カテゴリ:川上三太郎『孤独地蔵』( 41 )

これが次代を

 これが次代を

不眠症百算へては眼をひらき
赤ン坊も保健婦も肥え海みどり
明けがたの医者蒼白く見護つて
恩給も内助の妻はすでに額
白鷺の首がひよいひよい青田から
寝そびれて一夜の旅の水を飲む
学生に背負ふ仕事あり笑ひ合ひ
新年会続いて家の鮭茶づけ
車夫溜まり火鉢ではない火が起り
冬の月鍛冶屋の土間に火華あり
殉職も準殉職も同じ人
おむすびを母三角に娘は丸く
社長室そこから見える靴磨き
白き花つひに散るあり透き通る
お隣家の娘の素脚拭き掃除
舌打ちをしてからボタン探す朝
倖せは玩具買はれて見送られ
ロカビリーこれが次代を背負ふ群か
ルージユ濃き娘に使はれる母となり
よくもかう曲げたと思ふ竹細工
母の眼に手術は光る物ばかり
夕ざれば死せるが如く冬魚の
芋俵故郷の泥が土間へ落ち
またの名を鬼と呼ばれて所得税
大晦日持たざる者もふところ手
うららかさ今日屋上は子の世界
稲光はつきり線路見せて消え
学生の靴のまんまで職がなし
モーニング博士も齢は争へず
面会所客にも同じ湯呑みが出
蒼白に匂ふ蛇屋の飾り窓
赤ン坊の口がとンがる好奇心
上役に負けて明日の弁当函
海猫が哭くひとをうしなひしひとに
勝名乗り片手で三つほど刻み
それだけでいい父に似よ母に似よ
冬の石榴枝がマミムメモと残り
そよ風へ子の夢ぽうつと浮いてゐる
言ひ負けて子の齢を訊く子煩悩
子を連れて暫し口あく満員車
雲真紅孤愁もここに極まれる
子も産まず子を欲しがらず夫婦食ふ
冬の犬すべてに飢ゑて風を咬む
口あいて父も昼寝の齢となり
外食券一枚自らをまもり
来るぞ来るぞ幻の魚美しき
冬の街深川の姉マスクして
酒の翳友の盃にもありし
日本語だ素敵上陸第一歩
一月の米はあらかた飲むべかり
庭の陽炎も微熱の子に眩し
松の内月は銀ほど尖つてゐ
守札昼寝する子の脇の下
書きにくい筆らしいけど提灯屋
まだ天に勝つて被告はあざ笑ひ
運転手客へ気になる後頭部
貧乏に負けぬ子の眼の人を射る
饅頭屋もう氷屋の客がゐる


by nakahara-r | 2006-01-01 10:26 | 川上三太郎『孤独地蔵』

じろりじろり

 じろりじろり

月光に螢は呼吸するばかり
うららかを逆さまに見る角兵衛獅子
投売は地震如きに眼もくれず
病人へ朝の光が頬の辺
かげぐちの口も狐に近くなり
夫婦相和してはゐるが月給日
恋を得て恋失つてそれで老い
鶴の檻はかなきものを泥鰌に見
摘み草にあつちの方も声を上げ
野蛮人靴を拾つて一評議
山の幸椎の実一つ掌に乗せる
ミスニツポンの哀れな舞台顔
焼芋屋銀座へ少し煙を出し
ウヰスキーそろそろ卓へ肱をつき
外人が察して英語つつがなし
片方の手は遊んでる好い電話
一軒家わが子無惨なエゴイスト
猫に咽喉鳴させ冬は陽を恵み
そもや吾子の見つむるところ塵もなし
タイル風呂父は十キロあるやなし
鉄工所とても頑固な溝の泡
電気屋の踏台あんなものでよし
駅弁の蓋にはかなき紅しょうが
春が来た弟の影兄の影
百二歳めでたがられてひとりぼち
晩酌を家中でじろりじろり
年賀状善友よろし悪童も
高島田身をくねらせる日が続き
旅先で買つた薬の知らない名
叮嚀なお辞儀へ迷子渡される
水たきに芸者の腕の緋縮緬
託児所へ母も乳房を待ち兼ねて
店持つてこれで取りつく戸をあける
新妻のもう訊きに来る晩の菜
馬の子にただ燃えてゐる春の草
春の夜と朝の間を酔ひ痴れる
この駅の向う十年前の町
党内で派と派歯と歯をむきわめき
割箸で火を掘る通夜も明けかかり
ちつぽけな葬ひ蓮の夜が明ける
そろそろと蠅捕り蜘蛛の身ごしらへ
帰省した二階の人の夏火鉢
迷ひ犬今度は靴のあとへ従き
葱の香のそれも真冬のこころぞや
天皇へ白鳥動く少しづつ
往来を鼻緒が切れて探す物
或る時は歌にもしたいつぶらな眼
喫茶店いつもの席にバツグ置く
出来心嗚咽となつてから崩れ
近道をして公園も役に立ち
ひとしきり咳のみ続く善後策
鉄橋へ汽車が油絵にもならず
町内でいつか野犬になり下り
独り住んで馴れた燐寸の置きどころ
売文のあさましきまで字を算え
箸箱を四本出てくるむつまじさ
忍術は少し空気をかき廻し
朝見れば空家のやうな五色揚


