冬空をぴりり

 冬空をぴりり

二重橋振向きもせぬ自家用車
兄さんはぞんざいだから貸さぬ櫛
平和とは屋根にしづかな白い鳩
古本屋横目を使ひ読んでゐる
猫の子を旦那も覗く翌る朝
雪どんらんに登校の吾子をこころみる
闇相場の中に老舗の店火鉢
あらかたは社長が笑ふ社長室
左右見てゐて背中から轢かれ
身ぶるひをさせて冷酒の行くところ
博奕打或日いたはる左右の手
釣竿の片手煙草を探りあて
子を籠に入れてゆすぶる好い身分
病む友へ途中下車せず顔おもふ
雪ひんぷん友も真赤に河豚の箸
秋の空客言葉なく昏れはじむ
朝顔は白白白と暁けはじめ
子の病気癒つてひとへものになり
雪解けを学者の庭のぢぢむさし
闇相場主人と客の顔の筋
餅綱へ餅の表情変りかけ
特二等寝棺のやうに口をあき
友だちを半ば頼りに河豚を食ひ
冬空をぴりりと裂いて雪になり
赤インキ拭いても消えぬまま退ける
ひとすぢに金貸して生き死期を知る
闘争のビラ我儘な駅の壁
社長室ノツクをすれば夫人が居
あらかたが透けて痴漢を昂らせ
特急の風だけ残る通過駅
一人だけ三重奏へ透き通り
交番の隅に迷子の親の顔
夏祭家中留守をきりぎりす
生酔は俺を一体何うする気
検札と少し粉めたがやはり敗け
月給を受取つてから妻怒り
泥酔の夜夜賢妻に殺意あり
手の混んだ廟の甍にある冬陽
母親を泣かせみにくき子の知性
花園に少女三人脚細し
回転ドアー愛人と来て一人づつ
ブランデー一月の手をぬくめ合ふ
午後一時だあれもゐない三ヶ日
満員車引擦るやうにやつと出る
迷ひ子の迎へ両手に食べる物
廻り椅子社員如きに振向かず
松風となつたる松の逞しさ
名画展特異児童がまたゐたぞ
加留多取る床の盛り花揺るるかに
親を刺し子を絞めてなほ死にそこね
火をおこすほかに用なき渋団扇
プリンセスあきらめ雲の下へ嫁き
縁台のここもうるさい名人位
絵ハガキで見るとホテルは誰もゐず
金の要るわけ小説に似てしまひ
雷に東京の子と田舎の子
ちと長い青柳鍋の青い葱
平凡なことづて話題にもならず


by nakahara-r | 2006-01-01 10:51 | 川上三太郎『孤独地蔵』


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