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三分のちの世界を見てる

「角川 短歌」平成15年 8月号掲載



最後まで消えなかったね。右下にずっと映っていたよね、蛍。

ゆきちゃんの喉を出てきた月という月を見ている6月8日

こわいよう、こわいよう、という声がしてサンドイッチの胡瓜を剥がす

ポストまで抱きしめてゆく封筒は「僕のマリー」を歌いつづけて

泰山木の花びらが散る道に立ち三分のちの世界を見てる

ぷるるんとふるえたまんま抱きあって住民票をくださいと言う

金曜の予定を書けば金曜は白いひかりを放ちはじめる
by nakahara-r | 2003-08-21 11:28 | 短歌

あの声は(温めますか?)あなたでしたか

短歌:村上きわみ
文:なかはられいこ


生き残ってゆくための必須アイテムに〈エンゼルパイ〉も入れてください  村上きわみ




「アンケートにご協力ください。」

受話器の向こうから、
よく鞣された高級鹿革のような男性の声が聞こえた。

「ブー、フー、ウーの三匹のうち、あなたはどれが好きですか?」
「は?」
質問の内容を把握するのにたっぷり三十秒はかかった。
「あー。…………えと、フー、です。たぶん」

「ふむ。かなり重症ですな」

高級鹿革はそう言ったきり、黙ってしまった。
なんだか悪いことでもしたような、ひどく居心地の悪い数秒が過ぎ、
ふたたび受話器から鞣されて柔らかくなった声が、
牛の舌のようにびろーんと伸びてきて耳をくすぐる。

「では、こうしましょう」
(では、ってなんだよ)とツッコミを入れられるような余裕はなかった。

「【エンゼルパイ】のどのあたりがパイなのか、
あれはどう見てもパイではなさそうなのですが、
それについてのあなたの見解をお訊きしたい」

(でた! 見解 だよ、見解)とこころの隅で呟きながら、
つい答えてしまう。
高級鹿革の声にはなぜか抗いがたいものがあるのだった。
耳を舐められ続けていては逃げることもできない。

「はぁ、確かに。強いて言えば重なってるところ? 
でもネーミングとしては【たけのこの里】よりまっとうなのではないかと……」

「ふむ。けっこうです」
(な、なにがけっこうなんだよ)と一瞬ひるむ。
「いいですか、よく聞いてください。こうなったら最後の手段です」
「さ、最後の手段て?」

なにがなんだかわからないけれど、
わたしはたいそうヤバイことになっているらしい。
ドキドキしながら次の言葉を待つ。

「世界の果てにある欅の樹をご存じですか?」
ささやく声。
「途中で二股に別れた特徴的な欅ですからすぐにわかると思います」
ますますささやく声。
「そこにいます。いつでも」

唐突に電話は切れた。


世界の果て……。
って、どこよ?

あした世界地図を探してみよう。




あの声は(温めますか?)あなたでしたか  なかはられいこ  
by nakahara-r | 2003-08-19 11:10 | きりんの脱臼(短編)