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『孤独地蔵』目次

『孤独地蔵』  川上三太郎
昭和38年4月15日発行 川柳研究社
入力:八上桐子

目次

蒼蒼亭句箋


孤独地蔵


by nakahara-r | 2006-01-01 10:59 | 川上三太郎『孤独地蔵』

蒼蒼亭句箋  ざくろの芽だ

孤独地蔵 川上三太郎

蒼蒼亭句箋

 ざくろの芽だ

馬顔をそむけて馬とすれちがひ
二十五時すごい女給の腕つぷし
見送りもなく東京を脚気発ち
ゴルフ場やがて三人五人の陽
警官も元は学徒で腕組んで
気はついてゐる旅先の顎の鬚
ざくろの芽だ芽だ有難い光
もう晩のお菜を思ふ午後三時
颯颯の暴風雨の中の青ランプ
ビールの泡子も働いてゐて頒ける
急用の受話器は手から手へ渡し
模範村子供ながらも担ふ物
夏の朝もう馬の影人の影
猫の恋猫も驚くトタン屋根
ノイローゼ赤信号へ歩き出し
泣いて嫁ぐ姉と笑つて嫁ぐ妹
泣きやんでシヤツクリだけの子のしじま
仔馬とんとこ空は青空春が来た
迷ひ子へやんわり伸ばす巡査の手
稲光テニスコートは濡れはじめ
水上署陸へ上がると腕を組み
父も歩き母も歩いて子は嬉し
お妾も旦那も猫も歳を取り
十二月鼠の顔を見つけたよ
春の雨やがてしたたる馬となり
石燈籠これも相続税のうち
初霜に下駄の緒ゆるき台所
フエルトの厚さ娘の背の低さ
素人がやる深川の手のやり場
三月ほどして庭石の請求書
ホームいま母娘で駈ける下駄の音
月光に蒼白の馬ぼうと佇つ
膝に落ちてから溜め涙とめどなし
ビルの窓衝突ぐらゐ首も出ず
笑ふよりほかにすべなき白痴美の
すばらしい心臓だつた伝書鳩
夜の雪馬小屋つひに音もなし
番頭も月給になる善後策
冬空に動く枯葦そして人
馬の腹昂る蠅が三五匹
三ヶ日これは芸なきホームバー
ハンドバツク性懲りもないおみなめら
病む心臓うかがひながら寝返りぬ
水よきれいな水よそれでながれてゆく
馬の面川に映つてやがて飲み
春の夜と朝の間を酔ひしれる
ビール冷えて味噌と胡瓜があればよし
轢逃げのナンバーを子におぼえられ
冬の川社宅は北に寒い風
踏切番傷に屈せず子を抱へ
冬山に春まで会えぬ子が眠り
振袖は嬉しい時も人を打ち
馬車に乗せれば愛人の眼に野は展け
萩枯れてほそきがままの冬の中
置炬燵猫も旦那の顔に倦き
桶屋もう出来たと見えて掃いてゐる
狂人の描いた太陽飛び出さう
軋む戸を日済しの婆二度にあけ
生きてゐるやうに踏まれる栗のイガ
頂いた朝の番茶の香になごみ
詰将棋どれどれといふ父も閑
菩提寺に久しい猫も耄けたらし
向うでは知らない死んだ兄の友
日曜の新聞もう一度ひろげ


