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すがわらのたかすえのむすめとローソンへ

立春もすぎましたね。
桜が話題にのぼる季節ですが、ことしは開花期が短いそうでお花見できるかしらん。

ことばに対する感度が鋭くなったり鈍くなったりすることがありまして、
ここのところ、とてもにぶくて、分厚い角質で覆われたかかとみたいに微感覚なかんじです。
川柳やるには(書くのも読むのも)致命的。
そのうえ、脂っこいものは胸やけするわ、
かといって、水っぽいものは物足りないわで、
めちゃくちゃわがままな読者になってしまっている、昨今です。

そんなにぶい感覚でもパッと目に入ってくる作品はやはりあるわけで、
そういうものに出会えると、ちょっとちからが沸いてきて、
よおし、ここを乗り切ろう、そうすれば光が見える。とかダサいこと思います。
では、そんなちからをいただいた作品たちをご紹介しますね。

「おかじょうき」3月号より

この川を跨いで夏の木に戻る       月波与生
ですか。もともとは夏の木だったのですね。で、川を跨ぐ前、つまりいまはなんなんでしょう。正体がわからないくせに(くせに?)夏の木のイメージだけは鮮やかで、わたし、この木は楡だと思いました。

ローソンの青にも自我はありますか    松木 秀
もう一度だけ聞くがオレンジ・緑・赤、それでいいのかセブンイレブン 斉藤斉藤
という短歌があって、セブンイレブンに行くたび思い出すんですが、松木さんのこの句もローソンへ行くたびに思い出しそうです。だれかファミマも考えてあげてー。ぜひとも初音ミクさんで。

すがわらのたかすえのむすめを区分せよ  柳本々々
「更級日記」懐かしいですね。あの作者はまごうことなく「腐女子」に分けられると思うのですが、でも、まてよ。これ分類じゃなくて区分なんですよね。区切って分ける。「すがわらの/たかす/えのむすめ」とか「すがわら/のたか/すえの/むすめ」とか、自由自在に。ほら、みんなでやってみましょう!

ガーゼほどくと60キロの水溜まり    小野五郎
わーぉ!
と、ちょー、びっくりしたので、それ以外に言うことはありません。


川柳「びわこ」3月号より

たたみじわのばしてひとりからふたり   ひらがたかこ
ブラウスやジャケットによくつけちゃうんですよ、たたみじわ。しわになってるからわからなかったけど、ひとりじゃなかったんですね。実は。よかったですね、ふたりで。このふたりはなんだか幸せそうにみえていいなと思います。なんか作品は不幸(広義の)を追及しなきゃいけないような強迫観念にとらわれがちなんですけど、そんなことないと思いたいんですよね。

もう一歩つめて下さい右が浮く      竹内歌子
知りませんがな。浮くってなんですのん。しかも右って。
と思わず不慣れな大阪弁でお返ししたくなるような魅力がありますね。
「もう一歩つめて下さい」これ、地下鉄に乗るたびに聞くんですけど、そういったテンプレのフレーズがうまく生かされてると思います。

ハムを切る程よい幸せの厚さ       今井和子
お歳暮なんかでいただくハムはスライスするのむつかしくて、端っこのほうなんかもうあきらめて縦に切ってしまったりします。何センチくらいが程よいか、人それぞれのような気がしますね。ときどき丸かじりしたい誘惑にかられる自分に、それはどうなんだと、いまツッコミを入れてるところ。

半身しかなくて半身を見せる       峯 裕見子
失われた半身といえば異性ではあるのですが。なぜかサバの切り身とかイメージしてしまうわたしです。骨付きのほうと骨なしのほうとか。それはさておき、これは覚悟の句なんじゃないかと。潔くてしかも愛嬌のある。

両の手を組んで頭へ春の雨        笠川嘉一
このシンプルさ、好きです。このあとすこし前のめりになって駈け出すひとの姿が目に浮かびます。粋とはこういうことかと。



まりんさん、新しい首輪いただきました。
ありがとにゃん、にゃん!
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鈴付きです。さいしょ、動くたび音がするので、一歩あるいて立ち止まり、じっと首元をみつめる、なめてみる。という、はた目にはとてもキュートな行動を繰り返してて、おかしかったのですが、いまではすっかり慣れました。
ぜんぜん鳴かないこなので、音がすると居場所がわかってありがたいです。
こないだ、クローゼットに閉じ込めたまま外出してしまって、ものすごいもうしわけなかったので。
鳴けよ、そういうときくらい。


by nakahara-r | 2016-03-25 00:46 | 川柳

密林にゆきたし傘はやすみたし

世の中は三連休だったのですね。

土曜日は仕事、日曜日は句会、きょうも仕事。
もうね、笑ってしまいます。

きのうのねじまき句会では「弱ってる」という言訳ばかり連発しましたが、
ほんきで弱っているわけではなく、けっこう元気です。
風邪もひきませんし、花粉症でもありません。
腰も痛くないし、骨折もしてません。
ありがたし。


