わが眼は空を

 わが眼は空を

水のんで瞋恚の尖りややしづむ
雪ぞふるわが眼は空をはなれ得ず
病み上りわが膝頭不憫がり
北風に台所で指切つた妻
名人はだんだん観世音にする
高島田それも魅力の腕時計
末席の酒乱の猪口の行きどころ
廻り道だがつつがなし残置燈
少女雑誌モンペ少女が主人公
政治とは今日も一家で死の抗議
尋ね人その子は白痴だとわかり
みがき砂たわしも丁度使ひごろ
集金も雷嫌ひ上眼で居
三ツ葉掴み残されて音あり霜柱
置き手紙何だか涙らしい跡
お小姓は琺瑯質のやうな顔
風鈴を貰つて日暮れがたの風
貧乏を祖母に知らせず祖母は知り
お元日父も謡の齢になり
姉妹でかくも愚かさかけはなれ
級長になじる事あり五六人
お揃衣に姉の内気を知る祭
口と眼と心と違ふ親の愛
物干と盥の話題尽きもせず
無尽だと見えて貸席銭の音
御野立所山は遥に紫に
夕立の湯気とも見える屋根の上
よくはやる飯屋の犬で蹴飛ばされ
男鹿晴れて三潟三彩四季にあり
雷去つてあたかもお豆腐が買へる
四球のラヂオ居職の棚の隅
屋上で見る雑踏にある流れ
赤帽に狙撃事件が遠すぎる
能面の正しきままに骨董屋
熱の子を医者まで肩掛けで護り
アパートの窓から故郷の母の顔
独りごとだからはつきり国訛
人の子を讃へるものにぼんのくぼ
谺転転山を愉しむ少女たち
秋の陽を惜しみて稲も斉唱となる
溜涙母本当に腹が立ち
大東京祭にハニイカー続き
赤ン坊とキヤベツと帰る乳母車
氷割る母へいつしか明けはなれ
何かフニヤフニヤフニヤと駅の拡声機
図書館で世帯張つてる調べ物
月光はふるふる眠るどぜうたち
紀元節今年もなびき伏しそこね
歓送の首はみるみる粒になり
旧友のなるほど犬も吠える筈
独り酌読む眼やすめて一人つぐ
北風へ三角になる犬の顔
南米へ行くめいめいの荷の不安
下駄箱に一家養ふハイヒール
とぼけてる眼は天井の方も向き
人差指紙巻喫はぬ三五年
掌へ自分の拍手たしかなり
電車旗樹てて整ふ丸の内


by nakahara-r | 2006-01-01 10:55 | 川上三太郎『孤独地蔵』


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