中村冨二『千句集』二章

第二章(昭和23年~32年)
みゝず・鴉・白帆・さゞえ  誌上発表作品

(昭和6年みゝず作品)
盗まれた子猫を想ふ夜の雨
負けまいと直線ばかり書いて寝る

「古本屋 菊を飾れど」
書棚が巨きな貌の様だ 賣れず。
エロ雑誌あり、校長の貌は皺。
犬が古本屋へ入って來た、北風も亦---。
均一本のそれぞれの個性の僕。
ひやかしの客よ、お辞儀をして踊れ。

「猫昇天」
猫は病み、人間の手は大きいな
病み猫の舌が時間を舐めてゐる
墓が黒猫の時間を守ってゐる
東京戀し一匹の蛆地圖を這ふ
假面どっと燃え崩るゝや相抱く
火蛾の死に孤獨な粗朶を捧げよう

「墓地にて」
雑音に背を叩かれて墓地へ来た
墓地のこの路は無限の輪を描く
墓地で見た街は見事な嘘だった
墓碑の字のこの無意味さを見よ---晴れたり
あゝ小学生が光るのを墓地で見てゐる
墓地の碑が傾いてゐる、本当だと思う
墓地の蟻と僕は静かに時刻(とき)を稼ぐ
女死んで墓地は湖底となるだらう
墓地を出て一つの音楽へ帰る
振りむけば墓地は日暮れの穴となる

「その他」
花むしるかすかに爪をたてながら
官服を着た与太郎の髭を見ろ
真夜中の黒い巨きな玉乗りだ
赤いピッコロを買ってやる肥った妻に
妻の掌の みずうみ晴れて 静かな泳ぎ
妻の掌の みずうみ暮れぬ 疲れしか
僕は遠い日へ眼をとじる 鮭の煙である

「落葉の思慕」
そも誰に似し彿像と酔ひし秋
猫の死が真ッ赤にさせた夕焼けか
夢は去り馬鹿長き貨車は去れり
孤独さへ許さず 猫の死が腐る
冬の秒針 みんなひとりで死んでゆき
冬の絵の一滴の灯は今日も遠し
逢いたいと想ふ鉄路大きく曲りあり
子等は去り 水底の星死と並ぶ
女工みな吹き飛ばされて寒月がある
街の真中で輝け 装具店
愛の夜といへる冷たき水面を見よ
蟲歯グングン真冬の河は流れ去る
あゝぼくもおどってゐるねばかをどり
僕の手がパンに化けたよ馬鹿踊り
馬鹿踊り君の涙を見て踊ろ
ばかおどりてんのひかりにてをひろげ
馬鹿踊り愕然とわが路細し
父母は雌雄子よ一刻の冬を眠れ
わが嘘言怖ろしひと日子を抱かず
寝顔しんしん孤独に沈みゆくか吾子
冬薔薇や父子の憂ひ別々に
子は学校へ学校の松風吹けよ
他人の家ばかり並んで夜が来た
城崩れゆけり 僕が笛吹いてやろ
物喰へばけだものである咽喉の奥
子の病気樹肌の荒き蒼に触れる
人形の帽子はみんな生意気だ
轢死だよ、夕焼けの色が降るよ
汽車に轢かれるのも一つの舞踏です
轢死者はゴロン、花束もゴロン
轢死者の下駄が歩こうとする
轢死者よ、君の部品に灯が点いたよ
青空へ 人工授精器 完成す
青空へ 筋斗(もんどり)をうつ 雌と雄
青空が 溺死の臍を 悦ばせ
青空の 下の草木を 死が襲う
青空や 校舎がオルガンに 化けた
老婆微笑み嗚呼白き石立つよ冬
老いて争ひて秋草のクシャクシャな黄昏
老婆叫び封建の夜の化石たれ
寒卵ぬくし老婆の死は然り
水枕蜘蛛がこっちを向いてくる
蒼きカンテラ振りつつくにに行きつかず
詩碑倒れたり木枯に血の匂ひ
冬が赤いインクを買ってゐるな
巨き玻璃光るを見つゝ堕胎せむ
黒板はむなし軽音楽聞こゆ
若き日や空虚(から)の鳥籠ほどの嘘
古いパンむしる老人に、なりたくない
時間は真ッ黒で、むかしへみんな去る
真夜中の何處かで光る僕の墓
炎天に侏儒の陰は侏儒です
僕は 茶色な部屋の恋人も侏儒
君は 巨大な顔のちゝはゝも秋の侏儒
僕は 蟷螂のどんよくがゆめである
君は 蝙蝠の影が顔である
僕は 灰色の雄蘂の腐臭だ
君は なめくぢのくちびるの受胎
僕は カボチャの貌の赤ン坊が僕だ
君は 侏儒で赤ン坊も侏儒で---笑ふなよ
僕は はねはね金貨を撒いて別れたい
君は 黒い冬吐いて、秋に死ね
月光(つき)に嗤はれて侏儒の恋終る
影が私をさがして居る教会です
私は影---宝籤は風でした
嫌だナァ---私の影がお辞儀したよ
私の影よ そんなに夢中で鰯を喰ふなよ
肖像は私を見て居ないぞ 私の消滅だぞ