by nakahara-r | 2006-01-01 10:25 | 川上三太郎『孤独地蔵』

今夜のまどゐ

 今夜のまどゐ

玄関番残念ながら国訛
春来る進水船の名もYAYOI
曲がり角から迷ひ犬気が弱い
早起の眼に東京の寝てる屋根
雨に濡れ情痴高まる四十すぎ
ニツポンが空にふくれて桜咲き
兄の我が通り家中シンとする
代読の祝辞自分の名が言へず
けだものへ娘の母の軟化ぶり
団体は少うし冬の仕度もし
老僕の表彰されてただお辞儀
わづらつて悲しがる癖泣かす癖
萬葉集夕陽するどき塗机
踏台の時計人差指が伸び
商人に生れヘイヘイヘイと勝ち
ニツポンに集団スリの稼ぎ高
花活けて母が代つて返事する
古本屋やつぱりチヤンと眼が届き
蠅叩き寺でも慈悲は別と見え
番茶からはじまる今日もしづかなる
肉提げて今夜のまどゐこの中に
屋根に猫地に人午後の貨物駅
平和とは死せるが如し模範地区
黒蟻つぶつぶと庭を暑くする
転業も目鼻がついた底力
東方に国あり仁義人を刺し
老妻は潔癖にすぎ博士老ひ
裏通り新聞に出ぬ昼の火事
東京に生れ小声で済む小言
十二月子の脚長くほそき昼
わが腹が鳴つて侘しい応接間
女房に時計止つたまま三日
黴臭い東京の夜の貸布団
日本人花見に行つて花を折り
金槌で日曜大工指を打ち
旅に出てアンパンといふものを食ふ
ちと腹がへると見廻すひとり者
祝電は眩しい顔へ拡げられ
旧友と天丼二つ食つた齢
国宝になつて仏像居丈高
卒業式終り教員室うつろ
米櫃も久しい糠の四隅なり
女学生教科書にない東京語
樽柿は蟹の背中と同じ皺
そよ風に見る日の丸のやはらかさ
袖畳み衿の楊枝をまた言はれ
歓迎宴正客に見る旅やつれ
底抜けの相場ひたいに脂汗
学問は自由ですぐに歯を鳴し
師を訪へば眼鏡を拭いてただ見上げ
わが顔に夏なつかしや桐の風
無燈火の自転車ガタリガタリ行き
半島に菜の花多しかなしや菜の花
凉台済まないけれど親が邪魔
綸言にあらずきれいな口語体
自分のも一緒に包む給料日
竹屋から買つて出てきて眼がすわり
天に唾して兄弟に金が出来


