2006年 01月 01日
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良妻で賢母で
潔癖で人と並ばず社を退ける
無人島万策尽きて家を建て
トゲ抜いてややしづまれる指の色
どぜう屋に昼の落語家子と坐り
一月の顔でなくなる二十日すぎ
一番小さい妹の慰める言葉
行つてきまあすただいま母は針を持ち
鼾やがておばあさんから子から母
鬼は外居職の父にこんな声
お茶の会夫人カナリヤほど喋り
贈り物女房流行の事も言ひ
お嬢さん関西弁で我を通し
眼鏡屋でさうだつたのか乱視眼
混血児父が判つた出帆旗
強情なひよつこ食へぬ物を食ひ
一筋を良人と呼ばれ妻と呼び
吹きぶりに奉公人の脛細し
懐ろに一文もなく置炬燵
大晦日眼は三角で顔四角
親分へ乾分としての腹を立て
一晩は英語でばかりホテル更け
あばら家だけど日が暮れりや子は帰り
足音をさせぬホテルの支配人
煉炭にホツとあかるい冬の壁
子に着せて妻は去年の羽織り着て
鶏は一粒づつの米でよし
老文士製薬会社から見本
速達をぶらぶら届けいやがらせ
ぞんざいな女房になつて豆腐汁
子を連れて右手が振れる好い天気
良妻で賢母で女史で家にゐず
姉の横顔親孝行をしなかつた
朝飯を食つたつきりの待ち呆け
モーニング嘗ては略綬つけた衿
飯粒のやうに柿の芽あつちこち
赤インキ校正室も小十年
出勤簿自分の姓に励まされ
食堂車笑ふ紳士の頸の寸
つらら全く新潟行の汽車となり
赤とんぼ陽へキキキキと身をはなつ
高張は今日町内に好い話
小つぽけな腰掛けで好い鍋鋳掛
夕ざれば下男は屋根に灯は庭に
焼きむすびの醤油匂へり潮の香も
生ぬるく東京で食ふニシン漬
口笛を吹いてわが子にひやかされ
穴埋めの金策の金策をする
朝の潮もう幸を獲て帰る船
この上の倖せは娘の食慾に
もう母をかばふ子になる交叉点
生酔の肌着だんだんみんな出る
夏火鉢火箸一本見失ひ
探偵を私立探偵尾行する
東京の話レイヨン着て話し
同胞に会つてニツポン語が使へ
水うまし動かない雲動く雲
むさぼるにあらず海猫子をそだて
晩酌の海苔は自分で焼き直し
by nakahara-r
| 2006-01-01 10:56
| 川上三太郎『孤独地蔵』