あちこちで宣伝していただいているのに、
関係者がなにも書かないのもどうかと思って、いまさらですが、宣伝です。
②生と夢が出ています。
リンク先は密林です。
ぜひ、ぽちっとしてください。

本の作りがややこしいので、いっかいきちんと説明しますね。
まず、1巻から3巻までのテーマに沿って短歌を選んだのは、黒瀬 珂瀾さんです。
同じように、俳句の選句は佐藤文香さん、川柳の選句はなかはらです。

1巻から3巻までテーマに沿って、短歌は黒瀬さんが、
俳句は佐藤さんが、川柳はなかはらが割り振りました。
自分の選んだ作品の短評はそれぞれが書きました。

そのうえで、テーマごとに集まった短歌、俳句、川柳を章ごとにまとめ、
配列をして、さいごに巻末のエッセイを書きました。

ね、ややこしいでしょう。
というわけで、3巻もちかぢか発行されます。
読んでね。






by nakahara-r | 2016-03-22 21:43 | 川柳

家族の名前と象に出会って

ものすごく遅くなってしまいましたが、
あざみエージェント さんから出ている二冊の句集のご紹介です。
あざみエージェントさんの出版物はみんな小粋で美しくて
いままでの川柳句集の概念をとっぱらってくれるところがいいですね。
本棚に飾っておきたくなる句集たち。

その①
徳永政二フォト句集4『家族の名前』あざみエージェント

二階には小さな赤い椅子がある
人の名が光るその日のその雨に
金色はきっと別れるときの色
秋の風家族の名前書いている
なんでもない夜よみかんに種がある

写真はいつものように藤田めぐみさん、最強コンビです。
レトロちっくな写真が満載で郷愁をそそります。

徳永さんの川柳はなんていうか、一行詩のようなおもむきがあって、
ってゆうか、解釈がかっちり固定されない、ゆらゆら感があるので、
写真と相性がいいんじゃないかと思います。


撮影協力:まりんさん
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わかるにゃー。かんじるにゃー。
(わ、わかるのか……)
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んにゃー、これ気に入ったにゃん。飼い主、ここ舐めてええか?
(や、まりんさん、それたまねぎですってば。わかってないし……)



その②
今井和子句集『象と出会って』あざみエージェント

目立たないところで光っている釦
足跡をたくさんつけてきた躯
鹿と話すと淋しさがうつる
雑巾は立ち直ってる濡れている
映るものみんな磨いている広い
片づけて空気の抜けた部屋にいる
憧れの大きな文字になってみる
茄子の木が伸びる体操の時間です

句集の絵は著者の妹さんの大谷栄子さん。
今井さんも徳永さんとこの「びわこ番傘」のひと。
鹿の句、すごく好きです。

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これ、花か? わし、食ってええか?
ち、ちかっ!


by nakahara-r | 2016-03-16 15:20 | 川柳

浦安の夜の匂いのまま眠る

タイトルはねじまき句会の題詠「安」の提出句。
どんな漢字も題になったとたんにむつかしくなるのは、なぜ?

やっと締切地獄をぬけました。
こういうとき、お酒のめるといいなあと、めっちゃ損した気分になります。
はい、わたしは何を隠そう下戸です。
ええ、うそっ! 酒豪にしか見えん! と、何度でも驚いてくださる方々がいて楽しい限りです。

わけあって、いま、折句というものに挑戦中なのですが、
考えてるとちゅうで、なんども川柳ってなんて自由なんだろうとしみじみ思います。
だって上5、中7、下5の置換もできなければ、句跨りも使えない。
具象に使うモノも自由に選べない。
え。
折句知らないですか?
たとえば「さくら」なら
さ○○○○
く○○○○○○
ら○○○○
と作ります。
上5は「さく」で始まってはいけない。
中7は「くら」で始まってはいけない。
という縛りもあります。
たのくるしい。

 
ねじまき仲間の米山明日歌さんが第一句集を上梓されました。
川柳をはじめてから八年間の集積から編まれたもの。
初心のころからうまいひとなんだなあと改めて思います。
ねじまき句会に出された作品は鮮明に覚えていて、
句会でそのときどんな意見を言ったかまで思い出してしまいました。
抽出した10句はとくに好きな作品。

蓋をする淋しい音になったから
しみじみと骨の重さのわかる夜
眼が合えば光合成をしてしまう
三センチ浮いた感じのする世界
鏡から帰って米を研いでいる
偶数の中で一人になる私
言訳の代わりの雨を持たされる
わたしを拾うあなたを拾う秋の道
略式の略すところがわからない
竹串がすっと通れば春ですね
      
               米山明日歌句集『前へ』 新葉館出版

句集を通読して気になったのは「わたし」という一人称の多さ。
あとがきに「自分を見つめることの多い句」ばかりになったとあります。
川柳をはじめるとどのひとも、こんな自分やあんな自分を発見するもので、
そういった軽い(あるいは重い)おどろきが一人称の多用につながるのかもしれません。
米山明日歌の興味が「わたし」から他のものに移るのも遠いことではないでしょう。
そんな日をわくわくしながら待ってます、仲間のひとりとして。


by nakahara-r | 2016-03-13 22:34 | 川柳