by nakahara-r | 2006-01-01 10:24 | 川上三太郎『孤独地蔵』

口まげさせて

 口まげさせて

春の昼何処かを通る角兵衛獅子
居候久しい服装(なり)の日和下駄
病人に見せる氷柱に陽があたり
花活けるわが娘に暫し遠くゐる
駅の棚まだ国有にならぬ頃
化粧室斬られたやうに胸を抱き
老掏摸の明治の技もはや呆け
転業の弁当を噛むこの力
炎天に白鷺汗もかかず佇つ
応接間主人が立つたから帰り
日射病富山の薬だけの村
しみじみとよくも見倦きぬ友の顔
新妻の口まげさせてビール抜け
手不足の愚痴食う飯も立ちながら
病院の屋根のひととこ干してあり
初恋の眼にみな燃えるものばかり
わさび漬感涙ぢやない涙が出
ぢつと見詰めると相手は眼を伏せる
どの位食ふか家鴨を野卑に見る
トラツクの色千葉県の砂埃
健康児に育てて三度食ひ抜かれ
金策は眉間へ皺のまま帰り
孔雀みなひろげた羽根にあるふるえ
ノツクしてチョツキの釦たしかめる
真夜中の水道チヤンと出てくれる
警察を出る自動車は覗かせず
猫の歯の如き子の妻の皓歯である
交番も昼の地震へ立上り
サボテンのやうに子福者取巻かれ
出世して会ふとこにする日本橋
食堂のひとときつづく飯の皿
内職の母だけ動く影法師
少し位は子の胡麻化しを聴いてやり
跳ねあがる鯉の全裸の落ち雫
秋風を子も淋しいか路地を出ず
松の内きれいにビール飲んで寝る
初恋に身体一つの置きどころ
満潮に泡だけ残る工場区
抜穴は不安のままに手も使ひ
猫何にあたつたかただ長くなり
また水を飲みに来る子の手と足と
屋根しんしんいま台風の眼が通過
冬の酒三角の胃にまづ届き
豆の蔓取りついてから驚かせ
新聞をなかなか読まぬ大旦那
住職のパナマ大正から昭和
物干で霰はずんでばかりゐる
主従の誓の中に柳行李
地響をさせてオブジエ家に着き
人生は短しされど豆の蔓
茄子の花父の跣足も久しぶり
提灯は大工と解る寒詣り
赤痢もう川の長さと幅に殖え
当選をして半月で頓死する
汁粉屋も定連があるベレー帽
もう何も言へない言葉から涙
心配の真中に来る婦人記者
珍客にやあやあといふ日本語


by nakahara-r | 2006-01-01 10:22 | 川上三太郎『孤独地蔵』

用なきままの

 用なきままの

命日を母の白髪のあとに坐し
独りゐて地震に気づく棚の物
大それた事立聴きの身にあまり
わが家ではないが案じる救急車
忙しくなつた手品の左右の手
生字引死んで湯呑も一つ減り
茶を入れる老妻に碁がはかどらず
あの笹竹煌煌と光りだして夏だ
ラヂオ劇馬は律儀な音で過ぎ
朝靄を鶏馬人とあらはれる
旅役者故郷に残る幼顔
村会は背中が丸くなつて更け
靴磨く妻も久しい小役人
詫びてゐるのでよく動く影法師
徒食して親子二代の立候補
銀行に来るまでニセ札の動き
何気なく洗ふ入歯の手暗がり
狂犬のあとを従いてく蠅五匹
連絡船用なきままの救命具
咲くにつけ母校の老樹散るにつけ
客の子の無理にウチの子口をあき
頼信紙一字余つて指が要り
一筋に気ばかり尖る受験生
廻り道月はすすきへ水のやう
マーケツト大火事となる日と知らず
平面図硬骨技師は肯ぜず
酔ひざめの水は咽喉から真二つ
働いた靴は明日も頼む靴
末弟と同窓になる十五年
帽子掛学帽グニヤグニヤグニヤと落ち
蛇がくれた知恵が日本のストリツプ
菩提寺もいつか工場地区の中
よく喋る勧誘員の鼻の穴
初陽きりきりはつきり雲と海にする
食堂のメニユーも五銭づつ騰り
空つ風今朝白菜を漬ける樽
虫の声明日旅に発つ子は二階
出世してまた飯食へぬ日がつづき
かみなりは本所へ去つた船世帯
爪びきの足はどうでもトンビ足
むずかしい表情たかが金魚釣り
兄さんの顔だんだんと親父に似
唖の子も凧が上つて靨が出
草分けの名なんぞ知らぬ工場主
夕刊へ今度は妻としての手記
世の中に砂糖醤油といふ不味さ
何もかも空つぽだつた行倒れ
ここからは番地が知れぬ寺の崖
日曜の妻に少うし使はれる
臆病ぢやない警官の忍び足
酔痴れたオーバーの底のアルミ銭
見当をつけては見たが昼の火事
縁の下別に役立つ物もなし
映画劇場父も泣いてるのが嬉し
秋の川映つた人も物思ふ
吾子癒えて座布団ぐるみ陽を与へ
名所もう何やら小唄出来てゐる
オーバーを脱ぐと暖冬湯気が立ち


