用なきままの

 用なきままの

命日を母の白髪のあとに坐し
独りゐて地震に気づく棚の物
大それた事立聴きの身にあまり
わが家ではないが案じる救急車
忙しくなつた手品の左右の手
生字引死んで湯呑も一つ減り
茶を入れる老妻に碁がはかどらず
あの笹竹煌煌と光りだして夏だ
ラヂオ劇馬は律儀な音で過ぎ
朝靄を鶏馬人とあらはれる
旅役者故郷に残る幼顔
村会は背中が丸くなつて更け
靴磨く妻も久しい小役人
詫びてゐるのでよく動く影法師
徒食して親子二代の立候補
銀行に来るまでニセ札の動き
何気なく洗ふ入歯の手暗がり
狂犬のあとを従いてく蠅五匹
連絡船用なきままの救命具
咲くにつけ母校の老樹散るにつけ
客の子の無理にウチの子口をあき
頼信紙一字余つて指が要り
一筋に気ばかり尖る受験生
廻り道月はすすきへ水のやう
マーケツト大火事となる日と知らず
平面図硬骨技師は肯ぜず
酔ひざめの水は咽喉から真二つ
働いた靴は明日も頼む靴
末弟と同窓になる十五年
帽子掛学帽グニヤグニヤグニヤと落ち
蛇がくれた知恵が日本のストリツプ
菩提寺もいつか工場地区の中
よく喋る勧誘員の鼻の穴
初陽きりきりはつきり雲と海にする
食堂のメニユーも五銭づつ騰り
空つ風今朝白菜を漬ける樽
虫の声明日旅に発つ子は二階
出世してまた飯食へぬ日がつづき
かみなりは本所へ去つた船世帯
爪びきの足はどうでもトンビ足
むずかしい表情たかが金魚釣り
兄さんの顔だんだんと親父に似
唖の子も凧が上つて靨が出
草分けの名なんぞ知らぬ工場主
夕刊へ今度は妻としての手記
世の中に砂糖醤油といふ不味さ
何もかも空つぽだつた行倒れ
ここからは番地が知れぬ寺の崖
日曜の妻に少うし使はれる
臆病ぢやない警官の忍び足
酔痴れたオーバーの底のアルミ銭
見当をつけては見たが昼の火事
縁の下別に役立つ物もなし
映画劇場父も泣いてるのが嬉し
秋の川映つた人も物思ふ
吾子癒えて座布団ぐるみ陽を与へ
名所もう何やら小唄出来てゐる
オーバーを脱ぐと暖冬湯気が立ち


by nakahara-r | 2006-01-01 10:20 | 川上三太郎『孤独地蔵』


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