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中村冨二『千句集』第四章

第四章(昭和49年~54年)
対流  人
――帽子――
首は薔薇を咥え 定期券を咥えた
永遠に蝶追いかける 箸二本
闇に吊されて猥褻見てる 首と首
免罪符から透明な蛆逃げだす
鈴が鳴り、たちまち首が咲く病舎
兄とは別れ姉とも別れ かたつむり
卵を一つ 寺に忘れてきたらしい
オルガンに娼婦が生れ、遠くなる
何でも吊す 荒壁なれば父の首なぞ
音楽や、悪党は灯に投げ出され
煙草屋さんは二十年も笑わない
金魚を買って ひらひらと風吹く

――山脈――
母を喰べ終えて静かに涙が出る
生きていて良かった人の 財布かな
石を割り石割らぬ瞳を振りかえる
落ちてゆく人より重いものはない
まっすぐに行けば飯屋と寺がある
影をしめ殺す便利な夜であるか
山脈(やまなみ)よ 空気に形なんかない
油が流れ ゆっくりと心が崩れ
赤ン坊が動き 遠くに灯が一つ
ともに暮す人の哀しい指がある
月が出るだろうと歩く 銀座の靴
トランプが ヒラヒラヒラと 死ぬお前
僧形の人すきとおり今も迷路
某月某日 妻一本の針となりたり
太鼓のみ売れゆく街に うなだれたる
三文句集 天敵豚にまたがり来る
朝霧をポストが駈けてゆく 別れ
薬局のキリストに問う 遠い道のり

――その他――
冬の日の卵を割れば 墜落す
千の寺 無限の蜘蛛を知っているか
地上より三尺を行く性器 その他
鯛やきを蛙の顔になって喰う
院長の毬は金庫の中にある
みんな去って 全身に降る味の素
鈴虫と名づけし時は 腐りゆく
慟哭はおわり 便所に灯がともり
怪獣よ 櫛笄も亡びたか
振り向けば幸福駅は焔えやすき
春やむかし わが入墨の緑が好き
笑わないお前は侏儒みたいだぞ
午後のパン喰い 火達磨になれはせぬ

――暗い時間――
雲を見てるバラ バラを見てる蜘蛛と
愛妻の犬病院を出て来ない
短針がゆっくり歩るく旅人たち
意地悪な爺いは辞書の上で死ね
数珠買って静かな馬鹿になってゆく
詩に倦きたカントヘーゼル体操す
去る時の両手は誰に握らせむ
満員車よ 振れば音する骨壺なれば
蟻があるく釈迦のてのひら老いしかな
退屈な魔法使いの臍であった
笛の名人はピシリと笛を折る
一枚の印画紙となり旅終る

――退屈です――
幻の牛 ビルを見て消えにけり
人形よ 笑う時間は終ったか
包丁を買って別れぬ 逢いたいぞ
戦車ゆめ 下駄屋の下駄は退屈です
恋しいと硝子に書いて 裏から見てる
ヘルメット工場なれば 長い葬列
労働貴族 あおいパッチは拭いても青き
河童忌の脳梅毒は駈けるかな
樹を割れば やや美しき昨日あり
音楽祭終り けものに耳二つ
炎天は淋しきものよ 針が一本

――透明な――
結界の足袋は便所の扉をたたく
皇宮の前で糞する 骨の鳩
長靴は 電線わたり別れゆく
行きどまり 鬼のライターぱっとつく
町に死んで 五月五日は遠い空
蚊を吐いて あさきゆめみしポストかな
籤うりや 五万の敵はうしろ向きに
恋すてう 蝶の屍を掌に乗せ歩く

――創作――
艶歌ゆえ一個の下剤手に重し
透明な地蔵が撫でる小いさい種
首のある塚の手前で担ぐペン

――帽子抄――
生きていると 遠くに嫌な帽子がある
帽子を脱ぐ 目と鼻が はらはら落ち
美しや 咳をしている三角帽子
和尚はパンが好き 帽子も食べてしまう
冬は帽子 一本橋に何時も来る
冬の帽子 一本の樹が倒れない
天皇は百人 みんな麦藁帽子
さようならの帽子を二つ串刺しに
眠くなると 遠くに好きな帽子がある

遁走(フーガ)――返復される単一な主題――
遁走曲 柳の下には青い蛙
何時も 妻よ初老の松は足を病んでる
水道から水なぞ出た、ひとりぼっちの拍手
春は東に 巨大な味噌汁と ペン
冬は西に 巨大な冗談と 針と
柿の実は秋の洪水です、家を建て何を齷齪
甘ったれた唄は良いな 顎まで血
今日は横顔に青い線走り ベトナム 走り
草生え 古い池の中に 誰かが居る
遁走曲 即ち蝶は打ち落され

戯作――群像抄――
花によせて 由紀夫 康成以後の声
司会者の深紅のバラと 逝く龍馬
起爆剤たりしは春か 昭和天皇
下駄を穿いた白秋が来る三味線屋
聖徳太子とフランスデモと 少し歩き
獄門の首は一休 梅咲けり
ひとり見き 芭蕉崩るる 石の上を
ピカソ今日は馬になろうと 神えがく
親鸞とわが膿盆と 化合せよ
チャップリン 金庫に棲んで涙たれ
おのづから指腐りゆく 涅槃かな
皇族のサロンに燃えし ヒミコの爪は
蠅は千人 馬の尻尾に音楽あり
神学堂に 英雄蠅となりて 終る
老いても叩たく 西洋館のあおい木鐸
B●と別れ 自分の穴は何処にも有った
(●部分の表記は二乗を顕わす記号)
荊と蠅 阿呆の愛は分裂せず
蠅は千人 便所の窓に空を見き
死顔に濃いコーヒーをざぶりとかける

――おと――
蟻が音を担いで消えた秋である
義歯は二個 妻が他人に見えるそうだ
もう逢えぬボクの手錠の 君の音
森の奥で腐った神社 喋りつづけ

――作品――
見たような街で別れし バイオリン
警察の玉ころがしの重たさよ

――会葬者――
紅梅の血潮の下の喪服 垂れる
会葬すれば 吸殻は打ち重なりぬ
骨の日の 百個の喪章墨をする
大いなる死者の拳と相対す
本堂の線はしずかに点になった
唖の日の 肖像 笑うほかはなし
去る人と池の言葉を おもいだす
残されし愚者の行くべき わが家なぞ
魂まつれ 老いたる冨二蟹のごとく

