カテゴリ:川柳( 99 )

きりん・キリン・麒麟と変換されてゆくこわかったねとささやきながら

タイトルは以前につくった短歌。
ときどき、ほんとうにときどきだけど、むしょうに短歌が書きたくなるときがあります。
なんなんでしょうね。



「おかじょうき」9月号

誌上句会0番線の題は「垂」
八上桐子さんと角田古錘さんの共選は、選者の川柳観が顕著にあらわれているようにみえておもしろかったです。
ぜんぜんかぶってないところが信頼できますしね。
それにしても、ねじまきメンバー大活躍でした。

垂れるイコールかわいいねの法則  吉田吹喜

この句、おもしろいと思いました。
たしかに垂れパンダも垂れ目メイクも、その法則にしたがってますよね。
で、そういうことを書こうとすると「垂れるイコールかわいいの法則」となるとおもうんです。
それだとあんまりおもしろいとは思わないんですが、「ね」ってなんじゃ。と、笑ってしまいました。
「かわいいの法則」と「かわいいねの法則」このニュアンスのちがいって、大きいなあと。ね。

同じ作者にこんな句もありました。
ばあさんって言うな垂れてくるじゃないか 吉田吹喜


あと、雑詠欄より、気になった句

生命線を通るじゅんさい採りの舟 守田啓子
「生命線を通る」までは、短詩系やってるひとならば、たぶんどこかで出会ったことのあるフレーズなんじゃないでしょうか。
ただ、「じゅんさい採りの舟」は新鮮でした。
しかもニュースの映像でみたことあるんですが、すごくゆっくり進むんですよね、水面を揺らさないように。
ぬるっとしたゼリー状の被膜に覆われたじゅんさいの感触をてのひらに感じました。

トイレあけるとがぜん犀でした 柳本々々
父を嗅ぐ書斎に犀を幻想し/寺山修司
を思い出しました。
川柳ではトイレ、俳句では書斎に犀が発生します。
だけど柳本さんの句の手柄はそこじゃなくて「がぜん」だと思います。
「がぜん犀」って。
もうこれはほかのなにものでもなく、実際の犀よりも圧倒的に犀なわけです。
わたし、いま、実際の犀、と書きましたが、ではわたしは実際の犀のなにを知っているのか、
という疑問がもくもくと沸いてきます。自分が犀と信じているもの、自明と思い込んでいるもの、そのすべて。
深読みかもしれませんが、深読みをうながす作品をまえに、深読みしないですませる自信がわたしにはありません。

弟は一直線を肩に掛け  田久保亜蘭
うちの弟もそうです。
テキトーな生き方をしてる姉をもった弟の宿命ですな。
いや、田久保さんがそうであるとはいってませんのです。
むかしのテレビドラマに「柔道一直線」っていうのがありまして、あの主人公を思い出してしまいました。

ストッキングかぶるとみんな父親似 月波与生
もうね、月波さんのセンスには脱帽です。
いや、だって、ストッキングかぶるって、広くみんなに体験できることじゃないですよね。
反面、ストッキングかぶった顔ってみんな同じような顔になることも事実。
体験者でなくてもみんな等しく目が釣りあがり、口が横に伸び、ヘン顔になります。
で、この父親なんですが、特定のひとなんでしょうか、それとも「みんな」それぞれの父親なんでしょうか。
わたしは特定のひと、すなわち、<わたし>の父親、と読みました。


まだご紹介したい柳誌やら句集やらあるのですが、きょうは電池切れ。
あしたはねじまき句会です。

おー。←ちからよわき気合い

by nakahara-r | 2015-10-17 21:56 | 川柳

きんもくせいめいおうせいと目を開く

タイトルは旧作。

秋ですね。

3キロも太ったよ。
たぶん、お腹回りです。
かがむとくるしいってのは、もう、だめかね。

これからどんどんおいしいものが溢れるちまた。
どうしよう。


東奥文芸叢書 角田古錘句集』より
わたしの好きな10句(掲載順)+1です。

ともだちになろう小銭が少しある
神様も片手は少し汚れてる
みんな生きてるものすごい音たてて
炬燵の上の蜜柑一つが絶縁体
蕎麦つるり詫びたい人はみな芒
生きるため時々齧るポリバケツ
絶叫をするには人が多すぎる
変身をするぞするぞと飯を食う
落武者の顔で味わう海苔茶漬け
こんなにも捨てる物あるお葬式

