ドアがある骨にも岬にも

「テーマなんてない」10句を掲載していただきました。
作品くださいって言われていちばん困るのはいつもテーマ(というか題)だったりします。
来し方を思うと、一貫したテーマで書いたことって「WE ARE!」の9.11の作品群だけだったような気がします。
結社に所属していたときも、だらだら書いた句を数だけそろえて提出してました。
で、思い起こすのは無謀にも短歌の新人賞に応募したときのこと。
30首をまとめたわけですが、そのときの選考委員であったO氏にのちのち「フレームが弱いんだよねー」と言われました。
縦のちから(上から下に読み下したときの一首のちから)と横のちから(一首から次の一首に読み手を誘うちから)。
どちらの強度もたいせつ、と。
とても納得のできるアドバイスだったのでいまでも鮮明に覚えているわけですが、
川柳の場合っていうか、わたしの川柳の場合と言い直してもいいですが、発語する本体ってのが無数にいまして。
誰?から何?まで。
なんかこんなふうに書くと、上のほうから言葉が降りてくる的な誤解をうけるような気もしますが、
けして自動書記みたいな話ではなく、立ち位置がいつも揺らいだところからしか発語できないと言ったほうが近いかなと思います。

あれ?
なんの話だっけ?

ああ、そうそう。
だから「テーマなんてない」というふざけた題の言訳だったわけです。
ながっ。


いただいていた本たち。


「杜人」244号より

好き好き好きあなたへ送るずんだ餅 宮本めぐみ
「好き」とか素直に言えないわたしには驚きの一句です。
まあ、こんだけ言ってるわけだけど、「ずんだ餅」なんですね。
形状とか色とか、おまけに音とか、ぜんぜんロマンが感じられなくて、
いいのか、ずんだ餅で、とひとこと言ってあげたくなります。
しかも「送る」んですよ。
想像してみてください。「好きです」と書かれたカードといっしょに宅配でとどくずんだ餅。
こ、こわい。

岬から少し離れて無印良品 加藤久子
「杜人」は宮城県にあります。岬とあれば3.11と切り離して読むのがむつかしい。
だから「離れて」無印良品に囲まれて暮らしているという句なのかもしれません。
でも、初読にかんじたのは清潔感と風通しの良さでした。
岬には灯台があって、そこは広い外海につながる内陸の先端であるところ。
離れてはいるけれど少しであるところが、みさきという語感とともに明るいかんじをもたらしているんじゃないかと思います。

ずっとずっと歌ってきたの骨の口
おしゃべりを聞いているのよ骨の耳 広瀬ちえみ
口の骨、耳の骨ではなく「骨の口」であり「骨の耳」。
広瀬さんはまず「これは骨である」と認識したのだと思います。
で、じっと骨を見る。ああ、これは口の部分、耳の部分と部位の認識が一歩遅れてやってくる。
これは認識の発掘作業なのではないかと思ったのでした。

そういえばたしか目蓋はあったはず 須川柊子
あるんですよ、目蓋。だから見なくてもいいものにはちゃんと蓋ができるはずなんですけど。
蓋とじるのを忘れるんですよね、ひとって。

ゆだんしていたらどこでもドアが開く 佐藤みさ子
「どこでも/ドアが開く」なのか「どこでもドア/が開く」なのか。
どちらで読んでもおもしろいなあと思いました。


本日ここまで。

by nakahara-r | 2015-02-23 00:01 | 川柳


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