「亜流自殺者」
馬鹿ばやし自殺者の指踊り終る
自殺者は自惚れを哭く泣いて死ぬ
路の無い自殺の路に花咲きみだれ
蝙蝠よ 首吊る影の色となれ

「決闘」
パン屑や鼠の飢ゑとわが恋と
決闘に遠く童話の札束(さつ)が降り
人殺しして來て細い糞をする

「をかしき恋」
やまなみはつんつん、恋に觸れられぬ
潮吹面のロマンや、鴉あるきつゞけ
はるのよのおかめはむねをだいてねる
片恋や、首落ちやすき葱坊主
しかも恋の凸凹な古い鏡よ

「ひとびと」
犬交わる、大野九郎兵衛昨日死せり
永遠に瓢盗逃ぐる鐵路の秋

「影」
むかし時計は長くなり、露地多き街に鳴り
交媾の時刻(とき) 三代の鬼火(ひ)の踊り
蟇(ひき)は死んだ 胎児は蟇に似てもいる
なめくじには眼がない だから私は生れ
母が口をあいて死んでいる――父も口をあけ
銀杏葉(いてふ)クルリと静止するし、古い恋は散ってしまう
やがて父も口をあけて死んでしまった
むかし時計は速く鳴り 春光に黒き塀倒れ
黄金(きん)の実の墜つるが如く父母死せり
つぶれし蝸牛のごと 影はありけり

「川柳家」
復讐か妥協か とうとう別れ路へ来てしまった
お前に嗤われるより復讐の路に倒れる事にしようよ
再び仮面を脱ぐ日まで…舌を出しながら
復讐と書いてお前の首に吊け

「むし」
泥の中にも泥虫が――俺である
ざわざわと虫は生れる、灯は消える
虫うまれ時刻(とき)を喰わんと羽根ふるわせ
墓地に虫、死は虫だけにある墓地よ
これは貴方の様に満腹な虱です
自殺知らねば蟷螂の濃き怒り
蟻あるくあるく、胃袋歩きつゞけ
暗いひと日の蚊はうまれ、打てど生れ
巨き蛾は墜ち、田吾作の屍は燃ゆる
セロファンを買いに出掛ける蝶夫婦
蜜蜂の死を溶く春のひかりかな
むかし金持ちだった、なめくじを見よ
脚のない鈴虫が哭く募金箱
私の脳髄にビッシリたかった――毛虫
男は女へ蚤の様に飛べない
毒薬の活字の蠅は舞ひあがる
われ斃る日までお前に血痰(たん)吹きかけ
急がねばならぬ穴を掘らねばならない
爪焼けば斃れて匂ふお前の裸(ら)
贄を噛む如くヘラヘラお前と居る

「黒い牛」
退屈なわたしが喋る耳の中
糞せねばならぬ市長はうなだれず
茶柱や税務署に火は絶ゆるなし
アカハタあがり、春の道化はパンかじる
退屈なお前が喋る耳の中
僕は句を作り屁放虫死ねず
シラノの鼻の具体的な墜落
限界に白き風吹き 私――お前の踊り
あゝ孤独(ひとり)――猫は眼鏡を拭いてゐるよ
あゝ孤独(ひとり)――黒き時間の牛あるく
虫、虫を喰らう喜劇の借金ぞ
虫の如き政治家もあり、いくさ近ずく
あゝ原爆 虫もお前もセッセと穴へ
虫の死の表情もなき死を想え

「混沌」
きみあれと坂なせる夢瑠璃ならね
餓うるべし大鐵板を叩きつゝ
よろめくや人の創りし空ならず
闇にマチすれど私は展ろがらぬ
みんな死なないで、便所へばかり行き

