カテゴリ:川上三太郎『孤独地蔵』( 41 )

名人のかひな

 名人のかひな

じつと見る石燈籠を売つた金
塗りながら夫の服のあるところ
仲人と一緒に見てるカレンダー
石庭に雪ふりつもる音を聴く
下町の神木刺さる冬の空
二階にも慣れて鰯の焼き加減
シャツクリへ呼吸をするなと親の無理
どうしても歯医者へ行かぬ姉の頬
お元日妻もパーマをかけたらし
朝酒の口をへの字にして叱れ
凡凡と綽名もつかぬ出勤簿
水ばかり飲んでて癒る夏の風邪
五年ぶり雛しまふ娘はすでに妻
サンマ焼く顔が火鉢へボウと浮き
南京虫万策つきてうづくまり
子の病気玉より石になつてくれ
秋の庭夏に咲くだけ咲いた鉢
米二合入る会社の状袋
何がニユウハツピイイヤーかと富士に基地
子を連れてライスカレイも二年ぶり
新聞社こんなしづかな室もあり
前売へ島田が並ぶ師走の夜
水を飲み飲み少女勝気な綴方
星の名にちと嘘があるバルコニイ
お帰りとただ声だけの妻となり
留守居する子は二階から首を出し
柳伸びだすとどうにもやめられず
羊羹に下戸の冥加は茶が入り
引潮へ上手に死んだおばあさん
物干で花火見てゐて盗まれる
図書館の鉛筆ケチに使ふなり
引越して釘抜いたままそれを打ち
百貨店迷子に夫人振向かず
病人の顔を金魚の方も倦き
席を譲られ老人に成りおほせ
爪びきは口で言へない灯を見つめ
春の雨ひととこ陽なためいた屋根
ハイヒールここも何とかいふ銀座
針供養母のすがたを姉に見る
机拭いて二尺の中の好い仕事
驚いてデコボコに立つ牛の尻
海苔干場のろりと通る猫の尻
一月のわが子に風とこの光
母さんが娘の頃のヴアイオリン
姉の子と末子の年と同い歳
ストライキ働かずして食ふべし
好きだつた子が引越して店が閑
税関のチヨークは英語とも違ひ
ラヂオ体操船の父子も靄に立ち
西洋の刺繍に銀の月と船
旅の風呂訛と別に一人浮き
下町の屋根が哀れな花曇
花氷つめたくなつた母子の手
今月も母と子で食ふ晦日そば
隅田川はさんで残る町言葉
亀三箇きびしき冬の池の水
満潮の下駄を戻した小半丁
松の内正に豚児で三度食ひ


by nakahara-r | 2006-01-01 10:36 | 川上三太郎『孤独地蔵』

子は母を呼ぶ

 子は母を呼ぶ

行進曲親子大中小で行き
初陽あり百千万のビルの窓
帰省して暫く借りる姉の下駄
次女肥えて身体一つの置きどころ
早起きの子の体操にまた負ける
箸割つてさて見廻した膳の上
春が来た西洋野菜デパートに
眉剃つた母の写真の傍の僕
まだ取れぬ割前の顔思ひ出し
化かされてゐるのではない蓮を堀り
春の旋風街に騒音人は鬼
奥様と違ふ定食女中食ひ
人だかり解らぬままに暫し立ち
家鴨の子親は率ゐる心もち
医者へ行くまでを商ふオキシフル
ひとりゐて眉間が痛い風邪心地
足踏んで詫びるともなきサングラス
一夜旅友もシヤツ着て寝たるらし
重役の湯呑み薬湯めいてくる
女学校覗けば今日は何か蹴り
朝顔のどうにもならぬあちら向き
帽子掛夜来た友に用はなし
この上に固いものなき冬の鰐
バス一区今日から徒歩の娘の素脚
秋の子に水はつめたく雑魚速く
だんだんと滝だとわかる霧の音
土曜干毛氈にある明治の香
東海に魚あり今日も鰹漁
道楽の果て手に残る猪口一つ
酔払ひ運転映画スターです
夜霧から顔が出てくる医者の門
活動と言ふ母と行く場末館
パパもまた腹がへつてる子守唄
手を胸に追つかけられる夢の中
産院でわが子をさがす足の裏
初めての貯金に借りた子の名前
摘み草に子は母を呼び母は子を
孝行は真似でもやはり金が要り
ハンカチは名残りを惜しむたしになり
かまぼこは日の出のやうに折を出る
秋の陽の赤さの中の赤とんぼ
口論にやうやく勝つた土気色
米俵葬儀へ無名氏で届き
踏切番雪と一緒に忘れられ
春の陽を今日も畳の寸に知る
二日酔魂一つ鼻の先
赤ン坊の正しい寝呼吸教へられ
出迎へた子の上を超す酒の呼吸
日曜に見る着流しの良人ぶり
喧嘩魚覗けば蒼い呼吸の泡
病人は知らぬ質屋の通ひ帳
雑草じやなかつた花になつて知れ
行水の繊手しやぼんに伸びきれず
はかなさを昼の花火のはてに見る
留守番を猫は横眼で油断せず
羅針盤自信の通り富士が見え
人の世ぞ淋しき母になりきつて
引越しに愛犬叱る用が出来


