カテゴリ:川上三太郎『孤独地蔵』( 41 )

一月日日好日

 一月日日好日

言ひ負けたポケツトの手は意気地なし
薬指なるほど紅の用があり
暗がりでやつぱりわかる壁の位置
出がらしも心やすさの盆で出し
超越をした筍に少し紛め
家計簿に今年は出来た掘炬燵
お隣家の子も娘になつて会釈する
模型船船名小さき救命具
もろもろの音の最後に除夜の鐘
庭おほらかに明けかけ牡丹開くかな
新妻の紹介友も改まり
猪口伏せる元より飯は食ふ気なし
偽刑事だつたで暮れる小料理屋
二枚目も久しい旅の幟の名
十二月炭と歩いて振向かれ
汐干狩子のない淋しさを佇つて
泥鰌逃げのびて途方にくれてゐる
ドレスメーカーより痩せてゐてホツとする
子供靴真直ぐ立つて褒められる
午前十時主婦にひとときある憩い
家中の靴が揃つて今日終る
酒とろり実に一月は日日好日
鉄工場蛙も浮かぬ池にする
村の名が新聞に出る鮪漁
眠薬を瞼もこぼすまいとする
妻去つてわが子の瞳うつろなる
通訳の手も手伝つて腑に落ちる
甲虫黒きを誇る夏来る
釣葱去年の釘と眼の高さ
山深く霧探し二人逢ふために
浴衣買ふ少うし派手を意識して
反射したとこで見つける冬の塵
左ききあざやかに釘打ち終り
日が暮れて全く鍛冶屋真の闇
妻起つて生活(くらし)の敵へ夫かばふ
使賃子に駈けてきた効があり
行商の弁当のお菜あれつぽち
漁村閑閑娘都会にあこがれず
むすめとは上野に着いたその夜まで
ピンカール妻の頭が小さくなり
久しぶり異人ははつきりと見せる
風と海に馴れた漁師の家二軒
陽炎に小手などかざす舞妓たち
椅子の音ばかりになつた多数決
生字引机きれいに拭いてから
団体の酒へ茶碗が行き渡り
医者が手を握らぬ婆よく歩き
酌もせずさせず久しい酒の店
発車ベル異人の涙見て帰り
鉢巻を取る手伝ひの齢を訊き
一本の箸へ里芋煮えてくる
土用干火鉢を邪魔にしてまたぎ
どうもヘンだなと落丁見つけられ
旅の割箸にも慣れた出張費
闘つた封書附箋が三四枚
地図にない番地であらかたを歩き
ソプラノは少し身体をゆする癖
それは微風だつた子供の時の遠足


by nakahara-r | 2006-01-01 10:49 | 川上三太郎『孤独地蔵』

さくらさくら

 さくらさくら

ゴシツプへ案外夫人機嫌よし
探し物棚へあたまを二度ぶつけ
速達で来る欠席は雨に濡れ
そこまでは陽が届かない違ひ棚
弟も大人になつた猪口の位置
おばあさんの突飛な夢に笑はされ
十二歳提灯行列したい齢
新郎を待つてる桜炭の灰
丹念に猫も撫ぜれば伸びてみせ
童謡の通りカナリヤ忘れ顔
東京へ修学旅行濡れに来る
旅に出て首輪をはめぬ犬二匹
大伽藍つめたい灰が盛つてあり
野良犬も暫し朝日にめぐまれる
ヴアイオリンさくらさくらと嬉しそう
白菜に冬を恐れぬ娘の白腕
颯爽と社長の事務も久しぶり
純綿の子の腹巻が簞笥から
社長室寝てるでもなく眼をつぶり
おだやかなかたちでシユークリーム出来
お年玉先着順と齢の順
若草に見る陽の恵み水の愛
ガード下話の続きやりすごし
オンブして子の提灯が鼻の先
お母さんにそそいでくれる二月の陽
縁日のあたまの上を梅の花
衿巻もミトメも久し出勤簿
こほろぎのどういふ気だが畳這ふ
五色揚玉葱にある海老の味
北風へ尾をしまひ込む迷ひ犬
聞きわけの好い子の涙透き通り
蠅捕デー子は潔癖な箸を持ち
羽根募金寄り添ふことも主婦おぼえ
爪楊枝お釣銭は要らぬ左の手
包金奥の病人気が弱し
小鳥身をそらざまにして陽をこぼし
孤高とはいつか外食券に慣れ
七面鳥鳥屋の前の好い陽なた
終列車敵ともはなれ味方とも
新内の頬ぺたへ行く左の手
世界語の雑誌誤植のやうに刷り
剃刀へ頬ぺたもちと努力する
寒稽古父子で白い呼吸二つ
一月の酒盃にはや灯がついて
一夜旅駅に間近く貨車の音
猫歩き放題歩き家で寝る
抜穴は何だ出て来たこんな所
シヤンデリア一球欠けたそれも春
自動車の学校とてもデコボコし
珍客へ少うし庭があつてよし
風を剪る鋏で乙鳥ひるがへり
駈出して子があげる凧妻と見る
梅雨寒をまだ向日葵の三五寸
末つ子は関西訛赴任する
ステツキを担いでもみる待ち呆け
託児所を子もさよならと振返り
煙草屋の子供今年は釣銭を出し
親分の両手にあまる赤ン坊


