旅する句集

身近なひとには話したことがあるけど、嘘のようなほんとうの話である。

もう10年以上も前のこと。
ある日、知らない男性から『散華詩集』の著者のなかはられいこさんですか? という電話がかかってきた。
聞けば、軽井沢の別荘に掃除にいったところ、ふらりと入った国道沿いの喫茶店に句集が置かれていた。
ひまつぶしに読んでみたところ、こころに響く句がいくつかあったので、手帳に書き留めていたら、見かねた喫茶店の店主がコピー機があるからコピーすれば? と勧めてくれたと言う。
だが、著作権上、コピーするなら著者の了承を得なければと思い、奥付をみて思い切って電話したとのこと。

第一句集のことなどすっかり忘れ去っていた頃だった。
なんて律儀な方だろうと思い、それ以上に川柳を知らない読者であることがうれしかったので、コピーは言うに及ばず、住所をお知らせくだされば句集をお送りすると申し出た。

で、ここからである。

住所をメモし、名前を訊く。
「ナガシマ、シマは山鳥のほうの。名前は○○」
え?

メモした住所をもう一度見直す。
「国分寺」
え?

「うちは古物店をしていて」
え?

国分寺、古物店、長嶋○○さん……。
し、知ってる。

「あの、もしまちがっていたらごめんなさい。もしかして長嶋有さんのお父様ですか? 芥川賞作家の」
と、おそるおそる訊いてみると、「な、なんで……」と電話の向こうはしばし絶句。

そのころ長嶋有さんとは恒信風という俳句のグループを通じて何度か句会をしたりしていて、お父様の名前も、国分寺で古物店をされていることも伺っていたのだった。
と、説明するも、あまりの展開にこころがついてこず、長嶋さんもよほど驚かれたらしく、
「別荘の掃除には昨日行くはずで、今日は馴染みの喫茶店が休みで、昨日行ってればそちらの店に入っていたはずで、ここの店主がコピーなんて言い出さなければ書き写すだけで、電話はしなかったはずで、」と、ひとりごとのようにつぶやくばかり。
お互いになにものかに圧倒されたまましどろもどろな会話を交わし、しどろもどろのまま電話を終えたのを覚えている。

電話を終えてからやっとこころが追いついた。
句集はどんな道のりを経てその喫茶店までたどり着いたのだろうか。


本はひとりで旅をする。

本が本の形をしているかぎり、著者の想像を超えたところで、
著者の想像を超えた読者との出会いを実現するのだ。
何年先にか。
だれかと。

句集を出しててよかったと思った。
by nakahara-r | 2013-05-21 01:18 | ただの日記


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