中村冨二『千句集』第三章

第三章(昭和三十二年~四十九年)
童話(その五)
変な神様と 議事堂の合理性が棲んどる
まことに戦車これぞ青い蝸牛と亡者だな
犬が秋を喋る基地の具体的な握り飯なり
盲点の天皇は鰯の高価を嘆き
囚車とまり 貨車より長いものはないぞ
牧師猊下よ わが町会長に 腹心ありと
祈れど諸君と 鼠うようよ黒きかな
基地の螢よ ボクの甘さの静かな怒りを
笑うなすでに、楢山は汝が心の糧ぞ

童話(その九)
詩集"青猫"父銀次郎は癌で死んでたよ
花屋が口をあいて居て、カッと憎いお前なのだ
底のある穽、何たる愚劣な底の眼
枯木退場 聖人われに女の骨
遠い深いみどり色、少女が横笛を吹く日の
蒼き手千本 今日は市長を投げとばす
銀のバネ 手を振りゆけば海と子供なり
ボクの枕の上に黒い石を乗せる むかしの女かな

童話(その十一)"菩提寺"
なみだ垂れやまぬ、亡父(ちち)のウィンク、かの死病
想えば秋の亡父、川上三太郎の疣に似て――来よ
商人すべて蒼く、まことに亡父は星なぞ見てた
夜はつづき、眼下に亡父をつくるサイヅチ頭の吾子ぞ
ボクの蛾は 亡父の鼻がボクの顔に飛びつき
わが紙幣渇き、枯木の上の亡父の咳かわき
倒れし亡父を抱きおこし、わが貌を貼る
巨きな鼠は亡父の泣くのを――見たというが
亡父四散、菩提寺の鴉あっちへ行け

――むだい――
崩れる石垣、天皇は大工さんと散歩です
手を振ると次々に骨が鳴り、似ている父と子なり
セロファンのあめから銀座の亡母(はは)は降る、奇麗
歩くと穽があいて、去年も蚊が生れた日であった
哄笑(わらい)つゞける銀行の赤い猫たち
狂者端座してボクに一万貫の頭脳がある
明日の悲壮な阿呆が見てる、腐った猫に
母の記憶はニシンの匂いの ボクの宗教なぞ沈んでしまう
心の花嫁さんは大人にされ 殺された鯛と並ぶかな
魚類図鑑の中にアナタの 口をあいても死なない時間を

"童話"
老醜然り、巨大な時計夏になるな
花は位置を、赤はむなしい意志のために
性器健在、貴元(あなた)の豚がリボンをつけた
ぜんあくはほほべにをつけ――若い巡邏(じゅんら)に
爪のない指、皇帝へ静かに曲れ
豚の議事録、かにかくに天子は揺れよ
天皇は涙腺である、けるけき餓え
胎児とある、貧しき街に父の声

"せなか"
もえる銀行、ユダの背中はあるいている
背中は海を見ている 植物であった
放火魔はダレだ 芳味を木で創る
流れる太宰 暗から旗が出て喋る
白い正義の 直哉で鼻をかんでやった
銀座燎乱 荷風たちまち爺いとなる
哲郎を創り燐寸が消えた、ダレが消え
ゆっくりとながい手がのびてくる、背中の神様
とおくの薔薇、何時も背中はあるいている
あひのひも、むだなせなかは ふたつになる

"横浜市立大学病院"抄
大学病院 坊主を殺せ、メスを研げ
精神病科、黄金(きん)の性器ぞ凸凹ならび
看護婦微笑、知性に反語あればなり
癌三期 オモチャがあるく老婆の黒
リンゲルへ秋の雪ふり 鬼の咳
火葬水葬、肌は病衣に蚊がとまる
水道が血を噴くとゆう、少女萎え
医師の咥えた赤い風船、脳の手術
死の意味のキリキリシャンと、ころぶ婦長
癌患者、もの喰いおれば、墜ちる蠅
癌の鈴むかし団欒(まどい)の尿器に鳴れば
奇妙な手術が妻は針金の音せり
病棟讃歌、あいつも許されはすまい
笑止やゆれむ、屍室の避雷のつるぎ
病床にバイブルを見き 焔える穽
大学病院、仏陀即ち唖者となる

――記憶――
逃げろ逃げろ 妻子は豚か 私は豚か
露路に散って 大衆すでに虚像たり
眠れない夜は 墨汁をゴクゴク飲む
囚車が燃えた。女が見てる花と蛇
ペルソナと キザな坊主と向いあい
風に向いて哀しむ者に、興味はない
音楽の中の、靴からボクが生え
"荒海"――と記憶の蝶に追いつけない
疾(や)めば唄う、いま教会はゼロの時間
何時の世の、味噌汁すする箸と鈴。

