母の気を知る

 母の気を知る

軍国酒場みな勝ち組にして帰し
雪ン子をちらりちらりと悦ばせ
女房の手紙の中の子の育ち
日本刀さびしい秋の水の色
猿の檻一匹拗ねて食はずに居
すばらしい空気の下の居合抜き
凉台去年の艶で今年も出
節電も家中倖せな鼾
その上で死んでくだけの不動産
アパートのあさましきまで蒲団干す
修学旅行また東京へ濡れに来る
腰弁の君もやつぱりパチンコか
混み入つて来た立話場所を替へ
冬の客しばらくは表情の硬き
浮浪児の童貞わづか十五年
ラヂオ体操チヨイチヨイ父にごま化され
口あいて笑ふ話題も次女三女
体臭があさまし小説を書いて
長欠の机給仕も拭かずなり
生酔にやつとこさつと銭残り
船住居下駄もやつぱりはくと見え
花火屋へ今夜も星がふりさうな
夜が明けてきて燈台の色は白
落選をして方言になつてくる
東京に売られて白い飯が食へ
居候湯呑片手に機嫌よし
ぢいさんが死んでばあさん素枯れて来
猫も親子で陽を探しあて愉し
子の気魄転んでからの顔に見る
夏蜜柑主客酸つぱくなつてゐる
日本晴鷹の子の顔もう猛し
波といふすがたになればすぐに消え
テープ一筋愛人の手に惜しまれる
海女の乳石でこさえたやうな子ら
迷ひ子へ子を持つてゐて立ち止り
狂人をしずかに風鈴がさせる
漁村陽があたつて女子供だけ
廻り道すぐそこにある寺の屋根
松すぎて学ぶ炬燵の夜となり
高台は空気も褒める数に入れ
脱帽に双生児のやうな同い歳
夕刊はまだ名の知れぬ生存者
葬ひに来たけどわかる大工職
あんな太い針金がある橋の裏
就職の朝隣家にも声をかけ
指の爪自分の顔を描こうかな
誘蛾燈ネオンとちがふ夜のつとめ
始末書をとられて女将独り酌
鶏の声子の声やがて初日の出
夏火鉢吸殻のまま三日たち
生酔の突然起きた膝小僧
嬉しい日子宝を背に手に膝に
日本中鯉が泳いで五月晴
二重橋手洟素早き団体旗
しもたやはそのまま暮れて戸が閉り
母として肩叩く手の小ささよ
叱られる膝にも少し灯が届き
愛人にはたして芽ぐむ虚栄心


# by nakahara-r | 2006-01-01 10:32 | 川上三太郎『孤独地蔵』

溝がまたげぬ

 溝がまたげぬ

涼風にもう病人は丸くなり
三ヶ日炬燵に積んだ新刊書
清貧と言はれ赤貧歯を鳴し
朝の幸郵便屋さんにお辞儀する
裏口を知らぬ納豆屋朝鮮語
小商ひ帰るを見れば乳母車
言ひきつたその顔を師に微笑まれ
稲妻に嶺は裂かれず厳とあり
壇上ですぐ泣き叫ぶ主婦と母
子宝がこぼれて困る写真班
子のあたま大きい春の影法師
庭の隅萩ほろほろと位置まもる
許婚褒めれば睨む柿の皮
ぢつと見る色鉛筆のたくましさ
この秋の清水を母に飲ませたし
ランプつけて百万長者物に倦き
やはりあの樹だつた母校の庭の隅
洋服は夜露の肩をかき抱き
出鱈目のやうにトランプ人を待ち
海の音船は旧式帆前船
ニツポンの衿足見せる好い話
新妻も目白も朝陽まぶしがり
河原までどうにも思案尽きてゐる
逃げて行く家鴨のお尻嬉しさう
犬吠えてゐるが聞えぬ工場区
角店の夜をリヤカーの仕舞ひどこ
息子から風邪がうつつていたはられ
額の字の眼の届くとこ肱枕
五十年勝ち負けなしに夫婦呆け
親は生きてるが遺産として算へ
枯れたかと思ふ柳の冬の色
川でとぐ米幾粒か世を逃れ
合掌のひととき腕時計を聴く
出世して机上に受話器三つ置き
ソフトクリームぐるぐる廻す舌の先
算盤へ声が小さい同業者
能舞台恩師へ微塵だに立たず
猫も齢とると鳴かずに通りすぎ
産毛よしこの四月から女学生
麻雀の指先それが生きるすべ
放送に訛がひどい小説家
金魚鉢泥鰌を入れて凄くなり
冷やつこ今の夕立からの風
応接間腰を浮かせて金を借り
無医村のこれが家かと思ふ軒
耳と眼と別に働く稲光
出勤簿今年も無事な一つ印
食堂車さうは富士山晴れてゐず
母親へ理屈で勝つて涙が出
花散つて元の学者の庭となり
ぞんざいな男ばかりの衣紋竹
総踊芸者と芸者突き当り
親子体操母の通りに間違へる
大川端水が火になる美しさ
母の指冬の包丁蒼白な
花ひらく雄芯雌芯顔あげて
沈丁花ここのお寺の空つ風
チヤンと坐つて子のおめでたう受けてやり


