カテゴリ:きりんの脱臼(短編)( 21 )

あなたから芒を抜いてねむらせる

短歌:笹井宏之
文:なかはられいこ


もうひとひ眠れば初夏になりそうな陽射しを束にして持ってゆく  
笹井宏之






渡したいものがある


というメールがきたのででかけた

いち、に、さん、し、と
いっぽずつ数をかぞえながらあるく
十七歩目で止まる

「一句どうぞ」

とまどいながら
一句のかわりに
はいていた靴下を脱いでさしだす

ふたたび数をかぞえながらあるく
ふたたび十七歩目で止まる

意志に反して足はうごかない

「一句どうぞ」

意志に反してあたまもうごかない
ためいきをつきながら
片ほうの耳をはずしてさしだす

十七歩目で止まるたび

「一句どうぞ」

わたしは
じゅうまいの爪をはずし
にまいのまぶたをはずし
かかとをひきぬいてさしだした

そして
温度と匂いだけのものとなって
渡したいものがあるひとのところに
ようやくたどりついた


渡したいものがあるひとが
渡したかったものは
ちいさなひかりと
ひそやかなせせらぎの音だった

ちいさくてひそやかなものたちは
受け取ったとたん
あたりいちめんにあふれ
空気のなかに満ちた

ちいさなひかりは
マッシュポテトのように
やわらかくて
せせらぎの音は
梨の花の匂いがした


温度と匂いだけのもの
になったわたしが

あたたかくて
いい匂い
と言うと

渡したいものがあったひとは
しずかに笑った



あなたから芒を抜いてねむらせる        なかはられいこ
by nakahara-r | 2006-11-03 11:25 | きりんの脱臼(短編)

錆色の飛沫になって眠ってる

短歌:鈴木二文字
文:なかはられいこ


屋上にピアノが吊り上げられてくのを見てます。Q1・努力しますか? 鈴木二文字






「まぶたが閉じないんだ」
どんなに努力しても。

と、あたしのあたまを両手でかかえながらYは言う

「眠るときにも?」
「そう、眠るときにも」

深夜、オレンジ色の豆電球のあかりをかすめて
兎や山羊の影が部屋を通り抜けるのが見えてしまうと言う

「眠ってるのに?」
「そう、眠ってるのに」
やつらは決まってぼくの頭の方から足の方へ移動するんだ。
つまり東から西へ、ね。
それに意味があるのかって?
そんなことは知らないさ。

あのね、兎や山羊ならどうってことなかったんだ。
蝦蟇蛙の影が団体で通ってくのも、まあ、いい。
だけど、きのうなんて蝉の団体、だったんだぜ。
しかも飛んでくんじゃないんだ。
しゃかしゃかしゃかしゃか歩いてた。
あの足で。

さいあくだ。


話し続けているうちに眠ってしまったのか
あたしの髪をなでていたYの指がとまる
「眠ったの?」
開いたままの目を覗きこんでみる
充血した白目のまん中に暗い夜の森の湖みたいな瞳があって
湖の中心に浮かぶ浮き島のように虹彩が揺れている


見なくてすむものまで見えてしまうことと
見せたくないものまで見られてしまうこととは
どちらがつらいのだろう

閉じないまぶたと
隠せない影


首にまわされた腕をそっとはずし
あたたかいベッドから起き上がる


月明かりの射し込む部屋を
東から西へ通り抜けてゆくあたしの影を映して
Yの虹彩はいま揺れているだろうか







錆色の飛沫になって眠ってる     なかはられいこ
by nakahara-r | 2005-11-21 11:24 | きりんの脱臼(短編)

晴れときどき曇り 息をする空と

短歌:村上きわみ
文:なかはられいこ


いきもののももいろのにく湯のなかにほぐれてひらく(お会いしましょう)  
村上きわみ






ねえ、ねえ、稲の切り株ふんだことある?
ほら、あの剣山みたいになってるの。


「うん、あるよ」


いま踏みたいものは
稲の切り株
霜柱
湿った苔
ほこほこした日向の土

足の裏が恋しがってる


「踏んでいいよ」

と、投げ出されたからだを
踏む。
そろそろとじょじょに
体重をかけながら。


うすいひふ
とくとく脈打つ血管
縦にはしるきんにく
並走する腱
やわらかいにく
その下にあるほね



恋しがる足の裏があたたまると
「恋しい」はオレンジ色のちいさなひかりの球になって
ゆっくりと足を這い上がり背骨を伝って
後頭部にたどりつき
ゆるやかに膨張する

あたまのなかにオレンジ色のひかりが満ちて
わたしはなつかしさのあまり泣きそうになる



とうとう会えましたね







晴れときどき曇り 息をする空と     なかはられいこ
by nakahara-r | 2005-03-15 11:23 | きりんの脱臼(短編)

