花嫁の自動車

 花嫁の自動車

追ひ詰めてから狂犬の涙を見
男の子縫つてゐる女の子見てる
一月の風も佗しく白湯を飲み
一碗の粥へ生命は這ひすすみ
犬洗ふ朝家中の声となり
一生を母背負ひきれぬ程の用
貧乏と兄と弟摑み合ひ
風船屋すぐ飛びさうな糸でくれ
人は武士されば税務署肩で風
ひどい燗安くてはやる酒の店
靴みがくうちに社用へ順をつけ
風はもう夏だ両手を泥にする
薬売り蛇に咬まれて小十年
陽炎は学者の庭へ無駄に立ち
秋の海南米航路船はるか
揚幕へみんな眼が行く手の扇
塵芥函とまだまだ蠅は闘ふ気
強盗の嫁ぎ日割にして呆れ
明月に父の謡を母と笑み
子が孫がやるから朝を深呼吸
子ら去つて草は静かに露を待つ
母としてセーターは子の靴下に
花嫁の自動車だつた停止鋲
スリツパの数臨終へ音を立て
末つ子はすぐバンザイの手が出来る
無名作家兵児帯も亦小十年
暗い晩他人の咳とすれちがひ
九月の陽茄子のむらさききたならし
口ぐるま虚虚実実の応接間
昼の火事みんな打壞されて消え
フアツシヨンモデルお茶かけて食べてゐる
一夜旅呼んだ按摩の長い面
一月も二十日をすぎて飯の味
店仕舞ひ宣伝ぢやない声が嗄れ
旅の膳宿の女中も話題なし
たこ焼の銭はズボンのかくしから
平らげてバカだけ残る神楽堂
立ちあがる時溜涙声となり
女友だち日本映画でやはり泣き
カメラとはたかがヌードを十重二十重
羽根ゲーム負けてはならぬ頬の色
蠅叩き病人の手の伸びるとこ
当選と落選同じ酒屋が来
撫でられる馬も閣下も齢を取り
三の酉子の拍子木も風の中
モンペはけば妹の二重顎もよし
五分間口がトンがる駅の蕎麦
小使の認印何処かにあつた筈
ちと冷やかして声色屋諦める
子を死出に連れる母情のみにくさよ
八月のすきやき顔へ塩がふき
雪ン子よつよくきれいによくのびよ
子の背中まだまだあつた痒いとこ
大袈裟な日除の中で歯の薬
母と子と争ふ米も飯になり
これも銀ブラ子を背負つてワンピース
生酔のそれでもわが家こころざし
夏はよし父の帽子もうす色に


by nakahara-r | 2006-01-01 10:50 | 川上三太郎『孤独地蔵』


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