口まげさせて

 口まげさせて

春の昼何処かを通る角兵衛獅子
居候久しい服装(なり)の日和下駄
病人に見せる氷柱に陽があたり
花活けるわが娘に暫し遠くゐる
駅の棚まだ国有にならぬ頃
化粧室斬られたやうに胸を抱き
老掏摸の明治の技もはや呆け
転業の弁当を噛むこの力
炎天に白鷺汗もかかず佇つ
応接間主人が立つたから帰り
日射病富山の薬だけの村
しみじみとよくも見倦きぬ友の顔
新妻の口まげさせてビール抜け
手不足の愚痴食う飯も立ちながら
病院の屋根のひととこ干してあり
初恋の眼にみな燃えるものばかり
わさび漬感涙ぢやない涙が出
ぢつと見詰めると相手は眼を伏せる
どの位食ふか家鴨を野卑に見る
トラツクの色千葉県の砂埃
健康児に育てて三度食ひ抜かれ
金策は眉間へ皺のまま帰り
孔雀みなひろげた羽根にあるふるえ
ノツクしてチョツキの釦たしかめる
真夜中の水道チヤンと出てくれる
警察を出る自動車は覗かせず
猫の歯の如き子の妻の皓歯である
交番も昼の地震へ立上り
サボテンのやうに子福者取巻かれ
出世して会ふとこにする日本橋
食堂のひとときつづく飯の皿
内職の母だけ動く影法師
少し位は子の胡麻化しを聴いてやり
跳ねあがる鯉の全裸の落ち雫
秋風を子も淋しいか路地を出ず
松の内きれいにビール飲んで寝る
初恋に身体一つの置きどころ
満潮に泡だけ残る工場区
抜穴は不安のままに手も使ひ
猫何にあたつたかただ長くなり
また水を飲みに来る子の手と足と
屋根しんしんいま台風の眼が通過
冬の酒三角の胃にまづ届き
豆の蔓取りついてから驚かせ
新聞をなかなか読まぬ大旦那
住職のパナマ大正から昭和
物干で霰はずんでばかりゐる
主従の誓の中に柳行李
地響をさせてオブジエ家に着き
人生は短しされど豆の蔓
茄子の花父の跣足も久しぶり
提灯は大工と解る寒詣り
赤痢もう川の長さと幅に殖え
当選をして半月で頓死する
汁粉屋も定連があるベレー帽
もう何も言へない言葉から涙
心配の真中に来る婦人記者
珍客にやあやあといふ日本語


by nakahara-r | 2006-01-01 10:22 | 川上三太郎『孤独地蔵』


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