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定金冬二『無双』念

- 念 (昭和50年~58年)-
鶴の墓すべて痛みに音がある

水牢の水ぬるんでも舟は来ぬ
匹夫たち 花菜畑に灯をつけて
執行人転倒 春を短くす

そのむかし人は売られて椿咲く
提灯に灯を入れ夏を涼しくす
捕らわれてぬくい蛍を見ていたり
蚊を叩く遠いところにいるんだね
水中花 わたしひとりのいくさの忌
夏手袋をぬぐと聴こえるものがある
蛾を殺し否応なしに手を洗う
花火屋で死なないほどに巫山戯よう
念というかたちでぼくは灰になる
闇を出て花火師になるほかはなし
炎天の夫婦を歴史から外す
プールの水もやがてどこかへ帰って行く
我が頬を打つと華麗な秋になる
待合室の秋をだれにも渡さない
逃亡のこめかみももう秋なのだ
秋だから電車に乗って風呂に行く
秋はすでに逆縁ながらうなずく馬
風の夜のコスモスはみな鬼の味方
秋うれいあれば深酒つかまつる
秋深しわたくしの名で笛を買う
悪行や 芒はあくまでも無題
芒が原でしっぽのはえた父に遇う
魂が見える 芒の穂が見える
あしたを切り刻んで枯野から戻る
木枯らしの町の鏡に奥がある
割箸を割ると枯野が見えてくる
冬はやさしい顔で小さな宿に着く
大切にしようとおもう冬の眉
ずっと血をひいているのは冬の山
父として真冬のたてがみを洗う
人の背にじんじん届く冬の縄
冬の雨 血のつながらぬ傘をさす
冬の耳 タイトルマッチから帰る
雪の夜はお伽噺をせぬことだ
木を抱いてこよなく愛す雪降る木
遊女塚なれば雪降る 雪降るな
やがて雪積む わたくしの古い帽子
あの日も雪の藁人形は眼をひらく
てのひらの雪かなしみはすぐ解る
雪の夜の笛はいのちにすぐ届く
雪の深さに放すまじわたしの名
風に舞う雪 血縁をほしがらぬ
落ち合って雪の小さな世界かな
寂しくて冬の鴉のごとく翔ぶ
木を削るわたしを削る冬銀河
冬の道 楽器を持つと逃げられる
冬の旅人 冬を出でんとして斃れ
政治家のシャッポを脱げば音がする
血縁の靴をそろえて叛乱す
りんりんと櫛の歯が鳴る負けいくさ
兵の唄 遠くに朝が置いてある
種袋 亡国論はしなやかに
元日本兵につらなる数え唄
火の底で長いいくさを語り継ぐ
めし屋を出ては戦争の絵に戻る
雨の兵隊 火薬を少しずつ食べる
原子力船もわたしも傷を持つ
鴉もぼくも核をくらっているわけだ
ハナハトマメゲンバクヒトゴロシ
ぼくの横でも戦争の絵を描いている
政治から少し遠のく焚火あと
敵国の花屋も花を売っている
今年いちども蛍を見ない許せない
勾玉に獅子奮迅はなかりけり
村の味噌蔵は艶笑コントかな
真夜中の神と卵は同じ罪
蝙蝠はどろんと生まれ嗤うなり
胎内を出ては誰かと手をつなぐ
充電終わる芒刈萱覚悟せよ
みんな音楽人 ポケットに闇を持つ
解るからぬくい荒野の狼たち
赫の旅立ち軽い気球は裸婦を抱く
無花果の葉の裏にある国ざかい
薄情になれないときは酢を飲んで
地の甕に水たまりいて遠き耳ら
塩田無惨どこかに塩の塔がある
きのう見た煙突がある 敵討ち
最強の男ありけり火を担ぐ
男修羅火の鞠こそはいっそ修羅
まなこ冷えて火焔たてがみ殺到す
仮の世の頭を洗う弱法師
教科書や 水をほしがる仏たち
都たそがれ物の怪ほどの老法師
都の底を茫と流れる男あり
深深とお辞儀しなさる網代笠
馬から落ちて死んでみようぞ琵琶法師
ここに鼓楼音なく我も音たてず
ユーモアクラブに置いてあるのはボクの首
年齢順に死ぬうるさくてかなわない
死んでから唄えるものをもって死ぬ
斃れるときの音を楽譜にしておこう
死ぬときはひとり 独りの花を買う
花と約束などはできない 私の死
われとわがいのちに幾度火を放つ
ふるさとにいつでも死ねる井戸がある
ふるさとよ情死というはこのように
遺書を書くときはすべての戸をあけて
死んだふりしてやることも絆かな
死ぬときに持って行くのは味噌醤油
眼が細くなる死ぬるとはこのことか
馬はどうせ馬の形をして死ぬる
鬼死んで塩壺に塩降りしきる
風葬のひげはひたすら風を呼ぶ
どうしても死体がうごくのを止めぬ
風は凄絶おもい上がりの死人たち
少女死んで絵本のなかの空腹よ
喪の家の少年じっとしておらず
愛とよぶには寂しくて絶命す
蝶の死後メランコリーな縄梯子
死ぬ人の肩を叩いて手を振って
とても静かに死ぬ炎天のエキストラ
つけひげのままで正直者が死ぬ
真夜中の楽器にひとり友が逝く
溺死して長いごぶさたばかりする
ごめんなさいと独りで言って独りの死
カマキリも象も黙って死んで行く
眼をあけて死に悪戯をつづけおり
額のナイフ 漂うムードミュージック
ヒッチコック逝く鳥は再び鳥かごに
青年憤死ガラスの靴を手に持って
窓の向こうを通る柩の名を知らず
葬列を見ている耳朶が熱くなる
霊柩車 返事を一つだけ抱いて
待ち侘びて柩になった柩の絵
いまの願いは柩を濡らさないことだ
忌中とあり都にぬくい電車くる
母のいのちとこの能面は地に返す
笛太鼓 母が死んでも笛太鼓
死んだ人の茶碗を洗ううすい闇
火葬場の時計で確信がもてる
蒼天や 猫のとむらいでも出そう
人の死にかかわりがある朝の虹
冬の塔 いくたび人の死を越える
こころの忌つぼみの多い花を買う
こころ密かに葬るものが多くなる
死に際のたばこをくれるのが味方
父の柩も母の柩も 音楽よ
いつか私の柩が帰る古い駅
神を重んじて葬式屋に急ぐ
香典の包みをひらくわがゴッホ
かくて大地に人間のめし犬のめし