こうして並べると食べ物の句が多いんですが、それはわたしがくいしんぼだからってこともあります。
でもそれだけじゃなくて、実際、多いんですよ。
しかも、古錘さんの場合、食材そのものより、食べるという行為に特化してるような気がします。
ものすごい音たてて、落武者の顔で、海苔茶漬けをかきこむひと。
変身するぞするぞと、つぶやきながら。
こ、こわい。

何頭の象を食ったか数えてる

で、集中いちばん好きというか、目が離せなかったのがこの句。
象だよ、象。しかも複数。
なんというか、壮絶、ですよね。
他にも「象」の句があちこちにあるんですが、象がなにをあらわすのか、考えるとこわいです。
なんだか、うちのめされそうで。

食べることの壮絶さ、みたいなところ、開高 健の『最後の晩餐』を思い出しました。
「腹のことを考えない人は頭のことも考えない」S・ジョンソン


いいおてんきだねえ。
写真とろうか。

ち。またかい。モデル代高いぜよ。
あとで、海苔、な。
(海苔、だいすきなんですが、ネコ的にそれはどうなのか?)

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にゃー、かいぬし。
写真とるなら、このへんのごみ、まずいんじゃね。
(と、しっぽでお掃除ちゅう)
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わ。なんか、わらわらしとる。なんかゆうとる。
(こどもの集団通過中)
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じー。
絵的にはきれいなんですけどね。
じばらくガン見(笑)
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by nakahara-r | 2015-10-04 13:59 | 川柳

さよならのとんぼ

更新できない日が続いていますが、元気です。
かろうじて。

「プロフィールください」と言われて用意しようとした。
ところが、いままでに頂いた賞の名前や年度がわからない。
「ばかか、おまえは」とアンフェアの篠原涼子みたいに自分にツッコみながら、古い雑誌を探すことになる。

無い。
なにしろ川柳の冊子は薄い。
わたしには部下のアンドーもいない。
もういいや。
と、たまたま手にした冊子を読みふけることに。
だめやん。

もういいや。
無し、だ。(おいおい)

というわけで、ある意味めちゃくちゃ正気です。


締切が近づいています。

なかはらも選します。
点数がいいと生ほたて(貝殻付き)、もらえますよ。
ゲットしてくださいね。


めちゃくちゃ遅くなりましたが、句集のご紹介です。

東奥文芸叢書『むさし句集』
わたしの好きな10句(掲載順)+1

お前誰だと毎日海が聞きに来る
まだ5分あります僕を騙せます
青空のどこかに効いているワサビ
釘抜きが頭の中に落ちている
あんたと波が私を通り抜けたんだ
急須からチゴイネルワイゼンなど注ぐ
芍薬の白は打楽器だと思う
前髪を上げると削除キーがある
るるるると月は滑って僕の手に
バックしますもめごとがあるようですが

最初の海の句にも感じることなんですが、
芍薬の句とか月の句とかはとくに、カメラのレンズを覗くむさしさんの姿が背後にみえるような作品たちだと思いました。
わたしもシロートなりに写真とるのが好きなんですが、たとえスマホのカメラであろうが、被写体をずっと見つめてるととんでもないこと思ったりするわけで。
まあ、間にレンズがあろうがなかろうが、川柳はそういうものだといえばおわりなんですけど、ね。
いろんなタイプのおもしろい句がいっぱいあって、改めてむさしさんの総合力(?)を感じた句集でした。

さよならはトンボの羽根の味がする

これ、たしか、どこかの大会かなにかで、わたしがトップで採った句です。
好きな句と出会ったときのことはぜったい忘れない。
舐めたことあるんかい、トンボ、しかも、羽!(表記、こっちのほうがただしいとおもう)と、ビビったのでした。
トンボの羽のパサパサ感とか、実際に舐めたことがなくても、なぜか「苦い」と想像できるところが、
甘くなりがちな「さよなら」を中和してると思ったのでした。
いまでも大好きな句です。


というわけでお彼岸でしたので、車で40分のうまれ故郷へ行ってきました。

ことしはちょっと早すぎちゃったかなー、な彼岸花たち。

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ここで生まれて、ここで死んでゆくとばくぜんと思ってた。
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水はたんぼからここへ。
いや、逆だ。
ここからたんぼへ。
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まだ幼いえだまめ。
実がぱんぱんになったらもらいにくるからね。
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で、まりんさんです。
おひさしぶりです。

ボール遊びのとちゅうで、ベランダ方面が気になったもよう。
あ。なんかいる、そと。
(ちなみに鳥が帰る時間でした)
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わ。
ボールおとしちまったよ。
それ、わしの。拾え、かいぬし。