こなゆきになるまでミシン踏んでいる

短歌:村上きわみ
文:なかはられいこ


銀杏のような喉からなつかしい声がいくつもこぼれてきます  
村上きわみ






あなたの額にさわると、
わたしはいつも、
はだしで土を踏んだときの感触をおもいだす。
ひるまの日ざしをそのまま抱え込んだような、
掘り返されたばかりのしっとりとあたたかい土。

あなたのからだのなかには、
冬のひなたのようなおだやかな熱とひかりがある。

わたしのからだのなかには、
真夜中のみずうみのような暗くて冷たいものがある。

みずうみはひかりに照射され、
ほのかに熱をもち、

だきしめるたび、
だきしめられるたび、
水が匂う。




「川を渡ったね」

「うん、ひかってた」

「ほんとうは泣きたかった」

「でも歌ってたね」

「こわくてね、とてもこわくて」

「銀杏みたいだった」

「声をだすととまらないんだ」

「はらはらはらはら散ってるの。音もたてずに」

「あたたかいね、ここは」

「なんにもないけど」

「うん、なんにもないけど」

「なつかしいね、ここは」



わたしが5歳のとき
あなたは72歳で
わたしはあなたのせなかにおぶわれて
くちなしという花の名前を知った

わたしが17歳のとき
あなたは1歳で
あなたはベビーカーのなかからちっちゃな手をのばし
わたしの制服のスカートをにぎった

わたしが28歳のとき
あなたは53歳で
公園のベンチの端と端にすわり
おなじ景色をみていた
ぼんやり空をみていた


「いつもいたね」





こなゆきになるまでミシン踏んでいる       なかはられいこ
by nakahara-r | 2004-11-14 11:22 | きりんの脱臼(短編)

くちびるに包まれるまで水でした

短歌:村上きわみ
文:なかはられいこ


裏返すときにおかしな音たてるおまえのからだ こわしてもいいか?  村上きわみ 




これは みず の音なのか
それとも すな の音なのか


裏返したり
折り畳んだり
入れ替えたりするたびに
聞こえるこの音


窓ガラスにあたる雨のような
砂漠をわたる風のような
とても遠くて
とても近い


おまえのからだに詰まっているものの正体を
見てみたい
猛烈に






わたしはむすぶ。

はてしなく遠くて、
かぎりなく近いものたちを。

回覧版と飛行機雲を
シャワーノズルと朝顔の蔓を
骨の折れたビニール傘と欅並木を
アスファルトにチョークで描かれた魚と噴水を

はしっこをほんのすこしひっぱるだけで、
ほどけたいときに、
ほどけたいだけ、
ほどけるように。

ゆるく、ゆるく。

ほら、
いま音が聞こえたでしょう?

どれかほどけたね。



くちびるに包まれるまで水でした     なかはられいこ
by nakahara-r | 2004-09-21 11:14 | きりんの脱臼(短編)

えいえんは蝉のなきがら仰向けの

短歌:村上きわみ
文:なかはられいこ


えいえんをほしがっているドラゴンの翼のうえで抱き合いながら  
村上きわみ






K駅を過ぎると真夏の日差しが戻ってきた
田んぼの畔に白黒のまだら模様の傘みたいな木があって
よく見ると白く見えるところには鷺がとまっていて
黒く見えるところには鴉がとまっているのだった
木は鳥たちを頭上に抱きかかえたまま
浅緑の真ん中に立ちつくしていた

あれは懐古だ

鳥の
そして、わたしの

伝えられなかった言葉
行かなかった場所
出会わなかった人

ありえなかったはずのことが
こんなにもなつかしい





きのうゆめのなかで
あたしは灰色の砂浜を歩いてました

空が灰色でね
海も灰色で
砂浜にはえんえんと足踏みミシンが並んでるの
真っ黒でどっしりとした足踏みミシンが
何台も何台も何台も何台も何台も
一定の間隔を置いて規則正しく並んでるの