by nakahara-r | 2006-01-01 10:35 | 川上三太郎『孤独地蔵』

はさんで残る

 はさんで残る

余りありすぎて笑はす子の希望
冷奴フオークで食らふ倅ども
両方の手で仲裁は我慢させ
過去帳に顔の知らない兄の齢
世論とはやがて世論になつてくる
収賄に献金とルビふり無罪
資本家の方も社説はたしなめる
河豚釣つた東京湾の鉛色
鮒売も客もしやがんで陽が当り
一月を朝陽に酔つたやうな村
種馬へみんな並んで腕を組み
飲みあかし呼べば何時でも好い返事
大学も二年となつて顎のひげ
一日中歌聞かされて総白痴
展望車もう菜の花に少し倦き
天皇の中折帽子だけが見え
実印のそばから母は苦労性
労働歌だけが唄へる無口なり
鼠算答を出してギヨツとする
孝行はせめて一緒に親と死に
リユツクサツク子は子のやうな膨れかた
鶴の巣へ晴天ばかり約十日
交通安全旬間だから怪我で済み
令嬢の和服湿布の頸ほそし
もう一つあたまがほしい二日酔
除夜の鐘還らぬひとの齢も殖え
新刊を楽しく明日に読み残し
学校へ行く子見送る朝のお茶
五色揚馴染も薄い昨日今日
これでこの友を失ふ金を貸し
頑なをからたちに見る寺の塀
制服に知性鋭き子のあたま
言ひ募る夫婦の上の屋根の猫
引越しにそのまゝ蜘蛛もゐなくなり
稲光せつせと動く雲を見る
人の世のあまりのはてにある微笑
泉岳寺知らず乃木坂なほ知らず
すぐに名を忘れる駅の鮒の鮨
洋杖を地べたへ突かぬのが紳士
歯磨の涎を垂らす日曜日
北風に襟巻ほそき月給日
ハンモツク病人ぢやない高鼾
気の長い話してゐる鶴と亀
洗ひ髪さすが姑も眼を見張り
雀吹雪いて呼吸もあらず空に消え
恩返し手を突きながら詫びながら
炎天を翳もはらまぬ耕運機
生ビールうろたへつつも元の色
お迎へ火芸者になつて十五年
だしぬけに倒れて剣舞威勢よし
御飯粒こぼせば拾ふ齢となり
子福者の長男次男髭を立て
念仏の人一人ゐる暗い家
登る気がある蝸牛考へる
冬が来た海と林檎と異人の子
ああ更けてわが家へ酒の呼吸荒し
喇叭みな光つて終るシンフオニー
警官の美談半年ほど知れず