まりんさん、さいきんどんどんオヤジ化してます(泣)
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by nakahara-r | 2015-09-27 17:37 | 川柳

ランとLANとRUNと、ら……

ねじまき帰りです。

本日の司会は凛ちゃんでした。
ときどき点入れたひとの名前まちがったりして、笑いを誘うところなんかとてもキュート。
出席者が多かったので時間配分とかたいへんだったと思うけど、
きっちり最後までいって時間ぴったりに終わったという、なあにがキンチョーしてるんだか。

ねじまきはひと月にいちどの、貴重な場。
毎回かんじることなんですが、作品のいわんとするところはいうに及ばず、
一句を形成する語の役割が作者の意図通りに機能しているかどうかを確認させてもらえる。
そういった信頼できる読み手がいてくれる、それはもう望外のしあわせであります。
ときに見透かされることも含めて。

結果は欠席選句が終わってからUPされますので、待ってね、どうぞ。


短歌や俳句とちがって川柳では本歌取りはほぼ不可能というようなことを、
さいきん出会ったひとにおはなしたばかりです。

ところが、です。
「おかじょうき」7月号にこんな句をみつけました。
なぜかわからないんですけど、むしょうに惹かれる一句でした。

数学教師よ、ラン!ラン!虚数ラン! 柳本々々

反射的にあたまに浮かんだのがこの歌。
チョー有名なこの歌が下敷きになっているのはあきらかです。

言葉ではない!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! ラン!   加藤治郎

加藤さんはご自身のブログWAKAで、!を「エコーテストで表示されるもの」と明かされています。
びっくりマークじゃなかったのか!!! です。
むずかしくてよくわからないんだけど、コンピュータ言語ってゆうことですよね。
ああ、だから「言葉ではない」のね、と(いや言葉なんだけど)思ったことなど思い出しました。
なにが言いたいのかというと、加藤さんの歌の「ラン!」は「LAN!」なんですね。「RUN!」ではなく。
では、柳本さんの句の「ラン!」はなんだろう。
そもそも「数学教師よ」とわざわざ読点付きでおだやかに呼びかけるわけなんですけど、そのあとのスピード感たるや、圧倒的です。
いてもたってもいられないほど焦る、数学教師。
わ、わ、わ、えと、えと、、、、わー!!! って走り出すかもしれない。

あ、わかった!
わたし、この句、すごく朗読したいです。
音にすることでなにかを伝えることができる句のような気がします。
朗読したくなる句、そこに惹かれたのかもしれません。

ちなみに虚数って i であらわすらしいんですが、! が逆立ちしたみたいでおもしろいですね。


by nakahara-r | 2015-08-22 20:00 | 川柳

戦艦を掲げ関口模型店は夏

八月も終盤ですね。
タイトルは旧作です。

子どものころ、弟が途中で放り出したゼロ戦のプラモを完成して以来、
いっときプラモ作りにはまりました。
水に浸したシールをピンセットで慎重に貼る作業とか、
セメンダインの匂いとともにわたしの中では真夏の記憶でありつづけています。
もっと大きくなったらぜったい戦艦大和を作るんだ、という野望がありました。
いや、作りませんでしたけど。

なかなか時間がとれなくて更新が滞ったままでした。
「時間というものは作り出すものです」と、
ずっと前にだれかに言われたことを思い出して、
なにかに平伏したくなるような今日このごろではあります。

周回遅れの感想です。

「杜人」2015夏号より
しっとりと濡れて崩れてゆく路肩  鈴木節子
最後の「路肩」がガツンときます。
こうして表現されると路肩もまるでいきもののようにみえて不思議。
ってゆか、たぶん鈴木さんにとっての路肩は、とりわけ今にも崩れそうな土の路肩はとても親しいものなのだろうと思います。
もしかしたら、そんじょそこらの人間よりも。

新しい紙を汚したほっとした  加藤久子
わかるわー。
便箋でも画用紙でも、もっといえばこの記事が書かれる前の枠であっても、
最初の一文字、あるいはただの線がそこに記された瞬間に、「新しい紙」にあったあらゆる可能性が消滅するんですよね。
なにかもっとちがうものになれるはずだった未来が決定されてしまう。
まっさらなものがあらかじめ持っている可能性を奪うこと。
そういう畏れのようなものを「新しい紙」はぐいぐい押し付けてくるような気がします。

アイロンは皺を押し出し初夏へ  広瀬ちえみ
滑るようにすいすい動くアイロンのさきっちょが、勢いあまって空中に浮くような、そんな景を見せてくれる句。
そういえばアイロンの先は三角で、船の舳先に似てますよね。
爽やかで明るくて音楽的で、初夏という季節がみごとに捉えられています。