――鉛――
鉛は鉛 校舎の窓は顔ばかり
月は金貨 通勤電車遁走せり
パンにはさんで喰べる勇気を 下さい
青虫毛虫 童話の雨に殺された
手術開始 殺虫剤が降っている

――たそがれたり――
森を出て来た宮様を どうずるか
ポックリ信仰 巨木の如きわが小指
警察の善意が穴を掘っている日
杖を担ぎ 日向の風になれはせぬか
黄昏の養老院の 変なタクト
指揮棒と天皇陵に 深き穴あり
独善然り 藪の向うに藪もあって

――ノイローゼ――
床下で侏儒がさわぐ 巴里へ行こうよ
焼跡の 一本長き髪を愛す
ぽけっとのてつくず唄う 歩け歩け
近衛兵は 廣島に棲み眠むくなる
古井戸に鉄鎖の音す 急がねば
安定剤は 小指のようなサタンと飲む
透明なかまきり 泳ぐ 冬の天
塔を組む女系家族のあか、あお、き。

――木偶――
蒟蒻と身元不詳へ逢いにゆく
蜂の巣をクレオンで塗る古い両手
死にたいか 血を噴く木偶は見事だぞ
舌のない人形が来て本を盗む
雪の夜は柄井川柳銭かそう

――梅干――
積みあげた墓より強い彩はない
合掌しては街をゆく 梅干の思想
目かくしや 濮(なぐ)り倒した父は何処(いずこ)へ
花屋全焼 黒手袋に羽根が映え
舌を畳んで 国電を降り 国電に乗り
何所へ死ににゆくのか鏡 が二枚

――花嫁――
からす瓜と 一本の矢は隠れもなし
右側通行 サイコロを売る店が並び
交叉点 踊る太鼓が落ちてくる
花嫁は 遠くなる。甲乙丙丁

――ふゆ――
似顔絵の骨は 院長さんと食べ
冬だった 匕首を買い胡椒を買い
霧の底は どんどんお婆ぁさんになる
重い冬日の ピアノ造りは父子二代
人形の骨は個室で煮えつまり
黄色はいつも 冬の林を通りぬける
冬が笑い 西鶴笑う 風の鼻毛

――はる――
臍のある柱と並ぶ 母よ死ぬな
逢引きや 花屋で腐る小判が二枚
愚痴うりに行くは女形と 古い猫
血が落ちている日 鴉の仔に追はれ
旗を焼く妻はたちまち 杖をつき
水底の赤灯燈は 獏の舌
ロバは仔を生む ランプなぞ造ろうぞ
時計屋に火をつけてみろ 爺さんたち
春の灯に半分酔って 死ぬうなぎ
母の居ぬ露路に倒れて立ちあがる
赤ン坊の角がかわいい事もある
葬列を叱る みどりの三輪車
駈け足の蚤にまたがり 先祖になる
寒村のアランドロンに 灯が一つ
鉄塔の赤いペンキは 泣き上戸
地獄は頭上 巨きな鏡を買う人よ
喚めかねば 造花でもあり 紙幣でもある

――けいと――
逢引きや 毛絲の玉に眼が三つ P249
マリヤの糞と 青い毛絲と、新鮮なり
廃屋の地図は毛絲と燃えつきる
毛絲着た三文詩集すぐころぶ
毛絲屋の前の狐の宙がえり
血の狂児 毛絲に乗れば行方も知れぬ
火の狂女のささやきし 毛絲と芯
風の狂児 冬は繚乱たれば毛絲を
黒い物がどすんと有る――どすんと

――駅――
駅に銅鑼 大寒の鮫出勤す
別れねば駅の童話は冷えやすし
たゆとうや 天皇の駅燦然たり
妻よ見よ ふたりの駅は昨日焼けた
暗殺日 駅の紅バラ独唱す
駅前のピエロとなれば潔き
宮様は死ねぬ すすきの通過駅

――血――
血を飲んでいる両親の重たさよ
花を咲かせ 二秒ほど血をしたたらす
血をあるく 歴史の中の蛾と少女
兵憎くや 蛇皮線に血を塗りながら
喝采も 血を噴く木偶も姦しき
こんこんと壺に底ある血潮かな
仏師は仏師 千枚の顔血に疲れ
退屈な蟹はなかなか血にならぬ
血を入れた夜明けの桶は笑ってばかり

――裏通り――
秋の日の双子に惚れし煮豆売り
蔦に寝る 女嫌いの 凸レンズ
曲る 曲る 提灯ばかり落ちぶれて
塔を描き 草鞋のごときものを描く
心太より 華やかな 失語症
袋露路あり 指圧師は釘を煮てる
今日も沈むポストに指を奉る
キリキリと哭く天皇に 投票す
猫が降る どさどさと降る露路に闇
入歯を洗い 療鼡の骨を洗ってみる

――ルイ・ジューベ――
判決終り 牧師の母の乳首見ゆ
毛虫の絵 父を愛して三日たち
楽器屋の白衣 さやけく出没す
舎利音をたてて 小指が現らわれる
蛸焼きと署名して去る 月の老婆
愛は老いて 砂糖が作る風見鳥
眼が二つある仏具屋の ルイ・ジューベ
蜜を売る仏像すべて 背が低き
君と捲く老醜のネジ 一個と一個

――創作――
キリスト素足 ろんろん蟹を踏んで急ぐ
城跡で 仔を生んでいる深いピアノ
院長頓死 啖壺一個行方も知れず
子殺しの咽喉にほとけを棲ませ たか
バカチョンカメラ 大集合に火もつかず
某化粧品会社へ急ぐ 指の医者
死は今日も 少し口あけてる赫だ
雨が笑い 白い鞭には白い悲しみ
北が好きな君は 眉間を描いている
サーテ、諸君 胃のない猿に雪がふるよ
by nakahara-r | 2010-06-17 21:46 | 中村冨二『千句集』

中村冨二『千句集』第三章

第三章(昭和三十二年~四十九年)
童話(その五)
変な神様と 議事堂の合理性が棲んどる
まことに戦車これぞ青い蝸牛と亡者だな
犬が秋を喋る基地の具体的な握り飯なり
盲点の天皇は鰯の高価を嘆き
囚車とまり 貨車より長いものはないぞ
牧師猊下よ わが町会長に 腹心ありと
祈れど諸君と 鼠うようよ黒きかな
基地の螢よ ボクの甘さの静かな怒りを
笑うなすでに、楢山は汝が心の糧ぞ