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|私小説(昭和20年~29年)| 迷路(昭和30年~39年)|野の仏(昭和40年~45年)|
|合掌(昭和40年~45年)|黙示(昭和46年~49年)|亡霊(昭和40年~昭和49年)|
|連(昭和49年~50年)|センチメンタル(昭和50年8月)|背番号(昭和50年~58年)|
|砂時計(昭和50年~58年)|ミュージック(昭和50年~58年)|悲(昭和50年~58年)|
|念(昭和50年~58年)|
by nakahara-r | 2009-06-17 01:06 | 定金冬二『無双』

定金冬二『無双』悲

- 悲 (昭和50年~58年)-
折り鶴がうごいて私を売ろう

運がよければ石を投げずに帰れるが
下駄を履くと自分の莫迦がよく解る
やさしさの欲しい日まわり道をする
まっすぐに動く寂しいことばかり
どうしても私 落ちるときがある
自分を嗤うときがこのごろ多くなる
疲れたとおもう小さな円の中
疲れたら船頭小唄うたおうよ
躓いて一人のひとと近くなる
火があってすこし優しくなりすぎる
負けた日の枕をすこし高くする
信じてくれた人のいびきを聴いている
夜が明けて人には返すものがある
朝の散歩はわたしの水いろの時間
生まれ変わって目玉焼きでもつくらんか
すこし深いところで人を待っている
手さぐりのその先にあるのど仏
善人といわれて寂しくはないか
怨まれて水のある方ばかり向く
すこし寝ころんで哀しみに蓋をする
許されぬことよ川にて手を洗う
手を洗うあしたもこの手洗えるか
目ざましをかけるなさけに弱いから
風邪の夜の古くなりたるわが枕
寂しいときは横に両手をひろげよう
弱い者は弱いところでクリスマス
わたくしの眼鏡が置いてある夜明け
寂しいときはいのちに届くまで歩く
哀しみに耐える水から顔を出す
海に掌を見せる神にも掌を見せる
ハンカチを捨てるぐらいは出来そうだ
敵のうしろに廻って哀しみを捜す
磨きぬかれたことばでさようならをいう
魚を焼くきれいな別れなどできぬ
繊細に卵を割って別れよう
傘をひらいて未練というはこのように
雨が好きで雨の約束ならできる
再会のあとなんとなく手を洗う
雑草のやさしさ旅に出てみよう
火の好きな羊と長い旅に発つ
海がほしくて水いろの紙を切る
燈台を見た昂りとおもうなり
被告人 いつも本屋にあこがれる
苦しんで橋の向こうの本屋まで
哀しみの解ったあたりから走る
花の木のひとり言かとふり返る
いつからかスプーンに名前つけている
こだわって傷のあたりに灯をともす
杭を打ち終わる かすかな羞恥心
木には木のことばがあって木を植える
木を植えて耳に蓋すること多し
わが指に賭ける 泪がどこかにある
妹よ 冬の洗濯機がまわる
原稿用紙を破っていると亡母がくる
虹のはずれで包丁を研いでいる
腹中の縄をどこまでも伸ばす
電車に底があったので安心する
友を売りそこね 闘牛士になった
ポケットを持って追いつめられている
本人の知らぬところにある 枕
走るのはよそおいのちが安くなる
追いつめられて花屋の多いのに気づく
吹かれいて月日の襞をおもうなり
目的はないけど土を深く掘る
地に掟ありにんげんは穴を掘る
真夜中の人形こそは雫せよ
朝のしっぽから逃げて行くゆうべ
ふるさとで鼻の渇いた象にあう
まごころの近いところにいる鴉
音楽の解る大地に卵を生まん
浄瑠璃を聴きに行く耳洗いおり
樹の下にいもうとがいるきつね雨
真夜中の麒麟を知らず麒麟も知らず
絵のなかの檸檬がすこしずつ流れ
釘が曲って不思議な痛み頒ちあう
北行きの列車は北へしか行かぬ
人に溺れると蟹工船がくる

英雄にならずに石段を下りる
快晴というユーモアが解ってくる
下山してやさしいめしを食べている
祈りの外の果物皿が光るのは
ほんとうの風は炎の中にある
雑木林を抜けても終わらない喜劇
いつかは罠にいつかは昇る陽のように
すこし寂しがらせておいて珈琲を
鬼というものは鬼より怖いのだ
心配をするためにある縄梯子
人間として眼をひらく眼をとじる

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|私小説(昭和20年~29年)| 迷路(昭和30年~39年)|野の仏(昭和40年~45年)|
|合掌(昭和40年~45年)|黙示(昭和46年~49年)|亡霊(昭和40年~昭和49年)|
|連(昭和49年~50年)|センチメンタル(昭和50年8月)|背番号(昭和50年~58年)|
|砂時計(昭和50年~58年)|ミュージック(昭和50年~58年)|悲(昭和50年~58年)|
|念(昭和50年~58年)|
by nakahara-r | 2009-06-17 01:05 | 定金冬二『無双』