by nakahara-r | 2006-01-01 10:58 | 川上三太郎『孤独地蔵』

はだかになる

はだかになる

今度会ふとこは行商雪の国
階子段女将の目方だけ軋み
拝啓と父の葉書の墨の色
ハンストで胃弱が癒り金もらふ
恋あはれ言葉に言葉ぬすまれて
国宝の寺奈良県は今日も晴
風が出て来た海岸に負ける
影法師あたま五つで善後策
手を放しやSの字になる酔払ひ
出るとこへ出た級長の好い姿勢
動力に家中動く町工場
父さんのお守りだんだん気に入らず
はだかになると椎茸のやうな母
初風呂の倖せ餅が匂ひ来る
社会科で臆面もない子に仕上げ
秋天に干す物もない水害地
おばあさんの小づかひ帳も円単位
弟の避暑は歩いてばかりゐる
白粉をぬる顔だから長くする
お元日あれがわが子の下駄の鈴
転業の妻またヤスリ屑の中
花活ける娘ノコギリひきはじめ
初島田やな兄さんのお友だち
酔歩とは月下腕くむひともなし
スフ入りに女中の力ありあまり
菜の花むんむん無医村とは思はれず
水ツ洟膝を動かす癖が殖え
強情な子と針金と根くらべ
交番の棚は少うし下宿じみ
ちようろげは西洋将棋の女王さま
親の涙が子の茶碗へ落ちる
大広間客待つ炭も色となり
詰衿のボタンも律儀者と知れ
汲んでから釣瓶はよほど身構える
口あいて寝る病人と天井と
苦心した事を建具屋無言なり
禁酒して子のキャラメルを掌に二つ
遠足の背に知る弁当の温み
縁日は親の代から町育ち
お神楽に村はたわわな柿の数
金借りに行けばはつきりした子供
蒲鉾屋これを叩いて食はせる気
駅のお茶針金にある持ちどころ
炎天に雑草もなし蛇ぎらぎら
遠慮してゐる座蒲団に猫坐り
応接間紅茶は飲まぬ五ツ紋
落選の顔電柱にまだ曝し
ラヂオ体操子福者の家覗かれる
蝸牛二匹どつちも勇ましや
硝子切り喰べられさうに割れて落ち
石の門成金ぢやない苔の寂
家中で天国に行き戸があかず
眼の玉が片方すわる針の穴
胸倉ぢやないネクタイを結ぶ妻
白魚鍋昼の芸者の鼻高し
人工孵化ぴよぴよぴよと誰を呼ぶ
これ程の腹立ちを母丸く寝る
人一人助かる医者の眠いとき


by nakahara-r | 2006-01-01 10:57 | 川上三太郎『孤独地蔵』

良妻で賢母で

良妻で賢母で

潔癖で人と並ばず社を退ける
無人島万策尽きて家を建て
トゲ抜いてややしづまれる指の色
どぜう屋に昼の落語家子と坐り
一月の顔でなくなる二十日すぎ
一番小さい妹の慰める言葉
行つてきまあすただいま母は針を持ち
鼾やがておばあさんから子から母
鬼は外居職の父にこんな声
お茶の会夫人カナリヤほど喋り
贈り物女房流行の事も言ひ
お嬢さん関西弁で我を通し
眼鏡屋でさうだつたのか乱視眼
混血児父が判つた出帆旗
強情なひよつこ食へぬ物を食ひ
一筋を良人と呼ばれ妻と呼び
吹きぶりに奉公人の脛細し
懐ろに一文もなく置炬燵
大晦日眼は三角で顔四角
親分へ乾分としての腹を立て
一晩は英語でばかりホテル更け
あばら家だけど日が暮れりや子は帰り
足音をさせぬホテルの支配人
煉炭にホツとあかるい冬の壁
子に着せて妻は去年の羽織り着て
鶏は一粒づつの米でよし
老文士製薬会社から見本
速達をぶらぶら届けいやがらせ
ぞんざいな女房になつて豆腐汁
子を連れて右手が振れる好い天気
良妻で賢母で女史で家にゐず
姉の横顔親孝行をしなかつた
朝飯を食つたつきりの待ち呆け
モーニング嘗ては略綬つけた衿
飯粒のやうに柿の芽あつちこち
赤インキ校正室も小十年
出勤簿自分の姓に励まされ
食堂車笑ふ紳士の頸の寸
つらら全く新潟行の汽車となり
赤とんぼ陽へキキキキと身をはなつ
高張は今日町内に好い話
小つぽけな腰掛けで好い鍋鋳掛
夕ざれば下男は屋根に灯は庭に
焼きむすびの醤油匂へり潮の香も
生ぬるく東京で食ふニシン漬
口笛を吹いてわが子にひやかされ
穴埋めの金策の金策をする
朝の潮もう幸を獲て帰る船
この上の倖せは娘の食慾に
もう母をかばふ子になる交叉点
生酔の肌着だんだんみんな出る
夏火鉢火箸一本見失ひ
探偵を私立探偵尾行する
東京の話レイヨン着て話し
同胞に会つてニツポン語が使へ
水うまし動かない雲動く雲
むさぼるにあらず海猫子をそだて
晩酌の海苔は自分で焼き直し


