パジヤマ着て

 パジヤマ着て

満員車妻の和服を歯がゆがり
地曳網大きな幸に小さな幸
哭く事のあまりに多く壁を打ち
琴はもう長女も倦きて壁の隅
迷ひ子の掌にたよりないアルミ銭
神楽堂笛がかはつた左右の手
提灯に大内山の灯も応へ
リヤカーに八百屋葱だけ積んで来る
仲人にユーモアがある披露宴
招かざる客と役人宴を張り
鈴虫は売れて一匹づつ別れ
針仕事とても素直な子を前に
警官の美談長屋の奥が知れ
褒められて笑ふ皓歯をまた褒める
胡瓜もみだなと夕刊読む耳に
蒼空の広さを示す雲高し
春の海の魚の散歩してる顔
独身の居職水飲む冬の夜
アパートに五年作家の名も古び
雑煮箸若妻ぶりをわが娘に見
旅一夜三夜羽織のたたみぐせ
夕立に川にも音のあるを聴き
苗売りの暫しをいこふ千葉の水
青葉もう染めるものなく人昼寝
慰めてゐるうち淋しくなる言葉
秋の椎空気もシンとした真昼
不案内暫く墓地で立ちつくし
町を出てバスもだんだん揺れはじめ
拾つたの売つてそれから運に乗り
借りられて帰られ妻と苦笑する
貧しさと闘ふ腕の青い筋
迷ひ犬市場でひどい水を浴び
油絵のどのキリストも首を垂れ
貧相に冬の駱駝は風をひき
裏口はすぐ網船屋海の色
新しいシヤツも今日から来た給仕
真中の子の靴脱げるうららかさ
一月を七日に一度めしくらふ
行商の足東京の薄ほこり
ほどきもの根気で勝つたおばあさん
猿の檻猿も友だち選ぶらし
曲馬団もう灯を慕ふ虫を連れ
生けるものみなうなだれて仏陀死す
みな飯を食ふ宴会の国訛
いつの間に飯は済んでる猫の顔
北風に手足を失くし顔失くし
声色屋なるほど違ふ咽喉仏
桜咲く視力正しきひとと立ち
秋の蠅眼の上げ下げの中にゐる
心やすだてに菓子パン手から手へ
みんな歩かせて子宝見送られ
貴賓席椅子に番号ついてゐず
パジヤマ着て鉄砲百合のやうなひと
吾妻橋蒸気の背中覗き込み
鮨の皿遠慮は損と思へども
石積んで馬の努力のあからさま
横浜の霧にゐさうなジヤンギヤバン
迷ひ犬人を頼りに身を護り


by nakahara-r | 2006-01-01 10:39 | 川上三太郎『孤独地蔵』


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