# by nakahara-r | 2006-01-01 10:31 | 川上三太郎『孤独地蔵』

手の小ささよ

 手の小ささよ

学校が焼けお役所が焼け夜が明け
手は語るお前も少し野心もて
旅七日わが家を天井に見つめ
濁流の小さな下駄よ何処へ行く
センブリの口は顔中曲げて嚥み
どつちともつかぬ社説で物足らず
冬松に水なく老残石となる
教祖さま浪曲に似た声を出し
冬の風縁日一つ吹き残し
草の名を子に教はつて褒めてやり
月給は右から左だから酔ひ
母さんを笑はせ姉を羞らはせ
温室の花資本家は東京に
セロハンを透いて豪華な童話本
すみだ川どこから来たのほたるさん
咳一つして筆工は二階に居
炬燵からヨイコにされて追ひ出され
御主人と夜店を歩き担ぐ物
金借りに来たなと悟る葉巻の輪
髪きちんと結ふ義姉さんに今日も負け
十二月今年も友が五人消え
塩辛の嫌ひな顔を笑はれる
初陽ありやがて妃となる窓のひと
旗竿屋考へてから路地へ入り
六十年鉛筆愛し句を愛し
輪にさせてから先生はまぶしさう
東京に煙が一本秋の朝
言ふべきを言はざる老いのいけ狡さ
つくづくと赤ン坊見る眼が四つ
妻や子や待つらんビクに鮒三つ
慰める言葉のはての仏さま
長生きも哀れ陽を負ふ日日に尽き
蟹料理しやべる時間と食ふ時間
兜町踏まれて踏んでイキが切れ
大手術この看護婦の莫迦力
旅三日老妻もまた夜を案じ
応接間から令嬢の浴衣を見
円満な長男となり店火鉢
ゆで卵わが子のやうにむけて行き
夕立は予報と別に暗くなり
冬の陽の石に沁み得ず土に消え
冬の汗ほうれん草も地を二寸
親の名を一字つけてる迷子札
妻となる人の眼と合ふモーニング
月出でぬ宿からすぐに日本海
おかあさんこだまもははをよんでくれ
朝やけに家鴨も早起きが嬉し
あの蠅は何処へ止まるか応接間
熱風へ乾くものなき屋根の上
植木屋は坐つたものの膝を撫で
うすものを着た婆さんの肩の骨
表彰式小使夫婦ただお辞儀
叔父さんは本当に出好き日和下駄
お隣家の小吏の庭のおむつ竿
職人の薄い蒲団も小十年
新入社社長のたくましさにすくみ
白牡丹動くを見れば白い猫
爪鋏怠け者から怠け者