逃げられぬ色とりどりの画鋲から  佐藤みさ子
逃げたくなるようなことってありますよね。ってゆうか、わたしの場合、そのへんにごろごろ転がってます。
日常なんてそんなもんよ、と悟れるほど人間ができてはおらず。
だけど逃げられないってことだけはちゃんとわかってる。
壁のあちこちに黄色や青やオレンジの画鋲が残っていて、
その画鋲がとめていた絵や写真やカレンダーにまつわる記憶も残っているのです。
非在であるがゆえに色濃く。


たびたびご紹介している、柳本々々さんが「あとがき全集。」の8月12日の記事で
日の丸やベープマットの小さな灯」 をとりあげてくださっています。
ありがたし。










by nakahara-r | 2015-08-19 22:42 | 川柳

こんなときだけど鳩の脚ピンク

タイトルは、ねじまき7月句会、題詠「脚」の提出句。
その、ねじまき句会は「ねじまき#2」に向かって始動しております。
現在、密談中。

だから(なぜに順接?)元気です。

暑くてだるくてげんなりはしてますけど。
10月から朝日カルチャーの講座がもう一コマ増えることになりました。
第1、第3木曜日の10時から12時までの枠で、初心者のための「はじめての川柳」です。
受講者、鋭意募集中です。



いろいろご紹介したい本たちがたまってます。
順にご紹介していきますので、気長におまちください。


「杜人」2015夏号で、ねじまきメンバーの妹尾凛さんが、「バスに乗って」と題して、なかはらの作品に触れてくださいました。
な、なんと5ページに渡る記事で、しかも巻頭です!
凛ちゃんへの感謝は言うに及ばず、「杜人」編集部の懐の深さったら。だって同人でもなんでもないわたしですよ。
ありがたくもおそれおおくもあって、なんだか言葉になりませんでした。
ともかく感動しました。と、お伝えしたく思います。


あざみエージェントさんから、こんなに美しい本が出ました。

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俳人の松本恭子さんの句集『花陰』と
エッセイ集『ちぎれそうなりんごの皮の夜祭り』。
猫好きのひとは必読です。

印鑑を押すくちなしの花の下
ギイと泣く夜の戸口の俳句かな
白鳥のやうに死にゆく猫を胸のうへ
一匹の蜥蜴花陰で泣くらしき
窓あけてある淋しさダリアの家
アネモネの夜の奥のそのまた奥
きれいなきれいな話しながら蚊を打ちぬ

ラベンダーと白の地に金色のタイトル。まるでふたごのような。
村上春樹の『ノルウェーの森』の赤と緑の上下巻を思い出しました。
題字も松本恭子さんなのだとか。

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ここんとこ、暑さにへこたれてるらしく、
わたしが帰宅するまで、ごはん待ってるんです。
エアコンが効き始めると、食べる気になるらしいです。


ごはん、もうすこしください。
(夜だと目が光って映ってこわいですね)
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あ。
雨ですか?
すんごい音してるですよー。
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by nakahara-r | 2015-07-30 23:03 | 川柳

向日葵に胸があってはなりませぬ

タイトルは、ねじまき6月句会の題詠「胸」提出句。

6月も終わりますね。
もう一年の半分が過ぎたかと思うと、意味もなく焦ります。

さっきテーブルの足につま先をおもいっきりぶつけて、痛みがあたまのてっぺんまで届いたのでした。
泣きたくなったので、思い切って泣きました。
こういうとき、一人暮らしだと気が楽です。
だれにも気を使わないで泣ける。
だけど、まりんさんが心配そうにみつめるので、しかたなく泣きやみました。
ああ、すっきりした。
精神的な要因では泣かないのに、肉体的な要因で泣く、というのはどうなのか、自分。
とつっこみをいれたところ。


「びわこ」6月号から

母さんが両手でしぼる菜種梅雨  谷口 文
奥の間で母がくしゃりと潰す箱  北村幸子

チェックした順に引いたら、たまたま母の句が揃ってしまいました。
娘の視線がとらえる母、というのは特別で複雑です。
菜種油ではなくて、菜種梅雨をしぼるような得体の知れなさ。
<両手で>とありますが、だいたい雑巾でもなんでも絞るときって両手ですよね。
なのにわざわざ<両手で>と書かれることによって、読み手にとって、なにかをしぼる自分の手の動きを追体験しやすくなるという仕掛けがあるのではないでしょうか。
次の<奥の間>の句。
奥の間という隠蔽された場所で、なにが入っているのかわからない箱を潰すような怖さがあります。
<くしゃり>という擬音が怖さを助長してて、もう、ほとんどホラーです。
その怖さというのが自分の投影であることを、娘である彼女らはよく知っているのです。

