カテゴリ:きりんの脱臼(短編)( 21 )

夕焼けはいくつもの質問のひとつ

短歌:村上きわみ
文:なかはられいこ


水滴をいくつもむすびわたしたちあけがたの森のようにすずしい   村上きわみ


森中に張り巡らされた蜘蛛の巣のことなどを思いながら寝ころんでいると、
どっちが被害者で、どっちが加害者かなんて、
考えるだけばかばかしいってことに気がつく。

とりかえたり、いれかえたりするうちに、
なつかしさのあまりほとんど憎みそうになる。
傷つけ合いながらそれぞれの一部になってゆく肉体。

遠い鉄塔を目指して歩いていったことがあったでしょう?

猶予、猶予って十回ずつ交互に言い合って。

涼しい風が吹く朝だったね、あれは。

見わたすかぎり緑色に染まった大地。
水田のところどころに金や銀のリボンがたなびいていた。
不注意に触れれば手を切りそうな風。
指を握っていてほしくて立ち止まってふりかえる。

あなたは鉄塔しか見ていなかった。
まるで中立地帯に取り残された兵士のような目つきで。
わたしはいきなり歌い始める。
ことさら明るい歌を、ことさら明るい声で。

人生に意味なんてないよ。
だから生きているんじゃない。
いままでも、これからも。

ねえ、あの日わたしたちは鉄塔まで行き着けたのだった?



夕焼けはいくつもの質問のひとつ    なかはられいこ
by nakahara-r | 2003-05-22 11:07 | きりんの脱臼(短編)

バクダンとウソとジユウをありがとう

短歌:氏橋奈津子
文:なかはられいこ


鍵盤の上のひだまり舞いあがり落ちる和音という名の埃   氏橋奈津子


路地をちょっと入ったところに古い二階建てのアパートがあった。
そのアパートの裏手には青桐の木があって、
青桐の下はかっこうの不要品置き場となっていた。
そこには錆びたトースターとか中綿のはみ出たふとんとか、
割れた鏡とかつるつるになったタイヤとかにまじって、
古びた赤いピアノが捨てられていた。
うしろの足が1本、ぐらぐらしてはいたけれど、
まだちゃんと音の出るおもちゃのピアノ。
赤いピアノはなぜ自分がここにいるのか、
いまだによくわからないでいた。
それでも、持ち主だったシオリちゃんという女の子の、
やわらかくてあたたかい指の感触を思い出すたびに、
とてもやすらかなきもちになることができた。


雨が降った。
モルタルのアパートに、青桐の葉っぱに、赤いピアノに。
しとしとしとしと雨は一日中降った。
あくる日、赤いピアノは「ミ」の音が出なくなったことに気がついた。

世界から「ミ」の音が消えた。
ミカンもミルクもミラクルもミスタードーナツもミャンマーもミヤシタさんも、
およそ「ミ」のつくものはすべて消えた。
とりわけひとびとを当惑させたのは、ミミが消えたことだった。
ミミを無くしたひとびとは、驚き悲しみ憤り途方に暮れて右往左往した。
電話も音楽もラジオもミミカキも用を足さなくなって、
ついには青桐の下に捨てられた。

ふたたび雨が降った。
アパートの鉄階段に、青桐の幹に、赤いピアノに。
さめざめさめざめ雨は一日中降った。

赤いピアノは不安にふるえた。
あくる日、「シ」の音が出なくなっていたら?
「シ」はシオリちゃんのシだ。
世界から、シャワーやシャンプーやシトロエンや
システムキッチンやシラタキやシガラミが消えるのはいい。
たとえシアワセが消えたとしてもなんでもなかった。
そもそもシアワセがどういうものだか赤いピアノは知らなかったから。
だけど、シオリちゃんのことは知っている。
やわらかくてあたたかい指で、いとおしそうに白い鍵盤に触れてもらった記憶は、
赤いピアノのいちばん大切なものだった。

「シ」が消えるのは、どうしても、
だめ。

赤いピアノは自分の1メートル先に大きな水たまりがあるのを見つけた。
決断は早かった。
注意深く3本の足で立ち上がろうとする。
うしろの足はぐらぐらでまっすぐ立つのは難しかった。
なるべく後ろに重心をかけないように残った足でバランスをとりながら、
ひょこたんひょこたんと水たまりのほとりまで歩く。
力を使い果たした赤いピアノは、
前のめりになったまま水のなかに突っ伏した。
確実に「不要品」になるために。