by nakahara-r | 2006-01-01 10:56 | 川上三太郎『孤独地蔵』

わが眼は空を

 わが眼は空を

水のんで瞋恚の尖りややしづむ
雪ぞふるわが眼は空をはなれ得ず
病み上りわが膝頭不憫がり
北風に台所で指切つた妻
名人はだんだん観世音にする
高島田それも魅力の腕時計
末席の酒乱の猪口の行きどころ
廻り道だがつつがなし残置燈
少女雑誌モンペ少女が主人公
政治とは今日も一家で死の抗議
尋ね人その子は白痴だとわかり
みがき砂たわしも丁度使ひごろ
集金も雷嫌ひ上眼で居
三ツ葉掴み残されて音あり霜柱
置き手紙何だか涙らしい跡
お小姓は琺瑯質のやうな顔
風鈴を貰つて日暮れがたの風
貧乏を祖母に知らせず祖母は知り
お元日父も謡の齢になり
姉妹でかくも愚かさかけはなれ
級長になじる事あり五六人
お揃衣に姉の内気を知る祭
口と眼と心と違ふ親の愛
物干と盥の話題尽きもせず
無尽だと見えて貸席銭の音
御野立所山は遥に紫に
夕立の湯気とも見える屋根の上
よくはやる飯屋の犬で蹴飛ばされ
男鹿晴れて三潟三彩四季にあり
雷去つてあたかもお豆腐が買へる
四球のラヂオ居職の棚の隅
屋上で見る雑踏にある流れ
赤帽に狙撃事件が遠すぎる
能面の正しきままに骨董屋
熱の子を医者まで肩掛けで護り
アパートの窓から故郷の母の顔
独りごとだからはつきり国訛
人の子を讃へるものにぼんのくぼ
谺転転山を愉しむ少女たち
秋の陽を惜しみて稲も斉唱となる
溜涙母本当に腹が立ち
大東京祭にハニイカー続き
赤ン坊とキヤベツと帰る乳母車
氷割る母へいつしか明けはなれ
何かフニヤフニヤフニヤと駅の拡声機
図書館で世帯張つてる調べ物
月光はふるふる眠るどぜうたち
紀元節今年もなびき伏しそこね
歓送の首はみるみる粒になり
旧友のなるほど犬も吠える筈
独り酌読む眼やすめて一人つぐ
北風へ三角になる犬の顔
南米へ行くめいめいの荷の不安
下駄箱に一家養ふハイヒール
とぼけてる眼は天井の方も向き
人差指紙巻喫はぬ三五年
掌へ自分の拍手たしかなり
電車旗樹てて整ふ丸の内