# by nakahara-r | 2006-01-01 10:30 | 川上三太郎『孤独地蔵』

白牡丹と白猫

 白牡丹と白猫

カツとした飛出しナイフもう刺さり
小使にもつたいないと思ふ炭
人に犬に海に空気に春が来た
人一人ゐて起重機はブラさげる
人情家わけはとにかく坐らせる
実印へまだ病人はたしかなり
十二月今日も磨かぬ靴で出る
ぞんざいな友だちだけど小十年
総代の子の眼つぶらに読み終り
台風に工場地区の屋根低し
痩身のそれも消えたる白魚か
二日酔折れた袂の巻煙草
故郷の海苔は鎧のやうな海苔
むずかしい顔で歯医者と睨み合ひ
メタン瓦斯工場の池のたくましさ
週刊誌読みすててあり熱海ゆき
みなほどけさうに鮟鱇つるさがり
宮大工鳩に馴染んで今日も暮れ
貨物駅また暑い日が明けてくる
キリストの言葉すなほに聴ける齢
樹樹みんな澄んで大路の十文字
北風の極まる物置のうしろ
給仕長声高からず標準語
姉妹で気性が違ふ靴と下駄
甘い物如きに必死あみだくじ
インク壺雨の夜学の休みがち
一日がはじまる妻よ子の手とれ
一月一日今年の僕と酒の距離
女史あはれアクセサリーに坐りダコ
白一色燈籠の灯にふくむ翳
立った子を真中に手は四隅から
一物も得ずに捕まる非常線
溜涙東北人だから落ちず
硝子戸へしばらく地震揺れ残り
高い高いそら母さんが呼んでるよ
太平洋花束の花無駄に死す
店子にも権利があつて記事になり
春日を闘争の眼は三角に
写真機と屋根から落ちる昼の火事
寝台車向ふの客の顔に倦き
夕河岸はこのしろの数灯をふくみ
秋の子にもう三輪車ものたらず
冬の或日のあたたかい中にゐる
ゴムバンド今日も店主に拾はれる
倹約でなく重役は蕎麦を食ひ
誘蛾燈月に浮いてる一軒家
社長なんか怖くはないがゐない午後
信者敢て警察ぐらゐ驚かず
ボーナスに男の靨あなどられ
風呂敷にことづけるもの母多き
蓮花草酌婦のシヨール飛び狂ひ
行先をぶらつきながら考へる
居眠りの電車の首を肩に耐へ
春さかり遠き温室膨れたる
バラの樹にバラの咲かない苗を売り
健保法など用はないドツク入り
警笛に忽ち犬の逃げどころ
講演の速記解らぬまま覗き


# by nakahara-r | 2006-01-01 10:29 | 川上三太郎『孤独地蔵』

高いゴム風船

 高いゴム風船

指一本みんな鳴らして落ちぶれる
兄弟の順に茶碗の忙しさ
冬の日を犬びようびようと吠え光る
病人へ音を盗んで銭を出し
日和下駄伯父の俳句も四十年
初めての露店親子で下を向き
本当の口で女給は欠伸をし
炎天に警官一人影もなし
駅の傘取残された独り者
近づけば働いてゐる水車
独り酌片手で持つてついで飲み
令嬢の指褒めてから宝石屋
留守番へチヤンと簞笥はあかぬなり
点字読む指こほろぎのするどさに
天眼鏡心配の顔倍にする
聖し夜につかひはたして寝正月
行商の財布小さくしかとあり
病人の汗かいてゐる美しさ
拭かせまいとする子の顔のむづかしさ
ふところ手したまま坐る着道楽
北風に子は駈け出したとこで待ち
昨日今日名士の訃報つづく冬
組閣成つて好い灯が入る鯛の色
それからは姉に任せる好い話
間に合わぬくせに慌てる水ツ洟
旧友もキチンと立つた発車ベル
猫の子のなるほど慣れぬ冬の土
猫濡れて構はぬ五月雨に逢ひ
酒断つてひんやりと着る五ツ紋
笑ひ声ばかりの中の祝樽
巻紙へどうにも悔み短かすぎ
この旅の雲のみうつる水の上
菜の花はすばらしい陽の落ちる島
ゴム風船高いと思ふ寺の屋根
売りに出て間取りがわかる石の門
呆けてきた功七級のおぢいさん
もう春の芽をふくみもつ庭の樹樹
内職へ養父は酔つて寝転がり
絶景にみんな忘れた日本語
物干で小さい女中も唄が出る
三人掛け人の心を旅に見る
街路樹の今は雷雨に耐ふるのみ
楽屋裏迎えも来ない役者の子
市場籠立ちすくみたりザボンの値
床柱役人の背も狎れてくる
畳屋の針はやつぱりあすこへ出
託児所の小母さんの顔惜しがられ
人だかり生命の親も濡れたまま
独りゐて徳利一本涙が出
ぬつと手が出さう銀行束でくれ
姉さんへ眼で礼を言ふ手術台
別荘の下手なピアノへ光る鍬
途中から変つた旅の面白さ
豆腐久し我が箸に馴れ舌に馴れ
生ビール間もなく動く咽喉仏
箱庭の苔貧乏も久しかり
歯磨きは寝巻でしやがむ船住居
ハンモツク親もやさしい本を読み