バクダンとウソとジユウをありがとう   なかはられいこ
by nakahara-r | 2003-04-01 11:06 | きりんの脱臼(短編)

ようこそ僕の瞳の奥へ サバンナへ

短歌:黒瀬珂瀾
文:なかはられいこ


わかものの瞳の夜に太陽は昇りつめをりつかみがたしも   黒瀬珂瀾

逢うのはいつも夜だった。
あの頃は昼夜逆転したような生活をおくっていたから。
「吸血鬼みたいだね」と笑い合ったりしたよね。
親を亡くした二匹の獣の仔のように抱き合ってた。
お互いの体温だけが頼りだった。

ここではないどこか。
エルドラド、ニライカナイ、桃源郷。
言い方はごまんとあるけれど、
そういうもの。
わたしたちは遠い遠いところしか見ていなかった。
ここじゃない、ここじゃない。
どこかにあるはずだ、もっと楽に息ができる場所が。

夜はやさしかった。
闇は親しかった。
げんじつを見なくてすむ。

いまなら。
いまなら、「ここしかない」って言えるような気がする。
何かを庇うようにまるまってカチンカチンにこわばっていた身体を、
ほんのすこし伸ばしてみる。
さいしょは怖くて不安でしかたなかったけど、
冷たいプールの水に身体がだんだん慣れていくように、
こころもだんだん慣れてゆく。

いつかの夜、エレベーターに「寒っー!」って言いながら女の人が飛び込んできたの。
あんまり大きな声だったからちょっと笑ったら、
降りるとき「風邪ひかないようにね」って言われた。

あなたが言ってたように世界は暴力に満ちている。
いまでも。
だけど、こうして冬の午後の日溜りの中にいると、
こころがゆっくりほどけてゆくのがわかる。

わたしはここにいる、よ。


ようこそ僕の瞳の奥へ サバンナへ  なかはられいこ
by nakahara-r | 2003-02-05 11:05 | きりんの脱臼(短編)

生乾き 朝の線路も樅の木も

短歌:望月浩之
文:なかはられいこ

乾かない昨日の水着はくようだ淋しさだけで重ねたからだ  望月浩之

がまんできないことっていうのは世の中にたくさんある。
穫れすぎたキャベツみたいにそのへんにごろごろ転がってる。
ほったらかしにされて。
なかでも、湿ったままの水着をつけなきゃいけないケースっていうのは、
上位にランクインされることまちがいなしだ。
サイテーだもの。

ふだん外気に晒されたことのない皮膚に、
じとーっと冷たい布が触れる、あの瞬間。
ほんのかすかになまぐさい匂いが立ちのぼる。
まるで爬虫類かなんかと肌を合わせているみたいでぞっとする。
ああ、思い出すだけでも全身に鳥肌が立つよ。



悪かったわね。
乾ききれてなくて。
だからってそんなに嫌わなくてもいいじゃない。
右の足を通るとき、思いっきり顔しかめたわね。
続いて左の足を通るとき、ふかーいため息をついた。
ええ、ええ、悪かったわよ。
あたしだってこんなつもりじゃなかったんだから。
あなたが身体を押し込むのに苦労しなきゃいけないほど、
カラカラに乾いてきちんと縮んでいるつもりだったんだから。

湿ったあたしの内側があなたの乾いた肌をじっとりと包みこむ。
あなたの体温であたしはゆっくりとあたたまってゆく。
そして、ほんのかすかに水蒸気が立ちはじめるころには、
あなたはあたしに親しんでさえいるんだわ。
あれほど不快だったはずなのに。

「やれやれ、なんてやっかいな……。」
って思ってる?
  
生乾き 朝の線路も樅の木も   なかはられいこ
by nakahara-r | 2002-12-27 11:04 | きりんの脱臼(短編)

あと2ミリ下げれば冬は完璧

短歌:村上きわみ
文:なかはられいこ


蜂蜜のきんいろ(朝のおわかれの儀式のための)きんいろの蜜  村上きわみ

かりかりに焼いた薄めのトーストと、
大き目のマグカップになみなみと注がれるコーヒー。
それだけあれば朝はなにも要らない。

舌を妬くほど熱いコーヒーをひとくち飲む。
バターナイフとトーストを手にとって、
室温でほどよい柔らかさになったバターを、
焼きたてのトーストの上に薄くひきのばす。

