蒼蒼亭句箋  ざくろの芽だ

孤独地蔵 川上三太郎

蒼蒼亭句箋

 ざくろの芽だ

馬顔をそむけて馬とすれちがひ
二十五時すごい女給の腕つぷし
見送りもなく東京を脚気発ち
ゴルフ場やがて三人五人の陽
警官も元は学徒で腕組んで
気はついてゐる旅先の顎の鬚
ざくろの芽だ芽だ有難い光
もう晩のお菜を思ふ午後三時
颯颯の暴風雨の中の青ランプ
ビールの泡子も働いてゐて頒ける
急用の受話器は手から手へ渡し
模範村子供ながらも担ふ物
夏の朝もう馬の影人の影
猫の恋猫も驚くトタン屋根
ノイローゼ赤信号へ歩き出し
泣いて嫁ぐ姉と笑つて嫁ぐ妹
泣きやんでシヤツクリだけの子のしじま
仔馬とんとこ空は青空春が来た
迷ひ子へやんわり伸ばす巡査の手
稲光テニスコートは濡れはじめ
水上署陸へ上がると腕を組み
父も歩き母も歩いて子は嬉し
お妾も旦那も猫も歳を取り
十二月鼠の顔を見つけたよ
春の雨やがてしたたる馬となり
石燈籠これも相続税のうち
初霜に下駄の緒ゆるき台所
フエルトの厚さ娘の背の低さ
素人がやる深川の手のやり場
三月ほどして庭石の請求書
ホームいま母娘で駈ける下駄の音
月光に蒼白の馬ぼうと佇つ
膝に落ちてから溜め涙とめどなし
ビルの窓衝突ぐらゐ首も出ず
笑ふよりほかにすべなき白痴美の
すばらしい心臓だつた伝書鳩
夜の雪馬小屋つひに音もなし
番頭も月給になる善後策
冬空に動く枯葦そして人
馬の腹昂る蠅が三五匹
三ヶ日これは芸なきホームバー
ハンドバツク性懲りもないおみなめら
病む心臓うかがひながら寝返りぬ
水よきれいな水よそれでながれてゆく
馬の面川に映つてやがて飲み
春の夜と朝の間を酔ひしれる
ビール冷えて味噌と胡瓜があればよし
轢逃げのナンバーを子におぼえられ
冬の川社宅は北に寒い風
踏切番傷に屈せず子を抱へ
冬山に春まで会えぬ子が眠り
振袖は嬉しい時も人を打ち
馬車に乗せれば愛人の眼に野は展け
萩枯れてほそきがままの冬の中
置炬燵猫も旦那の顔に倦き
桶屋もう出来たと見えて掃いてゐる
狂人の描いた太陽飛び出さう
軋む戸を日済しの婆二度にあけ
生きてゐるやうに踏まれる栗のイガ
頂いた朝の番茶の香になごみ
詰将棋どれどれといふ父も閑
菩提寺に久しい猫も耄けたらし
向うでは知らない死んだ兄の友
日曜の新聞もう一度ひろげ


by nakahara-r | 2006-01-01 10:58 | 川上三太郎『孤独地蔵』


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