定金冬二『無双』悲

- 悲 (昭和50年~58年)-
折り鶴がうごいて私を売ろう

運がよければ石を投げずに帰れるが
下駄を履くと自分の莫迦がよく解る
やさしさの欲しい日まわり道をする
まっすぐに動く寂しいことばかり
どうしても私 落ちるときがある
自分を嗤うときがこのごろ多くなる
疲れたとおもう小さな円の中
疲れたら船頭小唄うたおうよ
躓いて一人のひとと近くなる
火があってすこし優しくなりすぎる
負けた日の枕をすこし高くする
信じてくれた人のいびきを聴いている
夜が明けて人には返すものがある
朝の散歩はわたしの水いろの時間
生まれ変わって目玉焼きでもつくらんか
すこし深いところで人を待っている
手さぐりのその先にあるのど仏
善人といわれて寂しくはないか
怨まれて水のある方ばかり向く
すこし寝ころんで哀しみに蓋をする
許されぬことよ川にて手を洗う
手を洗うあしたもこの手洗えるか
目ざましをかけるなさけに弱いから
風邪の夜の古くなりたるわが枕
寂しいときは横に両手をひろげよう
弱い者は弱いところでクリスマス
わたくしの眼鏡が置いてある夜明け
寂しいときはいのちに届くまで歩く
哀しみに耐える水から顔を出す
海に掌を見せる神にも掌を見せる
ハンカチを捨てるぐらいは出来そうだ
敵のうしろに廻って哀しみを捜す
磨きぬかれたことばでさようならをいう
魚を焼くきれいな別れなどできぬ
繊細に卵を割って別れよう
傘をひらいて未練というはこのように
雨が好きで雨の約束ならできる
再会のあとなんとなく手を洗う
雑草のやさしさ旅に出てみよう
火の好きな羊と長い旅に発つ
海がほしくて水いろの紙を切る
燈台を見た昂りとおもうなり
被告人 いつも本屋にあこがれる
苦しんで橋の向こうの本屋まで
哀しみの解ったあたりから走る
花の木のひとり言かとふり返る
いつからかスプーンに名前つけている
こだわって傷のあたりに灯をともす
杭を打ち終わる かすかな羞恥心
木には木のことばがあって木を植える
木を植えて耳に蓋すること多し
わが指に賭ける 泪がどこかにある
妹よ 冬の洗濯機がまわる
原稿用紙を破っていると亡母がくる
虹のはずれで包丁を研いでいる
腹中の縄をどこまでも伸ばす
電車に底があったので安心する
友を売りそこね 闘牛士になった
ポケットを持って追いつめられている
本人の知らぬところにある 枕
走るのはよそおいのちが安くなる
追いつめられて花屋の多いのに気づく
吹かれいて月日の襞をおもうなり
目的はないけど土を深く掘る
地に掟ありにんげんは穴を掘る
真夜中の人形こそは雫せよ
朝のしっぽから逃げて行くゆうべ
ふるさとで鼻の渇いた象にあう
まごころの近いところにいる鴉
音楽の解る大地に卵を生まん
浄瑠璃を聴きに行く耳洗いおり
樹の下にいもうとがいるきつね雨
真夜中の麒麟を知らず麒麟も知らず
絵のなかの檸檬がすこしずつ流れ
釘が曲って不思議な痛み頒ちあう
北行きの列車は北へしか行かぬ
人に溺れると蟹工船がくる

英雄にならずに石段を下りる
快晴というユーモアが解ってくる
下山してやさしいめしを食べている
祈りの外の果物皿が光るのは
ほんとうの風は炎の中にある
雑木林を抜けても終わらない喜劇
いつかは罠にいつかは昇る陽のように
すこし寂しがらせておいて珈琲を
鬼というものは鬼より怖いのだ
心配をするためにある縄梯子
人間として眼をひらく眼をとじる

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by nakahara-r | 2009-06-17 01:05 | 定金冬二『無双』


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