中村冨二『千句集』第四章

第四章(昭和49年~54年)
対流  人
――帽子――
首は薔薇を咥え 定期券を咥えた
永遠に蝶追いかける 箸二本
闇に吊されて猥褻見てる 首と首
免罪符から透明な蛆逃げだす
鈴が鳴り、たちまち首が咲く病舎
兄とは別れ姉とも別れ かたつむり
卵を一つ 寺に忘れてきたらしい
オルガンに娼婦が生れ、遠くなる
何でも吊す 荒壁なれば父の首なぞ
音楽や、悪党は灯に投げ出され
煙草屋さんは二十年も笑わない
金魚を買って ひらひらと風吹く

――山脈――
母を喰べ終えて静かに涙が出る
生きていて良かった人の 財布かな
石を割り石割らぬ瞳を振りかえる
落ちてゆく人より重いものはない
まっすぐに行けば飯屋と寺がある
影をしめ殺す便利な夜であるか
山脈(やまなみ)よ 空気に形なんかない
油が流れ ゆっくりと心が崩れ
赤ン坊が動き 遠くに灯が一つ
ともに暮す人の哀しい指がある
月が出るだろうと歩く 銀座の靴
トランプが ヒラヒラヒラと 死ぬお前
僧形の人すきとおり今も迷路
某月某日 妻一本の針となりたり
太鼓のみ売れゆく街に うなだれたる
三文句集 天敵豚にまたがり来る
朝霧をポストが駈けてゆく 別れ
薬局のキリストに問う 遠い道のり

――その他――
冬の日の卵を割れば 墜落す
千の寺 無限の蜘蛛を知っているか
地上より三尺を行く性器 その他
鯛やきを蛙の顔になって喰う
院長の毬は金庫の中にある
みんな去って 全身に降る味の素
鈴虫と名づけし時は 腐りゆく
慟哭はおわり 便所に灯がともり
怪獣よ 櫛笄も亡びたか
振り向けば幸福駅は焔えやすき
春やむかし わが入墨の緑が好き
笑わないお前は侏儒みたいだぞ
午後のパン喰い 火達磨になれはせぬ

――暗い時間――
雲を見てるバラ バラを見てる蜘蛛と
愛妻の犬病院を出て来ない
短針がゆっくり歩るく旅人たち
意地悪な爺いは辞書の上で死ね
数珠買って静かな馬鹿になってゆく
詩に倦きたカントヘーゼル体操す
去る時の両手は誰に握らせむ
満員車よ 振れば音する骨壺なれば
蟻があるく釈迦のてのひら老いしかな
退屈な魔法使いの臍であった
笛の名人はピシリと笛を折る
一枚の印画紙となり旅終る

――退屈です――
幻の牛 ビルを見て消えにけり
人形よ 笑う時間は終ったか
包丁を買って別れぬ 逢いたいぞ
戦車ゆめ 下駄屋の下駄は退屈です
恋しいと硝子に書いて 裏から見てる
ヘルメット工場なれば 長い葬列
労働貴族 あおいパッチは拭いても青き
河童忌の脳梅毒は駈けるかな
樹を割れば やや美しき昨日あり
音楽祭終り けものに耳二つ
炎天は淋しきものよ 針が一本

――透明な――
結界の足袋は便所の扉をたたく
皇宮の前で糞する 骨の鳩
長靴は 電線わたり別れゆく
行きどまり 鬼のライターぱっとつく
町に死んで 五月五日は遠い空
蚊を吐いて あさきゆめみしポストかな
籤うりや 五万の敵はうしろ向きに
恋すてう 蝶の屍を掌に乗せ歩く

――創作――
艶歌ゆえ一個の下剤手に重し
透明な地蔵が撫でる小いさい種
首のある塚の手前で担ぐペン

――帽子抄――
生きていると 遠くに嫌な帽子がある
帽子を脱ぐ 目と鼻が はらはら落ち
美しや 咳をしている三角帽子
和尚はパンが好き 帽子も食べてしまう
冬は帽子 一本橋に何時も来る
冬の帽子 一本の樹が倒れない
天皇は百人 みんな麦藁帽子
さようならの帽子を二つ串刺しに
眠くなると 遠くに好きな帽子がある