by nakahara-r | 2006-01-01 10:45 | 川上三太郎『孤独地蔵』

名古屋も今は

 名古屋も今は

大晦日でも歩いてる屋根の猫
賢妻の名をたてまつり日日不逞
ゴムスワン子の両手から顎が出る
隅田川こどもの頃の水を嗅ぐ
長男もそろそろ顎のひげを抜き
さぼてんにひとり娘のやうな花
行路病胃袋といふものもあり
不動尊この子に賜へ記憶力
掌へ乗せて真珠は危ながり
天守閣名古屋も今は煙の空
三味線と指の間の緋縮緬
梅干を貼つた女中の歯の痛さ
隠居所の猫を算へて腹が立ち
産声はつひに薬石効もなし
うたごゑもウィーンの子のは透き通り
理想とは違ふ洋間にある不便
女優部屋ハンカチに似た物を干し
重役の腰かけた跡すぐ膨れ
すばらしいずぼら国士になつてゐる
雀ども春風だから歩くのだ
針仕事見慣れた柄だけど褒める
狐になるか教祖になるか眼がすわり
帰省して今は語るに足りる女性(ひと)
怠け者目立たなくなるサボタージユ
お神輿わつしよい赤い羽根大きらひ
午前二時良人の友はみんな悪
晩酌は箸で子に一つづつ与へ
宴会でつくづく関西料理倦き
縁日の尻へ弁当届けられ
落ちぶれてゐるので着てる五ツ絞
同じ国で同じ女中で立話
お母さんに見せたい映画泣いて見る
原稿紙陸奥も大和も波を蹴り
謝つてゐる眼のはてにある闘志
あんまりな小言に嫁は水を飲み
嚠喨と鳴る道具屋のコルネツト
縁葉樹ときどき翳る子の昼寝
やや動く金魚へ夜が明けはじめ
柳行李まだ朝早く起きる癖
仰げば尊しわれが師は労働者
明日また来ますと羅苧屋音が変り
まごころは両掌で持つて来た清水
放送の汽車はすぐさま遠ざかり
次の間へ立つ父親の涙を見
漁師町とてもきかないおぢいさん
病人を痩せたと思ふ夜あけがた
昼の火事空に遮るものもなし
国家老妾を貶す形容詞
無人島二三日は腕組んだまま
日本刀抜けば玉散るだけのこと
女房も努力してるな貯金凾
川びらき昼の芸者の鼻の汗
角店は危く三角に残り
うららかさたみのかまどはにぎあはず
梅匂ふ寺の番地の覚束な
一月をぼくと離れぬ燗ちろり
一年生もう雨を衝く勇気が出
女客揃つて脱いだ春の下駄