by nakahara-r | 2006-01-01 10:34 | 川上三太郎『孤独地蔵』

東京湾は鉛色

 東京湾は鉛色
柳の芽それを待つてた水と橋
羊羹の重味を塗箸に感じ
もう一度使ふ蠟燭すぐにつき
潔癖でなく用のない釘を抜き
雲助の直ぐ逃げて行く足の裏
野良猫に官幣大社しんしんと
鶯の摺餌堅気になれた指
口小言別に小言の種が出来
三番叟白足袋の位置たしかなり
猫の子を女工みんなで育てる気
河豚食つて友も強気で夜を別れ
バスガール慣れて言葉も鼻に抜け
本当の無口であつた執達吏
牧場の夜あけだんだん見えてくる
屋台鮨やきとん如き嘲笑ひ
禁酒して母の気を知る膳の上
釘箱が残らず動く五寸釘
船大工帰りに気づく藤の花
病人の涙だんだん耳へ這ひ
後頭部やや傾けて点字読む
腕時計今日は芸者でなく出かけ
アスフアルトこの恋如何になりぬべし
子は若く正しさばかり言ひ募り
海苔干場海もこんなにやはらかい
歯医者まだ突つつき足らずまた覗き
貝殻の夢城が見え旗が樹ち
積立を銀貨でひいた給料日
ハモニカは勢ひ込むと声が出る
子を連れて動物園の三時間
町会でバーの主人の姓が知れ
薬学士恰も髭が生えはじめ
鉢巻を娘にさせる樽神輿
儲け口さうかさうかと膝が出る
故郷からの包ほどかず母想ふ
夏の雲泥鰌昇天する気なり
モデル地区蠅が一匹出た騒ぎ
雑草は陽にも人にも楯をつき
英和辞書学生の頃引いた線
北叟笑む晩酌長女次女の齢
地方版だけの俳句の老選者
野犬狩曇つたままの街の色
麻薬犯あくまで白き美青年
百姓の動くがままに陽も動き
さざめ雪夫人のグラス炉に薄き
だしぬけに女中の夢は起き上り
母子寮で子も間違へず母へ駈け
別荘はランプ主人は五年来ず
書留の判を待つうち次を選り
職工の子だ眼をさませ朝のポー
受験の子親も寝足りぬ朝の膳
赤飯を四角にあける台所
南無観世音にすがつた手が正し
造船所海青く船白く成る
良寛の歩く通りに子も歩き
天皇は猫背に在す雨の中
桜草アパートの陽の消ゆるかに
土曜日の宴会はみな靴ばかり
どうしても溝がまたげぬ莫迦な夢


by nakahara-r | 2006-01-01 10:33 | 川上三太郎『孤独地蔵』

母の気を知る

 母の気を知る

軍国酒場みな勝ち組にして帰し
雪ン子をちらりちらりと悦ばせ
女房の手紙の中の子の育ち
日本刀さびしい秋の水の色
猿の檻一匹拗ねて食はずに居
すばらしい空気の下の居合抜き
凉台去年の艶で今年も出
節電も家中倖せな鼾
その上で死んでくだけの不動産
アパートのあさましきまで蒲団干す
修学旅行また東京へ濡れに来る
腰弁の君もやつぱりパチンコか
混み入つて来た立話場所を替へ
冬の客しばらくは表情の硬き
浮浪児の童貞わづか十五年
ラヂオ体操チヨイチヨイ父にごま化され
口あいて笑ふ話題も次女三女
体臭があさまし小説を書いて
長欠の机給仕も拭かずなり
生酔にやつとこさつと銭残り
船住居下駄もやつぱりはくと見え
花火屋へ今夜も星がふりさうな
夜が明けてきて燈台の色は白
落選をして方言になつてくる
東京に売られて白い飯が食へ
居候湯呑片手に機嫌よし
ぢいさんが死んでばあさん素枯れて来
猫も親子で陽を探しあて愉し
子の気魄転んでからの顔に見る
夏蜜柑主客酸つぱくなつてゐる
日本晴鷹の子の顔もう猛し
波といふすがたになればすぐに消え
テープ一筋愛人の手に惜しまれる
海女の乳石でこさえたやうな子ら
迷ひ子へ子を持つてゐて立ち止り
狂人をしずかに風鈴がさせる
漁村陽があたつて女子供だけ
廻り道すぐそこにある寺の屋根
松すぎて学ぶ炬燵の夜となり
高台は空気も褒める数に入れ
脱帽に双生児のやうな同い歳
夕刊はまだ名の知れぬ生存者
葬ひに来たけどわかる大工職
あんな太い針金がある橋の裏
就職の朝隣家にも声をかけ
指の爪自分の顔を描こうかな
誘蛾燈ネオンとちがふ夜のつとめ
始末書をとられて女将独り酌
鶏の声子の声やがて初日の出
夏火鉢吸殻のまま三日たち
生酔の突然起きた膝小僧
嬉しい日子宝を背に手に膝に
日本中鯉が泳いで五月晴
二重橋手洟素早き団体旗
しもたやはそのまま暮れて戸が閉り
母として肩叩く手の小ささよ
叱られる膝にも少し灯が届き
愛人にはたして芽ぐむ虚栄心