定金冬二『無双』ミュージック

-ミュージック(昭和50年~58年)-
折り鶴が翔ぶ青空が痛くなる

虹が出てすこし継ぎ足す縄梯子
火を消すとあざやかになる火の掟
流れ人ここから先は地のいのち
味方だとおもうか背中ばかりの絵
人を打つまねをときどきする仏
赤子よりうまい微笑をしてみせる
転がってしまうとぬくい他人の眼
メス錆びるうわさ話が多すぎる
言い訳のかわりに高い木に登る
捕われて有縁無縁の坂より風
梅干をいくつか持って逃亡す
今は勝ったとおもわせておく木の雫
人の名を呼ぶうつくしき修羅の中
魂にまで届かない縄梯子
河の向こうに絆があってはにかんで
風が出て妖しきものは我が両手
手錠より縄のぬくさに縛られる
バイブルの中にも内緒ごとがある
なんとなく人の世がある水ぐるま
化粧してまっすぐ歩くことはない
玉手箱のけむりをみんな持っている
嘘にきまっているけれど花束を
棘の木に棘ありやすらかに眠る
狐は死んで自動ドアはすぐ開く
生年月日と関わりのある車井戸
嘘つきのもっとも好きな草だんご
決定的瞬間がある 麦畑
たんす長持ち持って行くのはまつりの絵
てのひらで亀も兎も眠くなる
障子から顔を出すのは悪い猫
竹の井戸 竹の音してむかしがある
台所には包丁があり 放浪す
歩いても走ってもある地の掟
鬼の絵をめくると水の音がする
密告者 脚の弱さを哀しまん
風の絵馬 行方知れずの子を捜す
影法師ことばが溢れそうになる
悪を追いつめるとドガの絵にあえる
彷徨の花はむらさき眼をあけよ
許されてから赤とんぼ赤くなる
子守唄バケツの水は重かった
乳母車むかし答えを持っていた
母に逢いたくて風船売りになる
ポストの向こう側に帰れぬくにがある
駅前の花屋を敵にせぬことだ
燈台が見えてやさしくしてあげる
哀しみがありすぎて買う赤い櫛
縁あってポキリと折れる木を捜す
珈琲屋でときどき光るヴァイオリン
鬼灯のいろを味方にして休む
通りすがりの堀の深さの子守唄
自転車に空気を入れる隠さずに
某日のオルガンさっと受胎せり
婚姻届と笑いつづける生たまご
妊もって桜並木のさくらたち
この川をきっと渡って子を産んで
雨降って雨乞い夫婦禁を解く
人間誕生しずくするのはすべての木
わが家より明るい沼で子を堕ろす
木馬子を生んで寂しいことばかり
花びらも泪も落ちる音を持つ
ときどきは水に溺れる水ぐるま
ああ夫婦玩具の箸を持たされる
対岸の夫婦も石を積んでいる
女王陛下がほしがっている生卵
鉄橋が好きで王様にはなれぬ
サーカスの犬ことごとく犬である
卵屋でたまごを数えたりするな
風は他人の空似をすこし押し戻す
壁は修羅 鬼の草鞋が掛けてある
火を焚くと帰りを急ぐピアノ弾き
橋のむこうも哀しみがあるヴァイオリン
樹の蔭を出て行くぬくい紙芝居
森は雨でピエロの宿る樹を濡らす
バスケットボールを持って隠れよう
ヌード館出て急に翼が欲しくなる
名画展終わる地の果てまで歩く
躓いた石を物語りにしよう
落とし穴の鬼も神父も上を向く
空中ブランコなさけが雨のように降る
柱時計もぽっくり寺の方を向く
沈黙を守るナイフと老いた猫
壷の闇こころの闇と響きあう
落書きの太郎花子よ幸せに
笑うことがすこしはあってふり返る
哀しみで丸くなる虫まるくなれ
ピンセットではさむと風が痛いという
島の人 固い笑いをかえすなり
復讐は紙の兜を折ってから
投げ縄は縄の匂いで輪をえがく
そしてお前妻よりぬくい眼をするな
馬の写真を馬に見せると横を向く
人は叛き象はたしかな芸をする
峰打ちをくらって隣から戻る
坂は雨人を許して雨にあう
恋唄や月夜のナイフ重くなる
神は耳かきが欲しくて木を倒す
地の果てのランナー首を洗いおり
激痛や 朱の面はいま朱に還る
蝙蝠傘をわざと忘れて 復讐だ
天をさす指 地をさす指もなさけかな
火まつりについて行くのは他人の子
うどん屋の椅子から刑務所が見える
船を押すキリストよりも重い声
月蝕や 巻き返すのはいまのうち
サンドイッチマンも象も寂しいから歩く
暗い柱はいつも暗くて 子守唄
穴掘り人夫の唄が聴こえるぬくい家
火の見櫓の上のまじめな他人かな
ピアノ終わり色事師たち翳を持つ
さらし首 神よりぬくい汗をかく
月光や 少年あくまでも雫
瞽女の杖あかるきものを少し持つ
葡萄皿 祈りは遠くより届く
ぼくの鬼さびしくなればぼくを呼ぶ
始めから終わりまである泣き黒子
魂を売り渡す日もめしを炊く
莫迦な日はめしをすこうし多く炊く
君が代を唄ってもどりめしをくう
私のうしろで わたしが鳴った

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|私小説(昭和20年~29年)| 迷路(昭和30年~39年)|野の仏(昭和40年~45年)|
|合掌(昭和40年~45年)|黙示(昭和46年~49年)|亡霊(昭和40年~昭和49年)|
|連(昭和49年~50年)|センチメンタル(昭和50年8月)|背番号(昭和50年~58年)|
|砂時計(昭和50年~58年)|ミュージック(昭和50年~58年)|悲(昭和50年~58年)|
|念(昭和50年~58年)|
by nakahara-r | 2009-06-17 01:04 | 定金冬二『無双』