by nakahara-r | 2006-01-01 10:55 | 川上三太郎『孤独地蔵』

 二百四五十本

 二百四五十本

看護婦を妹に持つた洗面器
一年生もう君と呼ぶ友が出来
銀行の紙幣で妾宅払ふなり
東京で轢かれるとこを初めて見
落し物やがて正直者の顔
言葉といふその不自由さラヴレター
紅茶飲む愛人の耳透き通り
一月の風と闘ふうす光
おぢいさんになりおばあさんになり仲が好い
兄弟で犬棄てにゆく日暮れがた
東北の子の遊戯手を叩くだけ
リユツクサツク手品のやうに匙が出る
居留守して玉葱を踏む台所
麗人募集麗人でないのに出かけ
一列乗車少し短気を恥ぢて立ち
両方の手を握らせる発車ベル
白衣募金陰陰と佇つサングラス
ハゼ日和これは魚拓にかかはらず
一日里親へはいはいと好い返事
割箸も染つてウニの味となり
旧友の方も両手を出す握手
貨物駅鶏が出入りしてるだけ
昼の陽に月給取の生白さ
フイナーレに二百四五十本の脚
滝壺へ衆を頼んだ女学生
小さい湯呑と大きい湯呑と姑の湯呑
川向う工場みんな煙を吐き
角店の西陽の奥はもう夕餉
友だちも酔つてはゐるが子の土産
隣家から盗んだ石も三日経ち
盃を下戸は両手で持ちは持ち
出るとこへなかなか出ない門構
沢庵でお茶づけぢいさんとおばあさん
頼母子の下駄は自分でしまふ棚
手が四つ出て長火鉢仲がよし
松すぎてしやんとして拭くわが机
嫁ぐ日のわが娘ながらも﨟たけて
友だちの土産に友の声おもふ
迷ひ子の胸から手紙見つけ出し
風立ちぬ動かぬみどり動く樹樹
陽炎を食つてるやうな牛の顔
九回裏別に奇蹟もなく負ける
草の葉に風あり風はありがたし
病上り西瓜に染る心持
浴衣着て弟の方が背が高し
蟇汝元来懶者
風呂買つて父さんも歯を食ひしばり
かつぽれにお酌靨が二つ出来
伯父上の上手に減つた日和下駄
夕刊の鈴使へない片方の手
新郎と新婦で車窓おもしろし
正直は国の宝で馬鹿がつき
振上げて暫く止まる鶴ツ嘴
拡声機駅の迷子の親の耳
旧友へここらあたりも工場区
冬の午後動けば寒い猫の面
早起きでないおばあさん叱られる
新家庭銀座も倦きた午後のお茶


by nakahara-r | 2006-01-01 10:54 | 川上三太郎『孤独地蔵』

交番に番地が

 交番に番地が

女店員迷子へ少し姉の気味
春が来た子を連れた人連れぬ人
おばあさん少しづぼらで笑はせる
男の子口を結んでから強し
貯金帳子もじりじりと高が殖え
兄弟も大人になつた櫛二つ
彼岸寺今日の人手にあるしじま
ジヤズに似たものを芸者も弾きは弾き
微笑まずされどそむかずなりにけり
凡人に箸函一つ膳の上
次女三女父の寛ぎだすを待ち
交叉点子と子朋友相信じ
樹海しづかに全くの白昼となる
新夫人衿足はまだ女子選手
踏台のフト眼に入る釣魚道具
乱視眼どつちにしても貶される
冬の月家突き抜けて隣家まで
交番に番地があつた寺の庭
貨物駅夜露と月に光る猫
聞いてゐる耳愛人に引張られ
展望車みんな異人で眼をつぶり
慾のない顔になりきる箸二本
酔痴れて手で這ふごとく家に着き
金魚屋も暫し見てゐる洗濯機
孔雀の尾鶴は隣で倦きてゐる
旧友も朝気がついた壜の数
神代より河口はんらん山崩れ
履歴書を出す横顔にある弱気
鯊釣りへ貧乏長屋気が揃ひ
白衣着て奇声でねばる駅二つ
パチンコに学者孤高をたのしむか
兄妹で早起き箒奪ひ合ひ
叱られた通りに叱る政治力
海苔を焼く貧乏ゆすり叱られる
きまり手へあつさりとした拡声機
新聞がすぐにやぶける安い茄子
赤ン坊を笑はす顔を妻笑ひ
冬の蠅そのまま春の蠅となり
春の夜をしづかに水をのむしじま
猫の足拭く下町の叔母の家
この道のはてはありけり養老院
籤運のよい子そろつたランドセル
明日から母校となる日暫し佇つ
自動車は恩師の路地で断はられ
鮎の骨これも芸者の芸のうち
腹も出つぱつて資本家らしくなり
世界一周嬉しやわが子下駄で待ち
あはれ子よ耐へて闘ふ四十度
シヨルダーバツグ電車で吊革を持たず
流行妓下戸は暫く感に耐へ
白薔薇の花にわが掌も老いしかな
色鉛筆折れて齲歯のやうな穴
長火鉢古り夫婦とも苦労人
中断の経済市況託を言ひ
銀行の休み本当に誰もゐず
もりそばを女中も見てる左きき
屋上でああ日本も狭くなり
親切な警官だつた靴の音


