長女も次女も

 長女も次女も

割箸に深川飯が熱すぎる
脂汗本当に力出す男
工場地帯雲も映らぬ春の川
おぢいさんも読めぬおばあさんの小遣帳
妻に逃げられて飯屋で禿びた箸
夏の猫へたばつてもういけません
東京を黙つて父は連れ帰り
国利より党利を私利を話し合ひ
連絡船酌婦のマフラ暫し舞ふ
新しい機械の話手を曲げる
サイダーの泡を主客でうろたへる
お隣家の秋刀魚の煙とウチの煙
紹介所硝子に映る帯の色
恋はそも字引に尽きた形容詞
偽華族然し洋酒の飲みつぷり
天麩羅屋十一月の湯をわかし
まだあんな場末のバーの歌謡曲
言葉の中のさよならといふ言葉
意見する咳と聴いてる方の咳
有難う真夜半に聴く貨車の音
貧しさを見せまいよそゆきの羽織
覗いてはいけない姉の大切な日
月出でぬわが子の頭またまろし
好い天気金槌を持つ用が出来
貰ひ風呂ちぢまりながら礼を言ひ
七色に燃えて煉炭いま盛り
貨物駅夜露に更けて光るとこ
デスマスク妻を懼れた成れのはて
町工場長女も次女もその中に
雨蛙青い中から青く飛び
中のよい子と子へ子と子手をひろげ
も一つの自叙伝闇に指で書く
豆腐屋も昨夜の冬の月を褒め
切れ話昼間で泣いてゐた芸者
出迎へた顔の中から母の顔
鉢巻をして店仕舞ひ売残り
両方の手で旧友は手を握り
すばらしいチツプ客にも見送られ
あまり晴れて樹樹へ感謝がしたい空
待つ顔は帰らうとする顔もする
発車ベル子は子同士で惜しみ合ひ
あんな山の上のつつじで一心に燃えてゐる
激論に勝つてわが語尾まで誇り
白猫に動く事なき月光ぞ
芋虫へ蟻は359と殖え
消毒をされて菓子屋は店仕舞ひ
遺言状争ふ弟とはなりし
十二月子供は三度腹がへり
酒の店いつもの椅子の老紳士
転業のわが名はつきり定期券
塩辛の箸手の平と口へ行き
笑はうとする病人を褒めてやり
七月は貧しき胡瓜花ざかり
神木へ月光そそぐ滝のごと
黙黙とだんだん米俵になり
寝て待つてゐる旧友をそのままに
ほつとした手紙しづかに帯へ入れ
初鮎と同じ魚でも鯵のツラ


by nakahara-r | 2006-01-01 10:41 | 川上三太郎『孤独地蔵』


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