遁走(フーガ)――返復される単一な主題――
遁走曲 柳の下には青い蛙
何時も 妻よ初老の松は足を病んでる
水道から水なぞ出た、ひとりぼっちの拍手
春は東に 巨大な味噌汁と ペン
冬は西に 巨大な冗談と 針と
柿の実は秋の洪水です、家を建て何を齷齪
甘ったれた唄は良いな 顎まで血
今日は横顔に青い線走り ベトナム 走り
草生え 古い池の中に 誰かが居る
遁走曲 即ち蝶は打ち落され

戯作――群像抄――
花によせて 由紀夫 康成以後の声
司会者の深紅のバラと 逝く龍馬
起爆剤たりしは春か 昭和天皇
下駄を穿いた白秋が来る三味線屋
聖徳太子とフランスデモと 少し歩き
獄門の首は一休 梅咲けり
ひとり見き 芭蕉崩るる 石の上を
ピカソ今日は馬になろうと 神えがく
親鸞とわが膿盆と 化合せよ
チャップリン 金庫に棲んで涙たれ
おのづから指腐りゆく 涅槃かな
皇族のサロンに燃えし ヒミコの爪は
蠅は千人 馬の尻尾に音楽あり
神学堂に 英雄蠅となりて 終る
老いても叩たく 西洋館のあおい木鐸
B●と別れ 自分の穴は何処にも有った
(●部分の表記は二乗を顕わす記号)
荊と蠅 阿呆の愛は分裂せず
蠅は千人 便所の窓に空を見き
死顔に濃いコーヒーをざぶりとかける

――おと――
蟻が音を担いで消えた秋である
義歯は二個 妻が他人に見えるそうだ
もう逢えぬボクの手錠の 君の音
森の奥で腐った神社 喋りつづけ

――作品――
見たような街で別れし バイオリン
警察の玉ころがしの重たさよ

――会葬者――
紅梅の血潮の下の喪服 垂れる
会葬すれば 吸殻は打ち重なりぬ
骨の日の 百個の喪章墨をする
大いなる死者の拳と相対す
本堂の線はしずかに点になった
唖の日の 肖像 笑うほかはなし
去る人と池の言葉を おもいだす
残されし愚者の行くべき わが家なぞ
魂まつれ 老いたる冨二蟹のごとく

――鉛――
鉛は鉛 校舎の窓は顔ばかり
月は金貨 通勤電車遁走せり
パンにはさんで喰べる勇気を 下さい
青虫毛虫 童話の雨に殺された
手術開始 殺虫剤が降っている

――たそがれたり――
森を出て来た宮様を どうずるか
ポックリ信仰 巨木の如きわが小指
警察の善意が穴を掘っている日
杖を担ぎ 日向の風になれはせぬか
黄昏の養老院の 変なタクト
指揮棒と天皇陵に 深き穴あり
独善然り 藪の向うに藪もあって

――ノイローゼ――
床下で侏儒がさわぐ 巴里へ行こうよ
焼跡の 一本長き髪を愛す
ぽけっとのてつくず唄う 歩け歩け
近衛兵は 廣島に棲み眠むくなる
古井戸に鉄鎖の音す 急がねば
安定剤は 小指のようなサタンと飲む
透明なかまきり 泳ぐ 冬の天
塔を組む女系家族のあか、あお、き。

――木偶――
蒟蒻と身元不詳へ逢いにゆく
蜂の巣をクレオンで塗る古い両手
死にたいか 血を噴く木偶は見事だぞ
舌のない人形が来て本を盗む
雪の夜は柄井川柳銭かそう

――梅干――
積みあげた墓より強い彩はない
合掌しては街をゆく 梅干の思想
目かくしや 濮(なぐ)り倒した父は何処(いずこ)へ
花屋全焼 黒手袋に羽根が映え
舌を畳んで 国電を降り 国電に乗り
何所へ死ににゆくのか鏡 が二枚