見渡す限りの足踏みミシン

あたしは
ミシンとミシンの間を
縫うように歩いてました
しばらくゆくと
リュウ、あなたの声がした

呼ばれたような気がして振り向いたら
だれもいなかった

ここにはあたししかいない

砂の上に残ったあたしの足跡が
天空を駆け登るドラゴンみたいにうねっていました

ここにはあなたはいなくて
ここにいるあたしも
いるような気がするだけで
ほんとうは
いないのかもしれなくて

それでも、リュウ
だとしても
あたしがあなたをすきって
この気持ちだけはぜったいです

えんえんと続く
この足踏みミシンたちのように
それは確かなことです




えいえんは蝉のなきがら仰向けの         なかはられいこ
by nakahara-r | 2004-08-07 11:20 | きりんの脱臼(短編)

息とめて桜、吹雪になるところ

短歌:村上きわみ
文:なかはられいこ


まずここにからだを置いて いつだってあなたが望むものならぜんぶ   村上きわみ





女の泣き声で目が覚めた。
あけがたの薄ぼんやりとした部屋の床に、
膝を抱えて座ったまま泣いている女を見て俺は心底おどろいた。
女の首から下、すなわち身体中が黒いひも状のものでぐるぐるに捲かれているのだった。
そこで、(相手が泣いているときには冷静にならなくちゃいかん)
という死んだオヤジの言葉を思い出し、できるだけ平静を装って尋ねてみた。

 「どうしたの?」

女が身体の向きを変えるとしゃらしゃら音がする。

 「ビデオをね、何度も何度も巻き戻して観たの。
  それでもね、あなたの言ってた草原がどこにも見つからないの。
  でも、わたしに見つからないだけでどこかにあるはずでしょう?
  草原。
  探してたの。
  テープを引き出してあっちこっち探したの。」

いったん止んだ小雨がふたたび降り始めるように、
女の口からこぼれる言葉がひそやかな泣き声に変わる。


なるほど。

彼女の身体に捲かれている黒いひも状のものは磁気テープらしい。

なるほど。

彼女は(ビデオの中の)草原を探していたわけだ。

なるほど。

で、映像では見つからなかった草原を、
テープをぜんぶ引き出してとことん探したわけだ。

なるほど。


 「もう泣くなよ。あのね、いっこだけ訊いていい?
  テープ引き出したところまではわかったよ。
 (いや、ほんとうはよくわからないけど)
  それでね、なんでそれ、からだに捲いてるの?」

女はしゃらしゃらと身体を鳴らしながら近づいてくる。

 「捲いてるんじゃないの。捲かれてるの。」


なるほど。

捲いてるわけじゃないのか。
それは彼女の意志ではなくて磁気テープ自身の意志であると。

なるほど。


しゃららんと音をたてて女がベッドに横たわった。

 「ねえ、ほどいて。
  どこかに草原があるはずなの。
  これ、ほどいてみつけて。
  どうしても見たいの、草原。」


なるほど。

俺にしかほどけないのだろう、このテープは。
俺にしか見つけられないのだろう、あの草原は。

 「なるほどね。」

と、
俺は女の身体のどこかに隠れているはずの、
磁気テープの両のはじっこを注意ぶかく探り始める。
指先をしゃらしゃらしゃらしゃら鳴らしながら。





息とめて桜、吹雪になるところ       なかはられいこ
by nakahara-r | 2004-02-29 11:12 | きりんの脱臼(短編)

よく振ってあなたに返す秋の海

短歌:村上きわみ
文:なかはられいこ


「もうずっと前からあなたを知っている」「コーラはよく振ってから飲もうね」   
村上きわみ




目の前にドアがある。
開ける前からドアの向こうの景色を私はよく知っていた。

場所は海で、
季節は秋で、
それも午後で、
私たちはテトラポッドに腰掛けて、
きらきら光る波を見ている。

ジーンズを通して伝わってくる、
陽射しにあたためられたコンクリートの固い感触も、
潮をはらんだまま髪にまとわりつく風の匂いも、
スニーカーから8センチ下りたところで、
薄暗い水が立ててるタプンタプンという音も。

私はよく知っていた。
「私たち」が居た景色を、
ドアを開ける前から。


どこからか声がする。
「栓を抜く前にさ、よく振るんだ。こうするともっとおいしくなる」
コーラの瓶のくぼんだところを握って上下する手。
小指のつけ根あたりから甲の中心にかけて5センチほどの傷跡がある、手。

とつぜん、
ピシューッと音がして、
コーラが勢いよく放出される。
黒くて甘い水の弾丸で私は撃たれる。

はじける悲鳴。
底が抜けたような笑い声。

射抜かれてべたべたする髪。
肌にはりつくTシャツ。

知っている、知っている、知っている。
私は「私たち」を知っている。

そして、それは、もう、
「私たち」ではなくなったことも。

知っている。

あれ?
なんだ、私、怒ってるんだ。
さっきからドアにもたれたまま、

怒ってるんだ。



よく振ってあなたに返す秋の海     なかはられいこ
by nakahara-r | 2003-10-23 11:11 | きりんの脱臼(短編)

