よくも妻の名

 よくも妻の名

干す物を干して水飲むおかあさん
もう医者の帽子は早し夏となり
大阪によくぞ生れた一人ツ娘
もう一つ吊革がある急カーブ
沈丁花彼女書斎に立ちつくす
親の声に子の声混り陽をもらふ
通過駅花嫁らしい五六人
五ツ紋着終つて咳二つ三つ
生命売りますも卑しい十二月
空振のクラブの風は伊豆の風
大銀杏こゝに久しい老易者
おめでたがつづいた母の好い鼾
ピクニツクこの令嬢も好い身分
避妊薬笑ふ悲劇に泣く喜劇
六月の蠅の生活おもしろや
和英辞書読めばなるほど日本語
中国にハエがゐるとは有難し
弁当の飯と同じな夜の飯
ホテルしんかん深夜の海の動き居る
やめたかと見ればボウフラまた踊り
美談とは誰にも出来て誰もせず
日が暮れて蛙の村となりにけり
縁日の夜空がまるい靄の中
日曜の新聞に子も見るところ
二十年よくも妻の名呼びしかな
肝臓はたしかにあつた二日酔
一本松洋館ばかりあざやかに
犬の子の何か噛んでて誰もゐず
扇風機金が親孝行をさせ
ゆすぶつて唄つて背の子と貧し
湖夜半実に映るもの何もなし
上着なぞ脱いでボーナス午后に出る
ポータブル二等車の客趣味が知れ
旅の母娘駅弁でないのを開き
凧切れて高いと知つた冬の峰
ツバメ号もう駅売りに国訛
大漁に犬も興奮駈けて吠え
金持の犬の大きさ腹が立ち
長男は次男を見上げ叱るなり
晩酌は子の食慾にちと呆れ
生きものの記録三六五夜眠る
知事選挙これは人間出馬表
早起きの女中に咲いてくれる花
春風に真綿のやうなうさぎの子
つらあてに死ぬ抵抗のはかなさよ
耳を貸す眼は襖を見天井を見
高圧線そこから川の中となり
音もなき春雨おもひ母娘縫ふ
落ちぶれた友見あげてる夏羽織
ヘエこれが空気と太鼓持は吸ひ
いい天気動物園はみな寝てる
石ぢつとしてゐるだけでそれが役
仲裁の両手の上の顔の色
ウニが名物で夜半も波の音
女の子タオルを絞るやうに拗ね
下町に住んで田作(ごまめ)も箸の先
事業慾うなされてゐる父の皺
晩酌の二本目何気なくせしめ


by nakahara-r | 2006-01-01 10:19 | 川上三太郎『孤独地蔵』


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