吊革を両手に

 吊革を両手に

東京へ行く汽車の煙田に残り
午前二時貨車も時間で来ると知り
釣堀でをんなのかひな陽にやける
漫才の寄添ふやうにして離れ
豆盆栽買つて愉しい小市民
松の内黒羽二重の肩の癖
また元の三角になる雁の列
隅にゐるジヤズの一人の忙しさ
贅沢は敵だその敵愛す国
寄合の一人見つけた春の月
夜露もう月も濡れてるトタン屋根
細長く丸く研屋の春の影
放送に慣れたゆとりの十五秒
鮎の塩焼へ田舎の陽が当り
暴風雨の夜寝てゐて起きてゐる子供
妻連れてサラリーマンよ愉しいか
つがなくていいから芸者ハイボール
屋上で物干を見てをかしがり
通過駅菌のやうな村二つ
綱引きはやがてじりじり勝ちはじめ
請求書萬年筆も使ひ頃
節電にホテルの廊下明るすぎ
吊革を両手に友の顔近し
電柱も動かぬ夏のトタン屋根
転業のこれもまづよし靴の泥
一年生仮名さへ見ればそれを読み
菜種河豚この悪童も汗つかき
棒押しのコツ教はつてくだらない
抱負などない大臣の面の皮
まづお辞儀して師にいどむ七六歩
本当の男の涙眼をそらし
一月をビールが胸を真二つ
腰弁に吊革といふすがるもの
氷嚙む脳天ジーン蒼くなり
義理一つ風呂敷もまた小さきかな
外套を出る職人の向う脛
餓死一家浮浪児日記はじまりぬ
風邪ひいてうどんへ暗い顔を出し
友の手を握るその手も齢を取り
飛石をまだ新妻の裾さばき
電光ニュースははあさうかと読み終り
徹夜業螢も一つづつ消える
細工場で名人肩がこけてゐる
剃刀にだんだん倦きる子の機嫌
仮縫の心許ないピンの数
むつつりな学者の妻の訪問着
発車してそれぞれ貌を持ち帰り
八の字を寄せて朝酒叱られる
どの指もある事はある染物屋
トランクは旅行が好きなしまひどこ
夜汽車もう川一筋へ明けかかり
酔つてから二三歩に灯が多すぎる
門灯の五燭丈夫で五年経ち
モンペエの妻を褒めれば立つて見せ
桜だけふくらみ残り日が暮れる
濁流ふてぶてと盛上り盛上り
旅先の鉛筆いつか丸くなり
発熱の午後とはなりぬ黒き四時


by nakahara-r | 2006-01-01 10:42 | 川上三太郎『孤独地蔵』


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