アナウンスされた番号から散るよ  久保田 紺
病院とか、銀行とかでしょうか。
「24番の番号札をお持ちの方は3番窓口へどうぞ」とかいうアレですかね。
だから、この<散る>は「番号札を持ったひと」であるはずで、人があちこちに<散る>のになんの問題もありません。
ところが<番号から>という省略のために2とか、4とか、5とか、数字が花びらのように散る光景が連想されます。なんだかとってもデジタルですね(意味不明)

私の声がちゃんと出てるか桜島  街中 悠
わたしの中でわたしが溺れてる  藤本 花枝

またまた、偶然にも<私>と<わたし>が並んでしまいました。
以前、俳句の友人に「川柳はわたしわたし言いすぎる」みたいなこと言われて、深く同意したことがありました。
でもね、弁解すると、ことほどさように、川柳書きは自分自身を信用していないんですよ。
自分という存在が自明ではないところからしか発語できないのが、川柳書きのサガではないかと思うのです。

軒下に仕立て屋の札すみれ咲く  増田雲水
いいですねー。
「軒下」といい「仕立て屋」といい(しかも札!「着物仕立て〼 とかいうヤツですかね)ちょっとレトロなにおいがします。景だけで成り立っているところなんか俳句っぽい仕立てなんですが、こうゆうのも好きです。
風が吹いてて、札が揺れてるとなぜか確信しました。

ふりかなは背中に付けておきますね  月波 与生
ああ、それはご親切にどうも。と言いたくなりました。
だけど、なんの背中なのか、謎。
そもそも<ふりかな>をふられるべき漢字(あるいは外国語の固有名詞)はどこにあるのか?
たとえば、ものすごく理不尽なことを言われたとき、その相手の背中に理不尽さのみなもとを感じたりすることもあるよなーと、ふと思ったのでした。

裏側が磁石になっている四月  峯裕見子
いや、おもしろいです。
で、冷蔵庫とかにぴたっとはっつけておくんですよね。
ピカピカの新入生や新社会人たちであふれる四月ですから、落っこちたり風で飛ばないようにぴたっと。
ちなみに12月だと裏起毛とかになってるんですかね。

この朝はカーテンとしてどうなんだ  徳永政二
いや、どうなんだって言われても……。
と、カーテンくんが困惑してる図が浮かんできて笑えます。
たぶん作者の思惑とは違う朝だったりしたんでしょうけど、<この朝>って言われるほど他人からみれば特殊でもなくて、それはカーテンとはなんの関係もあろうはずはなく。
まあ、そんなことは百も承知で八つ当たりされてるんではないでしょうか。
穏健な作風の徳永さんには珍しい句だったので、なんかうれしくてニヤニヤしてしまいました。

三角がかたんことんと来てくれる  小梶 忠雄
三角形が動くとすれば、まさに<かたんことん>と音たてるでしょうね。
めっちゃかわいいんですけど、この三角。
しかも<来てくれる>んですよ。
「さよなら三角、またきて四角」という歌かな、囃子言葉かな、そんなのありましたよね。
トライアングル、冬の大三角形、三角関数、三角関係、壮大なものから卑近なものまで、三角ってすごいなあと思います。この句をみなければ三角について考えることなどなかったはずで、まさにそういうところが川柳を読む楽しさなんじゃないかと思います。
by nakahara-r | 2015-06-28 23:40 | 川柳

魔法の数と揺れる記号たち

川柳スープレックスで「鹿首」の作品をとりあげていただきました。
飯島章友さん、ありがとうございました。

肌寒い日が続く、ちょっとへんな梅雨です。
気圧が不安定なせいか、偏頭痛に襲われたりしますが基本的には元気です。

そんななか、俳句ハガキが届きました。
タイトルのグラデーションがうつくしい。
西原さんが赤系で金魚、笠井さんが青系で目高、というところも洒落てます。

その男さみし首から上が蠅 西原天気
六月や切手を舐めて雲を見て
首から上が蠅! 不気味とか怖いとかじゃなく「さみし」というところ、好きです。
むかし「ザ・フライ」という映画がありました。主人公はさみしいひとでしたね、たしかに。
 