あの声は(温めますか?)あなたでしたか

短歌:村上きわみ
文:なかはられいこ


生き残ってゆくための必須アイテムに〈エンゼルパイ〉も入れてください  村上きわみ




「アンケートにご協力ください。」

受話器の向こうから、
よく鞣された高級鹿革のような男性の声が聞こえた。

「ブー、フー、ウーの三匹のうち、あなたはどれが好きですか?」
「は?」
質問の内容を把握するのにたっぷり三十秒はかかった。
「あー。…………えと、フー、です。たぶん」

「ふむ。かなり重症ですな」

高級鹿革はそう言ったきり、黙ってしまった。
なんだか悪いことでもしたような、ひどく居心地の悪い数秒が過ぎ、
ふたたび受話器から鞣されて柔らかくなった声が、
牛の舌のようにびろーんと伸びてきて耳をくすぐる。

「では、こうしましょう」
(では、ってなんだよ)とツッコミを入れられるような余裕はなかった。

「【エンゼルパイ】のどのあたりがパイなのか、
あれはどう見てもパイではなさそうなのですが、
それについてのあなたの見解をお訊きしたい」

(でた! 見解 だよ、見解)とこころの隅で呟きながら、
つい答えてしまう。
高級鹿革の声にはなぜか抗いがたいものがあるのだった。
耳を舐められ続けていては逃げることもできない。

「はぁ、確かに。強いて言えば重なってるところ? 
でもネーミングとしては【たけのこの里】よりまっとうなのではないかと……」

「ふむ。けっこうです」
(な、なにがけっこうなんだよ)と一瞬ひるむ。
「いいですか、よく聞いてください。こうなったら最後の手段です」
「さ、最後の手段て?」

なにがなんだかわからないけれど、
わたしはたいそうヤバイことになっているらしい。
ドキドキしながら次の言葉を待つ。

「世界の果てにある欅の樹をご存じですか?」
ささやく声。
「途中で二股に別れた特徴的な欅ですからすぐにわかると思います」
ますますささやく声。
「そこにいます。いつでも」

唐突に電話は切れた。


世界の果て……。
って、どこよ?

あした世界地図を探してみよう。




あの声は(温めますか?)あなたでしたか  なかはられいこ  
by nakahara-r | 2003-08-19 11:10 | きりんの脱臼(短編)

「あ」と言ってみて。次はなにいろの空?

短歌:村上きわみ
文:なかはられいこ


まずここにできるだけ美しいまるを描いてみせて。たぶん、そこから。  村上きわみ



sinya-t@ginga-net.ne.jp wrote:

> ルービックキューブの赤がどうしても揃わないんだ。
> 結局そういうこと。
> ぼくがきみに干渉できるとしたら、そこまでなんだ。

そうかもしれないね。
結局そういうことなのかもしれない。
たぶんあなたはわたしの言う「正しさ」を取りちがえてる。

今日の空は底抜けに青いです。
入道雲がもくもく出てて、ひまわりが元気に顔を上げてて、
蝉がうるさいくらい鳴いていました。
スイカを買ったよ。
これで手花火があればカンペキに正しい日本の夏です。

> きみが何を言いたいのかわかっているつもり。

「蝶の舌」という映画を観ました。
あの少年はすこしあなたに似ています。
生まれて初めて「哀切」という感情に出逢って、
ほとんど困惑しているかのような表情とか、ね。

いつか首長竜を描いてくれたことがあったでしょう?
どう見てもキリンだよ、ってみんなにからかわれたよね。
でもわたしにはたしかに首長竜に見えました。
というより「これこそ正しい首長竜だ」と思った。

> あ、そうそう。クラゲを飼いはじめたよ。
> 部屋の照明を落とすと青白く発光する。
> きれいだよ。

自分に見えているものと、
他のひとに見えているものがちがうかもしれないって、
うたがったこと、いちどもない?
わたしはしょっちゅう、うたがってます。

だけど、
あなたの見ているクラゲとわたしの見るクラゲは、
きっと同じ形をしていて同じ色をしている。
できればあなたの目を借りて確かめてみたい気もするけど、
確かめなくてもわかってるような気もしています。

akane@harunire.ne.jp




「あ」と言ってみて。次はなにいろの空?   なかはられいこ
by nakahara-r | 2003-07-12 11:09 | きりんの脱臼(短編)