晩秋の楓とライ麦パンと猫

12月ですね。
風がなくておだやかな日曜日でした。
晩秋の公園を一時間ほど散歩してきました。

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どんな川柳を書きたいのか、どんな川柳を読みたいのか、書きたいものと読みたいものは常に一致するとは限らず、ひとはそれぞれの基準に沿って、書いたり読んだりするわけです。
詠みたい川柳を詠むのは至難の技ですが、読みたい川柳なら手軽に読める。それはしあわせなこと。


『おかじょうき』12月号より

先生の傘はきれいに折れ曲がる/安藤なみ
   「先生」が効いている。漱石の『こころ』の先生ってこんなかんじだけど、でもこの句、若干、皮肉入ってませんか? 先生だっていろいろなひとがいるし、誰彼構わず「先生」って呼んどきゃいいだろって思ってるひとだっているし。そんなこんなを考えさせてくれる句でした。

カマトトのトトのうなじを三枚に/月波与生
   おもしろーい。
カマトトは人であるから「うなじ」であるし、トトは魚であるから「三枚」であるのだ。では、なぜ「うなじ」であるのか。「えー、なにーそれ? ユミ(自分の名前である)わかんなーい」なんてのたまう女子を見てるとイラッとしませんか。

訃報くる夜空何枚羽織っても/守田啓子
   まさに。訃報に遭遇したときのあの寒さ。(実際にはたぶん上着だったり毛布だったりするのだろうけど)暗い夜空を羽織っているような。キーンと澄んだ夜空のイメージが死という抗いがたいもののイメージと重なって魅力的な句。

約束のポテトサラダが打ち寄せる/悠とし子
   誌上句会「0番線」の松永千秋選の特選句。楽しい選評が書かれているので興味ある方は『おかじょうき』読んでください。次々に打ち寄せるポテトサラダ……。こ、こわい。


『水脈』35号より

虫の音と夏の布団はすれちがう/一戸涼子
   夏から秋に変わる時期、言われてみれば実際そうなんだけど。ふつう、わざわざ川柳にしてまで言わないよね。というところが買い(笑)。「すれちがう」がこの句の肝ですね。あ、でもこのあたり(東海地方)だと、すれちがわないで共存するかも、ですが。

猫コトバ話せば夫と他人かな/城村美都枝
   いや、夫婦ってもともと他人だし。という屁理屈はさておき、「屠蘇散や夫は他人なので好き/池田澄子」という俳句を思い出しました。猫を挟んだ夫婦の関係性みたいなものが垣間見えて、ほのぼのしますな。←まけおしみ(笑)

締め鯖のみな恍惚の貌をして/浪越靖政
ごめんなさいドライフラワーになっちゃって/浪越靖政

   浪越さんの二句。
鯖の句からは、死の瞬間、脳内からエンドルフィン、エンケファリンという快感・快楽物質がどっと分泌されるという話を思い出しました。さもありなん。
ドライフラワーの句は文句なしに好き。だってかわいいじゃん。




さいきん、休日の日課になりつつある「ドルマン」のランチ。
きょうのはライ麦パンと手作りソーセージ。レバーを使ったパテが絶品でした。

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というわけで、最後にきょうのまりんです。

う。た、たぬき……。
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なんですと! たぬきですと!!(怒)
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必殺! ごろにゃん攻撃っ!
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どうよ? かわいいって思った? ねえ、かわいいって思った?
(こいつ、どんどん性格わるくなるなー)

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by nakahara-r | 2013-12-08 19:50 | 川柳


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