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烏かもしれない影に手を伸ばす

タイトルはねじまき3月句会の題詠「烏」から。
とり、じゃないよー。からすだよー。
烏と鴉、カラスとからす、
一句のなかでどの表記を使うか、
ってゆか、「烏」という表記を使うという絶対的なルールにおいて、
どんな作品が書けるか。
漢字一文字縛りのねじまきはいろいろ考えさせられることが多い。

だって、烏と鴉はやっぱ雰囲気ちがうよね。

といううだうだ(うだうだなのか?)はさておき、
ああ、もう4月が終わってしまう。
というわけで、彦根に行ってきました。
半そででもいいくらいの陽気、さわやかな風。
キャッスルロードをぶらぶら歩く。
しかし、メインはあくまでも近江牛なのだった。
にくにくにく。あいたかったようー(泣)
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満腹になって、ようやく野獣モードから乙女モードに切り替わり、
有名な和菓子の「たねや」さんの2階にある洋菓子カフェ(名前わすれた)へ。
大正(かどうかしらんけど)ロマンあふれる和洋折衷の洋館の窓の外にはうつくしい新緑。
その向こうには彦根城の石垣が見える。
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ケーキセットです。二個チョイスできるんだけど、
んー、色的にはちょっと地味な、しかし、味的には大満足なセレクトでした。
ビターなチョコケーキと、オレンジが効いたチーズケーキ。
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彦根城のお堀を一回り歩く、
という当初の目標はへたれなツレのせいで半分しか達成できず、
次回の課題になりました。

さすがに井伊直弼なのでした。
でっかいな、彦根城。
by nakahara-r | 2014-04-27 22:13 | フォト日記

リラの脈は水でできている

ベランダのライラックが咲きました。
青森で出会ったライラックが忘れがたくて、その年に苗を買ったのでした。
寒い地方の花なので、ここでちゃんと育つか心配だったんだけど、
しょぼいながらもけなげに育ってくれてます。
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近づくといいにおいがする。とりわけ、早朝は。
和名、紫丁香花(むらさきはしどい)
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北海道ではライラック祭りがあるんだよね。
で、北海道つながりです。

「水脈」36号から

否応なしである菜の花に染まる  佐々木久枝
菜の花って色といい、匂いといい、ほんとに否応なしですよね。
団体(?)であればなおさら。
同じ群生でもひまわりやコスモスだと「染まる」っていうかんじはしないのに、ふしぎ。
ああ、桜は染まるかもなーと一瞬思ったけど、桜の場合は「否応なし」じゃなくて、無意識のうちに染められる感がある。
いやここまでくるとほとんど主観ですが(笑)
ともあれ「なしである」の「である」にひとめぼれしたのは事実。

セーターの首をひっぱる月曜日  岩渕比呂子
これはタートルネックですね(断定)
息苦しいようなかんじと、「月曜日」がぴったり。
仕事してる(カレンダーどおりの勤務日程の)ひとの作品じゃないかなーと思いました。
ちなみに、わたし、最近首の詰まった服が着られなくなりました。
めっちゃくるしくて、おぇーってなるのです。単に首が太くなったせいなんでしょうか(泣)

みかんの種いとおしさのかたち  田村あすか
下句の「いとおしさのかたち」というひらがながやさしくて、いとおしがってる感がよく伝わってきます。
では、何に対して? 
答え:みかんの種のかたち
えーっ!? ですよね、ふつう。
さいきん種のあるみかんってなかなかなくて、たまたま作者は種をいっこみつけたのではないでしょうか。
あの、チョー小粒な涙みたいなかたちの種。
みかんがみかんとして存続するための、種。
ここでは、この世に生存するいきものとして、ひととみかんが等価に扱われています。