童話(その九)
詩集"青猫"父銀次郎は癌で死んでたよ
花屋が口をあいて居て、カッと憎いお前なのだ
底のある穽、何たる愚劣な底の眼
枯木退場 聖人われに女の骨
遠い深いみどり色、少女が横笛を吹く日の
蒼き手千本 今日は市長を投げとばす
銀のバネ 手を振りゆけば海と子供なり
ボクの枕の上に黒い石を乗せる むかしの女かな

童話(その十一)"菩提寺"
なみだ垂れやまぬ、亡父(ちち)のウィンク、かの死病
想えば秋の亡父、川上三太郎の疣に似て――来よ
商人すべて蒼く、まことに亡父は星なぞ見てた
夜はつづき、眼下に亡父をつくるサイヅチ頭の吾子ぞ
ボクの蛾は 亡父の鼻がボクの顔に飛びつき
わが紙幣渇き、枯木の上の亡父の咳かわき
倒れし亡父を抱きおこし、わが貌を貼る
巨きな鼠は亡父の泣くのを――見たというが
亡父四散、菩提寺の鴉あっちへ行け

――むだい――
崩れる石垣、天皇は大工さんと散歩です
手を振ると次々に骨が鳴り、似ている父と子なり
セロファンのあめから銀座の亡母(はは)は降る、奇麗
歩くと穽があいて、去年も蚊が生れた日であった
哄笑(わらい)つゞける銀行の赤い猫たち
狂者端座してボクに一万貫の頭脳がある
明日の悲壮な阿呆が見てる、腐った猫に
母の記憶はニシンの匂いの ボクの宗教なぞ沈んでしまう
心の花嫁さんは大人にされ 殺された鯛と並ぶかな
魚類図鑑の中にアナタの 口をあいても死なない時間を

"童話"
老醜然り、巨大な時計夏になるな
花は位置を、赤はむなしい意志のために
性器健在、貴元(あなた)の豚がリボンをつけた
ぜんあくはほほべにをつけ――若い巡邏(じゅんら)に
爪のない指、皇帝へ静かに曲れ
豚の議事録、かにかくに天子は揺れよ
天皇は涙腺である、けるけき餓え
胎児とある、貧しき街に父の声

"せなか"
もえる銀行、ユダの背中はあるいている
背中は海を見ている 植物であった
放火魔はダレだ 芳味を木で創る
流れる太宰 暗から旗が出て喋る
白い正義の 直哉で鼻をかんでやった
銀座燎乱 荷風たちまち爺いとなる
哲郎を創り燐寸が消えた、ダレが消え
ゆっくりとながい手がのびてくる、背中の神様
とおくの薔薇、何時も背中はあるいている
あひのひも、むだなせなかは ふたつになる

"横浜市立大学病院"抄
大学病院 坊主を殺せ、メスを研げ
精神病科、黄金(きん)の性器ぞ凸凹ならび
看護婦微笑、知性に反語あればなり
癌三期 オモチャがあるく老婆の黒
リンゲルへ秋の雪ふり 鬼の咳
火葬水葬、肌は病衣に蚊がとまる
水道が血を噴くとゆう、少女萎え
医師の咥えた赤い風船、脳の手術
死の意味のキリキリシャンと、ころぶ婦長
癌患者、もの喰いおれば、墜ちる蠅
癌の鈴むかし団欒(まどい)の尿器に鳴れば
奇妙な手術が妻は針金の音せり
病棟讃歌、あいつも許されはすまい
笑止やゆれむ、屍室の避雷のつるぎ
病床にバイブルを見き 焔える穽
大学病院、仏陀即ち唖者となる

――記憶――
逃げろ逃げろ 妻子は豚か 私は豚か
露路に散って 大衆すでに虚像たり
眠れない夜は 墨汁をゴクゴク飲む
囚車が燃えた。女が見てる花と蛇
ペルソナと キザな坊主と向いあい
風に向いて哀しむ者に、興味はない
音楽の中の、靴からボクが生え
"荒海"――と記憶の蝶に追いつけない
疾(や)めば唄う、いま教会はゼロの時間
何時の世の、味噌汁すする箸と鈴。

"黒"
耆(ぼ)けても生きろ、黒い尼銀座に溢れ
地を裂けば顔が出て来る足の下
昨日から今日へ目刺しの泳ぐを見き
父は子は肉のかたまり、怒れ怒れ
自殺したのか嬉しいぞ、ほそい活字
誰か生れ、暗転を待つ恋と箸
神様の入歯を見たよ、煮える粥
終点で時計と焔える仏たち
撲ぐり殺される明日の、明日の豚
黒い砂丘の、黒い時計を背負って歩く

"何さ"
あおい屋根でランプをつくる あをいけもの
天にともるちさきランプも骨の唄
病院も終点もないランプが 何さ。
ランプ昇天、夜具は虚妄の首二つ
ベトナムのランプを見てる ランプは善か
殺すとき あなたは吊す個人のランプ
むなしさの――ランプは倒れないだろう
今日も屋根にランプがもえる ドレミファソ

"あき"
妻よ子よ。遠い日は、インクを飲む
聖書は二冊、古い夫婦は重なって
刺し身なぞ、少年兵の腐肉のすべてを
ある日死の商人となり、嘶くところ
街を出た驢馬の個人に、花散り来る
赤い梯子の 秋は検事の唇からたれて
進とき、赤ン坊の骨砕け。叩かむ
鬼二匹笑い疲れて――嫁ぐかな
人間は黄色に、骨つぼは白くもえる
――古本的人間――たまに外出する話――
亀井勝一郎は牛酪(バタ)を売る 没日色(にびいろ)の書林
古書肆の意志噛らむと 鼠の言葉を
TYPEは白 大衆の個は盲目だぞよ
古本と古本は 誰も居ないことがある
古い本の上に 目玉が乗っている日に
落語は地獄 魂だけは売れるというし
"死者の書"は鏡の中に居ないボクと
古書を積みあげ光るものが倒れてくる

――ながれ――
書いてない日記がある モリエールの笛
すべての日記を焼き ボクは宝石になり
涙よ 老人は素晴しい宝石の糞だ
「運命」なぞ聞きましょう 老人は泥なのか
ロバは勇気 泥を掘ると旗があるはづ
一人のトンネルを歩く 父になれたか
古い卵なのだ 猿の掌を持つ 父の死

