カテゴリ:東海柳壇 拾穂抄( 9 )

自然界の大和、足跡、プラン9

ブログタイトルはいつも一番最後に瞬間芸のようにつけるのですが、しぜんかいのやまとって、たぶん「紫電改のタカ」という、ちばてつやの漫画が記憶のかたすみにあったのだと気づきました。少年マガジンだったかなー。
題名どおり、日本海軍の名機、紫電改という戦闘機に乗るパイロットの漫画でした。めっちゃかっこよくって、夢見る小学一年生だった乙女なわたしは夢中になって読みまくりました。あのころは右傾化だの軍国主義だの言われなかったけどなー。あのころのほうが終戦時に近かったのに、ふしぎーと、なんのくったくも思い入れもなく思います。

遅くなりましたが、東海柳壇(7月10日掲載)から、すこしご紹介です。

泣いている自然界にはない声で/丸山 進
かぶさった袋と枇杷の深い仲/小柳津絢子
カーナビは邪馬台国を知ってそう/松山 真
恐ろしいことです金がありません/鷲見正子
もう少し手が長ければ届く虹/田平充子

丸山さんの句は「自然界にはない」につきますね。「この世のものではない」と言い換えると一目瞭然。意味は同じはずなのに、受けとる側にとってはまったく別物と言っていいような感触があります。なんか、五感を刺激されるような不気味さ。ことばってほんとにふしぎ。
松山さんの「邪馬台国」は「知っている」だったらぜったい採ってないですね。「そう」がものすごくチャーミング。
鷲見さんの「金がありません」には爆笑しました。この非詩感のハンパ無さ。もうね、もう、採らざるをえんでしょう。


「おかじょうき」7月号が届いています。
一ヶ月って早いのね。

駅弁を開けば戦艦大和かな 角田古錐
駅弁の蓋あけるときって、なぜかドキドキしますよね。買うときに中身確かめているはずなのに。あれ、なんなんでしょうね。ともあれ、戦艦大和です。どひゃー。「かな」って落ち着いてていい状況なんでしょうか。という、感想はさておき。
わたしはナンセンスなんていう括り方はあんまし信用してないんです、実は。
ひじょうに細いものであっても、作者の深層のふかいところに眠っていても、意味というか関係性みたいなものが<無い>わけがないと思うんですよね。理屈では説明できないだけで。<無い>のは理屈であって、意味=関係性じゃないのではないかと。唐突に思える「戦艦大和」も「駅弁」の当時は夢であった白米とつながってるように思えます。いずれにしろ「戦艦大和」に軍国とか反戦とか、イデオロギーのニオイが皆無なところがすてきと思います。

旧友は椎茸ふたつ置いて去り 月波与生
このふたつの椎茸の存在感はハンパないですね。お宅で採れたりっぱなふたつだったのでしょうか。チョー巨大なものか、チョー珍しいかたちのものか。旧友と作者の関係性や、無くなりつつある共同体の中での暮らしのようなものがほのみえて、ほのぼのしました。

たまに戻ってくる足跡と空を見る 守田啓子
足跡の主は猫でしょうか、犬でも鳥でもいいんですけど。いまは不在であるものと寄り添っているわけですね。ともに空を見るという行為は愛ですよね。きらいな相手と空は見ないので。愛するものの痕跡はときに本体よりも鮮明に存在を主張するものだと思います。不在はいいです。非在ではないから。(なぜかものすごいかんちがいをしてて「空を見る」を「月を見る」と読んでましたので、書き直しました。守田さん、すみません)

そうですねプラン9で光ります。 柳本々々
ご意見は賜りました。といったところですかね。最後の「。」で一句が一行の台詞であるように思えます。ぜんぜん光ってないじゃないですか、という意見というか苦情に対して「そうですね」といったん受けた場面ではないかと。しかし、対処としては「プラン9で」なんですね。この9という数字にも意味はあると思います。仏の顔も三度までということばがありますが、通常、ひとは3度目くらいまでは我慢できるように思います。であれば「そうですね」が本気だったら「プラン4」か「プラン5」が妥当です。ところが「プラン9」なんですね。真摯な態度にみえますが、ぜんぜんご意見賜ってませんね、これ。笑えます。