by nakahara-r | 2006-01-01 10:20 | 川上三太郎『孤独地蔵』

よくも妻の名

 よくも妻の名

干す物を干して水飲むおかあさん
もう医者の帽子は早し夏となり
大阪によくぞ生れた一人ツ娘
もう一つ吊革がある急カーブ
沈丁花彼女書斎に立ちつくす
親の声に子の声混り陽をもらふ
通過駅花嫁らしい五六人
五ツ紋着終つて咳二つ三つ
生命売りますも卑しい十二月
空振のクラブの風は伊豆の風
大銀杏こゝに久しい老易者
おめでたがつづいた母の好い鼾
ピクニツクこの令嬢も好い身分
避妊薬笑ふ悲劇に泣く喜劇
六月の蠅の生活おもしろや
和英辞書読めばなるほど日本語
中国にハエがゐるとは有難し
弁当の飯と同じな夜の飯
ホテルしんかん深夜の海の動き居る
やめたかと見ればボウフラまた踊り
美談とは誰にも出来て誰もせず
日が暮れて蛙の村となりにけり
縁日の夜空がまるい靄の中
日曜の新聞に子も見るところ
二十年よくも妻の名呼びしかな
肝臓はたしかにあつた二日酔
一本松洋館ばかりあざやかに
犬の子の何か噛んでて誰もゐず
扇風機金が親孝行をさせ
ゆすぶつて唄つて背の子と貧し
湖夜半実に映るもの何もなし
上着なぞ脱いでボーナス午后に出る
ポータブル二等車の客趣味が知れ
旅の母娘駅弁でないのを開き
凧切れて高いと知つた冬の峰
ツバメ号もう駅売りに国訛
大漁に犬も興奮駈けて吠え
金持の犬の大きさ腹が立ち
長男は次男を見上げ叱るなり
晩酌は子の食慾にちと呆れ
生きものの記録三六五夜眠る
知事選挙これは人間出馬表
早起きの女中に咲いてくれる花
春風に真綿のやうなうさぎの子
つらあてに死ぬ抵抗のはかなさよ
耳を貸す眼は襖を見天井を見
高圧線そこから川の中となり
音もなき春雨おもひ母娘縫ふ
落ちぶれた友見あげてる夏羽織
ヘエこれが空気と太鼓持は吸ひ
いい天気動物園はみな寝てる
石ぢつとしてゐるだけでそれが役
仲裁の両手の上の顔の色
ウニが名物で夜半も波の音
女の子タオルを絞るやうに拗ね
下町に住んで田作(ごまめ)も箸の先
事業慾うなされてゐる父の皺
晩酌の二本目何気なくせしめ


by nakahara-r | 2006-01-01 10:19 | 川上三太郎『孤独地蔵』

一本の葦より

 一本の葦より

雷へどうにもならぬ膝を抱き
ランドセル今日写生した画がはみ出
町ことば娘のくせに水を飲み
貧しさを見たり火鉢の懐炉灰
青空の下の母子に草摘まる
アベツクも団扇持つたは夫婦づれ
母笑ふ母の短歌の頃の齢
食堂車子供ばかりに喋らせて
出勤のあと新聞に居崩れる
息子のを借り靴下の派手な脚
子を抱いていつかかたちも父となり
子の鼻に皺が二つ好いお顔
絆創膏はじめくれたは小さすぎ
初奉公妹がくれた便箋で
居候君は昨日の雀だな
刈り終えて案山子も家族土間に寝る
迷ひ犬残念ながら猫に負け
蒟蒻屋桶へ肱まで入れて売り
昂然と棄権する子に言ひ負ける
慌て者とにかく水を飲ませられ
尼寺の早寝へ月が銀のやう
赤とんぼ二匹づつ虚空に静止
アジビラに飢といふ字が多すぎる
分譲地そのまま風の秋になり
解散で故郷へ襤褸を着て帰り
愕然と女中転寝からさめる
鳩あまり降り立ちすくむ女の子
高い丘わが子の両手みなあがり
昨日来た女中のモンペ身について
北風に子供も今日は家にゐる
手を執つていただいてゐるマニキユア
一本の葦より怖い稲の折れ
犬に見る生命といふすさまじさ
酒とろりおもむろに世ははなれゆく
肱突いて飲むおでん屋も五年経ち
引揚げへ御苦労さまの文字も剝げ
オルゴール愛は昔を今にする
蚊帳つるに梵妻白い肱二つ
二日酔鎌首というものをあげ
踏切番それから先は夢のやう
雑草に水なく石が石圧す
初奉公嘘をつかれた溜涙
利をつかむ学生野狐になりおほせ
冷然と秀才の道ただ一つ
河豚釣つて釣魚といふもの淋しがり
縁の下下駄も根よく履けるもの
オールスターキヤストで曲馬飯を食ひ
留守番の無念はあまり晴れすぎる
令嬢が拗ねてて廻り椅子廻り
風呂敷でお使をする犬の顔
蟇いまの地主に引継がれ
本職にする内職は可哀さう
豊作は五年配給二十年
箸紙にわが子のかしこまるを見る
婆さんを腰かけさせてちとよろけ
ハンモツクポコンと寝てる子の重み
のんでからもう一度読む風邪薬
物置の物にぶつかる冬の脛