生まれたばかりのきんいろの光が窓から射し込んで、
ガラスの灰皿のふちでくるくる踊りながらとどまっている。

ねえ、
もしも、あのとき。

……いや、よそう。
世界がたったひとつっきりだなんて、
この世界以外の世界が、どこにも存在しないなんて、
ぼくにはどうしても納得できないから、さ。
たとえば、このあとぼくは、
犬を連れて公園に行くか、
犬の散歩はあとまわしにして先に図書館に行くか、
いまだに決めかねている。

こっちの世界で公園を選んだぼくの他に、
図書館を選んだぼくもどこかに存在していたってぜんぜん不思議じゃない。
そして公園を選んだぼくと図書館を選んだぼくとは、
あまり大差ない一日を過ごすか、
あるいは決定的にちがう一日を過ごす。
結果的におおきな差異が生まれようが生まれなかろうが、
おたがいに知るすべはなくて、
「それ」を受け入れながら暮らしてゆくんだ。

結局、この世界のぼくたちはこの世界のぼくたちでしかありえないんだから。
だから、この「さよなら」をとびっきりだいじにするよ。
いまごろどこかで「こんにちは」を言い合ってるかもしれないふたりのためにも。

読み終わった新聞をたたみ、
膝のパンくずをはたき、食器をシンクに運ぶ。
とにかく外はすばらしくいい天気だ。
ぼくは公園に行ってもいいし、図書館に行ってもいい。



あと2ミリ下げれば冬は完璧  なかはられいこ
by nakahara-r | 2002-12-02 11:02 | きりんの脱臼(短編)

波の音しているけれどぼくじゃない  

短歌:村上きわみ
文:なかはられいこ


ほころびもほろびも遠いものとして葡萄の種子を吐き出している  
村上きわみ


「ほころび」と声にだしてみる。
「ほろび?」と聞きかえす。

「ほ・こ・ろ・び」
「ほ・お・ろ・び?」

セーターに空いたちいさな穴のはじっこから、
五ミリほどの毛糸の先っちょがひょろんと出ている。

「これは芽かもしれない」
「目?」

芽かもしれない。
セーターの大地からにょろんと生えたほろびの芽。
ひっぱればひょろひょろと伸びて、
あてどなく伸びて、
ついにはセーターをほろぼすことになる芽。

目かもしれない。
セーターのほころびから肌が見えている。
凶暴なエネルギーを内側に秘めたまま、
いっときのしずけさを獲得している白い肌。
台風の目のようなしんとした肌。




し、



た、






ね。

ほころびてゆく精神と
ほろびてゆく肉体に
葡萄の種を埋めよう。
いちばんふっくらした
いちばん光る種を埋めよう。

波の音しているけれどぼくじゃない  なかはられいこ
by nakahara-r | 2002-11-09 10:59 | きりんの脱臼(短編)

背景はあざみに固定されました

短歌:村上きわみ
文:なかはられいこ


カルバドスふりかけている 火をつける 部屋中におまえが匂いたつ  
村上きわみ


ほら、この匂いだ。
生まれる前から知ってるような、
ひどくなつかしくて危険な匂い。

たとえば部屋中に薔薇もようの絨毯が敷き詰めてあるとする。
ぼくは薔薇の花のところを踏まないように、注意ぶかく歩く。
なぜって、うっかり踏もうものなら、
薔薇はすぐさま絨毯の模様であることをやめて、
ぼくの足を呑みこみにかかるに決まってるからだ。
いつか植物図鑑で見た食虫花みたいに。
ようするに世界ってのはそこいらじゅう穴だらけだってこと。
だけど、ほんのすこし気をつけていれば気づくことができる。
だって穴は匂うからだ。
きみ、知ってた?
高級感だかなんだか知らないけど、
薔薇もようの絨毯なんて悪趣味にもほどがあるよね。
薔薇を踏まないようにジャンプしたり、
おおまわりをしたりしなきゃいけないぼくの身にもなってほしいよ。
そんな苦労なんてこれっぽっちも知らないで、
おとなたちはみんな、きまって「まっすぐ歩きなさい」って言う。
やれやれ、だ。

こうやって歩道を歩くときも気をゆるしちゃいけない。
敷石と敷石のつなぎ目を踏むと異次元に落ちるんだぜ。
ほら、ひどくなつかしい匂いがするだろ?
ぼくは以前、黒い猫が消えるのをこの目で見たんだ。
請け合ってもいいけど、あの猫はいま異次元にいるね。

