手の小ささよ

 手の小ささよ

学校が焼けお役所が焼け夜が明け
手は語るお前も少し野心もて
旅七日わが家を天井に見つめ
濁流の小さな下駄よ何処へ行く
センブリの口は顔中曲げて嚥み
どつちともつかぬ社説で物足らず
冬松に水なく老残石となる
教祖さま浪曲に似た声を出し
冬の風縁日一つ吹き残し
草の名を子に教はつて褒めてやり
月給は右から左だから酔ひ
母さんを笑はせ姉を羞らはせ
温室の花資本家は東京に
セロハンを透いて豪華な童話本
すみだ川どこから来たのほたるさん
咳一つして筆工は二階に居
炬燵からヨイコにされて追ひ出され
御主人と夜店を歩き担ぐ物
金借りに来たなと悟る葉巻の輪
髪きちんと結ふ義姉さんに今日も負け
十二月今年も友が五人消え
塩辛の嫌ひな顔を笑はれる
初陽ありやがて妃となる窓のひと
旗竿屋考へてから路地へ入り
六十年鉛筆愛し句を愛し
輪にさせてから先生はまぶしさう
東京に煙が一本秋の朝
言ふべきを言はざる老いのいけ狡さ
つくづくと赤ン坊見る眼が四つ
妻や子や待つらんビクに鮒三つ
慰める言葉のはての仏さま
長生きも哀れ陽を負ふ日日に尽き
蟹料理しやべる時間と食ふ時間
兜町踏まれて踏んでイキが切れ
大手術この看護婦の莫迦力
旅三日老妻もまた夜を案じ
応接間から令嬢の浴衣を見
円満な長男となり店火鉢
ゆで卵わが子のやうにむけて行き
夕立は予報と別に暗くなり
冬の陽の石に沁み得ず土に消え
冬の汗ほうれん草も地を二寸
親の名を一字つけてる迷子札
妻となる人の眼と合ふモーニング
月出でぬ宿からすぐに日本海
おかあさんこだまもははをよんでくれ
朝やけに家鴨も早起きが嬉し
あの蠅は何処へ止まるか応接間
熱風へ乾くものなき屋根の上
植木屋は坐つたものの膝を撫で
うすものを着た婆さんの肩の骨
表彰式小使夫婦ただお辞儀
叔父さんは本当に出好き日和下駄
お隣家の小吏の庭のおむつ竿
職人の薄い蒲団も小十年
新入社社長のたくましさにすくみ
白牡丹動くを見れば白い猫
爪鋏怠け者から怠け者


by nakahara-r | 2006-01-01 10:30 | 川上三太郎『孤独地蔵』


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