by nakahara-r | 2006-01-01 10:53 | 川上三太郎『孤独地蔵』

使へない紙幣

 使へない紙幣

姉妹は螢を三歩追つて止め
押売の虎穴に入つて虎子を得ず
三度目の家出涙も出ない親
空閑地姉妹五人好い素脚
金屏風夫なる人の咳を聴き
桜暮れはじめて棄子だとわかり
さかさまにすれば二号とおないどし
土用干ムーツとオーバー簞笥から
鮎二尾曽我兄妹のやうに焼け
祝電をじつと聴いてる鶴と亀
これやこの恋儚なしや波がしら
夏祭定剤屋二人影もなし
点字本微笑むとこに来たと見え
楽隊は売れる売れぬに拘らず
どうしても酔つた芸者の肩の線
女学校押し合ひながら笑ふ事
御先祖も二道かけた色と慾
涙膨れてやがて瞳が浮く感じ
改心をするだんだんに下がる首
掌へ崩して書いてまた訊かれ
お元日小さきわが子のぼんのくぼ
妻として知る前からの幼顔
昼酒にしば漬けよろし箸の先
水を飲む朝の野犬の隙だらけ
教はつた通り芽が出て忙しい
使へない紙幣に正金銀行替へ
水ももう動かず秋の金魚鉢
病人を子は懸命に笑はせる
春の烈風にたんぽぽ狂ほしげ
草鞋穿くとさもはるばるといふやうな
心配を祖父はアツハツハと笑ひ
軍鶏の顔青菜へ首が三つ出る
番頭の頬骨とがり闇相場
教祖さま死んで底抜けだとわかり
釘抜に女房の口もととがるもの
人通り絶えて湯を飲む蹄鉄屋
夕ざれば酔へば君の名口癖に
乳姉妹一人は海の子に育ち
濁流の大泡小泡折合はず
雛の客足がしびれて美しき
腹の立つ胸へ自分の手を重ね
母親の出る日晴れてる寺の屋根
北風と一緒につかむ蒟蒻屋
独り者ゲンノシヨウコへ尖る肩
羽子の音わが子は家のまはりだけ
ひとしきり釣魚にも凝つた棚の隅
花散つてまた百姓の娘に還り
松すぎて帽子はあたま手に鞄
周囲から席譲られて齢想ふ
夜露しつとりと家出の娘に袖に
交叉点子の手の小ささ引受ける
立候補火事お見舞の名刺です
読めさうで読めない支那の古雑誌
立膝のくせも居職の秋の夜
お元日妻も老いたる媼となり
落とし穴狸が白い朝の雪
おめでたう雪もきよらなお嫁入り
女友だち五対一で負けてゐず