定金冬二『無双』砂時計

-砂時計(昭和50年~58年)-
折り鶴の傷をしきりに妻が吹く
男は時計を縛ろうとして墜落す
妻に渡す花の名ぐらい知っている
妻の座で破りつづけるものがある
妻に叛いて眩しい位置にあるポスト
妻を待つ倒せるものはみな倒す
冬の妻 楯にするほど花を買う
仇討ち終わり妻の漬物皿がある
妻と書くときはうしろをふりむくな
妻に訃が届くやさしく妻を抱く
神は遠いところに妻の傘を置く
花を狙っていつか花屋の妻になる
妻をもらうと遊動円木から落ちる
輪廻かなときどき妻の顔を見る
妻が歩く仏が歩く古い絵本
投げつけた小石が妻の部屋にある
寂しいときは妻の背中を押せばよい
妻が帰ると直ちに被告人になる
約束を破ってからは妻の風
妻がぼくを褒めているのは復讐だ
他人の命と妻のいのちは別にある
妻に黙って消える電車はきっとくる
妻の名を思い出すほど雪が降る
近代に溺れて妻をまだ持たぬ
電車のなかでおもうおんなの誕生日
打楽器を打つとおんなが返事する
夾竹桃 いまから鬼の妻になる
雑兵の妻で走ってばかりいる
炎天の男を短詩だとおもう
雨の日は雨で男を生け捕りに
それから男は水の幻ばかり見る
ひとりで押すものが男に多すぎる
リターンマッチの男に聴かす子守唄
男無冠しっぽの痛むときがある
笛を買う男をぬくい眼でみつめ
いまも男は小学校の絵をおもう
恩を知る男に天が深くなる
木枯らしを引き連れてくる火のおんな
おみくじを結ぶ母の木おんなの木
竹の林で乳房が騙せそうにない
象に乗るおんなもふるさとを持たず
落馬した男をうどん屋にさそう
男ごころの弱いところで舞う鶴よ
鶴舞うて男の構図きわまれり
男には味方をしない春の蛇
象の牙 朝の男らよわよわし
女ともだちがときどき石を投げ
野菊咲く母の運河のやさしい部分
ぼくの方ばかり見ているおかしな馬
スプーンを曲げるのは薄情な男たち
朝のめし男は逃げるものである
石を曳く男をすべて抱きしめん
同居して花屋の道をすぐ覚え
ちりめんじゃこの音を男は知っている
梯子から落ちた男が歩いている
崖の男はおもいつづけて崖になる
男がくれたのは鳩笛と深い傷
堕ちておんなは小次郎という猫を飼う
男の傘を隠して別れようとする
風呂敷をたたむ男の眼のなかで
旅で見る下駄屋がなぜかあたたかい
旅の男はすんでのことで舟に溺れ
冬の旅せめてことばを豊かにす
凍ての旅 細い絆は売り急げ
祭来て古い男ら充実す
見つかってしまいはにかむ雪おんな
男ひとりの家に居座る卸金
でんでん太鼓をくれて男はすぐ死んだ
男炎上 死に美しさなどいるか
花の名にとても重なる男の死
おんなは時計を縛ろうとして昇天す
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|私小説(昭和20年~29年)| 迷路(昭和30年~39年)|野の仏(昭和40年~45年)|
|合掌(昭和40年~45年)|黙示(昭和46年~49年)|亡霊(昭和40年~昭和49年)|
|連(昭和49年~50年)|センチメンタル(昭和50年8月)|背番号(昭和50年~58年)|
|砂時計(昭和50年~58年)|ミュージック(昭和50年~58年)|悲(昭和50年~58年)|
|念(昭和50年~58年)|
by nakahara-r | 2009-06-17 01:03 | 定金冬二『無双』

定金冬二『無双』センチメンタル 背番号

-センチメンタル(昭和50年8月)-
痛いところに朱の椀が置いてある
朱の椀に鴉がとまる なさけあり
朱の椀の一夫一婦は死に給え
朱の椀を灯す なむあみだぶつかな
朱の椀にちりぬるものもありぬべし
朱の椀と蝙蝠傘は他人だわ
朱の椀に葦の一本ありがたや
朱の椀に雪もさくらもちりぬるを
朱の椀を伏せる首塚よりたしかに


-背番号-
(昭和50年~58年)

生涯に一羽の鶴を描いて死ぬ

一月の手斧をまっすぐに下ろす
木馬から下りてひとりのまつりかな
君が代をひとりで唄うときもある
男ひとりのくらしに灯る紅生姜
男を数えリンゴを数え私小説
青いリンゴを一週間は見つめよう
わが庭に一本はあるなさけの木
せめて一日信じてみよう小鳥の死
象を見に行くやさしさを一杯に
逢う前に一度花屋で眼を洗う
妻にならないかと一度だけ言おう
ふところに男は駅を一つ持つ
一枚は妻にあずけておく白紙
折り鶴を一羽残して国境へ
葉桜や一番好きな絵が売れる
ぼくは低迷 脱臭剤を一個買う
泣いてすむ話が一つ落ちている
一つ一つ音譜をひろいめしを炊く
一つ覚えの芸であしたの町に着く
一尺の縄にことばをかけられる
友だちは一人もいらぬ雪景色
奈落への道 一冊の辞書を買う
バイブルの一行を消す冬木立
しんばるが一度だけ鳴るおとしあな
照明を一つずつ消す美少年
一匹に袴が置いてある夜明け
音楽を一杯たべて裏切りへ
敵よりも一寸高い下駄を履く
枯野一枚 面一枚のいくさかな
一揆の中のとても短い棒である
落下傘ひらく一つの嘘もなし
死ぬまでに一度は唄え木挽歌
蹄鉄屋の槌とオルガン一致する
死ぬときは小石を一つだけ握れ
長い一列 止めようがない鳩時計
ローラーゲーム一人殺して子守唄
土塀つづく男を一人葬って
一本の蝋燭なれば地に灯す
一人殺して記念バッジをつけている
一人死んでやさしさをます花の彩
祈っても祈らなくても一つの死
翔ぶ鶴を一度も見ずに縛につく
炎天の鴉一羽を喪としよう
一つずつ答えを捜す風の墓地
原罪や雨の一粒地より降る
一滴の水は証で地に沈む
どこまで歩いても二枚舌の上
腹が立ったら葉書を二枚書くことだ
離婚したらわたしは猫を二匹飼う
円も二つになると円ではすまされぬ
二杯目の珈琲を飲むさらし首
文学や 二つの耳を切り落とす
越後恋唄 藁の枕が二つある
逢えぬ夜の乳房が二つ魚になる
戯作者になろうと三度めしをくう
裸婦の絵を三枚買うと笑う馬
風葬の縄が三寸ほど足りぬ
五寸釘の重さと人間の重さ
うっかりと枕を外す村八分
許されて九月の溺死者になろう
九人のおんながくれる柿の種
十枚の皿を重ねて 疑いぬ
燈台守をせめて十日はして死なん
十字架に鴉がとまるありがとう
十字架の上と下とのめおとかな
十月の獅子約束をなにもせず
起き上がれ十を数えたその後で
ふるさと十日 軽い傷なら百はある
硝子の猫は百年たって哀しくなる
百個の椅子に百人掛けている風刺
命乞い薔薇を百本ほど活けて
百ぺんもお辞儀をすると黒くなる
百輪の椿と遊ぶこいびとよ
原爆写真と無数のことば降り止まぬ
百年使える暦をおんなから貰う
指の疵 僧百人をならばせる
百円を落として走るのを止める
100挺のヴァイオリンには負けられぬ
千すじの髪は殉死のためにある
千人塚の雪はふりむくものでなし
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|私小説(昭和20年~29年)| 迷路(昭和30年~39年)|野の仏(昭和40年~45年)|
|合掌(昭和40年~45年)|黙示(昭和46年~49年)|亡霊(昭和40年~昭和49年)|
|連(昭和49年~50年)|センチメンタル(昭和50年8月)|背番号(昭和50年~58年)|
|砂時計(昭和50年~58年)|ミュージック(昭和50年~58年)|悲(昭和50年~58年)|
|念(昭和50年~58年)|
by nakahara-r | 2009-06-17 01:01 | 定金冬二『無双』

