買うだけだ

年初の東海柳壇でコメントを書いたのは以下の五句。
変わらず投句してくださっている常連さんたちの達者な句に混じって、
初めてお名前を拝見する方が増えてきたのがうれしい。

あきらめの先にあるもの初日の出/酒井かよ
線香のゆらぎに似てる年初め/細矢進吾
粘り気があってめくれぬ月曜日/喜多村正儀
重箱の隅を突くと返事あり/伊藤弘子
蛇口から日本チャチャチャ滴って/青砥和子


そしてコメントは書けなかったけどめちゃくちゃ気になったのはこの句。

わたし今真っ白の花買うだけだ/小柳津絢子

いっしゅん、ふつーじゃん。
と、通り過ぎそうになるけれど、よくよくみればけっこう異様である。
「わたし今」に助詞がないのはモノローグだからだろう。
たどたどしく聞こえるせいか、みょうに切迫感がある。

そもそも白い花を買うという行為には弔事の気配がある。
なにごとかが起きて、自分にはなにもできない、と思い知るとき。
無力感にうちのめされたあたまのなかには、どうでもいいような、なんでもないようなことしか浮かばないのだ。
友人の訃報を知らされたとき、わたしのあたまに真っ先に浮かんだのは「図書館に本返しにいかなくちゃ」だった。
なんだろうね、それって。




職場で「桃色」と「ピンク」どちらで呼ぶか、が話題になったとき、ふいに祖母が「肉色」と呼んでいたことを思い出した。肉色と聞くたびに、怪我をしたときの傷口と痛みを思い出して嫌だった。
リアルすぎる。
肌色はまだ許せるが肉色は許せない。
「れいこの肉色のはんけち」とか言われたら、きっとだれだってピンクの持ち物はぜったいに避けようとすると思う。
祖母のことは嫌いじゃなかったけど、わたしがピンク嫌いになったのはまぎれもなく祖母のせいである。

で。
ピンクのお鼻とピンクの肉球のまりんです(笑)


ひなたぼっこにゃりん

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どうしても逆光になるので補正をかけてみる。
あー、もうせっかくまったりしてたのにじゃましにゃいでー。
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by nakahara-r | 2014-02-03 23:23 | 東海柳壇 拾穂抄


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