――ゼロの時――
河は馬鹿だから ボクを流すと 流れ
撤去命令 山下清が下敷で喋るときも
市役所に種を撒く 百枚の紙幣は二種ほどに
長男の恋人は七彩の亡霊が坐ったようだね
長女つばさをひろげ その恋人のつばさとマント

――コップの水――
指は操り人形であった 死んでゆく日ぞ
千人の爪の のびてゆく静けさ
横顔の科学は 想い想われない
稼ぐ牛 稼がぬ牛も喰われける
これでおしまい 火葬場の猫 猫であるよ
太陽は一つ 卵は二つある
階段は微塵 坊主と落ちて来い
ひと、猿、虫、退化はじまる便所の中
歯の痛い英雄だから歩るくとき

――蛙――
眠むい煙草 仏間ばかりが遠く焔えた
生きて笑い、ネジ捲き乍ら二階へゆく
舌打ちをして猫がゆく 千匹ほど
ああマリア 青髭同じ瞳をして跳ね
神の影に入歯をすれば厳粛なり
雪が降るだろう時計を ゆっくり壊す
描いてゆくと誰も死なない変な星々
兄の恋は 蛙と読んでいたゞきたい
妹の恋は 蛙と書いていたゞきたい
恋と雨と 婚礼の日も歩いていたな
一絵よ 鈴鳴る街で卵買え 鰯買え
猫抱かな 昨日の猫に溺れゆくなり
ヘルメット 幻像ならば地に轟き

――祭――
めぐり逢うて、あをい祭りもおもしろき
これが遺書と 虫がぞろぞろ出てくる穴
凧あがり 英雄なべて背が低き
雪ふるな 蟻の太鼓は 黒い太鼓
牡丹ひらき ゆれる腑分けのよろしき、赤
靴穿いて 自分の顔を踏んだだけ
皇居もえ おんにょろ官吏膝行せり
便所から出て来た顔を父と名づけ
柳が枯れた、科学捜査も駄目だろう
笑わない猿を見ている 深い時間
信長を殺した注射器は 無いよ
エロ写真 まことに孤高の情けあり
偕老同穴 菊花がかおりハモニカも
革命歌 父を憎むと誤解せよ
神の説く星が出たから、さよならね
穴を埋めてお前が居るとびっくりする
殺せばきりがない春の夜の 勇気を下さい

部落――能面抄――
山を降りて来た言葉は 人間になり
海を渡って来た挨拶は 神と死病だった
部落"悪尉"神と言葉は殺戮する
春の日めぐり逢うは一粒の種 男と女
愛に殺そうとする 合歓もまた殺意
部落"山姥"愛語は蛇と夜をあるく
天守は青空なり 切腹丸ぞ面白き
名を惜しむ双手や 妻をしめ殺す
部落"怪士"ふるき太鼓は骨のおと
丁髷とギリシャをめぐる古都のペン
ちちははを斬る辻斬りの 閉じた地獄
部落"野干"秩序の束にまじる毒矢
性神の丘と穴こそ ボンゴの果て
摩訶仏に召されて女は 消えるという
部落"泥蛇"鴉は誰を罪と啼くか
蝶の舞うひと日 奴隷の鍬を振るなり
古酒一壺 冬よひと夜は王者となりて
部落"喝食"生死を越ゆる戦さ歌も
独り見よ 友を斃せし一顆の月を
誰が捨てしマルクスの書の凍るぞ 街よ
部落"弱法師"殺気を包つめ武蔵坊

――赤ン坊――
人を抱いて 薔薇の棘より痛い赤ン坊
センチメンタル爺さんの 赤ン坊の指切り

――叩く――
すでに救われてしまった骨を しゃぶる
病葉と 医師も患者ももんどりうって
落ちるわが首を待ちつつ 掌を見たよ
まだ死ねぬ坊主嫋嫋 落葉を焚く
わが渡り鳥は風呂屋のドブに落ちた
敵の眸は死ぬなと叫び 死ぬであろう
顔だけが喜んでいる 十秒ほど
肩叩き 叩き殺してやろうかな
腐る種と わが感傷は唐竹割り

――街――
誰も 死んだ蜘蛛の如くに指組むとき
この街に宿屋はないぞ 骨壺よ
煙草屋の煙草がもえる 砂時計
見えぬ夕焼け 礫の如く雀を投げ
てのひらを花のごとくに ひらきはしない
父も 父の火のひとひらは火をはなれ
妊婦がゆく 普賢菩薩の針吹く街
廻れ右した怪獣に子が居たよ

――石――
レコードの溝の地獄は百回ぐらい
釣銭(つり)をくれない石仏は石である哉
勝負は一如の 開放地区は飴であった
箸歩き出し 病人は暗いと言う
復活や 仁王の鼻は虫が喰べ

――ちんば――
金魚うごき君を愛すと言う 誰か
寺があって 正午に人を焼くとゆう
二人の日 は ピストル二丁吊ってある
花嫁に斬り倒されし燕尾服
お葬式(スロモション) 愛する顔が溢れはせぬ

――笑う――
階段を誰か登って来て 笑う
歩かない鶴を大事にする 昨日
天を描く日もネクタイの上に 顔
首吊りを見ている写楽 街の笛
雨の降る日は時計より遠き 雨
誰も老いたり 瞳孔のインク消し
雪と書き 仏像の掌の遠い掌だ
赤ン坊も金魚も帰り 乾く午后

――役割――
遠くなる言葉は能面が好きだ
鈴を買い ボクは神様だと思う
キリキリと仏身凍る 佳きポルノ
鼻はピアノの上で 鼻に逢う
骰子の昨日を信じ 泣く泣かぬ
腐らない盲腸が住む 署長の部屋
造反の個室の飯は 炊けているか
冗談がうまい花屋は切腹する
ゆっくりと歩けない日が近くなる

――むだい――
雪降れば壺を割る日だなと思う
生きのびて 囚車に乗れば海ばかり
人に逢う坂の 空気を磨いたか
車止め 明日は 来ないかもしれぬ
犬を生む犬と 時計を買いにゆく
独りで歩け 靴は大きな家鴨なのだ
来たり去る羨しき猫あり 青と空と
狙撃(キャラメル)坊やが墜ちて来る 政治(ネクタイ)の独楽(ウエ)

