声すれすれに

 声すれすれに

島の冬死んだ詩人の下駄二つ
蓄音機まだその頃の伊十郎
長男に元の任地の国訛
冬の石と石の間に水もなし
父さんを覗きに子供友を連れ
米貸して見送る友も二階借
冬の日を箱屋の箱の手暗がり
仮縫にくすぐられてる脇の下
剃刀は取上げてから子を叱り
強情な子供とわかる石あたま
交番の中でも困る苗字だけ
夏の池鯰のやうな靴一つ
長火鉢これも貧乏馴れてゐる
詰衿の忿怒湯呑で酒を飲み
水浴びた愛犬暫し襤褸のやう
屋台鮨楊枝は口に眼は星に
焼跡へぼんやりとして火元立ち
三の糸声すれすれにある生命
甘党のすぐさま頼る多数決
或る時は親が淋しい居丈高
帳合は大戸下してからの事
ちつと変人でたちまち拘置され
見つむれば椎の樹の蟬やや動く
丼の水がこぼれぬ支那手品
頓死したおばあさんだけしづかな夜
奥さまのやうながほしい腕時計
幼名で呼び合ふうちに国訛
牧場はかぎろひ牛はとろけさう
本棚と別に雑誌の高さなり
承知した手提金庫の音のよさ
重役の頓死慌てた庶務課長
子沢山一人ぐらゐはでも遣れず
碁に勝つて五位鷺の鳴く暁を知り
白い月餓鬼大将の脛の傷
地図にないとこへ蕃社は逃げて失せ
牛悠然鶏騒然と食つてゐる
腕時計遅速も少女五人連れ
声帯が異常なほかはトンビの子
炭俵持つて帰つた黒い跡
両方の手でバイブルを持つ弱味
リボンせる母や明治の写真帖
夜歩きもここから戻る虫の声
よく見るとイナゴの顎が動いてる
ビニールの手に子の金魚透き通り
火鉢から余程離れて叱られる
緋牡丹に今日は眼が勝つ病上り
PTA校舎も五年母として
ハンカチをつないだやうな娘の水着
後添は振向きもせぬ鶏の世話
念押してから実印は手をはなれ
らんちうはあまえるやうに掌に重く
丸帯の呼吸見てゐると解るなり
支店から電話に立つた打開策
修学旅行帰りは医者に附添はれ
弁当にこめかみ動く平社員
ホテルしづかに更にしづかな支配人
妹のただ茶を替へる貧しさよ
童謡にあら先生の咽喉仏


by nakahara-r | 2006-01-01 10:43 | 川上三太郎『孤独地蔵』


<< 名古屋も今は 吊革を両手に >>