同誌の句会作品を読んでおもしろかったので。

じいさんにじいさんがいて僕もジイサン 奈良一艘 
三親等まで立たされる飛び込み台 月波与生

題詠「台」の作品です。「飛び込み台」は台としてわかりやすいんですが、「じいさん」は言われなければわかりません。場によって題詠の題に対する許容範囲は違ってくるわけですが、それはまた別の話です。
おもしろいと思ったのは「じいさん」の句も、家系の縦軸をモチーフにしているという点で「三親等」の句と同じなんですよね。ご先祖さんたちが年代ごとに階段状の台に乗っているみたいイメージをもちました。

今月の一押し

跳び箱は月です喪主は私です 奈良一艘



きょう(?)のまりんです。

先日の台風のとき、ベランダの鉢植えを部屋の中に避難させたのでした。

え。そこあたしの場所ー。だ、だれ、あんた?
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えい、えい。
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ねこぱんち!
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ねえ、ねえ……。
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どかしてー、これ。
あたしのばしょー!!

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by nakahara-r | 2014-07-23 16:18 | 東海柳壇 拾穂抄

偶然と出会うカムチャッカ半島で

タイトルは6月のねじまき句会、題詠「然」に提出した句。
月刊★ねじまき 更新されています。


東海柳壇 6月19日掲載分のご紹介。
コメントを書いたのは以下の5句。

座布団の四隅の糸のように祖父母 湯浅勝史
雨を挟んで遠く離れているふたり 山口亜都子
これみんな着てから死のう衣替え 本城恵美
夏場所や蒙古襲来かとおもう 北出静雄
掃除機は黙って俺について来る 大久保隆紀

言いたいことはすでに新聞に書いたので、ここでは触れませんが、
味わい深い作品が多くて楽しかったです。
あ。ひとことだけ。
「衣替え」の本城さんは85歳の方です。
カッコいい!

東海柳壇のおしごとをさせていただいて、4年経ちました。
2010年、4月20日にはじめて掲載されました。
で、トップで抜いたのが

見る側が試されている河馬の尻 鈴木ますみ
でした。
しょっぱなから「尻」かよ!
という外野の声(もちろんエールです)があったのを懐かしく思います。

変わらず投句してくださる常連さんのお名前を見て安堵したり、
初めてお見かけするお名前を見てうれしく思ったりしながら、
毎回、数々の投句作品と格闘しております。

助詞の一文字で落とさざるをえなくて(たぶん作者より)くやしい思いをしたりもします。それを直接、作者さんにお伝えできないことが、いちばんくやしかったりします。

だから、3、4回、いや、7、8回、抜けなくても、自分はダメだとあきらめないで、かかわり続けていただければなあと切に思うのです。

さいきん、しみじみ思うのは、
信じることはかんたんだけど、
信じ続けることはとてもむつかしい。
自分自身が試されているのだと。


浮世のしがらみってやつで、お出かけしました。
必然と出会う開田高原で、の巻ですね。

頂上付近が雲で隠れていますが、遠くに見えるのが御岳。
3000メートル級ってのは、やっぱ迫力あります。

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遠くから見てたからヤマボウシとかんちがいしてましたが、
近くに寄ると、アジサイみたいな花姿。
カンボクと訊いたんだけど、そうなのか。

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これは朴の木。
朴葉味噌とか、朴葉寿司になるために生まれてきたの(違っ
うつくしい緑。
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しょぼいけれど、アヤメです。
あやめと菖蒲(しょうぶ)と杜若(かきつばた)、違いわかります?
花びらの根元が、網の目状になっているのが文目(あやめ)。
花びらの根元が黄色いのが、菖蒲。
花びらの根元が白いのが、杜若です。
わたしもさいきん知ったのよ。
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帰宅したら、まりん、いささかおかんむり。
日ごろ、そこはダメって言うと素直におりるのに、
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でん、と構えすぎ。
「おりてくださらんか」
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「で、それがなにか?」
あー、はいはい。
おるすばんさせて悪かったよ。
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by nakahara-r | 2014-06-23 20:02 | 東海柳壇 拾穂抄

HAPPY Fukusima

6月ですね。

更新が滞っておりますが、わたしは元気です。
職場が業務拡大ばっかしてて、覚えることがいっぱいで、
いままで覚えてたことを忘れなきゃいけなくて、脳内パンク状態です。
覚えることより、白紙に戻ることのほうがむずかしい。
だって、指が勝手に動くんだもん。

