あげ潮の下駄

 あげ潮の下駄

波みんな色がなくなる北の風
縁の下闘志もあつた豆の蔓
かにかくに蜜柑に冷える春の雪
オルガンに島の少女も式となり
立春の卵の方も根気よし
角兵衛獅子都へ来ても故郷の雲
手品ではない器用さを貧しがり
餞別の母の字見入る夜の汽車
紙芝居お客にならぬビルデイング
犬舌をヘラヘラさせて陽のさかり
裁判所待つ間を貧乏ゆすりして
秋の雨しづかな屋根を聴き澄まし
この草も喰べられて山夕陽する
上げ潮の下駄さつき見た下駄の裏
少女五人ランチタイムに紛めてよし
金借りる嘘を手伝ふ左右の手
請求書ばかり見てゐる仮事務所
灯籠の下に鋭き胡瓜もみ
一月を酒友だちと日なぞなし
船住居一筋白く米を研ぎ
東京の地面の下で小半日
三年目石楠花に花一つ得し
拳骨も小さくなつた日本人
人間の屑へ疑獄の門がまへ
河豚食つて帰つて妻に黙つてる
一日を時計も十二打ち終り
これだけの野菜へ主婦になりきつて
ぞんざいに三月ほど置く鉄工場
友だちの片手車窓に小さくなり
足の爪腕力も要ることを知り
子の蟇口の空つぽも可愛らし
大金を拾ひさりとは律儀すぎ
見上げれば雪は空からおごそかに
独身で通した叔母の頬の骨
ラジオ体操まだ新妻にある無邪気
婚約の袂エプロンからこぼれ
家鴨一列一箇分隊ほど誇り
一月の陽よ行く人の背をぬくめ
強情な子に針金も負けはじめ
被害者のやうに金庫屋開けて見せ
真夏しんしんと午睡の呼吸も動かざる
停電に火鉢も顔が映るもの
ものを書く机二尺の愉しさよ
母の唄子の唄春のお月さま
頬骨に下役の阿諛あからさま
子の影も春になつたと知る陽ざし
在るを得て一月の酒ややふくむ
松すぎて元の机の上となり
茶柱も番茶は凄く四本立ち
飲みあかす気の旧友も年を取り
気が狂ふまでは確かに書斎に居
子沢山ハラハラしたもひと昔
珍客へ布団が厚い恩返し
交番に初夏の花あり女学生
化粧した電報が来る初春三日
花がこぼれる両手で受けるありがたし
家中がみな落着かぬ探し物
影法師お辞儀する人させる人


by nakahara-r | 2006-01-01 10:40 | 川上三太郎『孤独地蔵』


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