子は母を呼ぶ

 子は母を呼ぶ

行進曲親子大中小で行き
初陽あり百千万のビルの窓
帰省して暫く借りる姉の下駄
次女肥えて身体一つの置きどころ
早起きの子の体操にまた負ける
箸割つてさて見廻した膳の上
春が来た西洋野菜デパートに
眉剃つた母の写真の傍の僕
まだ取れぬ割前の顔思ひ出し
化かされてゐるのではない蓮を堀り
春の旋風街に騒音人は鬼
奥様と違ふ定食女中食ひ
人だかり解らぬままに暫し立ち
家鴨の子親は率ゐる心もち
医者へ行くまでを商ふオキシフル
ひとりゐて眉間が痛い風邪心地
足踏んで詫びるともなきサングラス
一夜旅友もシヤツ着て寝たるらし
重役の湯呑み薬湯めいてくる
女学校覗けば今日は何か蹴り
朝顔のどうにもならぬあちら向き
帽子掛夜来た友に用はなし
この上に固いものなき冬の鰐
バス一区今日から徒歩の娘の素脚
秋の子に水はつめたく雑魚速く
だんだんと滝だとわかる霧の音
土曜干毛氈にある明治の香
東海に魚あり今日も鰹漁
道楽の果て手に残る猪口一つ
酔払ひ運転映画スターです
夜霧から顔が出てくる医者の門
活動と言ふ母と行く場末館
パパもまた腹がへつてる子守唄
手を胸に追つかけられる夢の中
産院でわが子をさがす足の裏
初めての貯金に借りた子の名前
摘み草に子は母を呼び母は子を
孝行は真似でもやはり金が要り
ハンカチは名残りを惜しむたしになり
かまぼこは日の出のやうに折を出る
秋の陽の赤さの中の赤とんぼ
口論にやうやく勝つた土気色
米俵葬儀へ無名氏で届き
踏切番雪と一緒に忘れられ
春の陽を今日も畳の寸に知る
二日酔魂一つ鼻の先
赤ン坊の正しい寝呼吸教へられ
出迎へた子の上を超す酒の呼吸
日曜に見る着流しの良人ぶり
喧嘩魚覗けば蒼い呼吸の泡
病人は知らぬ質屋の通ひ帳
雑草じやなかつた花になつて知れ
行水の繊手しやぼんに伸びきれず
はかなさを昼の花火のはてに見る
留守番を猫は横眼で油断せず
羅針盤自信の通り富士が見え
人の世ぞ淋しき母になりきつて
引越しに愛犬叱る用が出来


by nakahara-r | 2006-01-01 10:35 | 川上三太郎『孤独地蔵』


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