「秋」
蒼い蒼いきのうの壷はうみで死ぬ
うられゆく蟹あるきだす、わたしの路
鞭は消えて、めぐり見しは葬列の蒼空(そら)
ネクタイをむすべ、この人臭きはわれ
身にそひし時間の穴を、顎まで掘る
眼も鼻もない通勤者のみ、ゆけり
犬は冷えきって、日暮れののぞみを噛り
屋根を見よ、トントン剥がれ白旗(はた)剥がれ
造花繚乱、アメチョコ牧師、泪せよ
凡愚の死、童話に黄金(きん)の雨降らず

「鬼」
たちあがると、鬼である
鬼くくと聲して寺の影より生(あ)れ
谷底を鬼行くとき花降れり
これは高射砲の頂上の蒼白な鬼
胎児の死、冬野を赤い鬼急げる
透明な鬼、看護婦をめぐりて消えず
林檎掌に鬼の表情痴呆となる
鬼われに近ずき、税史口ひらく
鬼の踊り、貧しわが部屋廻転せよ
鬼、口笛、銀座は明日の血を知らず

「生」
良心も頭が禿げている
虹よ、妻子よ、神の悪意よ――胡座せむ
これや秋の便所の中のお前の眼
死を買うて薬局を出るかもしれぬ
鞭の音より生れ出て、パンと寝る
降りてゆく階段に底が無い
パチンコ屋 オヤ 貴方にも影が無い
仔猫を捨てにも地の底へゆく心
「哀れ」と言ひ、肉を喰らひ、影をさえ抱き
何処やらで物が腐ってゆく生活

「むだい」
カレンダーの 一枚の 神はめでたき
煙草くわえた君の横顔を忘れたよ
では私のシッポを振ってごらんにいれる
おたふくめ 哀々とわが胸に生くる
楽しかった 一枚の 紙を焼く

「壁」
晦澁の私の壁にむげんの眼
陽があるゆえの白壁の誇りのみなり
壁が声喰う孤高とは、そんな冬
夢――壁には唯物の穴ボコボコあき
壁があるから恍惚の夫婦かよ
壁土がポロリと落ちる――寝てしまう
真暗な壁がボロリと――死んでゆく
明日に觸れるに盲目の壁よりなく
あるいは明日に觸るる盲目の壁に描がき
晦澁の私が壁が――可笑しくなる

「青」
春の太鼓乱打したしと妻には言えぬ
嫁ぐとや、蛇の卵を君が掌に
むかしわが豚に捧げし豚のうた
豚には豚を、春晝の自慰またよろし
汝が恋は蝶の屍を掌にのせあるく
青きまゝ花野出てゆく、青き假面
屠殺場と書き春晝に吊すのみ
薔薇に死ぬ魔法使いもありぬべし
殺したき顔、春光に浮きて近づく
花野ゆえ 即ち囚車来て止まる

童話(その一)
――操り人形(ぎにょーる)の糸――
秒針はとまる 舞台に終りなき
ギニョール、ギクンと生れ、ガクンと生れ
糸は七彩、祈りの果てに生れしに非ず
糸は緑の青春の手の交叉、燃ゆ
聖女は風景で、退屈な白い糸です
嫁ぐ糸と赤き不倖に酔ふ娘らと
銀の糸 王子は消えぬ 星老ひぬる
糸は茶に変り、シャイロックの横目
黄な糸の見よや刺客のもんどりを
イヴァン老いる 術なき黄金の糸を手に
青い 青い糸を捲いてゐる、さようなら
ばらばらな糸の――肉の静けさ 蛆うまる
ギニョールふたたび生れ、ガクンと死ぬ
棺、棺、棺、舞台の下手より君が
時刻と神と――指が静かに僕を吊る

童話(その二)
――街――
大口仲町十二番地のあをい月
かみのへどよりあらわれて、ものをうる
吃者去り われ天皇の顔となる
装具屋の微笑たゆたひ赤ン坊へ
コロッケの如く笑えり 定期ひらめき
味噌汁の合唱聞こえ 質屋見ゆ
われに金無し 商人(あきんど)を射殺せむ
朝は朝の犬の哄笑 わが尻尾
パン買うてキリストの顔静もれよ
火に燃えろ――あまりに懐疑なき雨戸

童話(その三)
――マンボ五番――
妥協しろ、父の鰯を買って来い
子に小さき悪の芽見たり、抱いてやる
母を愛す 拙き父を見たか――見たか
金魚の墓の地に感傷を埋むるな
甘き譜にいくたびの死を懸けよ 子よ
童話(めるへん)の死を想ひ見よ――子を眠たか
マンボ五番「ヤア」とこども等私を越える
笑ふなよ 鯰の如く老ひたき父は
母を描く青は哀しき色ならず
父を描く赤は楽しき色ならず
子が去る日 静かに雪が降るであらう