定金冬二『無双』連

- 蓮 (昭和49年~50年)-
死者百句にんげん百句のど仏

死人から死者になる華やかなる荒野
喝采の終わらぬうちに死者になる
意識の底に一人の死者が沈んでくる
ぼくはきっとカマキリという死者になる
死者ふざけすこしふざけて硬直す
葬列や邪魔になるのは死者の耳
儀式のなかで本物は死者ひとり
親類がずらりと並ぶ死者は他人
冬濤がからからと鳴る死者も鳴る
死者は石に還ろうとして罪に落ち
おんなの胸で死者の泪はすぐ乾く
死者とバラ褪せてゆくのはバラの方
ぬくい日で死者から絵ハガキが届く
死者といてときにワルツもよろしきもの
死者来り乳房をドレミファと掴む
漬物がおいしいという憎い死者
死者のハンカチは白かろうはずがない
城聳え死者は耳から充実する
釣り竿をかついで死者に逢いに行く
遠いところで死者は蝙蝠傘を持つ
奇数で追っかけてくる死者の靴
死者は六法全書を抱いて行き詰まる
死者は最後に水を欲しがったりはせぬ
百人もならぶと死者もおもしろや
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|私小説(昭和20年~29年)| 迷路(昭和30年~39年)|野の仏(昭和40年~45年)|
|合掌(昭和40年~45年)|黙示(昭和46年~49年)|亡霊(昭和40年~昭和49年)|
|連(昭和49年~50年)|センチメンタル(昭和50年8月)|背番号(昭和50年~58年)|
|砂時計(昭和50年~58年)|ミュージック(昭和50年~58年)|悲(昭和50年~58年)|
|念(昭和50年~58年)|
by nakahara-r | 2009-06-17 00:59 | 定金冬二『無双』

定金冬二『無双』亡霊

-亡霊-
(昭和40年~49年)

哀しみの果てなり父と書いてみる

父憎や 一糸まとわぬ父地蔵
父の位置かげろうよりも重き位置
危険な父 玩具の札を数え数え
フェミニストの父を蔑むことしばし
父の皮膚豚も蟷螂もころころ死ぬ
花を創って花を切らない卑怯な父
蒼白な父を確実にネガに残せ
さあ父の持てない石に乾杯だ
洗っても掌の血は落ちぬ父ぞ
督促状 写経の父の背を襲う
おもわず父だと叫ぶ愚かな父
父は化けそこねてとぼとぼと帰る
父の地獄を見たよろこびに天炎える
ゼロゲームの父を迎える長い裁判
文学の馬から落ちて死ねない父
父は仮面を外せば笑い死ぬだろう
テトラポットどう転んでも父にはなれぬ
父の赤いタオルは永久ではないぞ
飢餓の父に子を抱けというネオンは嘘だ
風化の父を救助には来ぬ消防車
耐えかねて地下足袋を履く父の純情
木っ葉役人 父の額に釘打ちに
父は遂に逃避のネクタイを買えり
またも乱れし父剥製の鳥を射つ
火を焚けよ父の見事な腹切りだ
パンは幻影ミサイルに射たれし父
父の挽歌屑屋がくれた楽器がある
お前もかと言わずに父は眼を閉じる
クーデター育たず父は横たわる
父の指父をあきらめ北に発つ
父は指まで研いでしまった
従順に父の柩は父の大きさ
崩壊ではない柩から始まる父
脱走マーチを吹くか小さな父の墓
耕せと父が残した重い墓地
遺書を残さぬうすのろ父は美しき
海荒れよ父のドラマは父が書く
父恋し 一糸まとわぬ父地蔵
風のいろ火のいろ水のいろ父だ
銃があれば 父と母よと妊もりぬ
子よ父は木馬に乗って帰って行くぞ
父は曲がった指であしたを掴まえに
父はもう兵にもなれず切手を貼る
父の犬しきりにダリの夢を見る
父よそれは曲がった釘のつぶやきだ
冬の雨 父の剣を濡らしにくる
父の髭 日本海は荒れている
父は大きな花を咲かせて花に負け
パンを創る疑い深い父の瞳だ
梢から政治滴り父を打つ
父の旅 骨を折る音棲みはじめ
もう一枚の舌を持っては行かぬか父
まだ石をはなさぬ夕焼けの中の父
父の盲点にもう一人の父がいる
父は眼をとじる人形が舌を出す
8月15日からの鴉であるぞ父
てのひらに風と書いても翔べない父
それでも父は重い葛籠の方を持つ
父はたしかに数珠の数ほど遠くなる
核持つ国の核がひびいてくるぞ父
穴を掘り終わった父は美しい
いつからか寂しいときに笑う父
父の背をのぼりつめると父は死ぬ
父の罪 水は帽子で汲んでくる
疲れた帽子とつぜん父が嫌になる
父の聖書を積むとかたむく父の船
早朝のマラソンをする悪い父
雨が炎えるとおもうは父の覚悟にて
父はいま模型のパンに手を伸ばす
馬上の父は笑え笑えと言われている
父の帽子のなかでやさしくなる夜景
父の泪で雑木林の木が育つ
ばらばらの父が出てくる玩具箱
劇終わり父の楽器は逃亡せり
消しゴムを持ってひたすら父を追う
舌をうっかり噛んで父の日だとおもう
父の修羅 壬生狂言を野に放つ
手をあげて父だと言って討たれよう
嘘つきおんなのブルースで死ぬ父の鳩
父はいま過信の罪の針を呑む
逃げる父 枕を一つ持っている
父を離れて見事に沈む父の耳
父は昏倒 木馬の外はみな嗤う
百日病んでしっぽが見えてきた父よ
父ひとり斃れ 猥雑な鳩時計
糞尿車父を見すてて逃げて行くか
貧しい父にカラーテレビが炎えてくる
シャッポ脱ぐ父を見ている冷凍火薬
やがては沈む父の長方形である
父の柩に貼ってあるのは正誤表
ひそやかに父の死を待つ父の森
五衛門風呂に浮いているのは毀れた父
見よ父が炎えている夕映えなのだ
晴天とだけ書いてある父の遺書
父に逢えそうでとび越す水たまり
ほんとうの喜劇がわかる父の死後
父は討たれかの花火師は地の底へ
時間があれば履けるとおもう父の靴
切ればおそらく血を噴く父のデスマスク
満員電車が追っかけてくる父の墓地
父の名を刻んだ石が棄ててある
一年に一ミリ動く父の墓
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|私小説(昭和20年~29年)| 迷路(昭和30年~39年)|野の仏(昭和40年~45年)|
|合掌(昭和40年~45年)|黙示(昭和46年~49年)|亡霊(昭和40年~昭和49年)|
|連(昭和49年~50年)|センチメンタル(昭和50年8月)|背番号(昭和50年~58年)|
|砂時計(昭和50年~58年)|ミュージック(昭和50年~58年)|悲(昭和50年~58年)|
|念(昭和50年~58年)|
by nakahara-r | 2009-06-17 00:57 | 定金冬二『無双』