by nakahara-r | 2006-01-01 10:44 | 川上三太郎『孤独地蔵』

声すれすれに

 声すれすれに

島の冬死んだ詩人の下駄二つ
蓄音機まだその頃の伊十郎
長男に元の任地の国訛
冬の石と石の間に水もなし
父さんを覗きに子供友を連れ
米貸して見送る友も二階借
冬の日を箱屋の箱の手暗がり
仮縫にくすぐられてる脇の下
剃刀は取上げてから子を叱り
強情な子供とわかる石あたま
交番の中でも困る苗字だけ
夏の池鯰のやうな靴一つ
長火鉢これも貧乏馴れてゐる
詰衿の忿怒湯呑で酒を飲み
水浴びた愛犬暫し襤褸のやう
屋台鮨楊枝は口に眼は星に
焼跡へぼんやりとして火元立ち
三の糸声すれすれにある生命
甘党のすぐさま頼る多数決
或る時は親が淋しい居丈高
帳合は大戸下してからの事
ちつと変人でたちまち拘置され
見つむれば椎の樹の蟬やや動く
丼の水がこぼれぬ支那手品
頓死したおばあさんだけしづかな夜
奥さまのやうながほしい腕時計
幼名で呼び合ふうちに国訛
牧場はかぎろひ牛はとろけさう
本棚と別に雑誌の高さなり
承知した手提金庫の音のよさ
重役の頓死慌てた庶務課長
子沢山一人ぐらゐはでも遣れず
碁に勝つて五位鷺の鳴く暁を知り
白い月餓鬼大将の脛の傷
地図にないとこへ蕃社は逃げて失せ
牛悠然鶏騒然と食つてゐる
腕時計遅速も少女五人連れ
声帯が異常なほかはトンビの子
炭俵持つて帰つた黒い跡
両方の手でバイブルを持つ弱味
リボンせる母や明治の写真帖
夜歩きもここから戻る虫の声
よく見るとイナゴの顎が動いてる
ビニールの手に子の金魚透き通り
火鉢から余程離れて叱られる
緋牡丹に今日は眼が勝つ病上り
PTA校舎も五年母として
ハンカチをつないだやうな娘の水着
後添は振向きもせぬ鶏の世話
念押してから実印は手をはなれ
らんちうはあまえるやうに掌に重く
丸帯の呼吸見てゐると解るなり
支店から電話に立つた打開策
修学旅行帰りは医者に附添はれ
弁当にこめかみ動く平社員
ホテルしづかに更にしづかな支配人
妹のただ茶を替へる貧しさよ
童謡にあら先生の咽喉仏


by nakahara-r | 2006-01-01 10:43 | 川上三太郎『孤独地蔵』

吊革を両手に

 吊革を両手に

東京へ行く汽車の煙田に残り
午前二時貨車も時間で来ると知り
釣堀でをんなのかひな陽にやける
漫才の寄添ふやうにして離れ
豆盆栽買つて愉しい小市民
松の内黒羽二重の肩の癖
また元の三角になる雁の列
隅にゐるジヤズの一人の忙しさ
贅沢は敵だその敵愛す国
寄合の一人見つけた春の月
夜露もう月も濡れてるトタン屋根
細長く丸く研屋の春の影
放送に慣れたゆとりの十五秒
鮎の塩焼へ田舎の陽が当り
暴風雨の夜寝てゐて起きてゐる子供
妻連れてサラリーマンよ愉しいか
つがなくていいから芸者ハイボール
屋上で物干を見てをかしがり
通過駅菌のやうな村二つ
綱引きはやがてじりじり勝ちはじめ
請求書萬年筆も使ひ頃
節電にホテルの廊下明るすぎ
吊革を両手に友の顔近し
電柱も動かぬ夏のトタン屋根
転業のこれもまづよし靴の泥
一年生仮名さへ見ればそれを読み
菜種河豚この悪童も汗つかき
棒押しのコツ教はつてくだらない
抱負などない大臣の面の皮
まづお辞儀して師にいどむ七六歩
本当の男の涙眼をそらし
一月をビールが胸を真二つ
腰弁に吊革といふすがるもの
氷嚙む脳天ジーン蒼くなり
義理一つ風呂敷もまた小さきかな
外套を出る職人の向う脛
餓死一家浮浪児日記はじまりぬ
風邪ひいてうどんへ暗い顔を出し
友の手を握るその手も齢を取り
飛石をまだ新妻の裾さばき
電光ニュースははあさうかと読み終り
徹夜業螢も一つづつ消える
細工場で名人肩がこけてゐる
剃刀にだんだん倦きる子の機嫌
仮縫の心許ないピンの数
むつつりな学者の妻の訪問着
発車してそれぞれ貌を持ち帰り
八の字を寄せて朝酒叱られる
どの指もある事はある染物屋
トランクは旅行が好きなしまひどこ
夜汽車もう川一筋へ明けかかり
酔つてから二三歩に灯が多すぎる
門灯の五燭丈夫で五年経ち
モンペエの妻を褒めれば立つて見せ
桜だけふくらみ残り日が暮れる
濁流ふてぶてと盛上り盛上り
旅先の鉛筆いつか丸くなり
発熱の午後とはなりぬ黒き四時