――猫と薔薇――
薔薇咲いて青い仔猫は生れぬか
招き猫は造花ばかりが描いてある
蟷螂も牧師の猫も地獄ゆき
病人と猫 病院を噛みくだく
橋の無い川を見ている猫夫婦
魚屋も猫もたちまち灰となる
狂犬と猫語りあう 比翼塚
涙腺や 虚空をつかむ猫の影に
薔薇と紙幣 猫もゆっくり気が狂い
爺さん病んで巨きな貌の猫となる

――小鳥を裂く――
中村内科胃腸科院長の 小鳥
ひとり尻尾をきざみ終えて 去る
担ぐメス 塚には首があるそうだ
透明な仏師が撫でる 少さな種
舞妓はん地の果てに棲み 手に鶴
病む窓に顔が現らわれ 溶けるかな
医院へ佇つ この化け物 は黒
医院に揺れ この化け物 の白
石を抱いて医院に這入る 白い黒い
中村内科胃腸科院長の 金貨

"ゆうれい"
――院長は嫌な眼をしている――
壁を叩く病人の 手首から先。
死人(しびと)の顔に描いてある キックオン
古い井戸から みみたぼを 掴みだす
皇室は法律に 髭が生えてる な。
ゆうれいの 仮説に惚れて逢いに来い
赤ン坊を握りつぶせば 割れる卵
人肉に味がある日の 入歯かな
膿盆に玉虫色の科学を満たせ よ
亀は背に蝋燭灯し 別れゆく
嫌な眼をした院長に 影があるか
ゆうれいの弁証法は 笑い出す
by nakahara-r | 2010-06-17 21:44 | 中村冨二『千句集』

中村冨二『千句集』二章

第二章(昭和23年~32年)
みゝず・鴉・白帆・さゞえ  誌上発表作品

(昭和6年みゝず作品)
盗まれた子猫を想ふ夜の雨
負けまいと直線ばかり書いて寝る

「古本屋 菊を飾れど」
書棚が巨きな貌の様だ 賣れず。
エロ雑誌あり、校長の貌は皺。
犬が古本屋へ入って來た、北風も亦---。
均一本のそれぞれの個性の僕。
ひやかしの客よ、お辞儀をして踊れ。

「猫昇天」
猫は病み、人間の手は大きいな
病み猫の舌が時間を舐めてゐる
墓が黒猫の時間を守ってゐる
東京戀し一匹の蛆地圖を這ふ
假面どっと燃え崩るゝや相抱く
火蛾の死に孤獨な粗朶を捧げよう

「墓地にて」
雑音に背を叩かれて墓地へ来た
墓地のこの路は無限の輪を描く
墓地で見た街は見事な嘘だった
墓碑の字のこの無意味さを見よ---晴れたり
あゝ小学生が光るのを墓地で見てゐる
墓地の碑が傾いてゐる、本当だと思う
墓地の蟻と僕は静かに時刻(とき)を稼ぐ
女死んで墓地は湖底となるだらう
墓地を出て一つの音楽へ帰る
振りむけば墓地は日暮れの穴となる

「その他」
花むしるかすかに爪をたてながら
官服を着た与太郎の髭を見ろ
真夜中の黒い巨きな玉乗りだ
赤いピッコロを買ってやる肥った妻に
妻の掌の みずうみ晴れて 静かな泳ぎ
妻の掌の みずうみ暮れぬ 疲れしか
僕は遠い日へ眼をとじる 鮭の煙である

「落葉の思慕」
そも誰に似し彿像と酔ひし秋
猫の死が真ッ赤にさせた夕焼けか
夢は去り馬鹿長き貨車は去れり
孤独さへ許さず 猫の死が腐る
冬の秒針 みんなひとりで死んでゆき
冬の絵の一滴の灯は今日も遠し
逢いたいと想ふ鉄路大きく曲りあり
子等は去り 水底の星死と並ぶ
女工みな吹き飛ばされて寒月がある
街の真中で輝け 装具店
愛の夜といへる冷たき水面を見よ
蟲歯グングン真冬の河は流れ去る
あゝぼくもおどってゐるねばかをどり
僕の手がパンに化けたよ馬鹿踊り
馬鹿踊り君の涙を見て踊ろ
ばかおどりてんのひかりにてをひろげ
馬鹿踊り愕然とわが路細し
父母は雌雄子よ一刻の冬を眠れ
わが嘘言怖ろしひと日子を抱かず
寝顔しんしん孤独に沈みゆくか吾子
冬薔薇や父子の憂ひ別々に
子は学校へ学校の松風吹けよ
他人の家ばかり並んで夜が来た
城崩れゆけり 僕が笛吹いてやろ
物喰へばけだものである咽喉の奥
子の病気樹肌の荒き蒼に触れる
人形の帽子はみんな生意気だ
轢死だよ、夕焼けの色が降るよ
汽車に轢かれるのも一つの舞踏です
轢死者はゴロン、花束もゴロン
轢死者の下駄が歩こうとする
轢死者よ、君の部品に灯が点いたよ
青空へ 人工授精器 完成す
青空へ 筋斗(もんどり)をうつ 雌と雄
青空が 溺死の臍を 悦ばせ
青空の 下の草木を 死が襲う
青空や 校舎がオルガンに 化けた
老婆微笑み嗚呼白き石立つよ冬
老いて争ひて秋草のクシャクシャな黄昏
老婆叫び封建の夜の化石たれ
寒卵ぬくし老婆の死は然り
水枕蜘蛛がこっちを向いてくる
蒼きカンテラ振りつつくにに行きつかず
詩碑倒れたり木枯に血の匂ひ
冬が赤いインクを買ってゐるな
巨き玻璃光るを見つゝ堕胎せむ
黒板はむなし軽音楽聞こゆ
若き日や空虚(から)の鳥籠ほどの嘘
古いパンむしる老人に、なりたくない
時間は真ッ黒で、むかしへみんな去る
真夜中の何處かで光る僕の墓
炎天に侏儒の陰は侏儒です
僕は 茶色な部屋の恋人も侏儒
君は 巨大な顔のちゝはゝも秋の侏儒
僕は 蟷螂のどんよくがゆめである
君は 蝙蝠の影が顔である
僕は 灰色の雄蘂の腐臭だ
君は なめくぢのくちびるの受胎
僕は カボチャの貌の赤ン坊が僕だ
君は 侏儒で赤ン坊も侏儒で---笑ふなよ
僕は はねはね金貨を撒いて別れたい
君は 黒い冬吐いて、秋に死ね
月光(つき)に嗤はれて侏儒の恋終る
影が私をさがして居る教会です
私は影---宝籤は風でした
嫌だナァ---私の影がお辞儀したよ
私の影よ そんなに夢中で鰯を喰ふなよ
肖像は私を見て居ないぞ 私の消滅だぞ