by nakahara-r | 2006-01-01 10:52 | 川上三太郎『孤独地蔵』

冬空をぴりり

 冬空をぴりり

二重橋振向きもせぬ自家用車
兄さんはぞんざいだから貸さぬ櫛
平和とは屋根にしづかな白い鳩
古本屋横目を使ひ読んでゐる
猫の子を旦那も覗く翌る朝
雪どんらんに登校の吾子をこころみる
闇相場の中に老舗の店火鉢
あらかたは社長が笑ふ社長室
左右見てゐて背中から轢かれ
身ぶるひをさせて冷酒の行くところ
博奕打或日いたはる左右の手
釣竿の片手煙草を探りあて
子を籠に入れてゆすぶる好い身分
病む友へ途中下車せず顔おもふ
雪ひんぷん友も真赤に河豚の箸
秋の空客言葉なく昏れはじむ
朝顔は白白白と暁けはじめ
子の病気癒つてひとへものになり
雪解けを学者の庭のぢぢむさし
闇相場主人と客の顔の筋
餅綱へ餅の表情変りかけ
特二等寝棺のやうに口をあき
友だちを半ば頼りに河豚を食ひ
冬空をぴりりと裂いて雪になり
赤インキ拭いても消えぬまま退ける
ひとすぢに金貸して生き死期を知る
闘争のビラ我儘な駅の壁
社長室ノツクをすれば夫人が居
あらかたが透けて痴漢を昂らせ
特急の風だけ残る通過駅
一人だけ三重奏へ透き通り
交番の隅に迷子の親の顔
夏祭家中留守をきりぎりす
生酔は俺を一体何うする気
検札と少し粉めたがやはり敗け
月給を受取つてから妻怒り
泥酔の夜夜賢妻に殺意あり
手の混んだ廟の甍にある冬陽
母親を泣かせみにくき子の知性
花園に少女三人脚細し
回転ドアー愛人と来て一人づつ
ブランデー一月の手をぬくめ合ふ
午後一時だあれもゐない三ヶ日
満員車引擦るやうにやつと出る
迷ひ子の迎へ両手に食べる物
廻り椅子社員如きに振向かず
松風となつたる松の逞しさ
名画展特異児童がまたゐたぞ
加留多取る床の盛り花揺るるかに
親を刺し子を絞めてなほ死にそこね
火をおこすほかに用なき渋団扇
プリンセスあきらめ雲の下へ嫁き
縁台のここもうるさい名人位
絵ハガキで見るとホテルは誰もゐず
金の要るわけ小説に似てしまひ
雷に東京の子と田舎の子
ちと長い青柳鍋の青い葱
平凡なことづて話題にもならず


by nakahara-r | 2006-01-01 10:51 | 川上三太郎『孤独地蔵』

花嫁の自動車

 花嫁の自動車

追ひ詰めてから狂犬の涙を見
男の子縫つてゐる女の子見てる
一月の風も佗しく白湯を飲み
一碗の粥へ生命は這ひすすみ
犬洗ふ朝家中の声となり
一生を母背負ひきれぬ程の用
貧乏と兄と弟摑み合ひ
風船屋すぐ飛びさうな糸でくれ
人は武士されば税務署肩で風
ひどい燗安くてはやる酒の店
靴みがくうちに社用へ順をつけ
風はもう夏だ両手を泥にする
薬売り蛇に咬まれて小十年
陽炎は学者の庭へ無駄に立ち
秋の海南米航路船はるか
揚幕へみんな眼が行く手の扇
塵芥函とまだまだ蠅は闘ふ気
強盗の嫁ぎ日割にして呆れ
明月に父の謡を母と笑み
子が孫がやるから朝を深呼吸
子ら去つて草は静かに露を待つ
母としてセーターは子の靴下に
花嫁の自動車だつた停止鋲
スリツパの数臨終へ音を立て
末つ子はすぐバンザイの手が出来る
無名作家兵児帯も亦小十年
暗い晩他人の咳とすれちがひ
九月の陽茄子のむらさききたならし
口ぐるま虚虚実実の応接間
昼の火事みんな打壞されて消え
フアツシヨンモデルお茶かけて食べてゐる
一夜旅呼んだ按摩の長い面
一月も二十日をすぎて飯の味
店仕舞ひ宣伝ぢやない声が嗄れ
旅の膳宿の女中も話題なし
たこ焼の銭はズボンのかくしから
平らげてバカだけ残る神楽堂
立ちあがる時溜涙声となり
女友だち日本映画でやはり泣き
カメラとはたかがヌードを十重二十重
羽根ゲーム負けてはならぬ頬の色
蠅叩き病人の手の伸びるとこ
当選と落選同じ酒屋が来
撫でられる馬も閣下も齢を取り
三の酉子の拍子木も風の中
モンペはけば妹の二重顎もよし
五分間口がトンがる駅の蕎麦
小使の認印何処かにあつた筈
ちと冷やかして声色屋諦める
子を死出に連れる母情のみにくさよ
八月のすきやき顔へ塩がふき
雪ン子よつよくきれいによくのびよ
子の背中まだまだあつた痒いとこ
大袈裟な日除の中で歯の薬
母と子と争ふ米も飯になり
これも銀ブラ子を背負つてワンピース
生酔のそれでもわが家こころざし
夏はよし父の帽子もうす色に


by nakahara-r | 2006-01-01 10:50 | 川上三太郎『孤独地蔵』