうしや

 せいぢか

せいぢかのよむよりできぬかくせいき
せいぢかのおのれにゆるくたにきびし
せいぢかのなまりいやしくはかまはく
せいぢかにせいぢかがきてみみこすり
せいぢかのすうじにうときたぬきがほ
せいぢかのけふもこつぷとちよくをもつ
せいぢかはくにやぶれても2がうてい
せいぢかのしきよくつよきはなのあな

 続凍酒

冷蔵庫凍酒もわれを待つらんぞ
冷蔵庫凍酒も涙しづくして
二日酔凍酒もわれを救ふ気か
グラスから凍酒もこぼれまいと耐へ
縁側で凍酒見てゐる屋根の猫
炎天に凍酒もややに蒸気発つ
東京はガチヤガチヤがいい夜の凍酒
午前二時三時凍酒の顔ゆがむ
夜が明ける凍酒に倒る酔地蔵

 子らの子生る

天高し泣かない赤ン坊で御座る
子らの子はヤーイヤーイと人を恋ふ
平家蟹子らの子の泣きさけぶ顔
声立てて笑ふ子らの子ばばが来て
子らの子は徳利で乳は満ちあふれ
午後の部屋子らの子ひとり御機嫌さん
子らの子の夢はラヂオの曲のなか

 音痴子守唄

しののめにはじまる音痴子守唄
孫とばばつながる音痴子守唄
幾たびか抱いては音痴子守唄
子らの子は眠るよ音痴子守唄
音痴子守唄ばばなみだぢぢなみだ
天地(あめつち)のもの子らの子に見えはじむ
あくびしやつくりぶうぶで子らの子は育つ
子らの子の便のたしかさ朝ほがら
子らの子のあたま揺れゆく乳母車
子らの子に小判のやうな足の裏
親が転勤で子らの子も汽車の窓
発車ベル子らの子もまた手を振られ
子らの子の忘れた玩具手に取れず
子らの子に富山の風よそよと吹け

 カッパ満月

新年を蒼蒼として河童ゐる
河童起ちあがると青い雫する
この河童よい河童で膝枕でごろり
河童月へ肢より長い手で踊り
満月に河童安心して流涕(なみだ)
河童郡(ら)月に斉唱だが―だがしづかである
人間に似てくるを哭(な)く老河童

 炎天河童

腕角力河童月下に二十匹
月に手を子河童の稚気愛すべし
焼酎で海鼠のやうに河童酔ひ
河童うたつてもそれは聞えぬ人の耳
八月の河童よたよた皿の水
河童病んでいよいよ細い手で嘆き
河童死す月あはれんで白昼の如し

 ルムバ河童

河童かなし無口となりぬ嫁くひとに
河童身を責めて孤独を涙する
青春を涙の中に河童得し
月したたりて河童ルムバを聴き濡るる
青春ありしよろこび踊るルムバ河童
君を得て踊るよルムバルムバ河童

 河童豆腐

欣然と春の河童は豆腐食ふ
豆腐つつく夏の河童に水蒸気
秋の夜を河童と豆腐しづかに居
生豆腐冬の河童のこれに尽き
豆腐あり河童に四季の黒田節
河童昇天皿の豆腐もともどもに

 雪の間奏曲

ふりふれる雪蒼白につもりゆく
でんきブラン老醜の名をすてるべし
でんきブラン低俗な香が浅草だ
でんきブランわれが詭弁にわれが酔ふ
でんきブラン友だちの首二つ抱き
でんきブランがくりがくりと世が離れ
でんきブランこのまま死ぬも石だたみ
ふりふれる雪蒼白につもりゆく

 一匹狼

われは一匹狼なれば痩身なり
一匹狼友はあれども作らざり
風東南西北より一匹狼を刺し
一匹狼風と闘ひ風を生む
ただ水を一匹狼啖ふのみ
一匹狼あたま撫でられたる日なし
一匹狼欲情ひたに眼がくぼみ
一匹狼酔へど映らぬ影法師
一匹狼樹枯れ草枯れ水も涸れ
一匹狼天に叫んで酒を恋ふ


