高いゴム風船

 高いゴム風船

指一本みんな鳴らして落ちぶれる
兄弟の順に茶碗の忙しさ
冬の日を犬びようびようと吠え光る
病人へ音を盗んで銭を出し
日和下駄伯父の俳句も四十年
初めての露店親子で下を向き
本当の口で女給は欠伸をし
炎天に警官一人影もなし
駅の傘取残された独り者
近づけば働いてゐる水車
独り酌片手で持つてついで飲み
令嬢の指褒めてから宝石屋
留守番へチヤンと簞笥はあかぬなり
点字読む指こほろぎのするどさに
天眼鏡心配の顔倍にする
聖し夜につかひはたして寝正月
行商の財布小さくしかとあり
病人の汗かいてゐる美しさ
拭かせまいとする子の顔のむづかしさ
ふところ手したまま坐る着道楽
北風に子は駈け出したとこで待ち
昨日今日名士の訃報つづく冬
組閣成つて好い灯が入る鯛の色
それからは姉に任せる好い話
間に合わぬくせに慌てる水ツ洟
旧友もキチンと立つた発車ベル
猫の子のなるほど慣れぬ冬の土
猫濡れて構はぬ五月雨に逢ひ
酒断つてひんやりと着る五ツ紋
笑ひ声ばかりの中の祝樽
巻紙へどうにも悔み短かすぎ
この旅の雲のみうつる水の上
菜の花はすばらしい陽の落ちる島
ゴム風船高いと思ふ寺の屋根
売りに出て間取りがわかる石の門
呆けてきた功七級のおぢいさん
もう春の芽をふくみもつ庭の樹樹
内職へ養父は酔つて寝転がり
絶景にみんな忘れた日本語
物干で小さい女中も唄が出る
三人掛け人の心を旅に見る
街路樹の今は雷雨に耐ふるのみ
楽屋裏迎えも来ない役者の子
市場籠立ちすくみたりザボンの値
床柱役人の背も狎れてくる
畳屋の針はやつぱりあすこへ出
託児所の小母さんの顔惜しがられ
人だかり生命の親も濡れたまま
独りゐて徳利一本涙が出
ぬつと手が出さう銀行束でくれ
姉さんへ眼で礼を言ふ手術台
別荘の下手なピアノへ光る鍬
途中から変つた旅の面白さ
豆腐久し我が箸に馴れ舌に馴れ
生ビール間もなく動く咽喉仏
箱庭の苔貧乏も久しかり
歯磨きは寝巻でしやがむ船住居
ハンモツク親もやさしい本を読み


by nakahara-r | 2006-01-01 10:28 | 川上三太郎『孤独地蔵』


<< 白牡丹と白猫 火元はひとり >>