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息とめて桜、吹雪になるところ

短歌:村上きわみ
文:なかはられいこ


まずここにからだを置いて いつだってあなたが望むものならぜんぶ   村上きわみ





女の泣き声で目が覚めた。
あけがたの薄ぼんやりとした部屋の床に、
膝を抱えて座ったまま泣いている女を見て俺は心底おどろいた。
女の首から下、すなわち身体中が黒いひも状のものでぐるぐるに捲かれているのだった。
そこで、(相手が泣いているときには冷静にならなくちゃいかん)
という死んだオヤジの言葉を思い出し、できるだけ平静を装って尋ねてみた。

 「どうしたの?」

女が身体の向きを変えるとしゃらしゃら音がする。

 「ビデオをね、何度も何度も巻き戻して観たの。
  それでもね、あなたの言ってた草原がどこにも見つからないの。
  でも、わたしに見つからないだけでどこかにあるはずでしょう?
  草原。
  探してたの。
  テープを引き出してあっちこっち探したの。」

いったん止んだ小雨がふたたび降り始めるように、
女の口からこぼれる言葉がひそやかな泣き声に変わる。


なるほど。

彼女の身体に捲かれている黒いひも状のものは磁気テープらしい。

なるほど。

彼女は(ビデオの中の)草原を探していたわけだ。

なるほど。

で、映像では見つからなかった草原を、
テープをぜんぶ引き出してとことん探したわけだ。

なるほど。


 「もう泣くなよ。あのね、いっこだけ訊いていい?
  テープ引き出したところまではわかったよ。
 (いや、ほんとうはよくわからないけど)
  それでね、なんでそれ、からだに捲いてるの?」

女はしゃらしゃらと身体を鳴らしながら近づいてくる。

 「捲いてるんじゃないの。捲かれてるの。」


なるほど。

捲いてるわけじゃないのか。
それは彼女の意志ではなくて磁気テープ自身の意志であると。

なるほど。


しゃららんと音をたてて女がベッドに横たわった。

 「ねえ、ほどいて。
  どこかに草原があるはずなの。
  これ、ほどいてみつけて。
  どうしても見たいの、草原。」


なるほど。

俺にしかほどけないのだろう、このテープは。
俺にしか見つけられないのだろう、あの草原は。

 「なるほどね。」

と、
俺は女の身体のどこかに隠れているはずの、
磁気テープの両のはじっこを注意ぶかく探り始める。
指先をしゃらしゃらしゃらしゃら鳴らしながら。





息とめて桜、吹雪になるところ       なかはられいこ
by nakahara-r | 2004-02-29 11:12 | きりんの脱臼(短編)