# by nakahara-r | 2006-01-01 10:28 | 川上三太郎『孤独地蔵』

火元はひとり

 火元はひとり

海苔干場たんぽぽ一本が光る
膝の手が膝に食ひ入り母死なす
火から火を引きずり出して鍛冶屋打つ
子の靴がやつぱり小さいピクニツク
子を抱いて日本にある母の唄
寺一つ葬ひ一つ夏の村
弁当屋の勝手をふさぐ米俵
ぢいさんに大和魂まだ残り
丁度好い糸のへだたり糸切歯
悪友の口笛出て来い出て来いや
転業の日記余白を残すまい
天丼屋ギラギラとした茶をくれる
満腹の良人の背の用簞笥
迷ひ犬夢かと思ふ知つた人
モーニング故郷に憎い女性(ひと)がゐる
飯一粒一粒雀お辞儀して
ナプキンは皺ばつかりで出来上り
だしぬけに来た伯母さんのほがらかさ
赤ン坊の一日はよく陽が当り
哀願をしてゐるやうに錐を揉み
針金は二三度曲げて諦める
春の汗妻もモンペを穿いて知る
若菜まだ蝶蝶も来ず好い陽なた
六本の箸に親と子つつがなし
握り飯火元はひとり立ちつくし
ニツポン語から赤ン坊は言葉生む
伝書鳩もう蹴つてゐる主人の手
耕耘機火と化せるなる陽のさかり
寝すごした宿屋乾いた洗面器
ぬうと来て友だち喋りぬうと去り
わたくしの選んだ人を飼育する
家鴨の子今日は揃つて上を向き
髪洗つて背後の母に見上げさせ
金借りに行つた両手のつきどころ
泣寝入り二三度動く咽喉仏
夏の徑昼の螢を掌に乗せる
うしろから覗けば叱るバナナ売
腕時計手の甲を見るやうに見る
退屈へ飛行機ぐらゐ効き目なし
当選の写真検挙でもう一度
一一〇番柱に残る指五本
病人は寝たふりをする金のこと
わが子先ず初春の子になり緋の袂
老犬の眼と老妻の眼と和み
女プロレスSになりQになり
カナリヤを逃して知つた天高し
敬老会餓鬼の如くに食ふのみ
原因は子は親を親子を知らず
窓口へやつと手が出る子の貯金
待ち呆け散歩のやうな振りもする
屋上の羽子洋装が二三人
お師匠さんも口をまげてる一の糸
二日酔やつと出てくる日本語
踏台で金槌が来る間を焦れる
坊さんの学校派手な後頭部
通過駅風が残つてそれつきり
綱引きに娘の頃の力が出
新人を刺す批評家の仮名づかひ


# by nakahara-r | 2006-01-01 10:27 | 川上三太郎『孤独地蔵』

これが次代を

 これが次代を

不眠症百算へては眼をひらき
赤ン坊も保健婦も肥え海みどり
明けがたの医者蒼白く見護つて
恩給も内助の妻はすでに額
白鷺の首がひよいひよい青田から
寝そびれて一夜の旅の水を飲む
学生に背負ふ仕事あり笑ひ合ひ
新年会続いて家の鮭茶づけ
車夫溜まり火鉢ではない火が起り
冬の月鍛冶屋の土間に火華あり
殉職も準殉職も同じ人
おむすびを母三角に娘は丸く
社長室そこから見える靴磨き
白き花つひに散るあり透き通る
お隣家の娘の素脚拭き掃除
舌打ちをしてからボタン探す朝
倖せは玩具買はれて見送られ
ロカビリーこれが次代を背負ふ群か
ルージユ濃き娘に使はれる母となり
よくもかう曲げたと思ふ竹細工
母の眼に手術は光る物ばかり
夕ざれば死せるが如く冬魚の
芋俵故郷の泥が土間へ落ち
またの名を鬼と呼ばれて所得税
大晦日持たざる者もふところ手
うららかさ今日屋上は子の世界
稲光はつきり線路見せて消え
学生の靴のまんまで職がなし
モーニング博士も齢は争へず
面会所客にも同じ湯呑みが出
蒼白に匂ふ蛇屋の飾り窓
赤ン坊の口がとンがる好奇心
上役に負けて明日の弁当函
海猫が哭くひとをうしなひしひとに
勝名乗り片手で三つほど刻み
それだけでいい父に似よ母に似よ
冬の石榴枝がマミムメモと残り
そよ風へ子の夢ぽうつと浮いてゐる
言ひ負けて子の齢を訊く子煩悩
子を連れて暫し口あく満員車
雲真紅孤愁もここに極まれる
子も産まず子を欲しがらず夫婦食ふ
冬の犬すべてに飢ゑて風を咬む
口あいて父も昼寝の齢となり
外食券一枚自らをまもり
来るぞ来るぞ幻の魚美しき
冬の街深川の姉マスクして
酒の翳友の盃にもありし
日本語だ素敵上陸第一歩
一月の米はあらかた飲むべかり
庭の陽炎も微熱の子に眩し
松の内月は銀ほど尖つてゐ
守札昼寝する子の脇の下
書きにくい筆らしいけど提灯屋
まだ天に勝つて被告はあざ笑ひ
運転手客へ気になる後頭部
貧乏に負けぬ子の眼の人を射る
饅頭屋もう氷屋の客がゐる


