むかしむかし

 むかしむかし

雷は工場地区へのしかかり
法律がじりじり老舗前後策
円満の相は易者の方が持ち
また別な色でチエツクも決算期
洋装は視線を感じ読み続け
寒鮒に陰陰として船一つ
遠足は蛇に多数を頼るなり
本当の乞食になつて夢も見ず
むかしむかしまづ或とこに資本家
冬の子に犬も駈け出すばかりなり
長男の手に小十年暖簾棒
落ちぶれて口数多きさやうなら
薬鑵からすばらしい湯気天麩羅屋
父と子の激論へ母佇つたまま
やつと取りつき飾り窓らしくなり
名人の腕静脈透き通り
冬の月明暗正しビルデイング
赤ン坊がぢつと見てゐるのを見てる
エプロンの夫人に鯛が大きすぎ
京染屋自分も染まりさうに染め
赤とんぼ火の粉のやうな空となる
酔ひざめの水腑甲斐ないとこで明け
温泉疲れも親孝行の中にされ
男の子産んで褒めたはふた昔
洋杖で東京湾の帆を見つけ
病癒えて手摺で見てる人の顔
練炭の闘志も尽きた風の夜
病人のやうに埴輪は掘り出され
赤インキたつた二三字書けばよし
瓢簞の酒は世相と遠ざかり
すぐ蹲む癖も貧しい泥鰌売
文化勲章もらつた奴と同い歳
ガタリ「青」盲導犬が先づ動き
名人の碁は夕刊に二目打ち
陽炎の中の親子の愛を見よ
神楽堂わざとふるえて屋根へ逃げ
病人を少し叱つて窓をあけ
夕方の社宅に同じ風呂の煙
生字引みんな帰つた身のまはり
風の水のまにまに草の葉のすがた
風が出てするどきものに松林
ひる寝からさめ女の子やや坐り
痛いのを言つてむし歯は口をあき
二階から春の陽をただ眺めてる
北風に護りは固し火の見台
馬の糞風吹くままに陽のままに
子が病んでわがあたま打ち胸を打ち
女郎蜘蛛或日は光る媚を見せ
団扇掛今年は違ふ米屋から
名月に光るシラノの鼻の先
見送れば牛眼で応へ有難う
新劇も久しい築地からの帰途
葱畑貧しい村と判るなり
泣く声に漸く勝つた子守唄
料亭でボス弄ぶまつりごと
陣笠も与党の方は息も出ず
日曜の良人少うし邪魔になり
見はるかす島の一点白く干し


by nakahara-r | 2006-01-01 10:37 | 川上三太郎『孤独地蔵』


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