――花嫁――
からす瓜と 一本の矢は隠れもなし
右側通行 サイコロを売る店が並び
交叉点 踊る太鼓が落ちてくる
花嫁は 遠くなる。甲乙丙丁

――ふゆ――
似顔絵の骨は 院長さんと食べ
冬だった 匕首を買い胡椒を買い
霧の底は どんどんお婆ぁさんになる
重い冬日の ピアノ造りは父子二代
人形の骨は個室で煮えつまり
黄色はいつも 冬の林を通りぬける
冬が笑い 西鶴笑う 風の鼻毛

――はる――
臍のある柱と並ぶ 母よ死ぬな
逢引きや 花屋で腐る小判が二枚
愚痴うりに行くは女形と 古い猫
血が落ちている日 鴉の仔に追はれ
旗を焼く妻はたちまち 杖をつき
水底の赤灯燈は 獏の舌
ロバは仔を生む ランプなぞ造ろうぞ
時計屋に火をつけてみろ 爺さんたち
春の灯に半分酔って 死ぬうなぎ
母の居ぬ露路に倒れて立ちあがる
赤ン坊の角がかわいい事もある
葬列を叱る みどりの三輪車
駈け足の蚤にまたがり 先祖になる
寒村のアランドロンに 灯が一つ
鉄塔の赤いペンキは 泣き上戸
地獄は頭上 巨きな鏡を買う人よ
喚めかねば 造花でもあり 紙幣でもある

――けいと――
逢引きや 毛絲の玉に眼が三つ P249
マリヤの糞と 青い毛絲と、新鮮なり
廃屋の地図は毛絲と燃えつきる
毛絲着た三文詩集すぐころぶ
毛絲屋の前の狐の宙がえり
血の狂児 毛絲に乗れば行方も知れぬ
火の狂女のささやきし 毛絲と芯
風の狂児 冬は繚乱たれば毛絲を
黒い物がどすんと有る――どすんと

――駅――
駅に銅鑼 大寒の鮫出勤す
別れねば駅の童話は冷えやすし
たゆとうや 天皇の駅燦然たり
妻よ見よ ふたりの駅は昨日焼けた
暗殺日 駅の紅バラ独唱す
駅前のピエロとなれば潔き
宮様は死ねぬ すすきの通過駅

――血――
血を飲んでいる両親の重たさよ
花を咲かせ 二秒ほど血をしたたらす
血をあるく 歴史の中の蛾と少女
兵憎くや 蛇皮線に血を塗りながら
喝采も 血を噴く木偶も姦しき
こんこんと壺に底ある血潮かな
仏師は仏師 千枚の顔血に疲れ
退屈な蟹はなかなか血にならぬ
血を入れた夜明けの桶は笑ってばかり

――裏通り――
秋の日の双子に惚れし煮豆売り
蔦に寝る 女嫌いの 凸レンズ
曲る 曲る 提灯ばかり落ちぶれて
塔を描き 草鞋のごときものを描く
心太より 華やかな 失語症
袋露路あり 指圧師は釘を煮てる
今日も沈むポストに指を奉る
キリキリと哭く天皇に 投票す
猫が降る どさどさと降る露路に闇
入歯を洗い 療鼡の骨を洗ってみる

――ルイ・ジューベ――
判決終り 牧師の母の乳首見ゆ
毛虫の絵 父を愛して三日たち
楽器屋の白衣 さやけく出没す
舎利音をたてて 小指が現らわれる
蛸焼きと署名して去る 月の老婆
愛は老いて 砂糖が作る風見鳥
眼が二つある仏具屋の ルイ・ジューベ
蜜を売る仏像すべて 背が低き
君と捲く老醜のネジ 一個と一個

――創作――
キリスト素足 ろんろん蟹を踏んで急ぐ
城跡で 仔を生んでいる深いピアノ
院長頓死 啖壺一個行方も知れず
子殺しの咽喉にほとけを棲ませ たか
バカチョンカメラ 大集合に火もつかず
某化粧品会社へ急ぐ 指の医者
死は今日も 少し口あけてる赫だ
雨が笑い 白い鞭には白い悲しみ
北が好きな君は 眉間を描いている
サーテ、諸君 胃のない猿に雪がふるよ
by nakahara-r | 2010-06-17 21:46 | 中村冨二『千句集』


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