"黒"
耆(ぼ)けても生きろ、黒い尼銀座に溢れ
地を裂けば顔が出て来る足の下
昨日から今日へ目刺しの泳ぐを見き
父は子は肉のかたまり、怒れ怒れ
自殺したのか嬉しいぞ、ほそい活字
誰か生れ、暗転を待つ恋と箸
神様の入歯を見たよ、煮える粥
終点で時計と焔える仏たち
撲ぐり殺される明日の、明日の豚
黒い砂丘の、黒い時計を背負って歩く

"何さ"
あおい屋根でランプをつくる あをいけもの
天にともるちさきランプも骨の唄
病院も終点もないランプが 何さ。
ランプ昇天、夜具は虚妄の首二つ
ベトナムのランプを見てる ランプは善か
殺すとき あなたは吊す個人のランプ
むなしさの――ランプは倒れないだろう
今日も屋根にランプがもえる ドレミファソ

"あき"
妻よ子よ。遠い日は、インクを飲む
聖書は二冊、古い夫婦は重なって
刺し身なぞ、少年兵の腐肉のすべてを
ある日死の商人となり、嘶くところ
街を出た驢馬の個人に、花散り来る
赤い梯子の 秋は検事の唇からたれて
進とき、赤ン坊の骨砕け。叩かむ
鬼二匹笑い疲れて――嫁ぐかな
人間は黄色に、骨つぼは白くもえる
――古本的人間――たまに外出する話――
亀井勝一郎は牛酪(バタ)を売る 没日色(にびいろ)の書林
古書肆の意志噛らむと 鼠の言葉を
TYPEは白 大衆の個は盲目だぞよ
古本と古本は 誰も居ないことがある
古い本の上に 目玉が乗っている日に
落語は地獄 魂だけは売れるというし
"死者の書"は鏡の中に居ないボクと
古書を積みあげ光るものが倒れてくる

――ながれ――
書いてない日記がある モリエールの笛
すべての日記を焼き ボクは宝石になり
涙よ 老人は素晴しい宝石の糞だ
「運命」なぞ聞きましょう 老人は泥なのか
ロバは勇気 泥を掘ると旗があるはづ
一人のトンネルを歩く 父になれたか
古い卵なのだ 猿の掌を持つ 父の死

――ゼロの時――
河は馬鹿だから ボクを流すと 流れ
撤去命令 山下清が下敷で喋るときも
市役所に種を撒く 百枚の紙幣は二種ほどに
長男の恋人は七彩の亡霊が坐ったようだね
長女つばさをひろげ その恋人のつばさとマント

――コップの水――
指は操り人形であった 死んでゆく日ぞ
千人の爪の のびてゆく静けさ
横顔の科学は 想い想われない
稼ぐ牛 稼がぬ牛も喰われける
これでおしまい 火葬場の猫 猫であるよ
太陽は一つ 卵は二つある
階段は微塵 坊主と落ちて来い
ひと、猿、虫、退化はじまる便所の中
歯の痛い英雄だから歩るくとき

――蛙――
眠むい煙草 仏間ばかりが遠く焔えた
生きて笑い、ネジ捲き乍ら二階へゆく
舌打ちをして猫がゆく 千匹ほど
ああマリア 青髭同じ瞳をして跳ね
神の影に入歯をすれば厳粛なり
雪が降るだろう時計を ゆっくり壊す
描いてゆくと誰も死なない変な星々
兄の恋は 蛙と読んでいたゞきたい
妹の恋は 蛙と書いていたゞきたい
恋と雨と 婚礼の日も歩いていたな
一絵よ 鈴鳴る街で卵買え 鰯買え
猫抱かな 昨日の猫に溺れゆくなり
ヘルメット 幻像ならば地に轟き

――祭――
めぐり逢うて、あをい祭りもおもしろき
これが遺書と 虫がぞろぞろ出てくる穴
凧あがり 英雄なべて背が低き
雪ふるな 蟻の太鼓は 黒い太鼓
牡丹ひらき ゆれる腑分けのよろしき、赤
靴穿いて 自分の顔を踏んだだけ
皇居もえ おんにょろ官吏膝行せり
便所から出て来た顔を父と名づけ
柳が枯れた、科学捜査も駄目だろう
笑わない猿を見ている 深い時間
信長を殺した注射器は 無いよ
エロ写真 まことに孤高の情けあり
偕老同穴 菊花がかおりハモニカも
革命歌 父を憎むと誤解せよ
神の説く星が出たから、さよならね
穴を埋めてお前が居るとびっくりする
殺せばきりがない春の夜の 勇気を下さい

部落――能面抄――
山を降りて来た言葉は 人間になり
海を渡って来た挨拶は 神と死病だった
部落"悪尉"神と言葉は殺戮する
春の日めぐり逢うは一粒の種 男と女
愛に殺そうとする 合歓もまた殺意
部落"山姥"愛語は蛇と夜をあるく
天守は青空なり 切腹丸ぞ面白き
名を惜しむ双手や 妻をしめ殺す
部落"怪士"ふるき太鼓は骨のおと
丁髷とギリシャをめぐる古都のペン
ちちははを斬る辻斬りの 閉じた地獄
部落"野干"秩序の束にまじる毒矢
性神の丘と穴こそ ボンゴの果て
摩訶仏に召されて女は 消えるという
部落"泥蛇"鴉は誰を罪と啼くか
蝶の舞うひと日 奴隷の鍬を振るなり
古酒一壺 冬よひと夜は王者となりて
部落"喝食"生死を越ゆる戦さ歌も
独り見よ 友を斃せし一顆の月を
誰が捨てしマルクスの書の凍るぞ 街よ
部落"弱法師"殺気を包つめ武蔵坊