「亜流自殺者」
馬鹿ばやし自殺者の指踊り終る
自殺者は自惚れを哭く泣いて死ぬ
路の無い自殺の路に花咲きみだれ
蝙蝠よ 首吊る影の色となれ

「決闘」
パン屑や鼠の飢ゑとわが恋と
決闘に遠く童話の札束(さつ)が降り
人殺しして來て細い糞をする

「をかしき恋」
やまなみはつんつん、恋に觸れられぬ
潮吹面のロマンや、鴉あるきつゞけ
はるのよのおかめはむねをだいてねる
片恋や、首落ちやすき葱坊主
しかも恋の凸凹な古い鏡よ

「ひとびと」
犬交わる、大野九郎兵衛昨日死せり
永遠に瓢盗逃ぐる鐵路の秋

「影」
むかし時計は長くなり、露地多き街に鳴り
交媾の時刻(とき) 三代の鬼火(ひ)の踊り
蟇(ひき)は死んだ 胎児は蟇に似てもいる
なめくじには眼がない だから私は生れ
母が口をあいて死んでいる――父も口をあけ
銀杏葉(いてふ)クルリと静止するし、古い恋は散ってしまう
やがて父も口をあけて死んでしまった
むかし時計は速く鳴り 春光に黒き塀倒れ
黄金(きん)の実の墜つるが如く父母死せり
つぶれし蝸牛のごと 影はありけり

「川柳家」
復讐か妥協か とうとう別れ路へ来てしまった
お前に嗤われるより復讐の路に倒れる事にしようよ
再び仮面を脱ぐ日まで…舌を出しながら
復讐と書いてお前の首に吊け

「むし」
泥の中にも泥虫が――俺である
ざわざわと虫は生れる、灯は消える
虫うまれ時刻(とき)を喰わんと羽根ふるわせ
墓地に虫、死は虫だけにある墓地よ
これは貴方の様に満腹な虱です
自殺知らねば蟷螂の濃き怒り
蟻あるくあるく、胃袋歩きつゞけ
暗いひと日の蚊はうまれ、打てど生れ
巨き蛾は墜ち、田吾作の屍は燃ゆる
セロファンを買いに出掛ける蝶夫婦
蜜蜂の死を溶く春のひかりかな
むかし金持ちだった、なめくじを見よ
脚のない鈴虫が哭く募金箱
私の脳髄にビッシリたかった――毛虫
男は女へ蚤の様に飛べない
毒薬の活字の蠅は舞ひあがる
われ斃る日までお前に血痰(たん)吹きかけ
急がねばならぬ穴を掘らねばならない
爪焼けば斃れて匂ふお前の裸(ら)
贄を噛む如くヘラヘラお前と居る

「黒い牛」
退屈なわたしが喋る耳の中
糞せねばならぬ市長はうなだれず
茶柱や税務署に火は絶ゆるなし
アカハタあがり、春の道化はパンかじる
退屈なお前が喋る耳の中
僕は句を作り屁放虫死ねず
シラノの鼻の具体的な墜落
限界に白き風吹き 私――お前の踊り
あゝ孤独(ひとり)――猫は眼鏡を拭いてゐるよ
あゝ孤独(ひとり)――黒き時間の牛あるく
虫、虫を喰らう喜劇の借金ぞ
虫の如き政治家もあり、いくさ近ずく
あゝ原爆 虫もお前もセッセと穴へ
虫の死の表情もなき死を想え

「混沌」
きみあれと坂なせる夢瑠璃ならね
餓うるべし大鐵板を叩きつゝ
よろめくや人の創りし空ならず
闇にマチすれど私は展ろがらぬ
みんな死なないで、便所へばかり行き

「秋」
蒼い蒼いきのうの壷はうみで死ぬ
うられゆく蟹あるきだす、わたしの路
鞭は消えて、めぐり見しは葬列の蒼空(そら)
ネクタイをむすべ、この人臭きはわれ
身にそひし時間の穴を、顎まで掘る
眼も鼻もない通勤者のみ、ゆけり
犬は冷えきって、日暮れののぞみを噛り
屋根を見よ、トントン剥がれ白旗(はた)剥がれ
造花繚乱、アメチョコ牧師、泪せよ
凡愚の死、童話に黄金(きん)の雨降らず

「鬼」
たちあがると、鬼である
鬼くくと聲して寺の影より生(あ)れ
谷底を鬼行くとき花降れり
これは高射砲の頂上の蒼白な鬼
胎児の死、冬野を赤い鬼急げる
透明な鬼、看護婦をめぐりて消えず
林檎掌に鬼の表情痴呆となる
鬼われに近ずき、税史口ひらく
鬼の踊り、貧しわが部屋廻転せよ
鬼、口笛、銀座は明日の血を知らず

「生」
良心も頭が禿げている
虹よ、妻子よ、神の悪意よ――胡座せむ
これや秋の便所の中のお前の眼
死を買うて薬局を出るかもしれぬ
鞭の音より生れ出て、パンと寝る
降りてゆく階段に底が無い
パチンコ屋 オヤ 貴方にも影が無い
仔猫を捨てにも地の底へゆく心
「哀れ」と言ひ、肉を喰らひ、影をさえ抱き
何処やらで物が腐ってゆく生活

「むだい」
カレンダーの 一枚の 神はめでたき
煙草くわえた君の横顔を忘れたよ
では私のシッポを振ってごらんにいれる
おたふくめ 哀々とわが胸に生くる
楽しかった 一枚の 紙を焼く

「壁」
晦澁の私の壁にむげんの眼
陽があるゆえの白壁の誇りのみなり
壁が声喰う孤高とは、そんな冬
夢――壁には唯物の穴ボコボコあき
壁があるから恍惚の夫婦かよ
壁土がポロリと落ちる――寝てしまう
真暗な壁がボロリと――死んでゆく
明日に觸れるに盲目の壁よりなく
あるいは明日に觸るる盲目の壁に描がき
晦澁の私が壁が――可笑しくなる