by nakahara-r | 2006-01-01 10:17 | 川上三太郎『孤独地蔵』

あなたの青春

 あなたの青春

伝送の写真ボツボツ顔になり
転業のいつそ気安い服で下駄
三度目のお預け犬は帰りかけ
音響制限法に教祖はこだはらず
お迎火浴衣が長い次女三女
卒業をして本箱を広くする
その外の芸は持つてる怠け者
白菊の一等賞に見る驕り
近道をして待つてゐて同じこと
長男に店を任せた竿の先
万歳を片手で済ます紙テープ
犯人の脚と刑事の脚の泥
アパートのお茶はコツプで母へ出し
青空やあなたの青春にぼくの青春
鋼鉄に落ちたコツプの破片光る
豪華船昼を欺く海となり
それぞれにたたみいわしは貌をもち
花嫁が来た来た来たよ裏通り
母と住んでつくづく母は薄命ぞ
名人は口もきかずに湯へ出かけ
左きき倅は右で箸を持ち
急用に二三度動く咽喉仏
有名になつて葉巻もむらさきに
よく燃えぬ焚火みんなで涙ぐみ
夜が明けたけれど豆腐屋手暗がり
ラヂオ体操子供の声と親の声
頼信紙役に立つてる左の手
リノリユームあれは社長の靴の音
両手かける眼の見えぬ娘のスープ皿
肘枕不景気に馴れ雨に馴れ
病人の身体の長さだけ温み
百姓の字でよし米の詩が生れる
独楽のするどさが微音微音微音
も一つのあたまでたどる二日酔
母校とは父子二代の庭の樹樹
嬉しさに引くり返る犬の顔
居候標準語だけ身に残り
運動会幼き頃の青い空
稲の穂に知る日本の夏の土
五ツ紋家系を誇る白皙な
影法師書斎にしても動かざる
風が出てきて白鷺の顫ふやや
子沢山一人の帯はタテ結び
友だちの顔好きな顔好きな声
天守閣農工商へ驟雨する
蝶々のはるばる来たか憇ふ呼吸
代役を労はつてやる一幕見
亡き母の本から落ちた銀杏の葉
先代が開拓をした人通り
十八歳以下でなくとも刺戟され
驟雨あがつて白牡丹かな雫する
立志伝非道の伯父の名は変へる
晩酌も嬉しい猪口の置きどころ
変人に根負けがした犬の顔
探し物だんだん腹が立つてくる
葉がキラリ光つたつきり冬の椎
箸は箸箱に独りの夜となり
裏通り痩せててとても吠える犬