定金冬二『無双』黙示

-黙示-
(昭和46年~49年)

にんげんのことばで折れている芒

人間そっくりの人間がいるビルの谷
敵はひとり私と同じ顔を持つ
すでに傷つき茶碗のなかのデモを見る
傷だらけの午後が近づく ゆりかごは
やあやあと傷の深さを計りにくる
傷ついたのは一本の花のせい
転がった卵がすこし悪になる
柱の傷はスタイリストの死んだ日だ
みな敵の カレーライスは残さずに
カレーライスがうまくて死ぬるのはやめた
敵の目の前できっちり靴をはく
再起する靴 怖いほど足にあう
花道は哀しいものと知る仏
喧嘩をしたり笑ったり 卵を買う
夢売りは疲れて夢をたべはじめる
薬莢をひろう仏の休日だ
哲学の本を跨げば死ぬるのか
返り討ちの耳をたしかに洗っている
道化師に不発の銃がたまるなり
鴉を見ていたのでアリバイのない男
裁く人小さな咳をして裁く
被告席で男は旅がしたくなる
旅は駱駝で小さな位牌もっている
遠い旅人ベトナム彩の鳩を飼う
海が見たくて少女はきょうも木にのぼる
サンドイッチマンが疾ると 海になる
海を見た駱駝それから狡くなる
海の牙 男のくにを聞きもらす
密教や うごこうとせぬ孕み猫
密教沈み 男に乳歯はえてくる
鳥葬の島は 一匹ずつ満ちる
島は落暉 一巻の経重くなる
犬釘を一本盗みたいのだが
皿が白くて柩を一つ描いておく
法師去ってわが誕生日早くなる
みそ屋の看板にみそとある処刑の町
眠れなくて羊を一匹ずつ殺す
顔の写るナイフを持っているポルノ
街の鳩しだいに街を莫迦にする
もう紙にもどれはしない千羽鶴
にんげんのなかでにんげん空をみる
二日酔いの坂を坂だと思っている
箸が欲しくて日本人だと言ってみる
うすい手紙も厚いハガキも空腹だ
木から落ちて疑い深くなるリンゴ
悲の面はたった一つで下りてくる
ゲリラのいないフランスパンを横抱きに
一せいに馬が疾って別れがくる
ふるさとの駅に卑怯な貌で下り
雨の地蔵に蝙蝠傘を盗まれる
いくたびのいのち乞いともおもうなり
髪を洗う責められること幾つもある
山を見ている 耳かきがほしくなる
やがて困難な時間がくる 雑木林
深いえにしの海はおどろくほど静か
ボヘミアン雲に躓きそうになる
セクシーなフットボールが置いてある
まこと重たきパチンコ玉の十個ほど
奇跡があっても村のカジ屋はカジ屋かな
ことに聖夜は美しき木偶の鼻
ぼくのこころの中で他人が石を持つ
コーラスの少女をライバルにしよう
橋は落ちるトランペットの激しき孤
まごころの一点にある陸橋よ
猫の背の秋をつかまえようとする
友だちの眼鏡を隠す薔薇のなか
真上から花を写せば罪になる
泣くまいと明るい方へ顔を向け
秋ナスの一つを男深く切る
男はいくつになっても汽車を待っている
ジェット機落ちて男もベッドから落ちる
風が聴きたくて男は薔薇を剪る
祈り終えてぼくの帽子が見つからぬ
祈り疲れて芒になった芒の穂
男のまわりに遠く去り行くものばかり
牧場夕焼け死んだ男も夕焼ける
墓地に降る雪が見たくて裏切りぬ
男は莫迦で蛇に噛まれたことがない
男だとて泪で洗う貌がある
似顔絵を一枚持っている 西日
母であったりおんなであったり長い塀
すみれ蒲公英妻という名にいつ叛く
靴を盗まれておんなはモデルになった
火があって妻の名前は伏せておく
オリンピック終わり地にあるものは妻の耳
雨の夜の枕をかえてみる夫婦
枕からまくらに通う汽笛かな
夫婦寝てピエロの帽子あるきだす
妻と逢う一樹の蔭はほしがらぬ
妻に逢うと黒いポエムがひろがるか
うごかない時計で妻を捨てに行く
ポケットに妻と別れた橋がある
おんなを信じると夜汽車が夜に着く
おんなは神に叛き土筆を持ってくる
ゼロが一つ多いとおもう夜の貨車
噴水になったおんなに電話する
眼帯をすると見えだすおんなの朱
てのひらを見せたおんなと奈落まで
おんなは耳から嘘つきになる小さなランプ
どうせ裏切るおんなと本屋まで歩く
明るい髪のおんなが歩く爆破音
おんなも男も別れるために眼をさます
別れがたくて土の仏に瞳を入れる
原爆忌の百日前の受胎かな
落ち行く先は枕をならべ火をならべ
ユーモアをおんなに教えキリン死す
それは小さな足音で哀しみがわかる
笑いすぎて母もおんなも木になった
お前も有罪 笑わぬ猫を飼うている
木馬はむかし舌禍の罪をもっていた
朱のいろの人をへだてることしばし
許すといえば墨絵の河童墨になる
喝采のなかでカマキリらしくなる
みんな他人でゴム風船を呉れるのさ
花束を投げると今が笑いだす
切株に鴉を描きらんらんたり
悪の日は天まで冴えるリンゴの朱
胸が一杯だから歩いていく鴉
人をおもえばぼうぼうと火は人を焼く
とても短いエンピツで愛と書く
寂しさがひろがりそうで爪を切る
爪を切っても髭を剃っても距離がある
悪い猫 聖書ばかりを読んでいる
どこかでハーモニカ吹いている密告
ポプラの木刺客が通るのを見てる
四ツ角のポストは殺せ落日だ
大正生まれおもちゃのタンクから落ちる
やがて縄は陸軍二等兵になる
透明になるほかはなし兵の墓
童貞で死んだ阿呆を貨車に乗せ
知恵の輪がとけて柩を買いに行く
死が一つテレビを通りすぎて行く
一人死んで蝙蝠傘をさしてくる
夥しき日光がある人の死に
長いほど面白い悪人の葬の列
そして埋葬そしておんなは髪を編む
冬の雲 密葬のひと放さない
土があるので蟋蟀の死に土をかけ
子の墓に秋のエンピツ置きに行く
わが死後の果物皿は軽くなる
すこし明るいのは病人が死んだから
詩がほしくなってマッチを買いに出る
切符一枚うごかしがたき河口かな
バンザイをする木に釘を打ちに行く
コインロッカーへてのひらを隠す
焼死体 時間をかけて猫になる
蝙蝠が一匹沈む男の枕
真夜中のコップの水は 鬼である
芒にむせておんなを独りぼっちにす
踊り子はドガに背いて踊らない
絵のおんなぼくのマッチを返さない
みんな痛みのなかに帰って行くのかな
煩悩や うつうつとある火の鸚鵡
楢山の鴉百羽を美とおもえ
ほんとうのことを炎の中で知る
重婚の罪で朝からめしをくう
急がねば亡母の柩に追いつけぬ
トラックの豚よ亡母には逢わないか
剃刀を母に渡して亡母をみつめ

