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定金冬二『無双』念

- 念 (昭和50年~58年)-
鶴の墓すべて痛みに音がある

水牢の水ぬるんでも舟は来ぬ
匹夫たち 花菜畑に灯をつけて
執行人転倒 春を短くす

そのむかし人は売られて椿咲く
提灯に灯を入れ夏を涼しくす
捕らわれてぬくい蛍を見ていたり
蚊を叩く遠いところにいるんだね
水中花 わたしひとりのいくさの忌
夏手袋をぬぐと聴こえるものがある
蛾を殺し否応なしに手を洗う
花火屋で死なないほどに巫山戯よう
念というかたちでぼくは灰になる
闇を出て花火師になるほかはなし
炎天の夫婦を歴史から外す
プールの水もやがてどこかへ帰って行く
我が頬を打つと華麗な秋になる
待合室の秋をだれにも渡さない
逃亡のこめかみももう秋なのだ
秋だから電車に乗って風呂に行く
秋はすでに逆縁ながらうなずく馬
風の夜のコスモスはみな鬼の味方
秋うれいあれば深酒つかまつる
秋深しわたくしの名で笛を買う
悪行や 芒はあくまでも無題
芒が原でしっぽのはえた父に遇う
魂が見える 芒の穂が見える
あしたを切り刻んで枯野から戻る
木枯らしの町の鏡に奥がある
割箸を割ると枯野が見えてくる
冬はやさしい顔で小さな宿に着く
大切にしようとおもう冬の眉
ずっと血をひいているのは冬の山
父として真冬のたてがみを洗う
人の背にじんじん届く冬の縄
冬の雨 血のつながらぬ傘をさす
冬の耳 タイトルマッチから帰る
雪の夜はお伽噺をせぬことだ
木を抱いてこよなく愛す雪降る木
遊女塚なれば雪降る 雪降るな
やがて雪積む わたくしの古い帽子
あの日も雪の藁人形は眼をひらく
てのひらの雪かなしみはすぐ解る
雪の夜の笛はいのちにすぐ届く
雪の深さに放すまじわたしの名
風に舞う雪 血縁をほしがらぬ
落ち合って雪の小さな世界かな
寂しくて冬の鴉のごとく翔ぶ
木を削るわたしを削る冬銀河
冬の道 楽器を持つと逃げられる
冬の旅人 冬を出でんとして斃れ
政治家のシャッポを脱げば音がする
血縁の靴をそろえて叛乱す
りんりんと櫛の歯が鳴る負けいくさ
兵の唄 遠くに朝が置いてある
種袋 亡国論はしなやかに
元日本兵につらなる数え唄
火の底で長いいくさを語り継ぐ
めし屋を出ては戦争の絵に戻る
雨の兵隊 火薬を少しずつ食べる
原子力船もわたしも傷を持つ
鴉もぼくも核をくらっているわけだ
ハナハトマメゲンバクヒトゴロシ
ぼくの横でも戦争の絵を描いている
政治から少し遠のく焚火あと
敵国の花屋も花を売っている
今年いちども蛍を見ない許せない
勾玉に獅子奮迅はなかりけり
村の味噌蔵は艶笑コントかな
真夜中の神と卵は同じ罪
蝙蝠はどろんと生まれ嗤うなり
胎内を出ては誰かと手をつなぐ
充電終わる芒刈萱覚悟せよ
みんな音楽人 ポケットに闇を持つ
解るからぬくい荒野の狼たち
赫の旅立ち軽い気球は裸婦を抱く
無花果の葉の裏にある国ざかい
薄情になれないときは酢を飲んで
地の甕に水たまりいて遠き耳ら
塩田無惨どこかに塩の塔がある
きのう見た煙突がある 敵討ち
最強の男ありけり火を担ぐ
男修羅火の鞠こそはいっそ修羅
まなこ冷えて火焔たてがみ殺到す
仮の世の頭を洗う弱法師
教科書や 水をほしがる仏たち
都たそがれ物の怪ほどの老法師
都の底を茫と流れる男あり
深深とお辞儀しなさる網代笠
馬から落ちて死んでみようぞ琵琶法師
ここに鼓楼音なく我も音たてず
ユーモアクラブに置いてあるのはボクの首
年齢順に死ぬうるさくてかなわない
死んでから唄えるものをもって死ぬ
斃れるときの音を楽譜にしておこう
死ぬときはひとり 独りの花を買う
花と約束などはできない 私の死
われとわがいのちに幾度火を放つ
ふるさとにいつでも死ねる井戸がある
ふるさとよ情死というはこのように
遺書を書くときはすべての戸をあけて
死んだふりしてやることも絆かな
死ぬときに持って行くのは味噌醤油
眼が細くなる死ぬるとはこのことか
馬はどうせ馬の形をして死ぬる
鬼死んで塩壺に塩降りしきる
風葬のひげはひたすら風を呼ぶ
どうしても死体がうごくのを止めぬ
風は凄絶おもい上がりの死人たち
少女死んで絵本のなかの空腹よ
喪の家の少年じっとしておらず
愛とよぶには寂しくて絶命す
蝶の死後メランコリーな縄梯子
死ぬ人の肩を叩いて手を振って
とても静かに死ぬ炎天のエキストラ
つけひげのままで正直者が死ぬ
真夜中の楽器にひとり友が逝く
溺死して長いごぶさたばかりする
ごめんなさいと独りで言って独りの死
カマキリも象も黙って死んで行く
眼をあけて死に悪戯をつづけおり
額のナイフ 漂うムードミュージック
ヒッチコック逝く鳥は再び鳥かごに
青年憤死ガラスの靴を手に持って
窓の向こうを通る柩の名を知らず
葬列を見ている耳朶が熱くなる
霊柩車 返事を一つだけ抱いて
待ち侘びて柩になった柩の絵
いまの願いは柩を濡らさないことだ
忌中とあり都にぬくい電車くる
母のいのちとこの能面は地に返す
笛太鼓 母が死んでも笛太鼓
死んだ人の茶碗を洗ううすい闇
火葬場の時計で確信がもてる
蒼天や 猫のとむらいでも出そう
人の死にかかわりがある朝の虹
冬の塔 いくたび人の死を越える
こころの忌つぼみの多い花を買う
こころ密かに葬るものが多くなる
死に際のたばこをくれるのが味方
父の柩も母の柩も 音楽よ
いつか私の柩が帰る古い駅
神を重んじて葬式屋に急ぐ
香典の包みをひらくわがゴッホ
かくて大地に人間のめし犬のめし

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by nakahara-r | 2009-06-17 01:06 | 定金冬二『無双』

なかはられいこ 川柳と暮らす


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