by nakahara-r | 2006-01-01 10:42 | 川上三太郎『孤独地蔵』

長女も次女も

 長女も次女も

割箸に深川飯が熱すぎる
脂汗本当に力出す男
工場地帯雲も映らぬ春の川
おぢいさんも読めぬおばあさんの小遣帳
妻に逃げられて飯屋で禿びた箸
夏の猫へたばつてもういけません
東京を黙つて父は連れ帰り
国利より党利を私利を話し合ひ
連絡船酌婦のマフラ暫し舞ふ
新しい機械の話手を曲げる
サイダーの泡を主客でうろたへる
お隣家の秋刀魚の煙とウチの煙
紹介所硝子に映る帯の色
恋はそも字引に尽きた形容詞
偽華族然し洋酒の飲みつぷり
天麩羅屋十一月の湯をわかし
まだあんな場末のバーの歌謡曲
言葉の中のさよならといふ言葉
意見する咳と聴いてる方の咳
有難う真夜半に聴く貨車の音
貧しさを見せまいよそゆきの羽織
覗いてはいけない姉の大切な日
月出でぬわが子の頭またまろし
好い天気金槌を持つ用が出来
貰ひ風呂ちぢまりながら礼を言ひ
七色に燃えて煉炭いま盛り
貨物駅夜露に更けて光るとこ
デスマスク妻を懼れた成れのはて
町工場長女も次女もその中に
雨蛙青い中から青く飛び
中のよい子と子へ子と子手をひろげ
も一つの自叙伝闇に指で書く
豆腐屋も昨夜の冬の月を褒め
切れ話昼間で泣いてゐた芸者
出迎へた顔の中から母の顔
鉢巻をして店仕舞ひ売残り
両方の手で旧友は手を握り
すばらしいチツプ客にも見送られ
あまり晴れて樹樹へ感謝がしたい空
待つ顔は帰らうとする顔もする
発車ベル子は子同士で惜しみ合ひ
あんな山の上のつつじで一心に燃えてゐる
激論に勝つてわが語尾まで誇り
白猫に動く事なき月光ぞ
芋虫へ蟻は359と殖え
消毒をされて菓子屋は店仕舞ひ
遺言状争ふ弟とはなりし
十二月子供は三度腹がへり
酒の店いつもの椅子の老紳士
転業のわが名はつきり定期券
塩辛の箸手の平と口へ行き
笑はうとする病人を褒めてやり
七月は貧しき胡瓜花ざかり
神木へ月光そそぐ滝のごと
黙黙とだんだん米俵になり
寝て待つてゐる旧友をそのままに
ほつとした手紙しづかに帯へ入れ
初鮎と同じ魚でも鯵のツラ


by nakahara-r | 2006-01-01 10:41 | 川上三太郎『孤独地蔵』

あげ潮の下駄

 あげ潮の下駄

波みんな色がなくなる北の風
縁の下闘志もあつた豆の蔓
かにかくに蜜柑に冷える春の雪
オルガンに島の少女も式となり
立春の卵の方も根気よし
角兵衛獅子都へ来ても故郷の雲
手品ではない器用さを貧しがり
餞別の母の字見入る夜の汽車
紙芝居お客にならぬビルデイング
犬舌をヘラヘラさせて陽のさかり
裁判所待つ間を貧乏ゆすりして
秋の雨しづかな屋根を聴き澄まし
この草も喰べられて山夕陽する
上げ潮の下駄さつき見た下駄の裏
少女五人ランチタイムに紛めてよし
金借りる嘘を手伝ふ左右の手
請求書ばかり見てゐる仮事務所
灯籠の下に鋭き胡瓜もみ
一月を酒友だちと日なぞなし
船住居一筋白く米を研ぎ
東京の地面の下で小半日
三年目石楠花に花一つ得し
拳骨も小さくなつた日本人
人間の屑へ疑獄の門がまへ
河豚食つて帰つて妻に黙つてる
一日を時計も十二打ち終り
これだけの野菜へ主婦になりきつて
ぞんざいに三月ほど置く鉄工場
友だちの片手車窓に小さくなり
足の爪腕力も要ることを知り
子の蟇口の空つぽも可愛らし
大金を拾ひさりとは律儀すぎ
見上げれば雪は空からおごそかに
独身で通した叔母の頬の骨
ラジオ体操まだ新妻にある無邪気
婚約の袂エプロンからこぼれ
家鴨一列一箇分隊ほど誇り
一月の陽よ行く人の背をぬくめ
強情な子に針金も負けはじめ
被害者のやうに金庫屋開けて見せ
真夏しんしんと午睡の呼吸も動かざる
停電に火鉢も顔が映るもの
ものを書く机二尺の愉しさよ
母の唄子の唄春のお月さま
頬骨に下役の阿諛あからさま
子の影も春になつたと知る陽ざし
在るを得て一月の酒ややふくむ
松すぎて元の机の上となり
茶柱も番茶は凄く四本立ち
飲みあかす気の旧友も年を取り
気が狂ふまでは確かに書斎に居
子沢山ハラハラしたもひと昔
珍客へ布団が厚い恩返し
交番に初夏の花あり女学生
化粧した電報が来る初春三日
花がこぼれる両手で受けるありがたし
家中がみな落着かぬ探し物
影法師お辞儀する人させる人


