孤独地蔵

孤独地蔵

 緑雨点滴

点滴の一二寸地をみどりにす
雨みどり音なくみどり樹もみどり
雨みどり仰げば陽ありくるりくるり
雨みどりてんてんてんと昏れはじむ

 孤独地蔵

孤独地蔵花ちりぬるを手に受けず
孤独地蔵誰がかぶせた子の帽子
孤独地蔵お玉じゃくしが梵字書く
孤独地蔵悲劇喜劇に涸れはてし
孤独地蔵うつつに見つむ日ぐれがた
孤独地蔵月したたりてなみだするか
孤独地蔵いよいよひとり歩むべし

 冬酒

冬の酒歯を鳴らす事あままたたび
冬の酒友白鷺の如くあらむ
身の底の底に灯がつく冬の酒

 酒酒酒酒酒酒

酒よろし酒にきはまる日くれがた
酒あまし舌より真珠まろび入る
酒とろり身も気もとろり骨もまた
酒をかしフオークで豆腐くらふ宵
酒うまし父にはあらず酔詩人
酒きびし深夜孤を孤に徹しきる

 句の道

句の道は苦でまた愉し愛愛愛
句の道はみづからを刺しきざむのみ
句の道にことばうまれてなみだする
句の道を歩むしあはせ不しあはせ
句の道のはてのはてなる愛愛愛
句の道ははるかきびしく灯りおり
句の道で頒ける小さくて大き花
句の道を行くともなしに五十年
句の道は実(げ)にしづかなり愛愛愛

 母子富士

富士に朝陽をいだいて子は眼がさめる
朝の富士けふもこの子をたのみます
富士とくるくる富士を前後に子はあそぶ
富士の午後子は鼓笛兵水を飲む
富士昏れて一日待つた吾子の顔
富士昏れて一菜でよし母子の膳
夜の富士雪ふり積みて子の衾
夜の富士母の睫毛もやすらかに

 白魚菩薩

白魚光るか水が光るか陽の粒か
水速に白魚の位置も調ひし
白魚航く嘗ての学徒航くごとく
白魚も染る紅貝桜貝
白魚の黒き瞳を水に描く
白魚の色情波紋きよらかに
白魚たちまち菩薩の貌で生命絶ゆ
白魚碗憂愁夫人翳ほそし

 やきふな

焼鮒の小さき顔と酒を飲む
焼鮒よ海はびようびよう僕もまた
焼鮒はさびれた町で売れてゆき
焼鮒の哀れは機嫌よろしき眼
焼鮒よ僕酔つたからいいぢやないか
焼鮒も皿から消えた酒となり

 黒鵜

鵜の闘志すでに兇貌とはなれる
鵜の闘志一団となり狙う嘴
鵜の闘志水より速き魚を嚥む
篝ぱちぱち今や鵜は火の鳥となる
鵜の闘志星もかなしみまばたけり
鵜は夢に哭きつつ眠り暁けかかる

 雨ぞ降る

雨ぞ降る音なし香なし海五月
雨ぞ降る地を降る地を噴きいでて桃咲ける
雨ぞ降るわが子の宿痾言ふなかれ
雨ぞ降る渋谷新宿孤独あり
雨ぞ降るリユツクの米をこぼし行く
雨ぞ降る地を傷つけて電車混む
雨ぞ降るけものの如きすとらいき

 秋

秋風の中をつらぬく陽の行方
水秋の勢がある杭一つ
よく晴て樹樹へ感謝がしたい空
秋の朝セルの青さの少女たち
秋の月聴く人もなき手風琴

 あんかう

鮟鱇の貌紫に雪粉粉
鮟鱇に魚屋の土間刃物あり
鮟鱇にさがる袋が三つ四つ
鮟鱇へよく来てくれた友二人

 江東かちどき橋

赤とんぼ坊さん坊さん何処へ行く
夏を経しカンカン帽の僧不惑
せいご釣る子供の頃の深川区
だるま船かちどき橋は秋を裂く
赤とんぼむらさきとなり昏れはじむ

 穀象

穀象と乏しき米をうばひ合ふ
穀象のたはむれ米と米のなか
袋から穀象米に飽きて這ひ
穀象は羨(とも)しお米のなかで死に

 冬の石

冬の石と石の間に水もなし
冬の石かたくなにまで乾ききる
冬の陽の石にしみ得ず土に消え
石庭に雪ふりつもる音を聴く

 ほや

ひる酒にホヤの香激し小丼
ホヤくらふ夜朝昼の酒二升
宿酔の割箸ホヤにある重み

 凍酒

水打つて風鈴が鳴り凍酒待つ
凍酒また卓のかくやも味のうち
凍酒色よわくグラスに盛りあがる
凍酒ふくみわが六十の読書力
凍酒とわれと机と本と夏夜半
凍酒凍酒のんでもひとりむせんでも

