2006年 01月 01日
あげ潮の下駄
あげ潮の下駄
波みんな色がなくなる北の風
縁の下闘志もあつた豆の蔓
かにかくに蜜柑に冷える春の雪
オルガンに島の少女も式となり
立春の卵の方も根気よし
角兵衛獅子都へ来ても故郷の雲
手品ではない器用さを貧しがり
餞別の母の字見入る夜の汽車
紙芝居お客にならぬビルデイング
犬舌をヘラヘラさせて陽のさかり
裁判所待つ間を貧乏ゆすりして
秋の雨しづかな屋根を聴き澄まし
この草も喰べられて山夕陽する
上げ潮の下駄さつき見た下駄の裏
少女五人ランチタイムに紛めてよし
金借りる嘘を手伝ふ左右の手
請求書ばかり見てゐる仮事務所
灯籠の下に鋭き胡瓜もみ
一月を酒友だちと日なぞなし
船住居一筋白く米を研ぎ
東京の地面の下で小半日
三年目石楠花に花一つ得し
拳骨も小さくなつた日本人
人間の屑へ疑獄の門がまへ
河豚食つて帰つて妻に黙つてる
一日を時計も十二打ち終り
これだけの野菜へ主婦になりきつて
ぞんざいに三月ほど置く鉄工場
友だちの片手車窓に小さくなり
足の爪腕力も要ることを知り
子の蟇口の空つぽも可愛らし
大金を拾ひさりとは律儀すぎ
見上げれば雪は空からおごそかに
独身で通した叔母の頬の骨
ラジオ体操まだ新妻にある無邪気
婚約の袂エプロンからこぼれ
家鴨一列一箇分隊ほど誇り
一月の陽よ行く人の背をぬくめ
強情な子に針金も負けはじめ
被害者のやうに金庫屋開けて見せ
真夏しんしんと午睡の呼吸も動かざる
停電に火鉢も顔が映るもの
ものを書く机二尺の愉しさよ
母の唄子の唄春のお月さま
頬骨に下役の阿諛あからさま
子の影も春になつたと知る陽ざし
在るを得て一月の酒ややふくむ
松すぎて元の机の上となり
茶柱も番茶は凄く四本立ち
飲みあかす気の旧友も年を取り
気が狂ふまでは確かに書斎に居
子沢山ハラハラしたもひと昔
珍客へ布団が厚い恩返し
交番に初夏の花あり女学生
化粧した電報が来る初春三日
花がこぼれる両手で受けるありがたし
家中がみな落着かぬ探し物
影法師お辞儀する人させる人
by nakahara-r
| 2006-01-01 10:40
| 川上三太郎『孤独地蔵』