定金冬二『無双』亡霊

-亡霊-
(昭和40年~49年)

哀しみの果てなり父と書いてみる

父憎や 一糸まとわぬ父地蔵
父の位置かげろうよりも重き位置
危険な父 玩具の札を数え数え
フェミニストの父を蔑むことしばし
父の皮膚豚も蟷螂もころころ死ぬ
花を創って花を切らない卑怯な父
蒼白な父を確実にネガに残せ
さあ父の持てない石に乾杯だ
洗っても掌の血は落ちぬ父ぞ
督促状 写経の父の背を襲う
おもわず父だと叫ぶ愚かな父
父は化けそこねてとぼとぼと帰る
父の地獄を見たよろこびに天炎える
ゼロゲームの父を迎える長い裁判
文学の馬から落ちて死ねない父
父は仮面を外せば笑い死ぬだろう
テトラポットどう転んでも父にはなれぬ
父の赤いタオルは永久ではないぞ
飢餓の父に子を抱けというネオンは嘘だ
風化の父を救助には来ぬ消防車
耐えかねて地下足袋を履く父の純情
木っ葉役人 父の額に釘打ちに
父は遂に逃避のネクタイを買えり
またも乱れし父剥製の鳥を射つ
火を焚けよ父の見事な腹切りだ
パンは幻影ミサイルに射たれし父
父の挽歌屑屋がくれた楽器がある
お前もかと言わずに父は眼を閉じる
クーデター育たず父は横たわる
父の指父をあきらめ北に発つ
父は指まで研いでしまった
従順に父の柩は父の大きさ
崩壊ではない柩から始まる父
脱走マーチを吹くか小さな父の墓
耕せと父が残した重い墓地
遺書を残さぬうすのろ父は美しき
海荒れよ父のドラマは父が書く
父恋し 一糸まとわぬ父地蔵
風のいろ火のいろ水のいろ父だ
銃があれば 父と母よと妊もりぬ
子よ父は木馬に乗って帰って行くぞ
父は曲がった指であしたを掴まえに
父はもう兵にもなれず切手を貼る
父の犬しきりにダリの夢を見る
父よそれは曲がった釘のつぶやきだ
冬の雨 父の剣を濡らしにくる
父の髭 日本海は荒れている
父は大きな花を咲かせて花に負け
パンを創る疑い深い父の瞳だ
梢から政治滴り父を打つ
父の旅 骨を折る音棲みはじめ
もう一枚の舌を持っては行かぬか父
まだ石をはなさぬ夕焼けの中の父
父の盲点にもう一人の父がいる
父は眼をとじる人形が舌を出す
8月15日からの鴉であるぞ父
てのひらに風と書いても翔べない父
それでも父は重い葛籠の方を持つ
父はたしかに数珠の数ほど遠くなる
核持つ国の核がひびいてくるぞ父
穴を掘り終わった父は美しい
いつからか寂しいときに笑う父
父の背をのぼりつめると父は死ぬ
父の罪 水は帽子で汲んでくる
疲れた帽子とつぜん父が嫌になる
父の聖書を積むとかたむく父の船
早朝のマラソンをする悪い父
雨が炎えるとおもうは父の覚悟にて
父はいま模型のパンに手を伸ばす
馬上の父は笑え笑えと言われている
父の帽子のなかでやさしくなる夜景
父の泪で雑木林の木が育つ
ばらばらの父が出てくる玩具箱
劇終わり父の楽器は逃亡せり
消しゴムを持ってひたすら父を追う
舌をうっかり噛んで父の日だとおもう
父の修羅 壬生狂言を野に放つ
手をあげて父だと言って討たれよう
嘘つきおんなのブルースで死ぬ父の鳩
父はいま過信の罪の針を呑む
逃げる父 枕を一つ持っている
父を離れて見事に沈む父の耳
父は昏倒 木馬の外はみな嗤う
百日病んでしっぽが見えてきた父よ
父ひとり斃れ 猥雑な鳩時計
糞尿車父を見すてて逃げて行くか
貧しい父にカラーテレビが炎えてくる
シャッポ脱ぐ父を見ている冷凍火薬
やがては沈む父の長方形である
父の柩に貼ってあるのは正誤表
ひそやかに父の死を待つ父の森
五衛門風呂に浮いているのは毀れた父
見よ父が炎えている夕映えなのだ
晴天とだけ書いてある父の遺書
父に逢えそうでとび越す水たまり
ほんとうの喜劇がわかる父の死後
父は討たれかの花火師は地の底へ
時間があれば履けるとおもう父の靴
切ればおそらく血を噴く父のデスマスク
満員電車が追っかけてくる父の墓地
父の名を刻んだ石が棄ててある
一年に一ミリ動く父の墓
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by nakahara-r | 2009-06-17 00:57 | 定金冬二『無双』


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