 葦折れぬ

葦折れぬ豊葦原と誰が言ひし
葦折れぬただそれだけの風の中
葦折れぬ一本折れぬなみだする
葦折れぬやがて来るべきひとたりし
葦折れぬそれをいたはる風の愛
葦折れぬなほ水にあり昏れはじむ

 すとらいき

すとらいきなんじしんみんあるくべし
すとらいききつぷはうらずパフたたく
すとらいきべんたうばこはしろいめし
すとらいきかすとりをのむさつをもち
すとらいきことばきたなきぷらかあど
すとらいきただしくもとめうつむかず
すとらいきこのこもやがてらうどうしや

 せいぢか

せいぢかのよむよりできぬかくせいき
せいぢかのおのれにゆるくたにきびし
せいぢかのなまりいやしくはかまはく
せいぢかにせいぢかがきてみみこすり
せいぢかのすうじにうときたぬきがほ
せいぢかのけふもこつぷとちよくをもつ
せいぢかはくにやぶれても2がうてい
せいぢかのしきよくつよきはなのあな

 続凍酒

冷蔵庫凍酒もわれを待つらんぞ
冷蔵庫凍酒も涙しづくして
二日酔凍酒もわれを救ふ気か
グラスから凍酒もこぼれまいと耐へ
縁側で凍酒見てゐる屋根の猫
炎天に凍酒もややに蒸気発つ
東京はガチヤガチヤがいい夜の凍酒
午前二時三時凍酒の顔ゆがむ
夜が明ける凍酒に倒る酔地蔵

 子らの子生る

天高し泣かない赤ン坊で御座る
子らの子はヤーイヤーイと人を恋ふ
平家蟹子らの子の泣きさけぶ顔
声立てて笑ふ子らの子ばばが来て
子らの子は徳利で乳は満ちあふれ
午後の部屋子らの子ひとり御機嫌さん
子らの子の夢はラヂオの曲のなか

 音痴子守唄

しののめにはじまる音痴子守唄
孫とばばつながる音痴子守唄
幾たびか抱いては音痴子守唄
子らの子は眠るよ音痴子守唄
音痴子守唄ばばなみだぢぢなみだ
天地(あめつち)のもの子らの子に見えはじむ
あくびしやつくりぶうぶで子らの子は育つ
子らの子の便のたしかさ朝ほがら
子らの子のあたま揺れゆく乳母車
子らの子に小判のやうな足の裏
親が転勤で子らの子も汽車の窓
発車ベル子らの子もまた手を振られ
子らの子の忘れた玩具手に取れず
子らの子に富山の風よそよと吹け

 カッパ満月

新年を蒼蒼として河童ゐる
河童起ちあがると青い雫する
この河童よい河童で膝枕でごろり
河童月へ肢より長い手で踊り
満月に河童安心して流涕(なみだ)
河童郡(ら)月に斉唱だが―だがしづかである
人間に似てくるを哭(な)く老河童

 炎天河童

腕角力河童月下に二十匹
月に手を子河童の稚気愛すべし
焼酎で海鼠のやうに河童酔ひ
河童うたつてもそれは聞えぬ人の耳
八月の河童よたよた皿の水
河童病んでいよいよ細い手で嘆き
河童死す月あはれんで白昼の如し

 ルムバ河童

河童かなし無口となりぬ嫁くひとに
河童身を責めて孤独を涙する
青春を涙の中に河童得し
月したたりて河童ルムバを聴き濡るる
青春ありしよろこび踊るルムバ河童
君を得て踊るよルムバルムバ河童

 河童豆腐

欣然と春の河童は豆腐食ふ
豆腐つつく夏の河童に水蒸気
秋の夜を河童と豆腐しづかに居
生豆腐冬の河童のこれに尽き
豆腐あり河童に四季の黒田節
河童昇天皿の豆腐もともどもに

 雪の間奏曲

ふりふれる雪蒼白につもりゆく
でんきブラン老醜の名をすてるべし
でんきブラン低俗な香が浅草だ
でんきブランわれが詭弁にわれが酔ふ
でんきブラン友だちの首二つ抱き
でんきブランがくりがくりと世が離れ
でんきブランこのまま死ぬも石だたみ
ふりふれる雪蒼白につもりゆく

 一匹狼

われは一匹狼なれば痩身なり
一匹狼友はあれども作らざり
風東南西北より一匹狼を刺し
一匹狼風と闘ひ風を生む
ただ水を一匹狼啖ふのみ
一匹狼あたま撫でられたる日なし
一匹狼欲情ひたに眼がくぼみ
一匹狼酔へど映らぬ影法師
一匹狼樹枯れ草枯れ水も涸れ
一匹狼天に叫んで酒を恋ふ


by nakahara-r | 2006-01-01 10:12 | 川上三太郎『孤独地蔵』


<< だんだん黝く 錆色の飛沫になって眠ってる >>