by nakahara-r | 2006-01-01 10:40 | 川上三太郎『孤独地蔵』

パジヤマ着て

 パジヤマ着て

満員車妻の和服を歯がゆがり
地曳網大きな幸に小さな幸
哭く事のあまりに多く壁を打ち
琴はもう長女も倦きて壁の隅
迷ひ子の掌にたよりないアルミ銭
神楽堂笛がかはつた左右の手
提灯に大内山の灯も応へ
リヤカーに八百屋葱だけ積んで来る
仲人にユーモアがある披露宴
招かざる客と役人宴を張り
鈴虫は売れて一匹づつ別れ
針仕事とても素直な子を前に
警官の美談長屋の奥が知れ
褒められて笑ふ皓歯をまた褒める
胡瓜もみだなと夕刊読む耳に
蒼空の広さを示す雲高し
春の海の魚の散歩してる顔
独身の居職水飲む冬の夜
アパートに五年作家の名も古び
雑煮箸若妻ぶりをわが娘に見
旅一夜三夜羽織のたたみぐせ
夕立に川にも音のあるを聴き
苗売りの暫しをいこふ千葉の水
青葉もう染めるものなく人昼寝
慰めてゐるうち淋しくなる言葉
秋の椎空気もシンとした真昼
不案内暫く墓地で立ちつくし
町を出てバスもだんだん揺れはじめ
拾つたの売つてそれから運に乗り
借りられて帰られ妻と苦笑する
貧しさと闘ふ腕の青い筋
迷ひ犬市場でひどい水を浴び
油絵のどのキリストも首を垂れ
貧相に冬の駱駝は風をひき
裏口はすぐ網船屋海の色
新しいシヤツも今日から来た給仕
真中の子の靴脱げるうららかさ
一月を七日に一度めしくらふ
行商の足東京の薄ほこり
ほどきもの根気で勝つたおばあさん
猿の檻猿も友だち選ぶらし
曲馬団もう灯を慕ふ虫を連れ
生けるものみなうなだれて仏陀死す
みな飯を食ふ宴会の国訛
いつの間に飯は済んでる猫の顔
北風に手足を失くし顔失くし
声色屋なるほど違ふ咽喉仏
桜咲く視力正しきひとと立ち
秋の蠅眼の上げ下げの中にゐる
心やすだてに菓子パン手から手へ
みんな歩かせて子宝見送られ
貴賓席椅子に番号ついてゐず
パジヤマ着て鉄砲百合のやうなひと
吾妻橋蒸気の背中覗き込み
鮨の皿遠慮は損と思へども
石積んで馬の努力のあからさま
横浜の霧にゐさうなジヤンギヤバン
迷ひ犬人を頼りに身を護り