# by nakahara-r | 2006-01-01 10:26 | 川上三太郎『孤独地蔵』

じろりじろり

 じろりじろり

月光に螢は呼吸するばかり
うららかを逆さまに見る角兵衛獅子
投売は地震如きに眼もくれず
病人へ朝の光が頬の辺
かげぐちの口も狐に近くなり
夫婦相和してはゐるが月給日
恋を得て恋失つてそれで老い
鶴の檻はかなきものを泥鰌に見
摘み草にあつちの方も声を上げ
野蛮人靴を拾つて一評議
山の幸椎の実一つ掌に乗せる
ミスニツポンの哀れな舞台顔
焼芋屋銀座へ少し煙を出し
ウヰスキーそろそろ卓へ肱をつき
外人が察して英語つつがなし
片方の手は遊んでる好い電話
一軒家わが子無惨なエゴイスト
猫に咽喉鳴させ冬は陽を恵み
そもや吾子の見つむるところ塵もなし
タイル風呂父は十キロあるやなし
鉄工所とても頑固な溝の泡
電気屋の踏台あんなものでよし
駅弁の蓋にはかなき紅しょうが
春が来た弟の影兄の影
百二歳めでたがられてひとりぼち
晩酌を家中でじろりじろり
年賀状善友よろし悪童も
高島田身をくねらせる日が続き
旅先で買つた薬の知らない名
叮嚀なお辞儀へ迷子渡される
水たきに芸者の腕の緋縮緬
託児所へ母も乳房を待ち兼ねて
店持つてこれで取りつく戸をあける
新妻のもう訊きに来る晩の菜
馬の子にただ燃えてゐる春の草
春の夜と朝の間を酔ひ痴れる
この駅の向う十年前の町
党内で派と派歯と歯をむきわめき
割箸で火を掘る通夜も明けかかり
ちつぽけな葬ひ蓮の夜が明ける
そろそろと蠅捕り蜘蛛の身ごしらへ
帰省した二階の人の夏火鉢
迷ひ犬今度は靴のあとへ従き
葱の香のそれも真冬のこころぞや
天皇へ白鳥動く少しづつ
往来を鼻緒が切れて探す物
或る時は歌にもしたいつぶらな眼
喫茶店いつもの席にバツグ置く
出来心嗚咽となつてから崩れ
近道をして公園も役に立ち
ひとしきり咳のみ続く善後策
鉄橋へ汽車が油絵にもならず
町内でいつか野犬になり下り
独り住んで馴れた燐寸の置きどころ
売文のあさましきまで字を算え
箸箱を四本出てくるむつまじさ
忍術は少し空気をかき廻し
朝見れば空家のやうな五色揚