童話(その四)
――虹――
痴童われみそらにえがきえしは虹

――今も――
かべにえがく、にじのえをかく4B鉛筆

――むだい――
虚像かな、婚礼に風吹く日あり
浄瑠璃や、雨は乞食の貌たたく
薔薇よ 死ねよ、科学者すでに泪なき
商人のよふけのなみだ、よごれてあり
土出でて、糞虫ひかる 自省かな
絵筆なく、魚は青きまま焼かる
墓碑あらば ト書きの如く笑ふべし
動物図鑑の百八頁のあなたの顔
自慰の日や、真鋼にひかる虫もあらむ
債鬼見よ、わが幻像は胸はりに行く
詩(うた)なき雑草、わが子高校生となる

――煙――
煙の無いパイプに死んでゐる貴女
老人はかえり けむりは地を這うばかり

――街にて――
すべては時間の微塵となりし笑い面
法律や 肉屋の秤血を垂らし
商人の街で不協和音は十圓です
車止めの無機物の非を花屋の前に
雨は 人の形を人にして 街に
彫る父の好色の顔 妻も見よ
驕れ死よ、雲がゆく時の音楽だよ
手風琴古し、金よりも佳きものはなしと
春の影の乞食夫婦の行くては暮れしむ
赤子ゆき身うごきやめし街の墓ら
倦きたよ、友に焔え去る一本の蝋燭を
神が売る安きてんぷら子と買いし
今も革命 露地は愛しと帰り来よ

「ある午后、人形劇と」
鉄筋の午后の固さの恋歌かな
老いたる者嘆きつつ樹にのぼるとき
四十女はノスタルジャーだとさ 黒い疣と
故人のナイフと、重たい猫が来るだろう
民話のかげで太陽を切り抜いてゐるとね
何故に生きて 悪魔パクリと蚊を喰ひたり
甘き時間の悪魔は亡びてはならぬ
創られしは悪魔の善意 死ぬよりなき
夜ルがつづく女と肉と 遠い便所

「ある記憶」
愛すると云わぬ無数の唇うごく
椅子がこわれ、何でもこわれゆくぞ、妻よ
経文の中より出でし黒き蝿
病院をはさむ大きなピンセット
自殺する、せぬ、冬空へ蝶はなち
振りかえる灯に、青酸に演出なし
然らずと千人たたくわが背なりけり
天皇と半分馬鹿の夢声ゆけり

――むだい――
ディーンは、死より生るるは、青年の匕首は
支那語の二人の遠くなりゆく、時間というもの
今日がきて 薔薇に生まれた人はいない
頓(のろ)の詩(うた)よ みじかし、ほそし、爪だつのみに

――はる――
眸を描けば 春の記憶の皺があるぞ
古賀正男 呆けピアノは狂気も生まぬ
パイプの穴の怠惰の意志は通るかな
露地に窓の限り無きとき、春であった
稼げば死ぬぞ 乾きたる掌の空より垂れる
税務署に 金魚を置けば うごく哉
男六十の葱きざみつゝ 涙あらむ
イエス様 這うて死ぬとは 面白きに
振りむけば アンデルセンの 馬蒼し
什麼生仁王 春は叱咤の虚しきばかりよ

――むだい――
狂はずに十年たてば、今日も鰯なぞ
考えてると、無駄な重い塊である
死んでゆく滑稽な、軽い空気になる
生んで死ぬ妻に時計を持たせける
まこと、わが盲の指は妻より知らぬ
時計屋に嘘満ちて、人間(ひと)老ひてける
死ぬつ僕に時計を買えと云ふか、云えよ
蛆うまるる、政治より濃き白き色せり
天皇(きみ)に似し 羅漢笑えば 五秒すぎたり
ももとせの意味なきものら 恋にねて
永遠に ロダンの馬鹿と 性器見てる

童話
――黒――
今日が来て 債鬼は死なぬ 呪文百冊ほど
眼をとじて開くに何の物理の博士
神えがき給ひし 恥毛、白痴(ばか)の如き
のろき貨車の のろき殺気や、人間の唄
馬二頭 並ばずゆけば、夫婦あり
首を吊らう、黒い空気にぶらさがる
髭の濃い刑事を黒い石に彫る
何を恋えと 螢は時をのぼりゆく
他人と書いて、お前にやる