あれ? きみ?
……なんだ、踏んじゃったの?
だから言ったろ、世界はいたるところ穴だらけなんだって……。

背景はあざみに固定されました  なかはられいこ
by nakahara-r | 2002-10-25 10:58 | きりんの脱臼(短編)

くっつけてちゃんと南の島にして

短歌:村上きわみ
文:なかはられいこ


くるみくるくるったくるみくくられてくびられている くるみはにがい  
村上きわみ




二丁目のヤマシタさんちのおじいちゃんが死んだ。ノウコウソクで。
きょうがオツヤであしたがお葬式だって、ママが言ってた。

だれにも言ってないけど、あたしはきのうヤマシタのおじいちゃんと会ったんだ。
角のポストの横にある柿の木んとこで。おじいちゃんは柿の木をじっと見上げてた。
あたしが通りすぎようとすると、ふりむいて、おいでおいでをした。

ほんとのこと言うとそばに行きたくなかった。
だって、おじいちゃんは歯がないし、だいいち、手とか顔に黒いてんてんがあってきもちわるい。
そう言うとママは「おとしよりにたいして失礼でしょう!」って怒る。右っかわの眉をつり上げて。
ああ、ママはね、眉のかたちがきれいなのが自慢なの。
だからね、怒るときにそうするとエレガントに見えるって固く信じてるんだ。
ママはそう言って怒るけど、こころの中ではあたしと同じこと思ってる。
あれはお正月に長崎のおばあちゃんちに行ったときのことだった。
おばあちゃんの入れ歯が入ったコップを見つけて、「きもちわるいわね!」ってパパに怒ってたのをあたしは覚えてる。
そのときも右っかわの眉はちゃんとつり上がってた。

それですごく迷ったんだけど、しらんぷりもできなくて、そばに行ってみた。
そしたらね、黒いてんてんがいっぱいついた手を出してクルミをくれたの。
2こあるうちのいっこ。あれってロウカボウシのために指の運動するやつじゃないかなあ。
テレビで見たことあるから。あたしとしてはそんなのもらっても困る。
困るんだけど、なぜか「いらない」って言えなかったの。
なんかね、運命っていうの? 
しょうがないな、っていう気になっちゃった。
それでしかたなくスカートのポケットに入れたの。
そしたらおじいちゃん、うれしそうに笑ったんだ。歯のない口をパカっと開けて。
そのパカっ、がすごくおかしくって、笑ったの。
笑い出したら止まらなくなって、ふたりでしばらく笑った。
それだけなんだ。それだけなんだけど……。

ノウコウソクって、脳に血が行かなくなる病気らしい。
どうして血が止まると死ぬの? ってママに訊いたら、「お花だってお水をあげないと枯れるでしょ」って言ってた。
ママってときどきへいきでミモフタモナイことを言う。
「ミモフタモナイ」って言葉は、このまえマサキ先生から教わった。

ポケットに入れっぱなしになってたクルミはあたたかい。
握りしめてると、きのう、ちょっとだけ触った、おじいちゃんのゴツゴツした手を思い出す。
骨と皮だけでできてるみたいな手。
指の運動とかしてたのかなあ、このクルミで。
だけど、なんでヤマシタのおじいちゃんはこれをあたしにくれたりしたんだろう。


くっつけてちゃんと南の島にして  なかはられいこ
by nakahara-r | 2002-10-18 10:56 | きりんの脱臼(短編)

口からEnterあ、あ、あ、秋が洩れてる

短歌:村上きわみ
文:なかはられいこ


ゆるしてたすけてゆるしてダリア 満開のぽんぽんダリア ゆるしてほしい  
村上きわみ



あら、呼んだ? あたし、ぽんぽんダリア。なぁに驚いてんの、いやぁね。
話しかけたのあなたのほうでしょ。あたしあなたのこと知ってるわよ。ずっと
前から。なんかあったのね、つらいこと? あたしでよかったら聞いたげるわよ。
だってあなた、いつもあたしに声かけてくれるじゃない。

ここんちの人たちは、あたしのことあんまり好きじゃないみたいなの。
ほら、あたしって見た目ゴージャスじゃない。だから万人受けしないのよねぇ。
みんなもっと可憐で儚げな花が好きみたい。小市民っていやぁね。
しかも名前がぽんぽんダリアときてる。
ぽんぽん……。そりゃあ、ぽんぽんしてるかもしれないわよ、実際。
それは認めるわ。水分少ないし。
だけど、それにしてもよ、なんてセンスのないネーミングなのかしら、ったく、あったまくるわ。
わすれな草ちゃんやスイートピーちゃんやひなげしちゃんとえらい違いだと思わない?
差別だわ。
この前もね、イヌフグリさんやスベリヒユさんやサルスベリさんたちと相談したのよ。
あたしたちで組合作って無期限ストライキやりましょうかって。