亡母が去って硬貨の告白を聴こう
樹を切れば亡母のこだまが帰ってくるか
行列の中の亡母だけ振り向かぬ
闇に浮く亡母の歯形のあるリンゴ
月光や いかさま賽は亡母に返す
亡母あわれ火があれば火を消しにくる
跣になると亡母が帽子を持ってくる
炎えぬ日は亡母の枕が落ちてくる
亡母の指いくら切っても生えてくる

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|私小説(昭和20年~29年)| 迷路(昭和30年~39年)|野の仏(昭和40年~45年)|
|合掌(昭和40年~45年)|黙示(昭和46年~49年)|亡霊(昭和40年~昭和49年)|
|連(昭和49年~50年)|センチメンタル(昭和50年8月)|背番号(昭和50年~58年)|
|砂時計(昭和50年~58年)|ミュージック(昭和50年~58年)|悲(昭和50年~58年)|
|念(昭和50年~58年)|
by nakahara-r | 2009-06-17 00:56 | 定金冬二『無双』

定金冬二『無双』合掌

-合掌-
(昭和20年~29年)

湖の底の鈴を鳴らしに行こうよ妻
渡れない橋を見ている夫婦であれば
デモの夜の枕が炎えてくるぞ妻
革命の前夜を夫婦きたなく寝る
夫婦炎上 くちなしの花冷ややかに
妻よもう灯をつけようか小さなランプ
米をとぐ大胆不敵なる妻よ
からの米びつ急におんなに逢いたくなる
旅の橋渡る妻子をふところに
眼の前の葦は折れたり妻子をおもう
働き抜いて指が短くなるぞ妻
鴉になる妻を見ている濃き夜だ
金のない夫婦が歩く琴の上
貧しいのだよと子に三度言う三度うなずく
美しきいのちであれと子を叱る
ほうれん草のみどりを信じ夫婦である
夫婦して冬の花火をあげんかな
塔の挑戦妻を味方に呼びに行く
いくら翔んでも妻よ仏のてのひらだ
銃口の前でも夫婦だというか
縄のある風景 妻と子は遠い
ブイは一個のめおとの海荒れる
樹が二本 夫婦の縊死の樹であるか
妻が研ぐ刃物の音を聴いている
腹中を泳ぎはじめた妻の首
こけそうな夫を押してみたくなる
爪を剪っている 夫の首を切っている
霊柩車に妻の磨いた弾丸を積む
夫の一揆 月に発つ日を黙っている
夫婦の間にふくろうがいる確実に
ユーモアを一ぱい持って離婚かな
妻の首をしめた手袋の白をあげよう
罪あるゆえ宇宙遊泳およびもよらず
墨で描く炎というは恐ろしき
壁画のおんなにこころを重ねている
胸が痛くなったらパセリでも食べろ
箸置いて思い出せない聖女の顔
ピーマンの青・赤・黄は怒りなのだ
百日草 百日咲いて莫迦になる
エレベーターにひとり殉教者ではないぞ
売りに行く仏がくれた枇杷の種
女が流れて来ないかと河を見る
炎えているのはお前の嘘だ見よ
偶話にもならず男がめしをくう
街の風みんなアキレス腱を持つ
どろんこの靴よ神さまかも知れぬ
逃亡の街 噴水は落下する
嵐に負けたくはない合唱団なのだ
鋏は突くものだと書いてある女の本
疑えば雪はおんなの髪に降る
一生の中の小さな猫の死だ
傷つきやすきおんなと秋のバスを待つ
狂わずにおんなを乗せたバスがくる
旅のなかの旅 来るおんな去るおんな
神を信じるおんなとついに徹夜する
水甕の底にあるのはアベ マリア
すぐ痛む人と素朴な対話する
僧ら来て一人のぼくを男にできぬ
無題と書いて神を欺くのかおんな
指を折る 水刑の指火刑の指
右も左も見ずにアスパラガスを噛む
象と売られて海峡こえる象使い
むかし童話を書いた男の汚れた胃
プラグ差し込むとおんなが廻り出す
みな屋根があっておんなはみな叛く
おんなは叛き重い漬物石を持つ
暗算をするとおんなが歩きだす
炎えながら去るひといろのおんなの帽子
心電図おんなの逃げるのがわかる
裏切って花屋の花をみな買おう
コメディアン木靴をぬいだときに死ぬ
青空に犬死にと書く美しき
船のない船長が買う小さな墓地
背信の窓から寺の屋根が見え
ある日 唇の中まで歩いてしまう
おんなから鴉が逃げる夜明けだな     
逃げろ逃げろオルガンのある所まで
きょうはまた青いカワラを割るおんな
おんなの中の銀がきらめくそれまでだ
まぼろしを見た日おんなはハイという
ふるさとの坂で炎を消している
登りつめると復讐と書いてある
田の中の赤いスカート滅びぬおんな
すぐ寝つくおんなを神にしてやろう
問えばおんなは血を見ていたと微笑する
胸の矢を抜け おんなの話でもしよう
おんなに贈るやがて火を吹くネックレス
瞳のなかの鈴が鳴りだすおんなの瞳
午後起きて鸚鵡に人の名をおしえ
この長い廊下を負けてなるものか
再び敗北 少年鼓笛隊通る
本物の空かとおもう車輪の下
運転手ひとりも轢かず朝がくる
弱点は誰にでもある高い煙突
空間があるのでぼくは石を持つ
不意に殺意ひまわりの首切り落とす
握りしめて鬼か仏かを試す
英雄が来てたそがれの卵を買う
石の貌 むかし人間かも知れぬ
どこまでも砂丘ことばを落としてしまう
こころに還るものあり夕焼けをみている
一つ済んで黒いけむりと白いけむり
やがて瞳を入れるとぼくを刺しにくる
縞馬の縞うつくしく死をおもう
冷凍魚みれんたらしく眼をあけな
終着駅までおんなは麦笛をすてぬ
人づまよ鸚鵡の舌は抜いておけ
白旗をかかげたときの長い道
人づまと10歩あるけば10歩の罪
まるでこの世の終わりのようにゼニを読む
どうせ一度は散るてのひらだ火を掴め
再びぼくのいのちをおもう深い森
わが墓地をみている静かなる炎