夜の新樹すべてのドアの開くたび 笠井亞子
つつがなく夕暮れが来て冷蔵庫
樹の香りが匂い立つ一句です。若葉や樹液のにおいと、もう寒くはないけれど、すこし冷えた夜の空気が感じられます。萩尾望都や長野まゆみのえがく少年たちの夜、を連想しました。

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ご紹介が遅れましたが、俳人の花森こまさんの個人誌「逸」には、楢崎進弘さんの川柳がなんと300句も掲載されていて、とても読みごたえがあります。
隠れ楢崎ファンのなかはらとしてはうれしい限りです。
さっそく今日のカルチャー教室で資料として使わせていただきました。
前半部より10句ほど抜いてみますね。

苦しくていとこんにゃくを身にまとう
何はともあれ時代はいつも冷や奴
あとがきの長さも魚肉ソーセージ
缶詰のパイナップルの面汚し
いちにちの終わりのほうで鰯かな
肉体としての駅舎を通過する
かろうじて犬のかたちの犬眠る
すべり台を滑る三泊四日ほど
かつて岩崎宏美の前髪のせつなさ
もう少し寒くなったら笠智衆

好きな句を抜き出すときりがないのでこのへんにしておきますが、
このほかにも魅力的な句でいっぱい。

そして、うれしいことその2
倉本朝世さんの10句が掲載されています。

砂こぼすように忘れる出生地
この世から剥がれた膝が美しい
生まれてきた日「えいえん」にさわった日

「逸」は定価1000円
興味のある方はこちらまでメールいただければ対応いたします。
nezimaki@coffee.ocn.ne.jp


「おかじょうき」6月号

病院の待合室はすこし黒 横澤あや子
いもうとは原っぱだけを置いていく 横澤あや子
ずっと気になっている書き手のひとり、横澤さん。
「病院」と「黒」、「いもうと」と「原っぱ」の取り合わせは常套とまではいかなくても、いたってふつーなのに、ふつーではない作品に仕上がっているのは、「すこし」と「だけ」という、<限定>ゆえなんじゃないかと思います。「すこし」という限定によって暗そうにみえて、ぼんやりと明るいかんじを与えたり、「だけ」という限定によって、あっけらかんとしてるようにみえて、ちょっと持ち重りがするかんじを与えたりするんじゃないかと。

八時から十二時までの声でした ひとり静
六月を放ると父が落ちてくる 守田啓子
一対一より十対十のほう偉い 田久保亜蘭
数字の句を並べてみました。
かつて俳句の世界では正岡子規の<鶏頭の十四五本もありぬべし>について、「七八本でもいいではないか」と論争が起きたと聞いています。個人的には「十四五本派」なんですが、だって、七八本は穏健にすぎる。十四五本の異常さは「ありぬべし」というへんてこな語法に妙にマッチしているように思えますから。ひょいと掴んだ数であれ、考えて決めた数であれ、一句のなかでどのように作用してるか、ですよね。上にあげた作品たちの数は動かない、と思います。おもしろいですね、数って。

プール大プリンの揺れのト音記号 柳本々々
疑問符がふやけて夜が降りて来る むさし
続いて記号です。どちらも不思議な記号たち。
まず柳本さんの句、「プール大プリンの揺れ」までが「ト音記号」に掛かってます。おおきく揺れたんですね、ト音記号が。あの縦棒の下部が左側にカーブしたその先っちょにある、マッチのあたまみたいなとこが揺れて、揺れは次第にプール大プリンくらい大きくなって、くるくるした渦巻に伝わって、全体が揺れるんですね。プリンの揺れ方って独特でしょう。たっぷんたっぷん揺れるト音記号。ホーミーとか、そんなかんじの音楽かなーと思いました。
むさしさんの疑問符ですが、あれは点のとこをひっぱるんですよ、きっと。
ふやけてるから、点も膨張してるわけで、蛍光灯の紐みたくなってるんじゃないでしょうか。
ね、夜、降りて来るでしょう。
しかし、記号ですら揺れたりふやけたりする。川柳って動詞ですね。



by nakahara-r | 2015-06-17 22:33 | 川柳

液体と気体にわかれ床に就く

タイトルはねじまき4月句会の雑詠から。
句会では二人説、一人説にわかれて盛りあがりました。

そして、きょうは朝日カルチャーの川柳講座、4回目。
題は「中」。
糠床のミスユニバースやら、植木等やら、最中の皮やらで盛りあがりました。

というわけで、はつなつですね。
町は緑、空は青。
グリーンDA・KA・RAをぐびぐび飲みつつ、じんせい生きてるだけで丸儲けってつぶやいたりして。
そうこうしてさぼってるうちにいろんなものが溜まります。
洗濯物も分別前のゴミもいただき物の野菜も読めていない本も。