by nakahara-r | 2006-01-01 10:39 | 川上三太郎『孤独地蔵』

たらちねの鐘

 たらちねの鐘

葬式が出て金持の庭が知れ
涙もう出ずに病人泣いてゐる
当直へ突然落ちた洗面器
新婚へ贈る座布団鶴が舞ひ
お辞儀して返してもらふ貸した金
窓固く咳する人の書斎らし
言ひきつた両手が友情を摑む
友だちの方も待つてた日暮れがた
はつゆきはちらちらよはくすきとほり
嫁ぐ日の手へ母からの貯金帳
恢復期今朝から茶碗持つて喰べ
嫁がせた娘の名が残る紺蛇の目
日の丸も知らぬヨイコに誰がした
夏祭夫婦に風もなき憩ひ
代診へ羊羹少し薄く切れ
左手で持つ番傘に要る力
十二月夫婦で長い顔になり
嫁が来て匙でお皿の飯を食ひ
満員車あなたまかせの車掌ゐる
稲妻の真下に低い製材所
町の反感へセパード通り抜け
菜たねふぐやはり食ひたい友と会ひ
セキとハナくしやみと顔も忙しい
愛の鐘たらちねの鐘鳴ると出る
仏壇を出さうで出ない蚊が一つ
白魚の歯闘志は水を噛むに尽き
アヴエマリヤ合唱の肩揃ひたる
応接間課長の頸を和服に見
待つてゐて正確すぎる腕時計
駅近くテレビアンテナしきりなり
子福者の子に順がある写真班
炎天に石より乾く鰐二匹
泥酔をじつと見てゐる子の凄さ
仲の好い二人とンがる口と口
底抜けの戦であつた父よ子よ
製材所夏が来たのでそれが音
底力口を結んでからのこと
旧友は二三日家の人にされ
老学者或る日を呆乎筆執らず
はらはらとさせる祝辞の国訛
父の理屈と母の理屈のおもしろさ
春七日ぼくに盃置く間なし
読みかけの雑誌で姉と少し紛め
馬市を大きく廻る馬の尻
空つ風浅草の灯は消えてゆく
間借りして潔癖哀れ四十すぎ
青すだれ風も染つて青く抜け
宝籤気の狂ふほど似た数字
アルバイト玉みがけども光なし
友の香にあり二年目の冬帽子
乳姉妹東北訛だけ違ひ
合唱に一人脳天からの声
木枯に飛んだ帽子と人ひとり
胡瓜の苗や夕顔の苗子はひる寝
渡り者もうそこに慣れ子を抱いて
雪に柳一本だけの河岸
船唄も漁師の親となつた幸
料理番慣れた柄杓の持ちどころ


by nakahara-r | 2006-01-01 10:38 | 川上三太郎『孤独地蔵』

むかしむかし

 むかしむかし

雷は工場地区へのしかかり
法律がじりじり老舗前後策
円満の相は易者の方が持ち
また別な色でチエツクも決算期
洋装は視線を感じ読み続け
寒鮒に陰陰として船一つ
遠足は蛇に多数を頼るなり
本当の乞食になつて夢も見ず
むかしむかしまづ或とこに資本家
冬の子に犬も駈け出すばかりなり
長男の手に小十年暖簾棒
落ちぶれて口数多きさやうなら
薬鑵からすばらしい湯気天麩羅屋
父と子の激論へ母佇つたまま
やつと取りつき飾り窓らしくなり
名人の腕静脈透き通り
冬の月明暗正しビルデイング
赤ン坊がぢつと見てゐるのを見てる
エプロンの夫人に鯛が大きすぎ
京染屋自分も染まりさうに染め
赤とんぼ火の粉のやうな空となる
酔ひざめの水腑甲斐ないとこで明け
温泉疲れも親孝行の中にされ
男の子産んで褒めたはふた昔
洋杖で東京湾の帆を見つけ
病癒えて手摺で見てる人の顔
練炭の闘志も尽きた風の夜
病人のやうに埴輪は掘り出され
赤インキたつた二三字書けばよし
瓢簞の酒は世相と遠ざかり
すぐ蹲む癖も貧しい泥鰌売
文化勲章もらつた奴と同い歳
ガタリ「青」盲導犬が先づ動き
名人の碁は夕刊に二目打ち
陽炎の中の親子の愛を見よ
神楽堂わざとふるえて屋根へ逃げ
病人を少し叱つて窓をあけ
夕方の社宅に同じ風呂の煙
生字引みんな帰つた身のまはり
風の水のまにまに草の葉のすがた
風が出てするどきものに松林
ひる寝からさめ女の子やや坐り
痛いのを言つてむし歯は口をあき
二階から春の陽をただ眺めてる
北風に護りは固し火の見台
馬の糞風吹くままに陽のままに
子が病んでわがあたま打ち胸を打ち
女郎蜘蛛或日は光る媚を見せ
団扇掛今年は違ふ米屋から
名月に光るシラノの鼻の先
見送れば牛眼で応へ有難う
新劇も久しい築地からの帰途
葱畑貧しい村と判るなり
泣く声に漸く勝つた子守唄
料亭でボス弄ぶまつりごと
陣笠も与党の方は息も出ず
日曜の良人少うし邪魔になり
見はるかす島の一点白く干し


by nakahara-r | 2006-01-01 10:37 | 川上三太郎『孤独地蔵』