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|私小説(昭和20年~29年)| 迷路(昭和30年~39年)|野の仏(昭和40年~45年)|
|合掌(昭和40年~45年)|黙示(昭和46年~49年)|亡霊(昭和40年~昭和49年)|
|連(昭和49年~50年)|センチメンタル(昭和50年8月)|背番号(昭和50年~58年)|
|砂時計(昭和50年~58年)|ミュージック(昭和50年~58年)|悲(昭和50年~58年)|
|念(昭和50年~58年)|
by nakahara-r | 2009-06-17 00:53 | 定金冬二『無双』

定金冬二『無双』野の仏

-野の仏-
(昭和40年~45年)
てのひらに掬うと米に貌がある

作品ABC 弔電を射ちに行く
向こうからも穴を掘っていた神話
アベベの白い靴 麦めしを描く夫婦
フライパン熱し合掌などはせず
遠のく指はプロレタリアの勲章なのだ
雑兵のひとりひとりに名はあるぞ
古い塀を倒す地獄を見たいぼく
テレビは暗殺 夫婦で植える花の種
孤児は創られる 炎は美しき炎
無縁墓林立まずしき者のデモ続く
火柱は天に届かず弱者の死
鋏爪を切る 解放軍はどこまで来た
薔薇の赤 死人がかけている眼鏡
開け薔薇 孫の柩がやってくる
柩を飾るのは一本のナイフでいい
埋葬のあとを二本の足で歩く
喪の河を渡るはプラスチックの馬
やがて墓地から音楽隊がくる
合掌の形で斃れうるさい音楽
なんという崩れる音のすばらしさ
農夫の系図いくさの系図みな炎える
今日も会談今日も曝すは農民の傷痕
議長はやく女兵士をおんなにもどせ
冷凍魚 目ざめてはるか祖国動乱
旗は複数 農夫らも持つ複数の面
メロン空洞 祖国復帰は犯される
キャベツ刻むうしろにあるは処刑の天
ユーモア売りに政治は重い税をかけ
首相の貌ことに激しく石割る男
兵は空より踊り子の足うつくしく
一枚の硬貨掌にありいくさは嫌だ
おやつの時間 血を売る列ははるかに続く
木馬悪政を蹴れ詩を書いてやるぞ
花を植えてミサイル基地の翳を消せ
春はまだ火薬を量る銀の匙
この町の一角にある錆びた武器
多数決が歩く貰いの少ない日だ
軍国人形銃の重さも妖しやな
かつて間諜を生みし闇に置く
一個の死体 私は何を書くべきか
風が砂丘を犯しはじめたふりむくな
狙撃兵まず鳩を射つ華やかに
政治忍法ガラスの馬を見事疾らせ
青年が斃れる国のまつりの灯
朱の絵具朱の虫となり政治を襲え
冬の炎天 政治屋も死ねぼくも死ぬ
夥しい孤児が漂う党主会談
喪の女カッと見ている冬の冬
やがて黒い手首ばかりとなる夕陽
パトロンが来てベトナムのテレビ消す
平和という悲劇を知っていなさるか
揃うもの揃いいくさがしたくなる
眉に火がつく楽しみを歩いている
消音銃を沈めてうまい珈琲だ
すばらしくむなしく男人を待つ
吊革に真夜中があるゆうらゆら
本心の近くに毒薬を隠せ
孤児かと思った一本の厳しい木
救急車疾るはかない充実感
鳥籠の扉しずかに一揆がくる
返り血の中で鮮明なる過去だ
平和売りの通ったあとの穴を見よ
斃れるまで疾れ男の償いだ
花焼くけむりもう始まっていた自虐
そこのけそこのけ学生さまのお通りだ
デモ暴発 真珠の哀しみをしらず
火炎びん投げると炎える父母の像
棍棒で打てば父 警棒で打てば母
野の仏こころの花をみなあげる
石地蔵みつめているとくにがある
くにを捨てたらまたあいにくる野の仏
ふところの鴉が哭けば逢いたくなる

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|私小説(昭和20年~29年)| 迷路(昭和30年~39年)|野の仏(昭和40年~45年)|
|合掌(昭和40年~45年)|黙示(昭和46年~49年)|亡霊(昭和40年~昭和49年)|
|連(昭和49年~50年)|センチメンタル(昭和50年8月)|背番号(昭和50年~58年)|
|砂時計(昭和50年~58年)|ミュージック(昭和50年~58年)|悲(昭和50年~58年)|
|念(昭和50年~58年)|
by nakahara-r | 2009-06-17 00:52 | 定金冬二『無双』