名古屋も今は

 名古屋も今は

大晦日でも歩いてる屋根の猫
賢妻の名をたてまつり日日不逞
ゴムスワン子の両手から顎が出る
隅田川こどもの頃の水を嗅ぐ
長男もそろそろ顎のひげを抜き
さぼてんにひとり娘のやうな花
行路病胃袋といふものもあり
不動尊この子に賜へ記憶力
掌へ乗せて真珠は危ながり
天守閣名古屋も今は煙の空
三味線と指の間の緋縮緬
梅干を貼つた女中の歯の痛さ
隠居所の猫を算へて腹が立ち
産声はつひに薬石効もなし
うたごゑもウィーンの子のは透き通り
理想とは違ふ洋間にある不便
女優部屋ハンカチに似た物を干し
重役の腰かけた跡すぐ膨れ
すばらしいずぼら国士になつてゐる
雀ども春風だから歩くのだ
針仕事見慣れた柄だけど褒める
狐になるか教祖になるか眼がすわり
帰省して今は語るに足りる女性(ひと)
怠け者目立たなくなるサボタージユ
お神輿わつしよい赤い羽根大きらひ
午前二時良人の友はみんな悪
晩酌は箸で子に一つづつ与へ
宴会でつくづく関西料理倦き
縁日の尻へ弁当届けられ
落ちぶれてゐるので着てる五ツ絞
同じ国で同じ女中で立話
お母さんに見せたい映画泣いて見る
原稿紙陸奥も大和も波を蹴り
謝つてゐる眼のはてにある闘志
あんまりな小言に嫁は水を飲み
嚠喨と鳴る道具屋のコルネツト
縁葉樹ときどき翳る子の昼寝
やや動く金魚へ夜が明けはじめ
柳行李まだ朝早く起きる癖
仰げば尊しわれが師は労働者
明日また来ますと羅苧屋音が変り
まごころは両掌で持つて来た清水
放送の汽車はすぐさま遠ざかり
次の間へ立つ父親の涙を見
漁師町とてもきかないおぢいさん
病人を痩せたと思ふ夜あけがた
昼の火事空に遮るものもなし
国家老妾を貶す形容詞
無人島二三日は腕組んだまま
日本刀抜けば玉散るだけのこと
女房も努力してるな貯金凾
川びらき昼の芸者の鼻の汗
角店は危く三角に残り
うららかさたみのかまどはにぎあはず
梅匂ふ寺の番地の覚束な
一月をぼくと離れぬ燗ちろり
一年生もう雨を衝く勇気が出
女客揃つて脱いだ春の下駄


by nakahara-r | 2006-01-01 10:44 | 川上三太郎『孤独地蔵』


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