と、気をとりなおして、先回の東海柳壇のご紹介です。

待っているまたねのまたが来る時を 小木曽祐子
出しゃばりな右手を叱る左の手 喜多村正義 
向日葵のような顔して司会する 西井晋
身の丈をこえた明日をお分けする 青砥和子
夏ですな笛吹きケトル早く鳴く 福沢義男


毒のあるブラックな句や、ガツンとあたまを殴られるような句も、もちろん好きなんですが、
ちょっと情けない、ちまちました日常を生きる、
愛すべき人々のやさしい表情が読み取れる句もいいですね。
そんな川柳と同じように、思わず微笑んでしまうステキな動画をご紹介しておきます。
世界中で20万回以上再生されている"HAPPY Fukusima"です。

出演者は駅長さんはじめ、すべて福島県民のみなさま。
お坊さんたち、ステキすぎる。


by nakahara-r | 2014-06-12 11:38 | 東海柳壇 拾穂抄

パイプ椅子あつめてつくる無人島

タイトルはねじまき4月句会「無」の題詠作品。


ベランダのニオイバンマツリが咲きました。
毎年、確実に大きくなってます。
二色咲きにみえるけど、咲き始めは紫でじょじょに白くなっていく花。
めちゃくちゃいい香りがしてます。夜はことさら。

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今日はねじまき句会の日でした。
そういえば、句会でも夜に匂う花の句でもりあがったりしました。アカシアとかニセアカシアとか。
なぜ、ねじまきの題は漢字一文字縛りなのか、と参加者のひとりから問われる。
題詠のメリット(?)は、ふだんの自分なら使わない言葉を無理に使うことで、火事場の馬鹿力みたいな作品が生まれる可能性があるところ。
ふだん、ぜったい使わない漢字ってけっこうあって、たとえばわたし、今日の題の「焦」は「焦る」じゃなくて「あせる」って書きます、たぶん。
そこをどうしても「焦る」にするにはどうするか、とふだん使わない筋肉を使う。で、自分でも思いがけない句が生まれたりすることがあるのです。
タイトルの「パイプ椅子」の句は「無い」とか「無し」でどうしてもうまくゆかず、だって、ふつうひらくもん、そこ。
で、「無人島」です。安易なほうにながれました、はい。負けた、と思います、はい。
でも、そのように悩むこともべんきょーかなと思ったりもします。


ひさしぶりに「東海柳壇」から

おかあさまわたしのしっぽふまないで 長谷川維乃理
桜餅葉も食べる派とはがす派と 桟敷格喬
あなたには春が少々たりません 小林英昭
メイドイン両親ですと胸を張る 小木曽祐子
高圧線五線譜にして日が沈む 金沢市兵衛


かつて<開脚の踵にあたるお母さま>と書き、
黄身つぶす派という句を書いたわたしには、
おかあさまの句と、桜餅の句はとても他人とは思えません(笑)。
はじめて出会う川柳がこんなだったら、自分もやってみたいな、と思ってくれるひとがいないかしら。
という野望をひそかに抱いているのです。

コメントを書けなかったけれど
あおぞらをいちまい食べに散歩する 中村まどか
という句もありました。
風通しが良くて、気持ちのいい句ですね。
こんなこと言うひとといっしょに散歩したくなりませんか。
黙っててもきもち通じるよ、きっと。




さいごにきょうのまりんです。

さいきん、じゃれ方が凶暴になってきた、まりん。
句会でいちにちお留守番してたので、じゃれる、じゃれる。
抗議してる?

にゃんだ、これ。
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あ。パンチするやつだー。と、気づいた瞬間、ものすごいスピードでパンチしたり、とびかかったり、動きがはやすぎて写すの、むり。
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by nakahara-r | 2014-05-18 23:18 | 東海柳壇 拾穂抄

湯たんぽと竹林をわたる風、あるいは季語の枕

2月13日の朝日新聞の東海柳壇
コメントを書いたのは以下の5句。

おはようが湯たんぽ抱いて下りて来る/石田興
ため口が通る敬語を押しのけて/森本伸子
本を読む人の隣の席が好き/長谷川維乃里
鵜と鷺が水面で囲碁を打っている/細矢進吾
自分にも老眼鏡にも呼び出し音/三好光明


