じろりじろり

 じろりじろり

月光に螢は呼吸するばかり
うららかを逆さまに見る角兵衛獅子
投売は地震如きに眼もくれず
病人へ朝の光が頬の辺
かげぐちの口も狐に近くなり
夫婦相和してはゐるが月給日
恋を得て恋失つてそれで老い
鶴の檻はかなきものを泥鰌に見
摘み草にあつちの方も声を上げ
野蛮人靴を拾つて一評議
山の幸椎の実一つ掌に乗せる
ミスニツポンの哀れな舞台顔
焼芋屋銀座へ少し煙を出し
ウヰスキーそろそろ卓へ肱をつき
外人が察して英語つつがなし
片方の手は遊んでる好い電話
一軒家わが子無惨なエゴイスト
猫に咽喉鳴させ冬は陽を恵み
そもや吾子の見つむるところ塵もなし
タイル風呂父は十キロあるやなし
鉄工所とても頑固な溝の泡
電気屋の踏台あんなものでよし
駅弁の蓋にはかなき紅しょうが
春が来た弟の影兄の影
百二歳めでたがられてひとりぼち
晩酌を家中でじろりじろり
年賀状善友よろし悪童も
高島田身をくねらせる日が続き
旅先で買つた薬の知らない名
叮嚀なお辞儀へ迷子渡される
水たきに芸者の腕の緋縮緬
託児所へ母も乳房を待ち兼ねて
店持つてこれで取りつく戸をあける
新妻のもう訊きに来る晩の菜
馬の子にただ燃えてゐる春の草
春の夜と朝の間を酔ひ痴れる
この駅の向う十年前の町
党内で派と派歯と歯をむきわめき
割箸で火を掘る通夜も明けかかり
ちつぽけな葬ひ蓮の夜が明ける
そろそろと蠅捕り蜘蛛の身ごしらへ
帰省した二階の人の夏火鉢
迷ひ犬今度は靴のあとへ従き
葱の香のそれも真冬のこころぞや
天皇へ白鳥動く少しづつ
往来を鼻緒が切れて探す物
或る時は歌にもしたいつぶらな眼
喫茶店いつもの席にバツグ置く
出来心嗚咽となつてから崩れ
近道をして公園も役に立ち
ひとしきり咳のみ続く善後策
鉄橋へ汽車が油絵にもならず
町内でいつか野犬になり下り
独り住んで馴れた燐寸の置きどころ
売文のあさましきまで字を算え
箸箱を四本出てくるむつまじさ
忍術は少し空気をかき廻し
朝見れば空家のやうな五色揚


by nakahara-r | 2006-01-01 10:25 | 川上三太郎『孤独地蔵』


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