浮かれてばかりはいられない。

で、「おかじょうき」5月号です。

固いゴミやわらかいゴミ長いゴミ  前輝
なるほどね、そうきましたか。
ゴミ以外にもいろんなモノが当てはまりそうなんですが、
あえてゴミとしたところが川柳的でいいなと思いました。
たとえば「骨」とかだったらそれはそれできれいに決まるんですけど、
作者の思い入れが強く出すぎて読み手を阻むような気がします。
なんの思い入れもないところにふっと引き込まれる作品です。

ですますがわたしをせめるゆれそうだ  柳本々々
私事で恐縮ですが、本気で怒ると丁寧語になるんですよ、わたし。
言い合いになって「ですよね!」とか「言ってました!」とか言い始めると、夫は早々に降参してました。
当時を思い出しながら反省した次第。
丁寧語は使い方によっては強力な武器になるんですよね。
この句、すべてひらがな表記なところに酩酊しているような感覚が出てて「ゆれそうだ」が実感として伝わってきます。
ふんばってください。

弟の左わたしの右に川  守田啓子
姉にとっての弟、弟にとっての姉、異性であるがゆえ、大人になるとおのずとすこし遠くなります。
川の両岸くらいには。たぶんこの川は一級河川のような大きなものではなくて、
しかし飛び越せるほど小さくもなくて、幅4,5メートルほどの、対岸の相手の顔が見える程度の川であるような気がします。
橋を渡らないとそばに行けないけれど、声は聞こえるし、表情もわかるくらいの。
大人になった姉弟の、そんな関わり方っていいですね。

サユリストである星形五角形  奈良一艘
なんじゃ、そりゃ。と思いながら、楽しんでしまったので、わたしの負けです、はい。
「星形五角形」で想像するものは函館の五稜郭なんですけど。
ペンタゴン(アメリカ国防省)は五角形だけど星形とは見えないので。
あ、もういっこ。サユリスト(死語ジャマイカ?)から百合の花のかたち。
こういう作品って解釈じゃなくて語の繋がりのおもしろさを楽しめばいいのかとも思います。

言い含めるように遮断機降りてくる  熊谷冬鼓
ああ、これはわかります。
遮断機が降りてくる速度というか、警報との微妙なズレとか、カクカクした降り方とか、
そういったものみんな「言い含めるように」と捉えられたんでしょうね。
作品の感想に作者の人柄を持ち込むのは邪道かもしれませんが、否応なく反映されてしまうものって個性といっていいのではないかと思うのです。

いっせいに桜が咲いている ひどい  松木 秀
この「ひどい」はいい。
めちゃくちゃいい。
たった三文字の「ひどい」のなかに、ありとあらゆる感情が詰まっているような気がします。
一字空けに茫然とした空白の一瞬が再現されていて、臨場感あります。

去るのなら白い絵の具は置いていけ  月並与生
んなこと命令形で言われても、というツッコミはさておき。
色鉛筆だと白は最後まで長いまま残るんですが、絵の具はちょっと違う。
印象派の画家たちは白をたくさん使いました。
光を再現するため。
たいせつなひと(たぶん)に去られると真っ暗になりますから、光は必要。
と、解釈するのは無粋かもしれません。
この白い絵の具は作者にとってはいちばん不要なものかもしれませんし、不要なものであるほうが作品的にはおもしろいと思います。


久保田紺さんの句集『大阪のかたち』川柳カード叢書3 から
3ということは1と2があるのですね。(奥付には記載がないのでどんな既刊本があるのかは不明)

やさしいところが曲がるんやと思う
泣きながらそっと一マスあけはった
線路が曲がるくらいおこったはるねんて
『大阪のかたち』という句集名に象徴されるように、大阪弁をうまく生かした句が多い。
緩衝材のように置かれる方言には読み手のほほえみを誘うちからがあると思います。

水嵩が減ってかあさん見えてくる
回ってるからとうさんはだいじょうぶ
いもうとは案外伸びるゴムのひも
家族をモチーフにした句もまた多い。
紺さんにとっての父、母、弟、妹がどのような存在であるのかがうかがえて、「家政婦は見た」というフレーズがあたまのなかにふっと浮かんだりしたのです。

もらわれてゆくための箱組み立てる
よいにおいふたりで嘘をついたとき
箴言のような句たち。川柳は哲学にも通底するものがあるように思います。
(ちなみに110Pに「よいにおいふたりでうそをついたとき」というひらがな表記の句も収録されているのですが、これ単純ミスでしょうか?)