石田さんの「湯たんぽ」の愛らしさってば、もう。
たぶん、毛布もひきずってるよ、この子。
ライナスみたいに。




四日市にある「アクアイグニス」という、リゾート施設に行ってきました。
なんというか、地中海風? 
宿泊施設に、日帰り入浴できるお風呂と和食やイタリアンのお店とパン屋やケーキ屋さんがくっついたとこ。
(なんというおおざっぱさ)
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内部はこんな。
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お風呂は竹林の中。
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オーガニックがなんちゃらとか、有名パテシエがどーしたとかこーしたとか、
こじゃれ感がはんぱなくて、なんかちょっと恥ずかしかったのはないしょ。
そんなトレンド感覚に欠けるわたしも、このケーキには感動したのであった。
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しあわせ。




*きょうのまりん

キーボードをたたき始めると、
あそんでー、なでてー。攻撃が始まる。
キーの上を動く指をじっと見つめる。
ときどきなめる。
仕事中なんだが。
としばらく放置する。

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そのうち、あきらめて寝る。
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なぜかお気に入りの枕となった『定本・現代俳句』山本健吉著なのであった。
高さか? 高さなのか?
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凍港や旧露の街はありとのみ/山口誓子


ソチ五輪もいよいよフィナーレです。
by nakahara-r | 2014-02-22 22:37 | 東海柳壇 拾穂抄

買うだけだ

年初の東海柳壇でコメントを書いたのは以下の五句。
変わらず投句してくださっている常連さんたちの達者な句に混じって、
初めてお名前を拝見する方が増えてきたのがうれしい。

あきらめの先にあるもの初日の出/酒井かよ
線香のゆらぎに似てる年初め/細矢進吾
粘り気があってめくれぬ月曜日/喜多村正儀
重箱の隅を突くと返事あり/伊藤弘子
蛇口から日本チャチャチャ滴って/青砥和子


そしてコメントは書けなかったけどめちゃくちゃ気になったのはこの句。

わたし今真っ白の花買うだけだ/小柳津絢子

いっしゅん、ふつーじゃん。
と、通り過ぎそうになるけれど、よくよくみればけっこう異様である。
「わたし今」に助詞がないのはモノローグだからだろう。
たどたどしく聞こえるせいか、みょうに切迫感がある。

そもそも白い花を買うという行為には弔事の気配がある。
なにごとかが起きて、自分にはなにもできない、と思い知るとき。
無力感にうちのめされたあたまのなかには、どうでもいいような、なんでもないようなことしか浮かばないのだ。
友人の訃報を知らされたとき、わたしのあたまに真っ先に浮かんだのは「図書館に本返しにいかなくちゃ」だった。
なんだろうね、それって。




職場で「桃色」と「ピンク」どちらで呼ぶか、が話題になったとき、ふいに祖母が「肉色」と呼んでいたことを思い出した。肉色と聞くたびに、怪我をしたときの傷口と痛みを思い出して嫌だった。
リアルすぎる。
肌色はまだ許せるが肉色は許せない。
「れいこの肉色のはんけち」とか言われたら、きっとだれだってピンクの持ち物はぜったいに避けようとすると思う。
祖母のことは嫌いじゃなかったけど、わたしがピンク嫌いになったのはまぎれもなく祖母のせいである。

で。
ピンクのお鼻とピンクの肉球のまりんです(笑)


ひなたぼっこにゃりん

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どうしても逆光になるので補正をかけてみる。
あー、もうせっかくまったりしてたのにじゃましにゃいでー。
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by nakahara-r | 2014-02-03 23:23 | 東海柳壇 拾穂抄

冒頭が鶏頭だからやりなおし

タイトルは9月のねじまき句会の雑詠です。
月刊★ねじまき 更新しました。

 


 羊羹になってしまったかぐや姫/金沢清美

こちらは9月26日朝日新聞「東海柳壇」掲載のなかの一句。
さいしょ、羊羹とかぐや姫の取合せはおもしろいなあと思いました。
月を見上げてため息をつくかぐや姫の指先が、じょじょに羊羹に変わっていく。あずき色で表面がつるつるの、ねっとりした食感と、男たちに無理難題をふっかけるあのモテ女のいやらしさが、みょうにマッチしてて、妄想が膨らみます。
こういう作品を見ると、作句過程を推測してしまうのが川柳書きの性。
「羊羹」が先にあって「かぐや姫」が導かれたのか、「かぐや姫」から「羊羹」が導かれたのか、と。

