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生乾き 朝の線路も樅の木も

短歌:望月浩之
文:なかはられいこ

乾かない昨日の水着はくようだ淋しさだけで重ねたからだ  望月浩之

がまんできないことっていうのは世の中にたくさんある。
穫れすぎたキャベツみたいにそのへんにごろごろ転がってる。
ほったらかしにされて。
なかでも、湿ったままの水着をつけなきゃいけないケースっていうのは、
上位にランクインされることまちがいなしだ。
サイテーだもの。

ふだん外気に晒されたことのない皮膚に、
じとーっと冷たい布が触れる、あの瞬間。
ほんのかすかになまぐさい匂いが立ちのぼる。
まるで爬虫類かなんかと肌を合わせているみたいでぞっとする。
ああ、思い出すだけでも全身に鳥肌が立つよ。



悪かったわね。
乾ききれてなくて。
だからってそんなに嫌わなくてもいいじゃない。
右の足を通るとき、思いっきり顔しかめたわね。
続いて左の足を通るとき、ふかーいため息をついた。
ええ、ええ、悪かったわよ。
あたしだってこんなつもりじゃなかったんだから。
あなたが身体を押し込むのに苦労しなきゃいけないほど、
カラカラに乾いてきちんと縮んでいるつもりだったんだから。

湿ったあたしの内側があなたの乾いた肌をじっとりと包みこむ。
あなたの体温であたしはゆっくりとあたたまってゆく。
そして、ほんのかすかに水蒸気が立ちはじめるころには、
あなたはあたしに親しんでさえいるんだわ。
あれほど不快だったはずなのに。

「やれやれ、なんてやっかいな……。」
って思ってる?
  
生乾き 朝の線路も樅の木も   なかはられいこ
by nakahara-r | 2002-12-27 11:04 | きりんの脱臼(短編)

あと2ミリ下げれば冬は完璧

短歌:村上きわみ
文:なかはられいこ


蜂蜜のきんいろ(朝のおわかれの儀式のための)きんいろの蜜  村上きわみ

かりかりに焼いた薄めのトーストと、
大き目のマグカップになみなみと注がれるコーヒー。
それだけあれば朝はなにも要らない。

舌を妬くほど熱いコーヒーをひとくち飲む。
バターナイフとトーストを手にとって、
室温でほどよい柔らかさになったバターを、
焼きたてのトーストの上に薄くひきのばす。

生まれたばかりのきんいろの光が窓から射し込んで、
ガラスの灰皿のふちでくるくる踊りながらとどまっている。

ねえ、
もしも、あのとき。

……いや、よそう。
世界がたったひとつっきりだなんて、
この世界以外の世界が、どこにも存在しないなんて、
ぼくにはどうしても納得できないから、さ。
たとえば、このあとぼくは、
犬を連れて公園に行くか、
犬の散歩はあとまわしにして先に図書館に行くか、
いまだに決めかねている。

こっちの世界で公園を選んだぼくの他に、
図書館を選んだぼくもどこかに存在していたってぜんぜん不思議じゃない。
そして公園を選んだぼくと図書館を選んだぼくとは、
あまり大差ない一日を過ごすか、
あるいは決定的にちがう一日を過ごす。
結果的におおきな差異が生まれようが生まれなかろうが、
おたがいに知るすべはなくて、
「それ」を受け入れながら暮らしてゆくんだ。

結局、この世界のぼくたちはこの世界のぼくたちでしかありえないんだから。
だから、この「さよなら」をとびっきりだいじにするよ。
いまごろどこかで「こんにちは」を言い合ってるかもしれないふたりのためにも。

読み終わった新聞をたたみ、
膝のパンくずをはたき、食器をシンクに運ぶ。
とにかく外はすばらしくいい天気だ。
ぼくは公園に行ってもいいし、図書館に行ってもいい。



あと2ミリ下げれば冬は完璧  なかはられいこ
by nakahara-r | 2002-12-02 11:02 | きりんの脱臼(短編)