# by nakahara-r | 2006-01-01 10:25 | 川上三太郎『孤独地蔵』

今夜のまどゐ

 今夜のまどゐ

玄関番残念ながら国訛
春来る進水船の名もYAYOI
曲がり角から迷ひ犬気が弱い
早起の眼に東京の寝てる屋根
雨に濡れ情痴高まる四十すぎ
ニツポンが空にふくれて桜咲き
兄の我が通り家中シンとする
代読の祝辞自分の名が言へず
けだものへ娘の母の軟化ぶり
団体は少うし冬の仕度もし
老僕の表彰されてただお辞儀
わづらつて悲しがる癖泣かす癖
萬葉集夕陽するどき塗机
踏台の時計人差指が伸び
商人に生れヘイヘイヘイと勝ち
ニツポンに集団スリの稼ぎ高
花活けて母が代つて返事する
古本屋やつぱりチヤンと眼が届き
蠅叩き寺でも慈悲は別と見え
番茶からはじまる今日もしづかなる
肉提げて今夜のまどゐこの中に
屋根に猫地に人午後の貨物駅
平和とは死せるが如し模範地区
黒蟻つぶつぶと庭を暑くする
転業も目鼻がついた底力
東方に国あり仁義人を刺し
老妻は潔癖にすぎ博士老ひ
裏通り新聞に出ぬ昼の火事
東京に生れ小声で済む小言
十二月子の脚長くほそき昼
わが腹が鳴つて侘しい応接間
女房に時計止つたまま三日
黴臭い東京の夜の貸布団
日本人花見に行つて花を折り
金槌で日曜大工指を打ち
旅に出てアンパンといふものを食ふ
ちと腹がへると見廻すひとり者
祝電は眩しい顔へ拡げられ
旧友と天丼二つ食つた齢
国宝になつて仏像居丈高
卒業式終り教員室うつろ
米櫃も久しい糠の四隅なり
女学生教科書にない東京語
樽柿は蟹の背中と同じ皺
そよ風に見る日の丸のやはらかさ
袖畳み衿の楊枝をまた言はれ
歓迎宴正客に見る旅やつれ
底抜けの相場ひたいに脂汗
学問は自由ですぐに歯を鳴し
師を訪へば眼鏡を拭いてただ見上げ
わが顔に夏なつかしや桐の風
無燈火の自転車ガタリガタリ行き
半島に菜の花多しかなしや菜の花
凉台済まないけれど親が邪魔
綸言にあらずきれいな口語体
自分のも一緒に包む給料日
竹屋から買つて出てきて眼がすわり
天に唾して兄弟に金が出来


# by nakahara-r | 2006-01-01 10:24 | 川上三太郎『孤独地蔵』

口まげさせて

 口まげさせて

春の昼何処かを通る角兵衛獅子
居候久しい服装(なり)の日和下駄
病人に見せる氷柱に陽があたり
花活けるわが娘に暫し遠くゐる
駅の棚まだ国有にならぬ頃
化粧室斬られたやうに胸を抱き
老掏摸の明治の技もはや呆け
転業の弁当を噛むこの力
炎天に白鷺汗もかかず佇つ
応接間主人が立つたから帰り
日射病富山の薬だけの村
しみじみとよくも見倦きぬ友の顔
新妻の口まげさせてビール抜け
手不足の愚痴食う飯も立ちながら
病院の屋根のひととこ干してあり
初恋の眼にみな燃えるものばかり
わさび漬感涙ぢやない涙が出
ぢつと見詰めると相手は眼を伏せる
どの位食ふか家鴨を野卑に見る
トラツクの色千葉県の砂埃
健康児に育てて三度食ひ抜かれ
金策は眉間へ皺のまま帰り
孔雀みなひろげた羽根にあるふるえ
ノツクしてチョツキの釦たしかめる
真夜中の水道チヤンと出てくれる
警察を出る自動車は覗かせず
猫の歯の如き子の妻の皓歯である
交番も昼の地震へ立上り
サボテンのやうに子福者取巻かれ
出世して会ふとこにする日本橋
食堂のひとときつづく飯の皿
内職の母だけ動く影法師
少し位は子の胡麻化しを聴いてやり
跳ねあがる鯉の全裸の落ち雫
秋風を子も淋しいか路地を出ず
松の内きれいにビール飲んで寝る
初恋に身体一つの置きどころ
満潮に泡だけ残る工場区
抜穴は不安のままに手も使ひ
猫何にあたつたかただ長くなり
また水を飲みに来る子の手と足と
屋根しんしんいま台風の眼が通過
冬の酒三角の胃にまづ届き
豆の蔓取りついてから驚かせ
新聞をなかなか読まぬ大旦那
住職のパナマ大正から昭和
物干で霰はずんでばかりゐる
主従の誓の中に柳行李
地響をさせてオブジエ家に着き
人生は短しされど豆の蔓
茄子の花父の跣足も久しぶり
提灯は大工と解る寒詣り
赤痢もう川の長さと幅に殖え
当選をして半月で頓死する
汁粉屋も定連があるベレー帽
もう何も言へない言葉から涙
心配の真中に来る婦人記者
珍客にやあやあといふ日本語


# by nakahara-r | 2006-01-01 10:22 | 川上三太郎『孤独地蔵』