くすぐってくれる昨日の頓珍漢  一戸涼子
頓珍漢に人格を与えてしまいましたね。
その頓珍漢は昨日の自分か、もしくはだれか近しい人の行動だったりするわけで。
くすぐって「くれる」のだから、ありがたいものなわけです。
日ごろ、否定的な評価をうけている頓珍漢にとって、この肯定的評価はうれしいのではないでしょうか。

さくら色になるまで声をかけつづけ  酒井麗泉
応援の句ですね。
たとえば、だれかがどんよりしているとき、声をかけてあげるような。
「さくら色」の対極は土気色でしょうか。「さくら色」は生気を表すことばであるわけで。
声をかけている対象が何なのか、書かれていない主語が気になります。

ごはんだよ静止画像が動き出す  浪越靖政
「神さまに聞こえる声で ごはんだよ ごはんだよ/山本祐」のオマージュでしょうか。
動き出す静止画像のイメージが鮮やかで、うまいなあと思います。
家族とはひとことも書かれていないのに「ごはんだよ」だけで、父、母、子供までは想像できてしまうわけで。
しかも、家族それぞれがそれぞれの役割を演じている、みたいな舞台裏まで想像させてしまう。
二度も(しまう)と言いましたが(笑)
作者にやられてしまうわけですね。

あと、読み物として浪越さんが、「渡辺隆夫『川柳・六福神』を読む」を書かれています。
「隆夫川柳にはタブーがない」と書かれていて、なるほどと思いつつ、では川柳におけるタブーとはなんぞや。と考えさせられました。ともあれ、男性目線の鑑賞は楽しかったです。
渡辺隆夫さんの川柳を女性がどう読むのか、まったく逆の切口からの鑑賞もぜひ読んでみたいものだと思いました。
わたしはけっこうオヤジなので、逆の切口にはなれそうになく。
できれば八千草薫さんのような女性の鑑賞文、希望。
む、むりか。





続いてきょうのまりん。

ねむー。
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だ。・か・ら、 ねむ。
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もう、かまうにゃ~。
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本体が相手になってくれないので、肉球にあそんでもらう。
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by nakahara-r | 2014-04-19 21:23 | 川柳

おかじょうきとか、戦場のアリス@負け戦とか

このところ(わたしにしては)頻繁に更新するのは、締切りが迫ってるからです。
助走というか、ストレッチというか。

繁忙期過ぎたのに仕事はあいかわらず忙しく、お休みがとれません。
ってゆか、一日9時間以上働いてる……。
もうね、10連続勤務だろうが12連続勤務だろうがやっちゃるわ。
という会話が聞こえてくる今日の職場でありました。
えんえんと忙しいため、逆にランナーズハイみたいになっちゃってるんですね。
だいじょうぶか、この職場。

というわけで、
「おかじょうき」4月号より

鳥になったり独楽になったりしているの 片倉卯月 
楽しそうですね。
うれしくて飛んだり回ったりしてる、を川柳語で言うとこうなるという句。
具体物のイメージ喚起力はすごいですね。
加えて鳥と独楽には動きが付く。
静止画像ではなく、動画なわけで。
この作品の場合、結句の「しているの」はうれしさをよく表現しているので問題はないのですが、
「いるの」という語尾はぶりっ子であることを意識して、というか逆手にとって使わないと嫌味になります。
気をつけましょう、自分(笑)

こうげき力が3あがった 東京のゴミ箱 Sin
これは、アレだ。ドラクエ。
連作の中では上句と下句がうまく呼応していると思いました。
画面に現れるひらがな率の高い文のバーチャルなかんじと、
東京のゴミ箱という、一見、超現実にみえながら実態のないモノ。
お互いにうまく作用しあっていると思います。
テロ対策で消えた東京のゴミ箱に思いをはせること、しばし。

塩昆布みたいな顔で立たされる 土田雅子
それはいったいどんな顔なんだ、と言いつつ、
なんとなく想像できてしまう、しかも苦笑いを誘ってしまうところがいいですね。
しょっぱかったんでしょうね、気分的に。
まあでも酢昆布でないだけよしとしなければ(なのか?)