by nakahara-r | 2006-01-01 10:32 | 川上三太郎『孤独地蔵』

溝がまたげぬ

 溝がまたげぬ

涼風にもう病人は丸くなり
三ヶ日炬燵に積んだ新刊書
清貧と言はれ赤貧歯を鳴し
朝の幸郵便屋さんにお辞儀する
裏口を知らぬ納豆屋朝鮮語
小商ひ帰るを見れば乳母車
言ひきつたその顔を師に微笑まれ
稲妻に嶺は裂かれず厳とあり
壇上ですぐ泣き叫ぶ主婦と母
子宝がこぼれて困る写真班
子のあたま大きい春の影法師
庭の隅萩ほろほろと位置まもる
許婚褒めれば睨む柿の皮
ぢつと見る色鉛筆のたくましさ
この秋の清水を母に飲ませたし
ランプつけて百万長者物に倦き
やはりあの樹だつた母校の庭の隅
洋服は夜露の肩をかき抱き
出鱈目のやうにトランプ人を待ち
海の音船は旧式帆前船
ニツポンの衿足見せる好い話
新妻も目白も朝陽まぶしがり
河原までどうにも思案尽きてゐる
逃げて行く家鴨のお尻嬉しさう
犬吠えてゐるが聞えぬ工場区
角店の夜をリヤカーの仕舞ひどこ
息子から風邪がうつつていたはられ
額の字の眼の届くとこ肱枕
五十年勝ち負けなしに夫婦呆け
親は生きてるが遺産として算へ
枯れたかと思ふ柳の冬の色
川でとぐ米幾粒か世を逃れ
合掌のひととき腕時計を聴く
出世して机上に受話器三つ置き
ソフトクリームぐるぐる廻す舌の先
算盤へ声が小さい同業者
能舞台恩師へ微塵だに立たず
猫も齢とると鳴かずに通りすぎ
産毛よしこの四月から女学生
麻雀の指先それが生きるすべ
放送に訛がひどい小説家
金魚鉢泥鰌を入れて凄くなり
冷やつこ今の夕立からの風
応接間腰を浮かせて金を借り
無医村のこれが家かと思ふ軒
耳と眼と別に働く稲光
出勤簿今年も無事な一つ印
食堂車さうは富士山晴れてゐず
母親へ理屈で勝つて涙が出
花散つて元の学者の庭となり
ぞんざいな男ばかりの衣紋竹
総踊芸者と芸者突き当り
親子体操母の通りに間違へる
大川端水が火になる美しさ
母の指冬の包丁蒼白な
花ひらく雄芯雌芯顔あげて
沈丁花ここのお寺の空つ風
チヤンと坐つて子のおめでたう受けてやり


by nakahara-r | 2006-01-01 10:31 | 川上三太郎『孤独地蔵』

手の小ささよ

 手の小ささよ

学校が焼けお役所が焼け夜が明け
手は語るお前も少し野心もて
旅七日わが家を天井に見つめ
濁流の小さな下駄よ何処へ行く
センブリの口は顔中曲げて嚥み
どつちともつかぬ社説で物足らず
冬松に水なく老残石となる
教祖さま浪曲に似た声を出し
冬の風縁日一つ吹き残し
草の名を子に教はつて褒めてやり
月給は右から左だから酔ひ
母さんを笑はせ姉を羞らはせ
温室の花資本家は東京に
セロハンを透いて豪華な童話本
すみだ川どこから来たのほたるさん
咳一つして筆工は二階に居
炬燵からヨイコにされて追ひ出され
御主人と夜店を歩き担ぐ物
金借りに来たなと悟る葉巻の輪
髪きちんと結ふ義姉さんに今日も負け
十二月今年も友が五人消え
塩辛の嫌ひな顔を笑はれる
初陽ありやがて妃となる窓のひと
旗竿屋考へてから路地へ入り
六十年鉛筆愛し句を愛し
輪にさせてから先生はまぶしさう
東京に煙が一本秋の朝
言ふべきを言はざる老いのいけ狡さ
つくづくと赤ン坊見る眼が四つ
妻や子や待つらんビクに鮒三つ
慰める言葉のはての仏さま
長生きも哀れ陽を負ふ日日に尽き
蟹料理しやべる時間と食ふ時間
兜町踏まれて踏んでイキが切れ
大手術この看護婦の莫迦力
旅三日老妻もまた夜を案じ
応接間から令嬢の浴衣を見
円満な長男となり店火鉢
ゆで卵わが子のやうにむけて行き
夕立は予報と別に暗くなり
冬の陽の石に沁み得ず土に消え
冬の汗ほうれん草も地を二寸
親の名を一字つけてる迷子札
妻となる人の眼と合ふモーニング
月出でぬ宿からすぐに日本海
おかあさんこだまもははをよんでくれ
朝やけに家鴨も早起きが嬉し
あの蠅は何処へ止まるか応接間
熱風へ乾くものなき屋根の上
植木屋は坐つたものの膝を撫で
うすものを着た婆さんの肩の骨
表彰式小使夫婦ただお辞儀
叔父さんは本当に出好き日和下駄
お隣家の小吏の庭のおむつ竿
職人の薄い蒲団も小十年
新入社社長のたくましさにすくみ
白牡丹動くを見れば白い猫
爪鋏怠け者から怠け者