「少年抄」
少年の恋 てのひらに 青蛙
物語らむ少年よ、風の貌もつ霧がくれの翁
少年よ、蒼き砦に火矢うつは、君
物語らむ少年よ、今し姫ありて君が胸に生るゝを
少年よ、北冥の紅魚は死なぬ
物語らむ少年よ、牡丹雪降るわが貧しき智恵
少年呵々 鯰は父に似て老いぬ
眼科医に 雲母(きらら)の中の少年ら
美少年 ゼリーのように裸だね
雛生るゝ日、少年のまつ毛母よりも長し
山脈(やま)に笛、少年に姉あれど――むかし
少年、明日の針金を直角に曲げる
湖(うみ)は――少年の狐の面に霧たちのぼる
淫祠あり、少年の舌もチラリと赤し
少年は春、蛇は冬、生れた
少年には父、母、蛇は考えている
蛇の眼は蛍に似ている――少年の姉よ
蛇の居ぬ日の古沼は危ない――少年よ
少年の葬列は去り、蛇が居た
少年の合唱降れり、蛇死せり
少年千人 海の如くに並ぶ、見ゆ
檻には鷹を、少年の足 地より離れ
少年怠惰 ねむい支那饅頭である
幽霊と少年 ふるき日をあゆむ
銀煙管 少年惨として触れぬ
将棋に負けて、少年臍が掻ゆいなり
少年の写真ピンボケ 秋ゆく日
浮浪児、ラッパが吹きたくて顔中がラッパ
浮浪児、学校はまだ冬の屋根さ
浮浪児、怒っても怒っても誰も居ない
浮浪児、接吻見ている、これは虱です
浮浪児二人、同じ表情でお花見である
浮浪児、海を――父を見ているのではない
浮浪児、落葉は食えぬ 口笛さ
浮浪児、女史のお尻と蝶々が見える
浮浪児、青森へ行くとて消えにけるかな
少年を彫る純白の泥が欲し
少年の見ている空は、青く塗られる
麦の寺 少年風になりにけり
夏ゆえに 少年宙に浮きて病む
少年算盤をパチンパチンと父にはならぬ
少年にペガサス消えては死ぬよりなし
影に皺ある少年は 眼が見えぬ
少年ひとり 犬の眼をして蟇さがせ
少年の秋の孤めぐる あをき独楽
海は昏れて、少年の眼の底が見えぬ
松は凸凹で、算術の出来ない少年です
秋に道あり、少年に匂いなし
少年は匂い、馬糞は微笑せり
冬、一燈にはひとりの少年の幾何
月が出て、少年は譜の如く吹かれ
少年、粉雪を撒きながら日は昏れゆき
めくら少年の大きな 秋の耳
母を打つめくら少年 秋が逃げてゆく
譜の如きめくら少年 墓は倒れず
めくら少年 底なき穽に咳をする
壊れためくら少年とハモニカの昼寝
悪い少年である ぼくだけの、夕焼だぞ
母のない少年は歩いているだけで、夕焼だぞ
犬の死んだ少年は消えそうで、夕焼だぞ
白痴少年、火星の胎児かも知れぬ
白痴少年、招かれざれど母と寝たし
白痴少年、荒き樹肌は 父の如し
白痴少年、疾風に吹かれ 神の如し
白痴少年、星見てあれば 豚の如し
白痴少年、蝶より愚かなれば 食う
白痴少年、冥王の糞かも知れぬ
花むしる 少年の息 次第に荒し
少女去り 少年恍と 蜂殺す
春の夜を 少年少女 影踏み合う
姉嫁ぎ 少年深い灯を見ている
少年あわれ 母の匂うを知らず眠る
少年に 母匂う夜も無事に過ぎ
少年に 混沌として父母ねむれる
母の恥部 少年 虫の顔をせり
少年の声が風になってしまって、卒業する
少年と煙突の見える、冬である
少年には鞭、大人の笑う街見ゆる
少年通勤 鉄路が鉄である日である
父の時計を捲く少年であるな
金ゆえに 少年鼻で笑うかな
笛折れて、少年夢をふたゝびせず
内閣総理大臣という字を少年よ、書けなくてもよい
「吉田首相と少年」の写真がない
音楽は飛び、ジェット機は少年へ
政治あり、少年の定規、曲線を描がき
戦争で、少年の手に、足にも鎖
原爆で、少年の骨もカラカラと吹かれ
少年よ、明日はどんな旗かつぐ
むかしぼくの 三太の声に雲流れ
秒針や たちまち遠き 三太の影
悔恨や 三太は今も手を振り去る

by nakahara-r | 2010-06-17 21:42 | 中村冨二『千句集』


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