「青」
春の太鼓乱打したしと妻には言えぬ
嫁ぐとや、蛇の卵を君が掌に
むかしわが豚に捧げし豚のうた
豚には豚を、春晝の自慰またよろし
汝が恋は蝶の屍を掌にのせあるく
青きまゝ花野出てゆく、青き假面
屠殺場と書き春晝に吊すのみ
薔薇に死ぬ魔法使いもありぬべし
殺したき顔、春光に浮きて近づく
花野ゆえ 即ち囚車来て止まる

童話(その一)
――操り人形(ぎにょーる)の糸――
秒針はとまる 舞台に終りなき
ギニョール、ギクンと生れ、ガクンと生れ
糸は七彩、祈りの果てに生れしに非ず
糸は緑の青春の手の交叉、燃ゆ
聖女は風景で、退屈な白い糸です
嫁ぐ糸と赤き不倖に酔ふ娘らと
銀の糸 王子は消えぬ 星老ひぬる
糸は茶に変り、シャイロックの横目
黄な糸の見よや刺客のもんどりを
イヴァン老いる 術なき黄金の糸を手に
青い 青い糸を捲いてゐる、さようなら
ばらばらな糸の――肉の静けさ 蛆うまる
ギニョールふたたび生れ、ガクンと死ぬ
棺、棺、棺、舞台の下手より君が
時刻と神と――指が静かに僕を吊る

童話(その二)
――街――
大口仲町十二番地のあをい月
かみのへどよりあらわれて、ものをうる
吃者去り われ天皇の顔となる
装具屋の微笑たゆたひ赤ン坊へ
コロッケの如く笑えり 定期ひらめき
味噌汁の合唱聞こえ 質屋見ゆ
われに金無し 商人(あきんど)を射殺せむ
朝は朝の犬の哄笑 わが尻尾
パン買うてキリストの顔静もれよ
火に燃えろ――あまりに懐疑なき雨戸

童話(その三)
――マンボ五番――
妥協しろ、父の鰯を買って来い
子に小さき悪の芽見たり、抱いてやる
母を愛す 拙き父を見たか――見たか
金魚の墓の地に感傷を埋むるな
甘き譜にいくたびの死を懸けよ 子よ
童話(めるへん)の死を想ひ見よ――子を眠たか
マンボ五番「ヤア」とこども等私を越える
笑ふなよ 鯰の如く老ひたき父は
母を描く青は哀しき色ならず
父を描く赤は楽しき色ならず
子が去る日 静かに雪が降るであらう

童話(その四)
――虹――
痴童われみそらにえがきえしは虹

――今も――
かべにえがく、にじのえをかく4B鉛筆

――むだい――
虚像かな、婚礼に風吹く日あり
浄瑠璃や、雨は乞食の貌たたく
薔薇よ 死ねよ、科学者すでに泪なき
商人のよふけのなみだ、よごれてあり
土出でて、糞虫ひかる 自省かな
絵筆なく、魚は青きまま焼かる
墓碑あらば ト書きの如く笑ふべし
動物図鑑の百八頁のあなたの顔
自慰の日や、真鋼にひかる虫もあらむ
債鬼見よ、わが幻像は胸はりに行く
詩(うた)なき雑草、わが子高校生となる

――煙――
煙の無いパイプに死んでゐる貴女
老人はかえり けむりは地を這うばかり

――街にて――
すべては時間の微塵となりし笑い面
法律や 肉屋の秤血を垂らし
商人の街で不協和音は十圓です
車止めの無機物の非を花屋の前に
雨は 人の形を人にして 街に
彫る父の好色の顔 妻も見よ
驕れ死よ、雲がゆく時の音楽だよ
手風琴古し、金よりも佳きものはなしと
春の影の乞食夫婦の行くては暮れしむ
赤子ゆき身うごきやめし街の墓ら
倦きたよ、友に焔え去る一本の蝋燭を
神が売る安きてんぷら子と買いし
今も革命 露地は愛しと帰り来よ

「ある午后、人形劇と」
鉄筋の午后の固さの恋歌かな
老いたる者嘆きつつ樹にのぼるとき
四十女はノスタルジャーだとさ 黒い疣と
故人のナイフと、重たい猫が来るだろう
民話のかげで太陽を切り抜いてゐるとね
何故に生きて 悪魔パクリと蚊を喰ひたり
甘き時間の悪魔は亡びてはならぬ
創られしは悪魔の善意 死ぬよりなき
夜ルがつづく女と肉と 遠い便所

「ある記憶」
愛すると云わぬ無数の唇うごく
椅子がこわれ、何でもこわれゆくぞ、妻よ
経文の中より出でし黒き蝿
病院をはさむ大きなピンセット
自殺する、せぬ、冬空へ蝶はなち
振りかえる灯に、青酸に演出なし
然らずと千人たたくわが背なりけり
天皇と半分馬鹿の夢声ゆけり

――むだい――
ディーンは、死より生るるは、青年の匕首は
支那語の二人の遠くなりゆく、時間というもの
今日がきて 薔薇に生まれた人はいない
頓(のろ)の詩(うた)よ みじかし、ほそし、爪だつのみに

――はる――
眸を描けば 春の記憶の皺があるぞ
古賀正男 呆けピアノは狂気も生まぬ
パイプの穴の怠惰の意志は通るかな
露地に窓の限り無きとき、春であった
稼げば死ぬぞ 乾きたる掌の空より垂れる
税務署に 金魚を置けば うごく哉
男六十の葱きざみつゝ 涙あらむ
イエス様 這うて死ぬとは 面白きに
振りむけば アンデルセンの 馬蒼し
什麼生仁王 春は叱咤の虚しきばかりよ

――むだい――
狂はずに十年たてば、今日も鰯なぞ
考えてると、無駄な重い塊である
死んでゆく滑稽な、軽い空気になる
生んで死ぬ妻に時計を持たせける
まこと、わが盲の指は妻より知らぬ
時計屋に嘘満ちて、人間(ひと)老ひてける
死ぬつ僕に時計を買えと云ふか、云えよ
蛆うまるる、政治より濃き白き色せり
天皇(きみ)に似し 羅漢笑えば 五秒すぎたり
ももとせの意味なきものら 恋にねて
永遠に ロダンの馬鹿と 性器見てる

童話
――黒――
今日が来て 債鬼は死なぬ 呪文百冊ほど
眼をとじて開くに何の物理の博士
神えがき給ひし 恥毛、白痴(ばか)の如き
のろき貨車の のろき殺気や、人間の唄
馬二頭 並ばずゆけば、夫婦あり
首を吊らう、黒い空気にぶらさがる
髭の濃い刑事を黒い石に彫る
何を恋えと 螢は時をのぼりゆく
他人と書いて、お前にやる

