東京湾は鉛色

 東京湾は鉛色
柳の芽それを待つてた水と橋
羊羹の重味を塗箸に感じ
もう一度使ふ蠟燭すぐにつき
潔癖でなく用のない釘を抜き
雲助の直ぐ逃げて行く足の裏
野良猫に官幣大社しんしんと
鶯の摺餌堅気になれた指
口小言別に小言の種が出来
三番叟白足袋の位置たしかなり
猫の子を女工みんなで育てる気
河豚食つて友も強気で夜を別れ
バスガール慣れて言葉も鼻に抜け
本当の無口であつた執達吏
牧場の夜あけだんだん見えてくる
屋台鮨やきとん如き嘲笑ひ
禁酒して母の気を知る膳の上
釘箱が残らず動く五寸釘
船大工帰りに気づく藤の花
病人の涙だんだん耳へ這ひ
後頭部やや傾けて点字読む
腕時計今日は芸者でなく出かけ
アスフアルトこの恋如何になりぬべし
子は若く正しさばかり言ひ募り
海苔干場海もこんなにやはらかい
歯医者まだ突つつき足らずまた覗き
貝殻の夢城が見え旗が樹ち
積立を銀貨でひいた給料日
ハモニカは勢ひ込むと声が出る
子を連れて動物園の三時間
町会でバーの主人の姓が知れ
薬学士恰も髭が生えはじめ
鉢巻を娘にさせる樽神輿
儲け口さうかさうかと膝が出る
故郷からの包ほどかず母想ふ
夏の雲泥鰌昇天する気なり
モデル地区蠅が一匹出た騒ぎ
雑草は陽にも人にも楯をつき
英和辞書学生の頃引いた線
北叟笑む晩酌長女次女の齢
地方版だけの俳句の老選者
野犬狩曇つたままの街の色
麻薬犯あくまで白き美青年
百姓の動くがままに陽も動き
さざめ雪夫人のグラス炉に薄き
だしぬけに女中の夢は起き上り
母子寮で子も間違へず母へ駈け
別荘はランプ主人は五年来ず
書留の判を待つうち次を選り
職工の子だ眼をさませ朝のポー
受験の子親も寝足りぬ朝の膳
赤飯を四角にあける台所
南無観世音にすがつた手が正し
造船所海青く船白く成る
良寛の歩く通りに子も歩き
天皇は猫背に在す雨の中
桜草アパートの陽の消ゆるかに
土曜日の宴会はみな靴ばかり
どうしても溝がまたげぬ莫迦な夢


by nakahara-r | 2006-01-01 10:33 | 川上三太郎『孤独地蔵』


<< はさんで残る 母の気を知る >>