# by nakahara-r | 2006-01-01 10:12 | 川上三太郎『孤独地蔵』

錆色の飛沫になって眠ってる

短歌:鈴木二文字
文:なかはられいこ


屋上にピアノが吊り上げられてくのを見てます。Q1・努力しますか? 鈴木二文字






「まぶたが閉じないんだ」
どんなに努力しても。

と、あたしのあたまを両手でかかえながらYは言う

「眠るときにも?」
「そう、眠るときにも」

深夜、オレンジ色の豆電球のあかりをかすめて
兎や山羊の影が部屋を通り抜けるのが見えてしまうと言う

「眠ってるのに?」
「そう、眠ってるのに」
やつらは決まってぼくの頭の方から足の方へ移動するんだ。
つまり東から西へ、ね。
それに意味があるのかって?
そんなことは知らないさ。

あのね、兎や山羊ならどうってことなかったんだ。
蝦蟇蛙の影が団体で通ってくのも、まあ、いい。
だけど、きのうなんて蝉の団体、だったんだぜ。
しかも飛んでくんじゃないんだ。
しゃかしゃかしゃかしゃか歩いてた。
あの足で。

さいあくだ。


話し続けているうちに眠ってしまったのか
あたしの髪をなでていたYの指がとまる
「眠ったの?」
開いたままの目を覗きこんでみる
充血した白目のまん中に暗い夜の森の湖みたいな瞳があって
湖の中心に浮かぶ浮き島のように虹彩が揺れている


見なくてすむものまで見えてしまうことと
見せたくないものまで見られてしまうこととは
どちらがつらいのだろう

閉じないまぶたと
隠せない影


首にまわされた腕をそっとはずし
あたたかいベッドから起き上がる


月明かりの射し込む部屋を
東から西へ通り抜けてゆくあたしの影を映して
Yの虹彩はいま揺れているだろうか







錆色の飛沫になって眠ってる     なかはられいこ
# by nakahara-r | 2005-11-21 11:24 | きりんの脱臼(短編)