by nakahara-r | 2006-01-01 10:16 | 川上三太郎『孤独地蔵』

ひらひら春の

 ひらひら春の

病人へとてもメロンが高すぎる
覗き込む鼻へしたたかコンパクト
紅葉狩り春は桜を折つた群
柏手は家内安全のみならず
片親の子も手伝つて物を干し
転寝にちと口あいた新夫人
馬方も万策尽きた馬の腹
もう子供一年生のお辞儀をし
集団見合ひ去年と同じ齢で済み
下役にその下役がまた媚びる
娘たちひらひら春のつむじ風
返信料付うまく出て来ぬ十五文字
ホツトドツグ二十分ほど腰をかけ
口まげて今日の課長は言ひ募り
女理学博士の文字の勁さを見
カレンダー動物になり虫になり
石の門疑獄の夫人齢が上
家中でみんな歩いた水の味
教会はたつた五人で声を出し
空気枕畳んだ中にある空気
踏切番老ひ白い旗これも老ひ
フケを取るしかめつ面も十二月
刀鍛冶潔斎をして鶴の如
鶏の親子食ふことのみに歩いてる
影法師一つが立つて寝る支度
風それずすすきの中にうづくまり
出さなかつた手紙の中の国訛
党顧問社説のやうな事を言ひ
晴雨計暫く立つて感に耐え
掛茶屋の犬は首輪もなく育ち
番台の亭主が青い染硝子
仲見世の雨はそのまま灯に染り
夏の風呂しみじみと見る父の尻
脳病んで耐へがたき菜の花ざかり
晩婚の靴に慣れたる脚細し
春が来た市場の野菜みな青し
やはらかな風やはらかな家鴨の子
あちらにも弥次馬がゐるテレニユース
油虫これでは薔薇が可哀さう
接骨医腕力も要るものと知り
集金に慣れた鞄の持ちおもり
姉妹の靴は会社へ学校へ
戸を閉める社宅揃って音を立て
どぜう汁飯食ふ土工髭が生え
鳶の翼うすく渺渺屋根を圧す
東京にこんな夜もある星一つ
ハンモツクわざと鼾をかいてみせ
親の恩海と山とで案じさせ
ソーダ水笊をつぶしたやうな帽
満潮にいつもの石垣が濡れる
奉公も母娘二代の柳行李
ほととぎすここから先は日本海
燈籠が売れて石屋へ陽があたり
うしろから呼ばれてすくむ長廊下
腕時計裸体になつてフト気づき
日本海狂へる蝶の光るあり
人間を乗せて引越し暇乞ひ
スチユアデス英訳をする今日の富士


by nakahara-r | 2006-01-01 10:15 | 川上三太郎『孤独地蔵』

だんだん黝く

 だんだん黝く

水族館の魚の中にも怠け者
日本酒の乾盃に手が大きすぎ
蒼白な顔で遁辞の次の嘘
青春(はる)烈し瞳から唇から言葉から
別室に右翼が詰めて総辞職
はにかみと闘志の中に女子選手
初霰日は椎の樹に暮れ残り
不良少女妹の瞳が胸を刺し
手拭に似たもので拭く鳥料理
叮嚀にお辞儀をされて妻に訊き
冬の土雑草ももうもろくなり
病む姉の方から話す神のこと
雪の声はや聴くすべもなく哀し
おほよその見当へ出る心太
嫁ぐ日が迫つて耳がすぐ染り
友だちの妻へ妻からことづかり
二階から見るとつまらぬ藤の棚
川沿ひに一つたしかな残置燈
担いでるやうに寝てゐる肱枕
炊出しもやつぱり寝ない眼の赤さ
五寸釘日曜大工どうする気
これも友月一割と巧い事
立志伝親孝行をしそこない
駅へ吹く馬車の喇叭も小十年
煙突の煙もゆたかに増資説
金魚売若葉を青く紅く抜け
クリスマス暖かさうな窓は雪
日曜の足下駄穿いてたのしがり
雪の春見る見る光る一軒家
子らやがて身じろぎはじむ夜あけがた
柘榴の芽春へぱちぱち火華する
お師匠さんがゐるきりきりと舞ひをさめ
凡聖一如一月一日はしづか
沈丁花白猫の瞳の妖しかり
雷鳴に顔すら出さぬビルデイング
金借りる土産が海苔の缶一つ
キス釣りに揃えた膝の細さなり
トタン屋根少し上つて無事に下り
夜が明けて鴉だんだん黝くなり
酒とろりとろり水のむこと三日
あかつきに富士恍とありすでにあり
踏切の柵に乗つかる馬の顔
朝の陽に湖きらきらとひろがれる
お元日今年もたのむ机拭く
病室はしんしんと粥煮えてくる
松の花強くするどくひよこ鳴く
稲光白昼かとおもふ竹の数
ひよこ二羽心ぼそくもたより合ひ
南無大悲第二の故郷はエンコです
しらゆきがふるふるふるさとのさけぞ
剃刀にわが子の産毛いつくしむ
椎の昼春の汽笛の掠め去る
パンスケの耳たぶうすきイヤリング
おばあさんに所詮かなはぬおぢいさん
落し物だんだん風が出て暮れる
それぞれを芽にして大地知らぬ顔
タイピスト叩く頸が社長から
妹が諫める涙膝に落ち
薬もう飲まなくていい日のうつろ
一月の風と闘ふうす光
午前十時主婦にひとときある憩ひ
酔ひざめの水の眼だけど子の寝顔


by nakahara-r | 2006-01-01 10:14 | 川上三太郎『孤独地蔵』