椎茸にしてくださいと湯に浸かる
もういやと鳴けばもういやという名前
痒いなと思ったら結んであった
これらの句群はわたしの手持ちのコードでは読み解けないのですが、好きです。
「椎茸」も「名前」も「結んであった」モノも、作者にとっては明確なきっかけがあるのだろうと信じられるのです。
それはたぶん、非現実的なことが書かれているにも関わらず、現実の世界とどこかで(あるいはなにかで)接続しているような気がするからかもしれません。

楽しい句集でした。


by nakahara-r | 2015-05-21 23:56 | 川柳

運命という名の糸こんにゃく

連休が終わりましたね。
おしなべてゴールデンなお天気でよかったです。
遠出もせず、かといって家にも籠れず、どっちつかずの休日をけっこう楽しみました。

とかゆってるうちに時は五月。すでに立夏です。
きょうは朝日カルチャーの「やさしい川柳」講座3回目でした。
「緑」もしくは、「みどり」あるいは、「ミドリ」で一句提出してもらい、一句ずつ鑑賞していくスタイルが定着しつつあって、質問も活発に出てくるので、わたし自身が楽ませてもらってます。感謝。

では、棚に積まれている柳誌から。
「川柳フェニックス」は丸山進さんの瀬戸の教室の会報誌。
丸山さんという指導者を通じて初めて川柳を知ることは、川柳との出会いとしてはとても幸運なことであると思います。
作品のなかに朝日新聞の「東海柳壇」の入選句が散見されるのもうれしいことでした。
一句ずつご紹介。

「川柳フェニックス」No.4 より

このままで挑発的な皿になる 安藤なみ
ストレスが頭に来たら上手投げ 松長 進
この道に私の好きな路地がある 稲垣康江
菓子折りが涼しい顔で頼みごと 安井紀代子
来るものは拒みませんと湾になる 三好光明
君待つ樹甘夏一つ揺れている 高田桂子
助手席でシートベルトをする西瓜 前田トクミ
お尻だけ皮を張るのを忘れてた 水谷克行
香ばしい男がひとり焼き上がり 高橋ひろこ
音姫と私トイレでする輪唱 田地尚子
内閣もパチンコ台も入れ替わる 北原おさ虫
無駄骨も納骨堂に安置され 太田昌宏
マックィーンに似た人がいて今日は晴れ 安藤香代子
今日の日はドの音かなと日曜日 平子久仁子
パンくずに群がるボラは就活中 岩佐正彦
傭兵の求人もある古本屋 深谷江利子
回遊魚くるくる寿司で失神す 坂下昭子
噴水に持ち上げられて落とされる 丸山進
世界はねこの世とあの世しかないの 丸山進


「びわこ」5月号より

今月の表紙は大西菊水さんの10句。
天衣無縫というか、無邪気というか、楽しい句群です。

純白のびっくり箱が開きました 大西菊水
あの赤の中へ体を埋めに行く 大西菊水
あの、その、この、という指示代名詞は危険物扱いなんですよ、私の中では。
安易に使うと思わせぶりな句になりやすいというか、さもしいかんじがするんですよね。
だけど、この句の「あの赤」は〈ぶり〉ではなくて〈思わせる赤〉だと思います。
あれ? 意味不明ですか? 意味不明ですよね。えと、がんばります。
「あの」と作者(話者)が指差した先に、読み手は(具体物であれば)夕陽とかトマトとかスイカとかを見てもいいし、もっと抽象的に赤い記憶を想起してもいい。思わず体を埋めに行きたくなるようなそんな記憶。
あぅ。なんか百恵ちゃんの赤いシリーズとか思い出してしまったではないですか。

今回いちばん好きだったのはこの句。

狭かったんですと糸こんにゃくは泣く 久保田紺
なんていじらしい糸こんにゃくでしょう。ごめんね、わたしかも。お弁当にぎゅうぎゅう詰めたことあります、すき焼きの残りの肉のかけらといっしょに。だって、そのための糸状でしょう? 〈糸こん〉なんて略して呼ばれることも含めて、うんめい、なんですよ、糸こんにゃくの。
久保田紺さんはこんな句も書かれています。
意志の及ばぬところで、あってはならぬことが起きる。それはたいへんだなあと思った次第(違っ)
スカートの中が光って困ります 久保田紺

by nakahara-r | 2015-05-07 22:19 | 川柳