「少年抄」
少年の恋 てのひらに 青蛙
物語らむ少年よ、風の貌もつ霧がくれの翁
少年よ、蒼き砦に火矢うつは、君
物語らむ少年よ、今し姫ありて君が胸に生るゝを
少年よ、北冥の紅魚は死なぬ
物語らむ少年よ、牡丹雪降るわが貧しき智恵
少年呵々 鯰は父に似て老いぬ
眼科医に 雲母(きらら)の中の少年ら
美少年 ゼリーのように裸だね
雛生るゝ日、少年のまつ毛母よりも長し
山脈(やま)に笛、少年に姉あれど――むかし
少年、明日の針金を直角に曲げる
湖(うみ)は――少年の狐の面に霧たちのぼる
淫祠あり、少年の舌もチラリと赤し
少年は春、蛇は冬、生れた
少年には父、母、蛇は考えている
蛇の眼は蛍に似ている――少年の姉よ
蛇の居ぬ日の古沼は危ない――少年よ
少年の葬列は去り、蛇が居た
少年の合唱降れり、蛇死せり
少年千人 海の如くに並ぶ、見ゆ
檻には鷹を、少年の足 地より離れ
少年怠惰 ねむい支那饅頭である
幽霊と少年 ふるき日をあゆむ
銀煙管 少年惨として触れぬ
将棋に負けて、少年臍が掻ゆいなり
少年の写真ピンボケ 秋ゆく日
浮浪児、ラッパが吹きたくて顔中がラッパ
浮浪児、学校はまだ冬の屋根さ
浮浪児、怒っても怒っても誰も居ない
浮浪児、接吻見ている、これは虱です
浮浪児二人、同じ表情でお花見である
浮浪児、海を――父を見ているのではない
浮浪児、落葉は食えぬ 口笛さ
浮浪児、女史のお尻と蝶々が見える
浮浪児、青森へ行くとて消えにけるかな
少年を彫る純白の泥が欲し
少年の見ている空は、青く塗られる
麦の寺 少年風になりにけり
夏ゆえに 少年宙に浮きて病む
少年算盤をパチンパチンと父にはならぬ
少年にペガサス消えては死ぬよりなし
影に皺ある少年は 眼が見えぬ
少年ひとり 犬の眼をして蟇さがせ
少年の秋の孤めぐる あをき独楽
海は昏れて、少年の眼の底が見えぬ
松は凸凹で、算術の出来ない少年です
秋に道あり、少年に匂いなし
少年は匂い、馬糞は微笑せり
冬、一燈にはひとりの少年の幾何
月が出て、少年は譜の如く吹かれ
少年、粉雪を撒きながら日は昏れゆき
めくら少年の大きな 秋の耳
母を打つめくら少年 秋が逃げてゆく
譜の如きめくら少年 墓は倒れず
めくら少年 底なき穽に咳をする
壊れためくら少年とハモニカの昼寝
悪い少年である ぼくだけの、夕焼だぞ
母のない少年は歩いているだけで、夕焼だぞ
犬の死んだ少年は消えそうで、夕焼だぞ
白痴少年、火星の胎児かも知れぬ
白痴少年、招かれざれど母と寝たし
白痴少年、荒き樹肌は 父の如し
白痴少年、疾風に吹かれ 神の如し
白痴少年、星見てあれば 豚の如し
白痴少年、蝶より愚かなれば 食う
白痴少年、冥王の糞かも知れぬ
花むしる 少年の息 次第に荒し
少女去り 少年恍と 蜂殺す
春の夜を 少年少女 影踏み合う
姉嫁ぎ 少年深い灯を見ている
少年あわれ 母の匂うを知らず眠る
少年に 母匂う夜も無事に過ぎ
少年に 混沌として父母ねむれる
母の恥部 少年 虫の顔をせり
少年の声が風になってしまって、卒業する
少年と煙突の見える、冬である
少年には鞭、大人の笑う街見ゆる
少年通勤 鉄路が鉄である日である
父の時計を捲く少年であるな
金ゆえに 少年鼻で笑うかな
笛折れて、少年夢をふたゝびせず
内閣総理大臣という字を少年よ、書けなくてもよい
「吉田首相と少年」の写真がない
音楽は飛び、ジェット機は少年へ
政治あり、少年の定規、曲線を描がき
戦争で、少年の手に、足にも鎖
原爆で、少年の骨もカラカラと吹かれ
少年よ、明日はどんな旗かつぐ
むかしぼくの 三太の声に雲流れ
秒針や たちまち遠き 三太の影
悔恨や 三太は今も手を振り去る

by nakahara-r | 2010-06-17 21:42 | 中村冨二『千句集』

中村冨二『千句集』第一章

第一章
昭和19~20年 海軍入隊中

追憶(現代川柳句集)
風の中、男、男とないて怒る
腰かけるものが濡れてる疲れてる
生命あらばとて別れ來し冬の真中
山うどは苦し、泪は我のもの
別れとは落葉一つに吹く風か
黄昏れて誰かに似てる鯊の貌
冬の陽はチラリと鼻に射して消え
松燃えて松に命の有る如し
頼もしき男となれよ秋の子よ
空っぽの両手をこすり喰う話
不倖せせめて冬陽をてのひらに
白い花輕い頭痛に揺れずあり
春の日の鞭は優しい牛車
二の腕に一本長き毛を愛す
楽しさよ淋しさよ田に手を洗ふ
叱られて案山子の如く泥を行く
虱を捕って花びらに乗せてみた
迷い犬秋の女に追い出され
事なかれ主義へ泌々冬迫る
泪ぐせ駄辯に遠く指が冷え
幾百の他人の言葉冬が來た
秋の雨、焔は我に飛びかゝり
手を二本吊げて眼のやるとこが無し
望郷にとぼしき煙草曲りあり
手を輕く叩いて淋しさに勝たん
も少しの努力が足らず夜具ぬくし
焼き跡は鋭角多し、冬なれや
嘘一つ事實となすは難きかな
歯に沁みる甘さ我が子を戀ひながら
眠らうとする鼻柱真すぐに
by nakahara-r | 2010-06-17 21:41 | 中村冨二『千句集』

空も樹も

よく晴れて気持ちのよい日


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うねうねの幹を見上げる

感情なんてただのパルスだ
と、言われた
by nakahara-r | 2010-06-02 22:21 | フォト日記