かぐや姫から思いつくものといえば、月、翁、竹……。

で。

気づいてしまったのでした。
竹筒入の水ようかん

あ、これか。

すっきりはしましたが、作品の面白さは半減してしまいました。
というわけで、平抜きで選ばせていただいたのでした。

いつも思うのですが、このような句の場合、コメント無しで読者の方々にわかってもらうにはきびしいものがありますね。だけど、上位5句にしかコメントはつけられないという……。

んー。





というわけで、きょうの(じゃなくて一昨日の)まりん。

風があって涼しくて気持ちのいい日でした。
まりん、ひなたぼっこちゅう。

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あったかいにゃー。うとうと。
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カメラかしゃかしゃうるさいんすけど。
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んー、のびー。
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なでれ、飼い主。(へいへいお姫様、ただいまなでさせていただきます)
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あんなにハゲハゲだったのに、毛が増えました。
もうすぐ冬使用になるのかな。
by nakahara-r | 2013-10-06 00:50 | 東海柳壇 拾穂抄

右手の人差し指が

動きません。
なんか腱鞘炎らしいです。
ふびん、いや、不便です。
中指で代用しながらキー叩いてます。
うー、さっきからタイプミスばっか。
あ、でも痛みとかはなくなったので心配しなくていいよ。
というのはさておき。


新聞の川柳壇には熱心な投句者の方々がいてくださって、
毎回とてもたのしく作品を読ませていただいている。

たとえば前々回と前回の入選句から


 
 君の手を握ってしまいそうな春/鷲見正子

 かさぶたのたがとれなくて血が滲む/長谷川維乃里

 行く人来る人そして私は春が嫌/丹下 純

 花の降る絵画の中へ駐車する/霜上春子

 切羽詰まると水掻きが生えてくる/塩谷美穂子

 太陽に黒点象の耳に蠅/小林英昭


どれも常連さんたちの作品である。
共通するのは思わずコメントせずにはいられなくなる句たちだというところ。
こんなことつぶやかれたら、隣にそっと座っていたくなるでしょ。

技術はないよりもあったほうがいい。
けれど、技術以前に、作品の背景にある作者の体温や心音や呼吸の断片が感じられれば、読み手はその句を愛さずにはいられなくなるんじゃないかと思う。
だから、何か言いたくなるのだ。

ちょっとカッコよすぎるけれど、
評とは愛なんだと思う。
それがたとえ酷評であっても。
by nakahara-r | 2013-05-29 21:12 | 東海柳壇 拾穂抄

約束だから

寒蜆約束だからそっと煮る/青砥和子(東海柳壇1月31日掲載)



  約束の寒の土筆を煮て下さい/川端茅舎

「約束」「寒」「煮る」とくれば、どうしても川端茅舎の句を想起せずにはいられない。
青砥の句には茅舎ほどの切実感はみられないが、
それは希求する側とされる側のちがいでもある。
ともあれ「約束だから」にぐっときてしまう。
まさか寒蜆との約束ではないだろう。
(だいしょうぶよ、そっと煮てあげるから、ほら怖くないでしょ)みたいな。
いや、あるか? 
という冗談はさておき、この約束ははたして「蜆を煮る」ことなのだろうか。
そうかもしれないが、それだけではないような気もする。

わたしにはこの句は二箇所で切れているように思えるのだ。
「寒蜆/約束だから/そっと煮る」

「寒蜆をそっと煮る」という日常の手仕事の中に、
唐突に「約束だから」という漠然とした思念が割り込んできたような。
「約束だから」が宙に浮いたかんじ。
どんな約束かはわからない。
誰との約束かもわからない。
でもなぜか胸にせまるものがある。

なにげない日常のルーティンワークのなかで、ふっと紛れ込む過去の記憶の断片。
瞬間、胸がちくっとしたりするが、すぐに忘れてしまうもの。
そんな日常をだれもが生きている。
by nakahara-r | 2013-02-21 00:04 | 東海柳壇 拾穂抄