――赤ン坊――
人を抱いて 薔薇の棘より痛い赤ン坊
センチメンタル爺さんの 赤ン坊の指切り

――叩く――
すでに救われてしまった骨を しゃぶる
病葉と 医師も患者ももんどりうって
落ちるわが首を待ちつつ 掌を見たよ
まだ死ねぬ坊主嫋嫋 落葉を焚く
わが渡り鳥は風呂屋のドブに落ちた
敵の眸は死ぬなと叫び 死ぬであろう
顔だけが喜んでいる 十秒ほど
肩叩き 叩き殺してやろうかな
腐る種と わが感傷は唐竹割り

――街――
誰も 死んだ蜘蛛の如くに指組むとき
この街に宿屋はないぞ 骨壺よ
煙草屋の煙草がもえる 砂時計
見えぬ夕焼け 礫の如く雀を投げ
てのひらを花のごとくに ひらきはしない
父も 父の火のひとひらは火をはなれ
妊婦がゆく 普賢菩薩の針吹く街
廻れ右した怪獣に子が居たよ

――石――
レコードの溝の地獄は百回ぐらい
釣銭(つり)をくれない石仏は石である哉
勝負は一如の 開放地区は飴であった
箸歩き出し 病人は暗いと言う
復活や 仁王の鼻は虫が喰べ

――ちんば――
金魚うごき君を愛すと言う 誰か
寺があって 正午に人を焼くとゆう
二人の日 は ピストル二丁吊ってある
花嫁に斬り倒されし燕尾服
お葬式(スロモション) 愛する顔が溢れはせぬ

――笑う――
階段を誰か登って来て 笑う
歩かない鶴を大事にする 昨日
天を描く日もネクタイの上に 顔
首吊りを見ている写楽 街の笛
雨の降る日は時計より遠き 雨
誰も老いたり 瞳孔のインク消し
雪と書き 仏像の掌の遠い掌だ
赤ン坊も金魚も帰り 乾く午后

――役割――
遠くなる言葉は能面が好きだ
鈴を買い ボクは神様だと思う
キリキリと仏身凍る 佳きポルノ
鼻はピアノの上で 鼻に逢う
骰子の昨日を信じ 泣く泣かぬ
腐らない盲腸が住む 署長の部屋
造反の個室の飯は 炊けているか
冗談がうまい花屋は切腹する
ゆっくりと歩けない日が近くなる

――むだい――
雪降れば壺を割る日だなと思う
生きのびて 囚車に乗れば海ばかり
人に逢う坂の 空気を磨いたか
車止め 明日は 来ないかもしれぬ
犬を生む犬と 時計を買いにゆく
独りで歩け 靴は大きな家鴨なのだ
来たり去る羨しき猫あり 青と空と
狙撃(キャラメル)坊やが墜ちて来る 政治(ネクタイ)の独楽(ウエ)

――猫と薔薇――
薔薇咲いて青い仔猫は生れぬか
招き猫は造花ばかりが描いてある
蟷螂も牧師の猫も地獄ゆき
病人と猫 病院を噛みくだく
橋の無い川を見ている猫夫婦
魚屋も猫もたちまち灰となる
狂犬と猫語りあう 比翼塚
涙腺や 虚空をつかむ猫の影に
薔薇と紙幣 猫もゆっくり気が狂い
爺さん病んで巨きな貌の猫となる

――小鳥を裂く――
中村内科胃腸科院長の 小鳥
ひとり尻尾をきざみ終えて 去る
担ぐメス 塚には首があるそうだ
透明な仏師が撫でる 少さな種
舞妓はん地の果てに棲み 手に鶴
病む窓に顔が現らわれ 溶けるかな
医院へ佇つ この化け物 は黒
医院に揺れ この化け物 の白
石を抱いて医院に這入る 白い黒い
中村内科胃腸科院長の 金貨

"ゆうれい"
――院長は嫌な眼をしている――
壁を叩く病人の 手首から先。
死人(しびと)の顔に描いてある キックオン
古い井戸から みみたぼを 掴みだす
皇室は法律に 髭が生えてる な。
ゆうれいの 仮説に惚れて逢いに来い
赤ン坊を握りつぶせば 割れる卵
人肉に味がある日の 入歯かな
膿盆に玉虫色の科学を満たせ よ
亀は背に蝋燭灯し 別れゆく
嫌な眼をした院長に 影があるか
ゆうれいの弁証法は 笑い出す
by nakahara-r | 2010-06-17 21:44 | 中村冨二『千句集』


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