by nakahara-r | 2006-01-01 10:30 | 川上三太郎『孤独地蔵』

白牡丹と白猫

 白牡丹と白猫

カツとした飛出しナイフもう刺さり
小使にもつたいないと思ふ炭
人に犬に海に空気に春が来た
人一人ゐて起重機はブラさげる
人情家わけはとにかく坐らせる
実印へまだ病人はたしかなり
十二月今日も磨かぬ靴で出る
ぞんざいな友だちだけど小十年
総代の子の眼つぶらに読み終り
台風に工場地区の屋根低し
痩身のそれも消えたる白魚か
二日酔折れた袂の巻煙草
故郷の海苔は鎧のやうな海苔
むずかしい顔で歯医者と睨み合ひ
メタン瓦斯工場の池のたくましさ
週刊誌読みすててあり熱海ゆき
みなほどけさうに鮟鱇つるさがり
宮大工鳩に馴染んで今日も暮れ
貨物駅また暑い日が明けてくる
キリストの言葉すなほに聴ける齢
樹樹みんな澄んで大路の十文字
北風の極まる物置のうしろ
給仕長声高からず標準語
姉妹で気性が違ふ靴と下駄
甘い物如きに必死あみだくじ
インク壺雨の夜学の休みがち
一日がはじまる妻よ子の手とれ
一月一日今年の僕と酒の距離
女史あはれアクセサリーに坐りダコ
白一色燈籠の灯にふくむ翳
立った子を真中に手は四隅から
一物も得ずに捕まる非常線
溜涙東北人だから落ちず
硝子戸へしばらく地震揺れ残り
高い高いそら母さんが呼んでるよ
太平洋花束の花無駄に死す
店子にも権利があつて記事になり
春日を闘争の眼は三角に
写真機と屋根から落ちる昼の火事
寝台車向ふの客の顔に倦き
夕河岸はこのしろの数灯をふくみ
秋の子にもう三輪車ものたらず
冬の或日のあたたかい中にゐる
ゴムバンド今日も店主に拾はれる
倹約でなく重役は蕎麦を食ひ
誘蛾燈月に浮いてる一軒家
社長なんか怖くはないがゐない午後
信者敢て警察ぐらゐ驚かず
ボーナスに男の靨あなどられ
風呂敷にことづけるもの母多き
蓮花草酌婦のシヨール飛び狂ひ
行先をぶらつきながら考へる
居眠りの電車の首を肩に耐へ
春さかり遠き温室膨れたる
バラの樹にバラの咲かない苗を売り
健保法など用はないドツク入り
警笛に忽ち犬の逃げどころ
講演の速記解らぬまま覗き