題詠マラソン2005

001:声
泣き声をあげないように手から手へ蝉の抜け殻わたってゆくよ

002:色
暮色いまわたしのゆびをすりぬけてあなたの息にまぎれてしまう

003:つぼみ
かたわれと思うからだを離すときつぼみのままでこぼれることば

004:淡
淡彩の時間は流れどこまでもほんの家族のままでいましょう

005:サラダ
さらさらと過去になりますわたしたちサラダボールにレタスを盛って

006:時
ひよどりが一羽来たりて去る時の枝のふるえをおぼえていてね

007:発見
星よりも雨は親しい雪もまた、空に発見されないように

008:鞄
鞄からノート取り出すようにして冬の記憶に外気をあてる

009:眠
きのうふたりで名前をつけた街路樹につながれたまま眠りにおちる

010:線路
終電のあとの線路をあるいたね空にも海にも属さない青

011:都
ふりむけば都忘れのむらさきが揺れておりますしきたりとして

012:メガホン
グランドに投げ捨てられたメガホンといつか置き去りにした犬と

013:焦
おやゆびを口にふくめば早春の空の焦げゆく匂いとおもう

014:主義
主義なんてぽんぽんだりあワタクシはしどろもどろに暮らしております

015:友
液晶に「友」という文字あらわれて今宵ひそかに散る木蓮よ

016:たそがれ
もう帰る、もう帰るねとたそがれにまぎれる前の声だけがある

017:陸
大陸のかたちをなぞるゆびさきが宙でとまって秋がはじまる

018:教室
消えないものも消えゆくものも一列に並んでいつか教室を出る

019:アラビア
「アラビア」と発語するとき上下するあなたの喉に青い魚いて

020:楽
点滴のチューブ伝って音楽がわたしの身体に満ちる十月

021:うたた寝
うたた寝の額にかるく手をあてて夢の温度を計っておりぬ

022:弓
弓と矢ののちの時間をぼくたちは過ごすやさしいさよならを重ね

023:うさぎ
さっきまで飛行機だった紙はいま白いうさぎに変わるさいちゅう

024:チョコレート
やくそくはもひとつあってチョコレート口に含めば角から溶ける

025:泳
脱げそうな水泳帽を押さえつつたどりつけない場所があること

026:蜘蛛
蜘蛛の巣はうつくしいから何度でも同じところで出逢いそこねる

027:液体
ボクというひとつのかたち保つため揺らさぬように運ぶ液体

028:母
らいねんの春には母になるひととコップの中でうまれるひかり

029:ならずもの
いちめんの泡立草に囲まれてならずものにもなれないおまえ

030:橋
いままでに渡ったはずの橋の数、交わしたはずのやくそくの数

031:盗
柿の実は夕陽を浴びてつやつやと盗まれること夢想している

032:乾電池
乾電池一本ぶんのちから持て アナタガスキダ、アナタヲスキダ

033:魚
抱きしめる腕がないから魚にはなれないふたりニセモノになる

034:背中
台本に書かれたような朝が来て、さよなら背中、肩の糸くず

035:禁
禁じればあんしんできるひとたちが夜更けに啜るあまいみずです

036:探偵
灰色の脳細胞の探偵がぼくらの夏を捜してくれる

037:汗
汗ばんだあなたの胸に触れるたびちいさな森を産みそうになる

038:横浜
横浜にともだちがいて横浜は群青である今日も明日も

039:紫
あけがたの紫陽花いろに濡れている鍵つきのドア嘘つきのドア

040:おとうと
おとうとと花火したことうすぐらい部屋でなまえを呼びあったこと

041:迷
迷うだけ迷うがいいよここにいて外を見ながら待っててあげる

042:官僚
ぬばたまの夜の官僚宿舎なれ規則正しく寝がえり打って

043:馬
感情という名の馬がつぎつぎと第四コーナー曲がり終えます

044:香
梅の香のガムを一枚差し出され言いたかったこと忘れてしまう

045:パズル
「あ」で終わる五文字のことば日常をパズルみたいに組み立てながら

046:泥
にちようはあえませんから泥つきのお芋のように転がってみる

047:大和
汚れたら洗えばいいさたましいもそらみつ大和、男子のおへそ

048:袖
袖口がなんどもなんどもずり落ちて金木犀の季節を告げる

049:ワイン
らいねんの(梨+ワイン)じゅうがつの(虹-コーラ)ぼくらについて

050:変
常温でしばらく置かれ肉塊はとまどいながらかたちを変える

051:泣きぼくろ
柳ヶ瀬は濃尾平野の泣きぼくろフィリピーナがぺたぺたとゆく

052:螺旋
蔓草の螺旋に抱きしめられていてカーブミラーはしあわせでした

053:髪
液晶に花びらが降り雪が降りしずかに髪をなでられている

054:靴下
お祈りのかたちになって靴下を脱ぐまめでんきゅうのあかりの下で

055:ラーメン
ややこしいふたりになってしまわぬようラーメン食べに出かけましょうね

056:松
出さなかった手紙に切手貼るようにグリーンサラダに飾る松の実

057:制服
制服の紺は無実を主張する秋の陽射しを吸い込みながら

058:剣