ビバルディ聴いてる方が馬の骨 奈良一艘
四季ですかね。
曲はなんでもいいんだけど、要するにクラシックを聴いてるような人が馬の骨だと。
箴言ですね。
うまいと思ったのはビバルディの選択。
これがベートーベンやモーツァルトであれば俗っぽくなるし、逆にエリックサティなんかだと通ぶってるっぽくて嫌味になる。
いい塩梅ですね、ビバルディ。

考えるカンムリワシのいる島で ひとり静
もうこれはカンムリワシにつきます。
カンムリワシの一人勝ちってかんじ。
とはいえ、たとえば「カンムリワシのいる島で」が先にあったとしましょう。
作句する立場から言えば、最初に「考える」があったとは考えにくいので、そうじゃないかと思います。
そこで、上5をどうするか、です。
劇的になったり、詩的になったりしたら、せっかくのカンムリワシが死にます。
「考える」はすごくいい。

待ち受ける途中で椅子になっている 藤田めぐみ
一枚の写真の一部が徐々に変わってゆくのに、ひとはなかなか気づかない。
アハ体験という、脳学者の茂木さんがやってたテレビ番組を思い出しました。
さすがに写真家の藤田さんの作品だと思いました。
待って待って待つうちに徐々に椅子と一体化するからだ。
シュールだけど、そんな体験、たぶん誰にも一度はあると思うのです。

死んではいないか万能ネギ散らす 守田啓子
前の藤田さんの句と同じく、月例句会から。
守田さん絶好調ですね。いけいけどんどん。
しかし、不思議な句です。
「死んではいないか」は自分への問いかけでしょうか。
別に万能ネギじゃなくてもよかったんだけどね、たまたまね、
みたいに言われそうな万能ネギの存在感がたまりません。
万能って思えばすごいネーミングじゃないの、ってことに気づかせてくれたり。
「死」と「万能」。表裏一体みたいな。




なぞの批評家、御前田あなたさんが『脱衣場のアリス』の感想脱衣場で、逢いましょうを書いてくださいました。

文中に「負け戦のなかでうたう」というフレーズがあって、ここ、めちゃくちゃかっこよくて大好きです。
だって額田王みたいでしょ(ぜんっぜん違っ!)

御前田あなたさんのブログには短歌、俳句、川柳、小説はおろか、マンガ、映画、ドラマまで多岐にわたる感想文があって、いつも刺激をいただいている。
高野文子とか。
おすすめ。
by nakahara-r | 2014-04-16 00:09 | 川柳

夢の誕生日

あざみエージェントの朝世さんから、山内令南著『夢の誕生日』が届いた。

音立てて魂ひとつ洗いおり

文中、俳句として収録されているこの句は「川柳緑会」の大会で特選になった句で、わたしにはなじみ深い一句である。
わたしにとって彼女はずっと「斧田千晴」であり、斧田千晴といえばわたしの中ではこの句なのだ。

もう20年以上も前のこと。
ストレートの長い髪を無造作に後ろでくくり、化粧っけのない顔にメガネをかけた彼女とは「緑会」で知り合った。
無口なくせに、たまに発する言葉はけっこう辛らつで、昔から職場の潤滑油と呼ばれていたわたしは驚くことが多かった。
「あんた友達少ないでしょ」と言うと「友達の定義にもよる」と返されて、ぐうの音もでなかったことを懐かしく思い出す。
そんなかわいげのない彼女が笑うところを見た。
当時、斧田千晴と吉田三千子と3人で活動していた「エトヴァス」という、ささやかな会で吟行したときだった。
わたしのあまりの方向音痴ぶりに笑ったのだ、彼女。
それはもうめちゃくちゃかわいかった。
いつも笑ってればいいのにと思うほど。