by nakahara-r | 2006-01-01 10:29 | 川上三太郎『孤独地蔵』

高いゴム風船

 高いゴム風船

指一本みんな鳴らして落ちぶれる
兄弟の順に茶碗の忙しさ
冬の日を犬びようびようと吠え光る
病人へ音を盗んで銭を出し
日和下駄伯父の俳句も四十年
初めての露店親子で下を向き
本当の口で女給は欠伸をし
炎天に警官一人影もなし
駅の傘取残された独り者
近づけば働いてゐる水車
独り酌片手で持つてついで飲み
令嬢の指褒めてから宝石屋
留守番へチヤンと簞笥はあかぬなり
点字読む指こほろぎのするどさに
天眼鏡心配の顔倍にする
聖し夜につかひはたして寝正月
行商の財布小さくしかとあり
病人の汗かいてゐる美しさ
拭かせまいとする子の顔のむづかしさ
ふところ手したまま坐る着道楽
北風に子は駈け出したとこで待ち
昨日今日名士の訃報つづく冬
組閣成つて好い灯が入る鯛の色
それからは姉に任せる好い話
間に合わぬくせに慌てる水ツ洟
旧友もキチンと立つた発車ベル
猫の子のなるほど慣れぬ冬の土
猫濡れて構はぬ五月雨に逢ひ
酒断つてひんやりと着る五ツ紋
笑ひ声ばかりの中の祝樽
巻紙へどうにも悔み短かすぎ
この旅の雲のみうつる水の上
菜の花はすばらしい陽の落ちる島
ゴム風船高いと思ふ寺の屋根
売りに出て間取りがわかる石の門
呆けてきた功七級のおぢいさん
もう春の芽をふくみもつ庭の樹樹
内職へ養父は酔つて寝転がり
絶景にみんな忘れた日本語
物干で小さい女中も唄が出る
三人掛け人の心を旅に見る
街路樹の今は雷雨に耐ふるのみ
楽屋裏迎えも来ない役者の子
市場籠立ちすくみたりザボンの値
床柱役人の背も狎れてくる
畳屋の針はやつぱりあすこへ出
託児所の小母さんの顔惜しがられ
人だかり生命の親も濡れたまま
独りゐて徳利一本涙が出
ぬつと手が出さう銀行束でくれ
姉さんへ眼で礼を言ふ手術台
別荘の下手なピアノへ光る鍬
途中から変つた旅の面白さ
豆腐久し我が箸に馴れ舌に馴れ
生ビール間もなく動く咽喉仏
箱庭の苔貧乏も久しかり
歯磨きは寝巻でしやがむ船住居
ハンモツク親もやさしい本を読み


by nakahara-r | 2006-01-01 10:28 | 川上三太郎『孤独地蔵』

火元はひとり

 火元はひとり

海苔干場たんぽぽ一本が光る
膝の手が膝に食ひ入り母死なす
火から火を引きずり出して鍛冶屋打つ
子の靴がやつぱり小さいピクニツク
子を抱いて日本にある母の唄
寺一つ葬ひ一つ夏の村
弁当屋の勝手をふさぐ米俵
ぢいさんに大和魂まだ残り
丁度好い糸のへだたり糸切歯
悪友の口笛出て来い出て来いや
転業の日記余白を残すまい
天丼屋ギラギラとした茶をくれる
満腹の良人の背の用簞笥
迷ひ犬夢かと思ふ知つた人
モーニング故郷に憎い女性(ひと)がゐる
飯一粒一粒雀お辞儀して
ナプキンは皺ばつかりで出来上り
だしぬけに来た伯母さんのほがらかさ
赤ン坊の一日はよく陽が当り
哀願をしてゐるやうに錐を揉み
針金は二三度曲げて諦める
春の汗妻もモンペを穿いて知る
若菜まだ蝶蝶も来ず好い陽なた
六本の箸に親と子つつがなし
握り飯火元はひとり立ちつくし
ニツポン語から赤ン坊は言葉生む
伝書鳩もう蹴つてゐる主人の手
耕耘機火と化せるなる陽のさかり
寝すごした宿屋乾いた洗面器
ぬうと来て友だち喋りぬうと去り
わたくしの選んだ人を飼育する
家鴨の子今日は揃つて上を向き
髪洗つて背後の母に見上げさせ
金借りに行つた両手のつきどころ
泣寝入り二三度動く咽喉仏
夏の徑昼の螢を掌に乗せる
うしろから覗けば叱るバナナ売
腕時計手の甲を見るやうに見る
退屈へ飛行機ぐらゐ効き目なし
当選の写真検挙でもう一度
一一〇番柱に残る指五本
病人は寝たふりをする金のこと
わが子先ず初春の子になり緋の袂
老犬の眼と老妻の眼と和み
女プロレスSになりQになり
カナリヤを逃して知つた天高し
敬老会餓鬼の如くに食ふのみ
原因は子は親を親子を知らず
窓口へやつと手が出る子の貯金
待ち呆け散歩のやうな振りもする
屋上の羽子洋装が二三人
お師匠さんも口をまげてる一の糸
二日酔やつと出てくる日本語
踏台で金槌が来る間を焦れる
坊さんの学校派手な後頭部
通過駅風が残つてそれつきり
綱引きに娘の頃の力が出
新人を刺す批評家の仮名づかひ


by nakahara-r | 2006-01-01 10:27 | 川上三太郎『孤独地蔵』