あら、話が逸れたわね。
で、なんだっけ? ああ、そうそう、あなただけなの、いつも話しかけてくれるの。
だから聞いてあげるわ。
あ、言いたくなかったら無理して言わなくてもいいのよ。
泣きたいなら泣いてもいいし。
葉っぱで隠してあげるから思いっきり泣いちゃえば?
 あたしもね、泣きたくなるときあるのよ。
でもさ、水分少ないじゃない。
泣くとあとがたいへんなの。
根っこはパサパサになるし、葉っぱは萎れるし、首んとこはふにゃふにゃになるし。
昨日もヒマワリさんとお話したんだけど、たいへんよぉ、彼女。
ほら、なにしろイメージってものがあるでしょう? 人間の作った。
あたしに言わせりゃ、ただの勝手な思いこみなんだけどさ、それを大切にしてあげたいんだって。
尊敬しちゃう。

いやだ、また話が逸れた。
そうよ、それでもいったん棚上げにしといたほうがいいことだってあるんだわ。
泣くだけ泣いたら今日はとりあえず終わるじゃない。
明日になってまだつらかったら泣きやまなきゃいいのよ。
それで明日も終わるじゃない。ずっと泣いてればそのうち疲れるしお腹もすくわ。
「ここまできたらギネス記録を狙おうかな」なんて思えてくるかもよ。
そういうもんよ、体験上。
あら、意外? あたしだってけっこうつらい目や悲しい目にあってんのよ。
なのにこんなお気楽そうな名前つけられちゃって、ぽんぽんだって。ぽんぽん。
あんまりだわ。

あたしね、クラビクラっていう名前になるのが夢なの、ぶっちゃけたはなし。
クラビクラってなんだか知らないんだけど、なんかいいでしょ。
え? クラビクラって鎖骨のことなの? 
ふーん。……で、鎖骨ってなに? えっ! 骨!
ショック。これでも植物仲間のあいだじゃ物知りで通ってるのよ。
でもさ、知らなくったってしかたないわよね。
だってあたしには無いんですもの、骨。
あーら、笑ったわね。そうこなくっちゃ。え? 行くの? そう。
またいらっしゃいな。もし無期限ストに突入してたら差し入れ持ってきて、ね。



口からEnterあ、あ、あ、秋が洩れてる  なかはられいこ
by nakahara-r | 2002-10-10 10:55 | きりんの脱臼(短編)

しわくちゃの空とぼくとを記憶する

短歌:村上きわみ
文:なかはられいこ


雨なので ポケットの中のくしゃくしゃのレシートをわたしにくださいな  
村上きわみ



拝啓。
きのう、ドトールの柳橋店ですれちがったものです。
あなたが座っていた席にくしゃくしゃのレシートが一枚落ちていました。
わたしは噛んでたガムを捨てようとして、
なにげなく皺を伸ばしてみたのでした。
ファミリーマートのレシートでしたね。
おにぎり2個と、洗濯バサミと、ウナコーワ。
「ふっ」と笑いました。

いや、ですからね、たとえばあれが
紀伊國屋書店とかタワーレコードとかESSOだとかのレシートならば、
わたしは「ふーん」と思ってそのままガムを丸めて捨てたでしょう。
100歩ゆずって、ファミリーマートのだとしてもですね、
スパゲティと、歯ブラシと、シェービングクリームであったならば、
やっぱり「ふーん」と思っただけなような気がします。

わかりますか?
この「ふーん」と「ふっ」の差は大きいです。
あなたがおにぎりを食べながら洗濯機に洗剤を放り込んでるところや、
ウナコーワを塗って「くー。」とか言ってるところを想像するだけで、
はからずも口元がゆるみます。
それはなんだか、ほわんほわんしたしあわせな気分です。
たぶん、もう二度と会わないでしょうけれど、
いつかどこかのコンビニですれ違うこともあるかもしれませんね。
それまでどうぞお元気で。               かしこ。



しわくちゃの空とぼくとを記憶する  なかはられいこ
by nakahara-r | 2002-10-07 10:53 | きりんの脱臼(短編)