剣に似た葉をもつ花をたずさえてゆらゆら歩く豊臣通り

059:十字
十字路を右に曲がれば海に出る眠ったまんま運ばれてゆく

060:影
さみしい影とさみしい影が重なって銀杏並木は背筋を伸ばす

061:じゃがいも
じゃがいもの皮剥きながらあきらめるわたしのははもははのわたしも

062:風邪
風邪声のあなたが語るいちにちは雪、はるかな海に降っては消える

063:鬼
れいちゃんが鬼ねと言われ鬼として、たぶん今度もまちがうだろう

064:科学
そうですね、たとえば科学館にある化石の貝に陽が射すような

065:城
たゆたゆと水のお城になっているあなたの前で目を閉じている

066:消
まちがって消してしまったメールにも芒そよいでいたのでしょうか

067:スーツ
ほんのりと雨の匂いのするスーツあたまあずけていればよかった

068:四
掟みたいに四つ折りにするハンカチとさみしいといういまのきもちと

069:花束
花束を抱かされているとりどりの花の述語をかんがえながら

070:曲
アンダースローで放られた鍵うつくしい曲線を描きふたりをつなぐ

071:次元
週末は二次元に棲むこいびとの指の先からかすれてゆきぬ

072:インク
群青のインク一滴紙に落ち捨てるってことはなんてかんたん

073:額
つめたい額寄せあってするさよならは、あれは鮫の泳ぐ水槽

074:麻酔
ゆうぐれの空に麻酔がかけられてこんど生まれるときもひとり

075:続
にごりゆく水のぬるさを受け入れてこの日常は続くのでしょう

076:リズム
こきざみにリズムをきざむ片膝のまわりに蝶がうまれ続ける

077:櫛
月光の触手が櫛に伸びるときあなたの夢に銀杏降るとき

078:携帯
さみしさを携帯してる待ち受けの画面にさくら咲かせたりして

079:ぬいぐるみ
ぬいぐるみのくまのお腹を縫い閉じるけんかができてうれしかったよ

080:書
書かなかったけれどありがとうきんいろの稲たち風に靡いています

081:洗濯
日に灼けた洗濯ばさみもろくって、とてももろくて、鳥になれない

082:罠
家族という罠はすずしく匂いたちころがっている洋梨ふたつ

083:キャベツ
晩秋の午後はひとりを引き受けてあまくなるまでキャベツを煮込む

084:林
ひそやかに林檎は蜜をためている言わないことと嘘とはちがう

085:胸騒ぎ
胸騒ぎしずまるまでをまなうらのえのころ草と揺られておりぬ

086:占
濡れたまま傘は畳まれ占いを信じてみてもいいなと思う

087:計画
たまねぎを計画的にきざみつつちがうところが泣いてる日暮れ

088:食
秋色に侵食される町をゆくビーズみたいにつながりながら

089:巻
何回も巻き戻されているうちにうそつきになる記憶のように

090:薔薇
白薔薇、雪の結晶、きみの眉、ときに世界は手におえなくて

091:暖
もういない犬の名前を呼んでみる暖かい舌おぼえているよ

092:届
ていねいに梱包されたまぼろしの家族が届く十月二十日

093:ナイフ
しんとした種を抱ているおんなたち果汁に濡れたナイフを拭う

094:進
さわさわと芒原のまんなかを黄色い帽子の行進つづく

095:翼
みんなみんなじきに忘れてしまうから真昼の月を切り裂く翼

096:留守
留守番電話の赤い点滅(なつかしい)ともったり(声が)きえたりして

097:静
静かだね静かだねと言い合ってかたほうずつの貝殻になる

098:未来
未来しかみてないふりをしつづけて丘のポプラは海にあいたい

099:動
まだ動く、もう動かない、羽虫は羽虫としてえいえんを見る

100:マラソン
ちからある腕に抱きとめられること信じてマラソンランナーは走る
# by nakahara-r | 2005-09-21 11:30 | 短歌

晴れときどき曇り 息をする空と

短歌:村上きわみ
文:なかはられいこ


いきもののももいろのにく湯のなかにほぐれてひらく(お会いしましょう)  
村上きわみ






ねえ、ねえ、稲の切り株ふんだことある?
ほら、あの剣山みたいになってるの。


「うん、あるよ」


いま踏みたいものは
稲の切り株
霜柱
湿った苔
ほこほこした日向の土

足の裏が恋しがってる


「踏んでいいよ」

と、投げ出されたからだを
踏む。
そろそろとじょじょに
体重をかけながら。


うすいひふ
とくとく脈打つ血管
縦にはしるきんにく
並走する腱
やわらかいにく
その下にあるほね



恋しがる足の裏があたたまると
「恋しい」はオレンジ色のちいさなひかりの球になって
ゆっくりと足を這い上がり背骨を伝って
後頭部にたどりつき
ゆるやかに膨張する

あたまのなかにオレンジ色のひかりが満ちて
わたしはなつかしさのあまり泣きそうになる



とうとう会えましたね







晴れときどき曇り 息をする空と     なかはられいこ
# by nakahara-r | 2005-03-15 11:23 | きりんの脱臼(短編)