「川柳展望」に作品評を書いてくれたことがあった。
なかはらの作品には文芸が必ず内包している「毒」が決定的に欠落している、と。
当時、「で、あるか」としか思わなかったその指摘を、
『夢の誕生日』を読んで「ああ、彼女はこういうことを言いたかったのか」とすとんと腑に落ちた。
たぶんわたしは彼女ほど切実に、あるいは誠実に生を生きてはいないのかもしれない。
泥の中で転げまわるような慟哭の果てに見える一条の光を書くことが真の文芸ならば。
わたしは過去も現在も泥の過程を経ずして光を書いているのかもしれない。

ともあれ、斧田千晴はもういない。
2010年の年末に、突然、彼女からメールがきた。
そこには自分が癌であること、余命半年であること、
いままで出版したものを送るので読んでほしいこと。
感想はいらないこと、が淡々と書かれていた。
こんなとき、どんな返事をすればいいのだろう。
途方にくれているうちに4冊の本が送られてきた。
無事に届いた、これから読むとだけ返事を書いた。
病気のことには一言も触れられなかった。
触れなかったのではない、触れられなかったのだ。
そしてそれが最後のやりとりになった。

どの本もまともに読めなかった。
いまだに読めてはいない。
わたしのなかのどこかが何かに納得していなくて、
字面を目で追っているだけで、芯の部分があたまに入ってこない。
友達というほど親しくはなかった。彼女は一歩踏み込むと一歩下がるひとだった。
仲間というほど長くはいっしょにいなかった。
けれど、表現者としてときどき意識はしていた。彼女がどう思っていたのかは知らないが。

ともあれ斧田千晴はもういないのだ。

音立てて魂ひとつ洗いおり

彼女の生き方だった。
洗わずにはいられないのだ、潔癖ゆえに。
そして音をたてずにはいられないのだ。それが彼女の言う「毒」であるから。
『夢の誕生日』を手に取ることができて、改めてあの4冊の本を読みきることができそうな気がする。
いなくなってから友達になれる関係というのがあってもいいよね。
笑えよ、斧田。
by nakahara-r | 2014-04-14 21:44 | 川柳

さくら、さくら、ときどきねこ

おひさしぶりです。

おかじょうきやとじんやすいみゃくや、いろいろ。
未読という不義理が積み重なっております。
ゆっくり追いつきますのでしばしお待ちください。

2月の終わりから3月いっぱい、
いやいや、4月の第1週までめちゃくちゃ仕事しました。
こんなに連勤したの、この年になってはじめてでした。

桜の開花宣言を聞きつつ、ことしは花見いけないかもとかなしくなったり。
で、やっと先週の水曜日にお休みできたので、やもたてもたまらず出かけました。
境川の堤防。

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ここに車とめて
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このあたりに寝っころがる
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毎年恒例の草と同化する時間
なかはら、ただいま虫目線です
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時間とまらないかなーというくらい、みちたりる
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見上げるとはなふぶき
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そして、本日の収穫。
佃煮にしておいしくいただきました。合掌。
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岐阜はけっこう桜の名所の多いところで、北のほうは時期もすこし遅め。
本日は満開の千本桜がみれました。
千本桜っても初音ミクじゃないよ。(このネタわかるひと何人くらい?)

伊自良川をわたり、寺尾峠を越えてゆく。
いっこ山越えるわけですが、家からここまで一時間弱かな。
県道沿いに2kmにわたって桜並木が続くのでした。
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これ、お気に入りのベンチです。
桜の時期は圧倒的だけど、新緑の時期もすごくきれいで、だいすきな場所。
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きょうのまりん。
チョコレートの銀紙を丸めてボールにしたのが大のお気に入り。
爪でひっかけて宙にほおりなげたり、
転がしながらじゃれまくり。
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あ、あれ。ここ入っちゃったですぅ。えい、えい。出てこぉい。
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おりゃー。とぉー!
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あ。ま、また入っちゃたにゃん。ソファの下ですー、とってくれにゃー。
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by nakahara-r | 2014-04-09 15:46 | フォト日記